【民间汉化】为何可以创作出有趣的推理游戏? 创作了名作的打越钢太郎x龙骑士07对谈

来源:日本综合媒体网站KAI-YOU

译者:银の翼

采访发布时间:2016年6月2日

本文仅供学习交流使用,版权归原作者所有,如有问题请及时联系我们以作处理。


SF推理与装作美少女游戏的推理

——首先请先谈一下两位最早接触的推理作品。

打越钢太郎(以下简称打越):中学的时候,我经常会买「三毛猫福尔摩斯」(赤川次郎)系列来看。当时从电视上看的「三毛猫福尔摩斯」2小时特别版,就觉得非常有趣。

龙骑士07(以下简称龙骑士):我是小学的时候在学校的图书馆里看的「怪人十二面相」系列。不过话说回来,那时候只是随着故事进行,看到小林少年和明智侦探的活跃觉得他们都很厉害,并没有把他当作推理作品来阅读。


——两位当时所处的世代来看,当时推理小说界有法月纶太郎以及有栖川有栖等很多著名推理作家不断登场,即「新本格」的世代。您二位有接触这样的推理文化吗?

打越:我是在游戏业界工作以后,自己参与制作的「Never7」、「Ever17」这种解密科幻推理类美少女游戏的收到的评价很不错。有鉴于此,我就去阅读了像綾辻行人和清凉院流水这类作家在「新本格」下的有趣作品。

当然虽说我很喜欢推理作品,但也不是全部都会去找来阅读,而是作为各种各样的作品分类中的其中之一来体验。

龙骑士:要说我也能从「少年侦探团」系列开始那样就成为书虫就好了(苦笑)。从当时来说我先接触的是「罗德岛战记」然后是TRPG「龙与地下城」,重新关注推理作品是从SFC上的游戏「恐怖惊魂夜」(1994年、チュンソフト音响小说系列的前作)和「弟切草」(1992年),这2部作品是我接触音响小说的2大入口。

所以就造成了我对音响小说的印象就必须是要恐怖让人不安,而且必须要是推理。但是没想到之后音响小说居然会发展成恋爱游戏啊(笑)。

我在写「寒蝉鸣泣之时」(2002-2006年)的时候,正是恋爱游戏的全盛时期,当家都把音响小说叫做galgame。所以,我当时也是刻意要把寒蝉做成看起来是个galgame,但玩下去会死人的推理作品,以求达到恐怖效果。结果,我自己没用绘画才能,没能把游戏做起来看着像是galgame(笑)。


——两位都是在“推理x游戏”这个领域的创作者,有没有什么只有在游戏里做到的表现呢?

打越:当然有很多,但“从第一人称视角来表现”除了小说以外其他的媒体上做不到的。“主人公在这边,对面有其他角色”这样的第一人称视角并且配上图片和音乐来共同表现,那就只有ADV游戏了。

龙骑士:具体来说「主人公的容貌和玩家所认识到的外貌不一样」这种诡计,是只有游戏才能做到的,如果换成漫画,如果不配上鸟瞰图就会有显得不自然。

我比较喜欢自我表现,在经历了各种尝试以后,最后认定是「寒蝉」这样的音响小说游戏。音响小说的魅力在于不仅有着不少于小说的文章量,还能有类似阅读漫画的感受,再加上漫画和小说所没有的BGM,还有电影或者电视剧的镜头感。能集合这么多其他媒体载体的优点,对于需要撼动读者感情的推理来说我认为这是非常合适的。


按照自己的喜好来做?商业与同人游戏的制作区别

——刚才也说到了诡计,在创作推理作品的时候,果然还是要先从诡计来构思的吗?

龙骑士:就我来说,是首先有“想给读者呈现的有趣场面”。

比如说,非常亲密的两个人互相指责对方是犯人之类。接下来我就会考虑,要让这个场景成立需要什么样的诡计或者机关。无论有责怎么样精巧的舞台装置和诡计,呈现出来的场景要是不够有趣就很无聊了。

这和菜品的摆盘装饰一样,我认为推理的醍醐味之一就是「在踏入犯罪现场的时候,可以呈现出多么无法解开和无法理解的场景」。就好像「金田一耕助」系列那样,在看到尸体的瞬间能让人发出「这是什么啊!?」那样的冲击力才是我所需要的,对我来说,谜题和诡计的重要度是在这之后的。

打越:就我来说,虽然根据作品有所不同,但在考虑诡计这些之前,首要的是「预算有多少」,比如「极限脱出999」(2009年)的时候正逢「逆转裁判」、「雷顿教授」系列流行,于是就加入了NDS上还没什么其他人尝试过的「逃脱游戏」,首先是要让企划得以通过上下功夫,这是非常现实的事情。

在企划得以通过后,才算能把自己想做的东西带到企划里,先从大纲上考虑最大的机关和设计。但是正如刚才龙骑士所说,在中途会有更有趣的想法,就会影响到大纲部分,如果新的想法会让全体大纲出现破绽,就会把那个部分给舍弃,原型最后基本什么都不剩(笑)。


——龙骑士您是否也有为了优先想展示的场景,而舍弃之前的大纲的情况呢?

龙骑士:就我来说,与其说是舍弃不如说是反而增加了,比如说想到了很有趣的诡计,可以塑造出非常有冲击力的场景。大多数情况下我会考虑的是「适用这个诡计可以创造出多少个有趣的现场」。一般的小说里,使用过1次的诡计即使能有其他的使用场景也必须要舍弃。但我在描写「海猫鸣泣之时」这部作品里的事件时「全部都是同样的诡计但展示方式不一样」,我觉得这样就会很有意思(笑)。要我说,所谓诡计就好比是看万花镜那样,每次看都会形状不一样特别有趣。


推理终究还是娱乐的一种

——刚才提到了“要展示的场景”和“让企划通过的难度”换句话说就是“让大众所接受的倾向”。那么在制作的时候,会有照顾读者和玩家的部分吗?

龙骑士:嗯……我到底还是在同人这个圈子里凭兴趣做的。都是我个人制作的作品,也当然没有企划会议,企划无论是什么都会通过,也不用在意预算。

所以刚刚提到我在「寒蝉」上「打破人们对于音响小说=galgame这个概念,制作了一个杀戮的游戏」也是对于世间的反感所致,“是我的话就要这样做!”这种感情的直接体现。

问我的粉丝「下一部作品想看什么?」大家的回答都一样「什么都行,请写自己喜欢的」。所以我可以不用在意世间的看法,真的就是随便喜欢什么就写什么(笑)。


打越:那是有才能的人才能被允许的事情。我首先要从听取委托人的意向开始。委托人想要什么,现在流行什么样的游戏都要调查。

最近我做的有动画和游戏的作品是「Punch Line」(动画:2015年,游戏:2016年),这就是考虑了受众做的企划,不过话说回来,我觉得就没有不喜欢内裤的人。

一同:(爆笑)


龙骑士:我在游戏商店里看到「Punch Line」的时候,第一反应是标题的双重含义非常巧妙,再看到宣传语的「看了胖次人类就会灭亡!?」实在是太有趣了。但是当我看到剧本是和「极限脱出」系列是一个人,也就是打越老师的时候,我当时都感到了战栗。「这个人,真是不得了啊」(笑)。


——确实,给人风格转变相当大的感受呢。

打越:我写的东西非常难卖,所以也有想着借这部作品干脆转向写大众向的作品。但其实,有六到七成的男性比起屁股更喜欢欧派呢(笑)。而我自己更偏向是屁股星人,在这点上有点失败。因此,我现在想着差不多还是不要迎合大众了。

龙骑士:当我知道打越老师在写「Punch Line」的时候,我感受到的是「不想把自己局限在推理作家」这一主张。

我自己也不是认定自己的作品是推理作品来写的,只是在广泛的娱乐类型中的其中一种来展示,写的是推理而已。我就特别喜欢女孩子们嬉笑着玩耍的部分和偷看女孩子换衣服被发现的这种东西,我从没有把自己当作过是推理作家。只是比较喜欢推理这种娱乐的展现方式而已。

打越:您说的是。我自己也有很多其他想写的,觉得自己也能写。

虽然没有被直接说过的,但我多多少少还是能感觉到大家希望的是像「Ever17」这样的作品。所以就着「我也能写其他类型的作品」挑战了「Punch Line」。但是动画观众都觉得「既然是打越的剧本,肯定有隐藏着什么重大诡计。这些全都是伏线!」其实完全不是这样(苦笑)。

龙骑士:「说不定什么时候为了确认胖次的条纹的时候,会有被惨杀的尸体出来!」这样(笑)。




日文原文

なぜ面白いミステリーゲームがつくれるのか? 名作を生んだ打越鋼太郎×竜騎士07 対談


6月30日(木)、スパイク・チュンソフトは極限脱出アドベンチャーゲーム『ZERO ESCAPE 刻のジレンマ』(PlayStation®Vita/ニンテンドー3DS/PC)を発売する。


本作は、『極限脱出 9時間9人9の扉』『極限脱出ADV 善人シボウデス』に続く「極限脱出」シリーズの最新作にして完結作。同シリーズのディレクター・シナリオを務めるのは、シナリオライターの打越鋼太郎さん。かつては『Ever17 -the out of infinity-』や『Remember11 -the age of infinity-』といった名作美少女ゲームを輩出し、近年ではアニメ・ゲーム共に『パンチライン』の企画・脚本を担当した。

特に、アドベンチャーゲームの特質を活かしたミステリー要素を取り入れた仕掛けや演出で高い評価を得ている。

今回、そんな打越鋼太郎さんの新作『ZERO ESCAPE 刻のジレンマ』発売記念として、極限対談企画が実現。

対談相手となるのは、『ひぐらしのなく頃に』や、『うみねこのく頃に』など、ミステリーを中心としたサウンドノベルゲームを生み出したクリエイター・竜騎士07さん。

実はこの2人、共に1973年11月生まれの同い年(さらに、誕生日は2日違い!)。

打越さんは商業ゲームを、竜騎士07さんは主に同人ゲームを手がけ、企画だけでなくゲームのシナリオも書いてきた。とはいえ、ゲームクリエイターという共通点がありながら、作品づくりの立場は真逆にある。

そんな2人の対談テーマは、2人に共通する「ミステリー」

ということで、極限対談「ミステリー」編と題し、2人のミステリー遍歴や、どのような考えでミステリーゲームをつくり、シナリオを書いているのか? など、ミステリーやゲームづくりに対する思いを語ってもらった。


企画・編集/吉田雄弥 文/須賀原みち 写真/市村岬 撮影協力/IITOKO


SFミステリーとギャルゲーのふりをしたミステリー

━━まず、お二人が最初に出会ったミステリー作品を教えてください。


打越鋼太郎(以下、打越):中学生の時、「三毛猫ホームズ」シリーズ(赤川次郎)を結構買って読んでましたね。当時、「三毛猫ホームズ」の2時間ドラマ(1979年-1984年)を見て、面白いと思って。

竜騎士07(以下、竜騎士): 僕は、小学校の頃に学校の図書室にあった「怪人二十面相」シリーズ(江戸川乱歩)です。といっても、ぼんやりと物語を追って、小林少年や明智探偵の活躍を見て「おぉ、すごいな!」と思っていて、“ミステリー”としては読んでいなかったかもしれないです。


━━お二人の世代ですと、ミステリー界に法月綸太郎さんや有栖川有栖さんといった有名推理作家が数多く登場した、いわゆる「新本格」の時代だと思います。もともとこうしたミステリー文化に触れていたのでしょうか?

打越:僕の場合、ゲーム業界で働くようになってから(自分の手がけた)『Never7』『ever17』と、謎を解き明かしていくSFミステリーのようなギャルゲー(主に男性向け美少女ゲームの俗称)の評価が良かった。

そういったこともあって、綾辻行人さんや清涼院流水さんといった「新本格」で面白いとされている本は読みました。もちろんミステリーは好きですが、全部を読み漁っているという読み方ではなく、物語のさまざまなジャンルのひとつとして楽しんでいました。

竜騎士:僕も「少年探偵団」シリーズからそのまま本の虫になれば良かったんですけど…(苦笑)。当時の世代としては順当に『ロードス島戦記』からTRPG『ダンジョン&ドラゴンズ』に入って、ミステリーに戻ってきたのはスーパーファミコンのゲーム『かまいたちの夜』(1994年)でした。(チュンソフトのサウンドノベルシリーズ前作である)『弟切草』(1992年)からハマって、この2作は僕のサウンドノベルの2大入口です。

だから、僕には「サウンドノベルはホラーでサスペンスで、ミステリーでなくてはならない」という思い込みがあったんです。その後、まさかサウンドノベルが恋愛ゲームで発展することになるとは…(笑)。

『ひぐらしのく頃に』(2002年-2006年)を書こうとした時は恋愛ゲーム全盛期で、みんなサウンドノベルのことを「ギャルゲー」と呼んでいた。だから、『ひぐらし』は「ギャルゲーのふりをして、プレイしたら人が死ぬミステリーだった」というホラーを狙ったんです。結局、僕に絵心がなかったので、ギャルゲーのふりはできなかったんですが(笑)。


━━“ミステリー×ゲーム”というジャンルを手がけるお二人ですが、ゲームだからこそできる表現などもありますか?

打越:いっぱいありますけど、“一人称視点で表現できる”というのは、小説を除くと他のメディアにはありません。“主人公がこちら側にいて、向こう側にキャラクターがいる”という一人称視点をビジュアルや音楽と共に表現できるのは、アドベンチャーゲームだけですね。

竜騎士:具体的に言うと、「主人公の顔が、プレイヤーの認識していた顔と違う」といったトリックは、まさしくゲームじゃないとできない表現です。マンガとかだと、鳥瞰図で描かないと不自然な場面が出てきてしまいます。

僕は自己表現がしたくて、いろいろチャレンジをして、最後に『ひぐらし』のようなサウンドノベルゲームにたどり着きました。サウンドノベルの魅力は、小説に負けない文章量がありつつ、マンガの感覚で読み進められ、マンガと小説にはないBGMに、映画やドラマのような演出がある。こうした様々なメディアのいいとこ取りをしたジャンルで、感情を揺さぶる仕掛けはミステリーを表現するのには大変向いてるんじゃないかなと思います。


好きなようにやる? 商業と同人のゲームづくりの違い

━━トリックのお話が出ましたが、ミステリー作品をつくる際には、やはりトリックから考えていくのでしょうか?

竜騎士:僕の場合は、まず“見せたい面白い画”が先にあります。

例えば、親しい二人がお互いに「お前が犯人だろ!」と罵り合って刺し合う…とか。次に、この画が成立するトリックや仕掛けってなんだろう? というところから入っていきます。どんなに素晴らしい舞台装置やトリックがあっても、それで見せられる画が面白くなかったらつまらない。

料理の盛り付けと同じように、ミステリーの醍醐味のひとつとして「犯行現場に踏み入った時に、どれだけ不可解で理解できない画ができているのか」というのがあると思います。「金田一耕助」シリーズにあるような、死体を見た瞬間に「なんだこりゃ!?」というインパクトがほしいので、僕にとってトリックや仕掛けは後です。

打越:僕の場合、作品によっても違いますが、まずはトリックうんぬんよりも、「予算はいくらなのか」とか、例えば『極限脱出 9時間9人9の扉』(2009年)の時は『逆転裁判』や『レイトン教授』シリーズが流行っていたので、ニンテンドーDSのアドベンチャーゲームで他の方がまだやっていなかった「脱出ゲーム」を取り入れてみたり…と、まずは企画を通すために工夫するという、すごく現実的なところから始めます。

企画が通ってから、ようやく自分がやりたいものを企画に持ってきて、先にプロット上での一番の大仕掛けやトリックを考えます。ただ、正に竜騎士さんがおっしゃったみたいに、途中で「こうしたらもっと画的に面白くなる」ということが思いついたら、プロットを捻じ曲げたくなります。それで元々のプロットが破綻するならその部分は全部捨ててしまって、原型がほぼなくなっちゃうこともありますね(笑)。


━━竜騎士さんも見せたい画を優先して、それまでのプロットを捨てることがあったりしますか?

竜騎士:僕の場合、捨てるというよりむしろ増えていきます。例えば、すごく面白いトリックを思いついて、非常にインパクトのあるシチュエーションをつくることができた。

多くの場合、「そのトリックを使えば、面白い現場をいくつもつくれるな」って思うんです。普通の小説だと、1回使ったトリックはほかのアイディアがあっても捨てなくてはならない。でも、僕の『うみねこのなく頃に』という作品では、「全部同じトリックだけど見せ方が違う」という事件が描けたので、そういうのは楽しかったです(笑)。僕にとって、トリックというのは万華鏡のように覗く度に形を変えられるワクワクがあります。


ミステリーはあくまでエンターテインメントの1つ

━━先ほど、“見せたい画”や“企画の通りやすさ”……言い換えると“世の中でウケている傾向”といったお話が出ました。制作の際に、読者やプレイヤーを意識している部分はありますか?

竜騎士:う~ん……僕はどちらかというと、同人という場で趣味人としてやってきました。僕が個人でつくる作品なので、そもそも企画会議がなくて、企画はなんでも通るし、予算のことも気にしなくていい。

だから、さっき言った『ひぐらし』で「“サウンドノベル=ギャルゲー”という概念を裏切って、殺しのゲームをつくってやる」というのも、世間に対する反感とか「俺ならこうする!」という気持ちがダイレクトに反映されています。

僕のファンの方に「次、何が見たいですか?」って聞くと、みなさん決まって「なんでも好きなものを書いてください」って言っていただけるんです。僕は世間の空気を読まずに、本当に好きなものを好き勝手に書いてますね(笑)。

打越:それは才能があるから許されるんですよ。僕はまず、クライアントにヒヤリングするところからはじめないといけない。クライアントが何を求めて、世間ではどんなゲームが流行っているのかをリサーチします。

最近つくったアニメとゲームで展開されている『パンチライン』(アニメ:2015年、ゲーム:2016年)は、それこそユーザーのためを思って企画したんですよ。というのも、僕は「世の中の人はみんなパンツが好きだ」と思ってたんです。

━━一同 (爆笑)

竜騎士:地元のゲームショップで『パンチライン』を見た時、「“パンチライン”と”パンチラ”のダブルミーニングって、上手いな~!! (キャッチコピーの)『パンツを見たら人類滅亡!?』って、最高にイカレてていいな(笑)」と思いました。でも、「極限脱出」シリーズと同じ方、つまり打越先生がシナリオを書いてることを知って、戦慄しました。「この人、とんでもない人だな」って(笑)。


━━確かに、振り幅が非常に大きい印象を受けますね。

打越:僕、すごい売れない人なので、大衆向けにやる転機として『パンチライン』で思い切り振ってみようという気持ちもありました。ところが、実は男性の6~7割はおしりよりおっぱいのほうが好きなんですよね(笑)。僕はどちらかというおしり星人寄りなので、そこがちょっと失敗でした。そんなこともあって、みんなに合わせるのはそろそろ止めようかな、と思ってます。

竜騎士:打越先生が『パンチライン』のシナリオを書いたと知った時、『パンチライン』は「“ミステリー作家という狭い箱に締め付けられたくない」という打越先生の主張なんだな、と僕は感じました。

僕も「自分の作品はミステリーだ」と思って書いているのではなくて、幅広いエンターテインメントの1つの見せ方として、ミステリーを書いていただけなんです。僕は、女の子たちがキャッキャ遊んでいるパートや着替えを覗かれていやーん! みたいなのも大好物ですし、自分をミステリー作家だと思ったこともありません。ただ、ミステリーという見せ方を気に入っているだけ

打越:おっしゃる通りです。自分の中では色んなものが書きたいし、書けるという気持ちもあります。

直接的には言われませんが、例えば暗に『Ever17』みたいな作品を求められているな、というのはなんとなく感じています。だから、「ほかのテイストの作品も書けます」ということで、『パンチライン』という作品に挑んだんです。けれど、アニメの視聴者たちからは「打越がやるんだから、絶対何か重大なトリックが隠されているはずだ。すべてが伏線だ!」といった風に見られてしまう……全然違うんですけど(苦笑)。

竜騎士:「いつパンツの柄を確かめるために、惨殺死体が出てくるんだ…!」みたいな(笑)。


ミステリーの楽しみ方の違い 謎解きの難易度調整の難しさ

━━打越さんが手がけられた「極限脱出」シリーズのような謎解きのあるコンシューマーゲームとなると、プレイした人の大部分が解ける謎でないとダメだ、といったことも考えるのでしょうか?

打越:それはありますね。この前、「リアル脱出ゲーム」を手がけるSCRAPの加藤隆生さんと対談したんですが、「リアル脱出ゲーム」は謎が解けなくてもよくて、参加者をいかに心地良く悔しがらせて、もう一回やらせるかってことが一番大事なんだそうです。

でもコンシューマーゲームだとそうはいかない。「極限脱出」シリーズでは、ちゃんとみなさんが解けるように気を使っていますが、「極限脱出」シリーズの脱出パート、今回の『ZERO ESCAPE』では「クエストパート」と呼んでいる部分の難易度って、人それぞれなんですよね。「前作より簡単だった」と言う人もいれば、「難しい」って人もいるので、難しいところです。


━━過去の「極限脱出」シリーズでは段階的にヒントが出てくるので、プレイヤーに合わせた難易度を提示してくれていました。竜騎士さんは『極限脱出 9時間9人9の扉』『極限脱出ADV 善人シボウデス』をプレイしてみて、いかがでしたか?

竜騎士:僕は『CRIMSON ROOM』(2004年 密室脱出ゲーム)を筆頭に、もともと密室脱出ゲームが大好きだったので、非常に楽しめました。

難易度が人それぞれ、というのは、そもそもミステリーの楽しみ方というのは、”謎を解けて嬉しいという達成感”と“謎が解けなくても、答えを聞いた時になるほど!と思う爽快感”。この2つに分離していて、実は人によって期待しているものが違うからなんですね。

「謎を解きたい」と思う人は、主人公たちがヒントを言ってくれることに腹を立てるんです。「自分で解くからヒントは言わなくていい!」って。

誰でも解ける謎だと、謎を解いた自分に誇りが持てない。要するに、アクションゲームと同じように「俺はあの難しいベリーハードを解いたぜ!」みたいな達成感がないと悔しがるんです。一方の後者は、実は自分で謎を解く気はあまりない。目についたポイントをヒント通りにクリックして進めていって、オチを見て喜ぶ人。この二派に分かれています。

「極限脱出」シリーズで面白いと思うのは、達成感を得るために“ゲーム中で解けるようにできている謎”と、普通に追っても置き去りになってしまう“考察しなければ解けない謎”、謎の種類をちゃんと二分化した上で用意しているところなんです。


━━それはどういった点なんでしょうか?

竜騎士:例えば、「この部屋から脱出できました」とか、基本的に一本のシナリオで“表面上は”解くことができる。

これは言ってしまえば、達成感を感じるためのもので、それ自体はミステリーではない。だって、全員が解けるようにできていて、解けない人にも解けるシステムにしてある。

でも、「極限脱出」シリーズは、多重世界(パラレルワールド)構造になっているので、同じシナリオを何度もプレイしたり、作品を横断することで初めてわかる情報があるんです。さっき僕が言った表面上で解けるにようにできている謎と何回か再プレイしてガチンコで挑まないと解けない謎、「二種類あるミステリの楽しみ方」、両方のニーズに応えているのがすごいんですよね。

打越:それは初めて言われました…。そうなのかな(笑)? 自分では全然意識してなかったです。


━━こうしたミステリーの構造的な部分について、打越さんが無意識に書かれていたというのは意外ですね。

竜騎士:次の『ZERO ESCAPE』は3作目ですよね。例えが正しくないんですけど、僕はこれを“カレー屋問題”と呼んでいて。すごく美味しいカレーをつくるお店がヒットすると、ファンは2皿目にはもっと美味しいカレーを期待します。

では、辛口だった1皿目を裏切ろうと、2皿目に甘口のカレーをつくった場合、今度は「辛口か、甘口か」という二極が出来て、3皿目をつくる時には新しい3つ目の軸がなくなってしまう。そうなると、つくり手側としては、今度はカレー自体を裏切るしかない。でも、ファンはカレーを期待しているので、カレー以外のものをつくると怒られてしまう。

つまり、王道の次に邪道をやると、それで「王道/邪道」という二極を使い切ってしまって、次の軸を見いだすことができません。これは、色々なトリロジー作品の3部作目がちょっと尻すぼみになってしまう大きな理由なんです。

『9時間9人9の扉』『善人シボウデス』に続く「極限脱出」シリーズの3作目がどうなるのか……(笑)。


優先順位のない究極の選択肢がつまった最新作

打越:僕はそこまで冒険せず、ちゃんとカレーを出しました(笑)。シリーズのファンが求めているものはわかっていたので、「まずはそれをやろう」と。

竜騎士:ジャケットを見てもわかりますが、『ZERO ESCAPE』は前2作に比べて、明らかにリアル寄りです。『9時間9人9の扉』『善人シボウデス』がティーンエイジャー向けだとしたら、『ZERO ESCAPE』は久しぶりにゲームをプレイするような大人をメインターゲットにしているとわかります。

スパイク・チュンソフトさんは『ダンガンロンパ』がティーンエイジャーに向けた方向性なので、この「極限脱出」シリーズの変遷はおっさんの僕としては嬉しいです。

「極限脱出」シリーズは、どれも自分の価値観次第で迷える選択肢がいっぱいあって、それが面白い!

打越:シナリオをつくっていると、プレイヤーにプレイしてもらいたいルートがでてくるんですよ。なので、明らかに意味のない選択肢を用意したりして、プレイヤーがなんとなく選択肢の優先順位を想像できてしまうような状況になりがちなんですが、なるべく優先順位のない、序列のつけた選択肢が良いなって思いますね。

竜騎士:一見迷うように見えて、実はまったく迷う余地がなく、むしろ「迷ったら負け」みたいな選択肢もありますよね(笑)。

でも打越先生の考える選択肢は、どれが正解なのかまったくわからないので、どうしても直前でセーブしたくなります(笑)。

僕は、これが「極限脱出」シリーズの持ち味じゃないかなって。“選択肢の前で悩むこと”が醍醐味。

『ZERO ESCAPE』では、「究極の選択」という、これまでの過去作にはなかった2択から選択するゲームパートが新しく増えましたが、どの選択問題も面白そうですよね。『これからの「正義」の話をしよう』で有名なマイケル・サンデル教授の「トロッコ問題」みたいな。

打越:さすがですね。「トロッコ問題」は「究極の選択」を発想する発端のひとつでした。

竜騎士:「トロッコ問題」は、危機に瀕している人々がいて、自分が誰か一人を積極的に殺せば最終的な犠牲者の数を減らすことができるという状況で、どちらの選択をすべきか? というものです。

要するに、自分の勝利条件を何にするかで答えは変わってきます。生存者の人数が多いほうを勝利とするならば、誰かを積極的に殺したほうがいい。しかし、現実の世界では、積極的な殺人者になってしまうと社会的不利益を被るので、何もしないで見過ごすのが得策だ……という。

打越:企画段階では、わかりやすく「命がけの選択」と呼んでいたのですが、本当のところは『ZERO ESCAPE』で「どちらの選択が正しいのか?」ということを、世に問いたいんです。

また、今回はプレイヤーに『ZERO ESCAPE』の編集権を与えています。プレイヤーは、完結型の複数ある物語の断片を好きな順番でプレイできるので、どの断片からプレイしても、最終的にはすべてがつながるようになっています。

100人プレイすれば、100通りの感じ方がありますね。人が死ぬ順番も、プレイヤーによって全然違ってきますから。

竜騎士:さらにそのプレイの順番という選択肢には、優先順位がないんですよね……。プレイヤーによってストーリーが違ってくる━「俺ならどっちを選ぶかなぁ」って、これだけで延々と友達と話していられるテーマですね。


━━ゲーム内ではどちらか片方を選ぶけど、ゲームの電源を切った後に「本当にあちらを選んでよかったのか?」と悩む……。まさにこれもミステリーゲームの魅力ですね。本日はありがとうございました!






译者授权:银の翼

日文原文链接:

なぜ面白いミステリーゲームがつくれるのか? 名作を生んだ打越鋼太郎×竜騎士07 対談