【生肉转载】Febri TALK系列——加藤達也

取材・文/森 樹
来源:日本深度动画内容网站Febri
采访发布时间:2023年7月17日~21日
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①ディズニーの凄みを感じた
TV放送版の『ピーター・パン』
『ラブライブ!サンシャイン!!』や『Free!』など、多くのアニメファンが知る作品で音楽を担当し、「カトタツ」の愛称で知られる加藤達也。彼の人生を変えたアニメを紹介するインタビュー連載の第1回は、何度も見たという1953年版の『ピーター・パン』。中でも、現在は入手できないレアな吹替版に思い入れがあるという。
今では流通していないバージョンを繰り返し見た
――加藤さんは、幼少期から洋楽に触れる機会が多かったそうですね。
加藤 音楽の英才教育を受けてきたわけではないのですが、父がレコード会社で海外アーティストの宣伝を担当していたので、自宅にはレコードがたくさんありましたし、音楽番組やMVを見ることがすごく多かったんです。
――加藤さんが幼少期を過ごした80年代は、MTVの全盛期です。
加藤 そうですね。無意識のうちにデヴィッド・ボウイの曲を聞いていたり、あるとき東京ドームにコンサートに連れていってもらったら、じつはポール・マッカートニーのライブで「イエスタデイ」や「レット・イット・ビー」くらいしかわからないけど、かなりいい席で見せてもらえた……という環境ではありました。別のコンサートでも、知らない外国人にハグされて「怖いなぁ」と思いながら見ていたら、『ネバ―・エンディング・ストーリー』の主題歌が流れて、そこで「あれ、リマールだったんだ」と気づいた、なんてこともありましたね(笑)。
――なるほど(笑)。今回、そんな幼少期に何度も見た作品として挙げてもらったのが、1953年に公開された『ピーター・パン』です。ディズニー作品はよく見ていたのでしょうか?
加藤 家族はみんなディズニー作品が好きで、映画も見に行きましたし、当時、東京ディズニーランドが開業した頃だったのでよく遊びに行っていたんです。映画やビデオで見て没入できた世界が、ディズニーランドに行くと現実のものとして見られることになによりも喜びがありましたね。その中でもとくに印象が強いのが『ピーター・パン』なんです。
――音楽が印象的に使われている作品ですね。
加藤 そうですね。僕が見ていた『ピーター・パン』は市販のビデオではなくて、『東京ディズニーランドスペシャル』(1983年放送)という番組内で放送されていたものなんです。吹き替えもこのために用意されたもので、ピーター・パンの声を榊原郁恵さんが担当していました。
――ミュージカル版で主演していたことで有名ですよね。
加藤 そうなんです。榊原さんがピーター・パンを演じたミュージカルが少し前から上演されていたのですが(1981~87年)、TBSで放送されたこのバージョンは、脚本も現在リリースされている映像と違うんです。僕は録画したTBS版の『ピーター・パン』をセリフをおぼえるくらい繰り返し見ていたので、今のバージョンを見ると違和感しかなくて(笑)。
――おぼえているセリフと違う!と。
加藤 たとえば、フック船長がスミーを怒るときに、TBS版には「なんたるチーアの、サンタルチーア」みたいなギャグがあったのですが、他のバージョンにはないんです。そういう細かいセリフの違いがたくさんあるんです。
ディズニー作品は歌曲を聞くだけでシーンを思い出せる
――『ピーター・パン』の音楽が、現在の活動のルーツになっているところはありますか?
加藤 当時のディズニー作品や、また近年でも『アナ雪(アナと雪の女王)』をはじめ多くの作品で歌曲が際立った作りになっています。主題歌や挿入歌がまず素晴らしく、そのメロディを劇伴にもうまく落とし込んでいて、ミュージカル調に見せている。それは非常に好みですね。事実、『ピーター・パン』だけでなく、ディズニー作品は歌曲を聞くだけで特定のシーンを思い出せることが多い。まさにパブロフの犬のように。
――音楽が映像を思い起こさせてくれる。
加藤 ディズニー作品における、ミュージカル調のフィルムスコアリング(※映像に合わせて音楽を付けていく手法)の見せ方――もちろん、手法自体はバーナード・ハーマンが音楽を手がけたヒッチコックの時代からあるわけですが――は、自分の中にも深く根付いていて、音楽的な引き出しとしても非常に大きいですね。日本では「ミュージカルは苦手」という人も多いですが、母親がミュージカルのファンだったので、僕は違和感がまったくないんです。なので、ミュージカル作品を受け入れる素地が幼い頃からあったことが、今の仕事にも影響しているかもしれません。
――『ピーター・パン』の劇伴では、ひとつひとつの効果音もオーケストレーションで当てています。
加藤 あの時代ならではの凄みを感じますね。それしかできないという限定条件の中だからこそ生まれる発想力の強さを感じますし、刺激的に思います。今では検索すればいろいろな作り方を調べることもできますが、当時はそれができなかったわけですから。
――ちなみに、当時から音楽家になりたいという目標があったのでしょうか?
加藤 少年時代は音楽の仕事を志していたわけではなくて、ディズニーのイマジニアになりたかったんです。イマジニアというのは、ディズニーの世界観をさまざまなテクノロジーを取り入れながらテーマパークのアトラクションとして落とし込むなど、夢を実際の形にするクリエイター集団のことです。そこに憧れがあって、今でも生まれ変わったらなりたいと思っているくらいで(笑)。
――アニメーションで描かれた世界を、現実の世界に再現することに惹かれているわけですね。
加藤 そうですね。ディズニーランドの没入感って、それまでの遊園地やテーマパークとはまったく別物で、そこがすごく好きですね。
――現在のディズニー作品もよく見ているのでしょうか?
加藤 新しい作品も見ています。子供が『トイ・ストーリー』と『モンスターズ・インク』にドハマリしているので、僕も毎日何度も付き合って見ていて、セリフや音楽も自然と頭に入ってきます(笑)。音楽家として仕事をするようになって、作品を見る視点が『ピーター・パン』を見ていた頃とはどうしても違うわけですけど、そこで魅力を再発見することも多いです。歌曲のメロディラインもそうですけど、歌詞の素晴らしさにも驚くことがありますね。
②ヒロイックな雰囲気が大好きだった
『聖闘士星矢』
「カトタツ」の愛称で知られ、『Dr.STONE』や『食戟のソーマ』などの作品で音楽を担当してきた加藤達也。彼の人生を変えたアニメを紹介するインタビュー連載の第2回は、『週刊少年ジャンプ』で連載されていたマンガが原作の『聖闘士星矢』。中でもオープニングの演出に大きな影響を受けたと語る。
「ペガサス幻想」のインパクトに惹き込まれた
――2本目は、ハリウッドで実写化もされた『聖闘士星矢』です。
加藤 同年代の人たちの大半は同じような気持ちを持っていると思うのですが、僕は「『週刊少年ジャンプ』で育った」と言える少年時代を過ごしていて、毎号隅々まで読んでいました。毎週月曜日に入手できたのですが、学校から帰ってくるときの足取りの軽さといったら(笑)。ただ、いちばん夢中になっていたのは『SLAM DUNK』や『るろうに剣心』が連載されていた時期で、『聖闘士星矢』の原作は単行本で読んだおぼえがあります。
――連載終了が1989年ですね。アニメの放送は1986年からです。
加藤 アニメが始まった頃が6歳くらいなので、原作よりもアニメを先に見ていました。単行本も全巻揃えていたので、アニメと原作に違いがあることを知るきっかけの作品でもありますね。「あ、描かれ方がこう変わるんだ!」と、アニメならではの「演出」に興味を持ちました。
――アニメの印象のほうが強い部分もあると。
加藤 何度も見ていましたからね。小学生の頃はマンガ家になりたかったので、いつも絵を描いていて。『ドラゴンボール』なども描いていましたけど、「憧れ」という意味では『聖闘士星矢』なんですよね。なによりも、オープニングテーマである「ペガサス幻想」のインパクト。イントロが始まって、ディストーションギターをバックに星矢たちがこちらに向けて走ってきて、ギュイーンとタイトルが出てくる。そこに「セイヤッ、セイヤッ……」とディレイ(残響処理)のかかったタイトルコールが流れるところに惹き込まれました。今はあまりやらないと思うんですけど、主題歌が流れている最中に効果音も聞こえるんですよね。
――最近では珍しいですが、当時はオープニングに効果音が入る作品がありましたね。
加藤 Aメロで星矢が聖衣(クロス)をまとうシーンがあるんですけど、そのときにガシャン! ガシャン! ガシャン!というSEの音が入るのがめちゃくちゃカッコよくて。その効果音を作っていたのが、当時スワラ・プロにいた今野康之さんで、のちに『ラブライブ!サンシャイン!!』でご一緒することになりました。
――まずはオープニング映像と楽曲に影響を受けたと。
加藤 そうですね。2代目のオープニング「聖闘士神話~ソルジャー・ドリーム~」も好きです。流れたら自然と熱くなってしまいます。もうひとつ好きなのが、セリフですね。ひとつひとつの技名もそうですし、それぞれが名乗るところとか。
――ケレン味のある演出が印象的です。
加藤 ケレン味もそうですし、ストーリーが大人っぽいところにも惹かれました。当時は小学生、しかも低学年なので、内容をきちんと理解していたわけではないと思うんです。それでも、あのヒロイックな雰囲気が大好きでしたね。
自分の中での「ヒロイックなもの」の指針になっている
――玩具やゲームでも遊んでいましたか?
加藤 そうですね。絵を描くのが好きだったので、聖衣の絵をトレーシングペーパーで写していたのですが、うまくできないときは母に頼んでいました(笑)。玩具だと、聖衣が装着できるおもちゃが好きでした。アニメを見ていたとき、聖矢たちが戦っている「コロッセオ」が発売されるというCMが流れたんです。それがめちゃくちゃ欲しくて、クリスマスシーズンだったから「サンタさん」におねだりしました。そうしたら当日に大きな箱が届いていて、喜び勇んで開けたのですが、中身はコロッセオだけで。キャラクターが入っていないんですよ(笑)。
――加藤さんだけじゃなく、「サンタさん」的にも中にキャラクターが入っているものだと思いますよね。
加藤 それがショックすぎて(笑)。たしかにパッケージをよく見ると「キャラクターは別売りです」と書いてあるんです。そのときに「別売り」という言葉の意味を思い知りました(笑)。あとはファミコンで発売された『聖闘士星矢 黄金伝説』もかなりプレイしましたね。パスワードで(発売元である)バンダイの住所を入れると、キャラクターがめちゃくちゃ強い状態でスタートできたのをおぼえています(笑)。
――キャラクターは誰が好きでしたか?
加藤 僕は紫龍ですね。物語としては、サンクチュアリ(聖域)が舞台の十二宮編がいちばん印象に残っていて、黄金聖闘士(ゴールドセイント)と黄金聖衣(ゴールドクロス)にはとくに思い入れがあります。今にして思えば、『死亡遊戯』的な、階層がひとつ上がると相手も強くなっていくシステムを、星座の設定にうまく落とし込んでいるなと感心しますね。
――オープニング、エンディング曲を含めて、音楽的な部分で影響を受けているところはありますか?
加藤 直接的な影響はないかもしれないですが、80年代後半から90年代初頭のアニメーションや『週刊少年ジャンプ』で連載されていたヒロイックな作品を浴びるように見ていたので、自然とケレン味が養われているところはあると思います。それは作家としての強みになっているというか、自分が担当した『めだかボックス』や『食戟のソーマ』、『Dr.STONE』の音楽には、少年時代に培(つちか)われたヒロイックなものに対するひとつの指針が生かされていると思います。
――ヒロイックな物語に対する無意識レベルの刷り込みがあると。
加藤 引いては日本のアニメ全般におけるアピールポイントにもなっていると思います。劇伴を担当する人間としても、そこをひとつの「推しポイント」として考えていますね。最近は日常を描く作品やスポーツものの音楽を担当することが多くなりましたが、自分のルーツを考えると『聖闘士星矢』にたどり着きます。
③劇伴に対する考え方を
広げることになった『Free!』
数々のアニメ作品で劇伴を手がける加藤達也に、人生を変えた3本のアニメを紹介してもらうインタビュー連載の最終回。今回は、劇伴への取り組み方や意識が大きく変わったという『Free!』について。長く続く作品だからこそ突き詰めることができた、劇伴と作品の関係性とは?
自分の中に『Free!』以前/以後という明確な区別がある
――3本目は、加藤さんがシリーズに長らく関わる『Free!』を挙げてもらいました。
加藤 劇伴作家としてターニングポイントになった作品です。以前から京都アニメーションの作品に関わりたいと思っていたので、念願でしたね。もうひとつ、大きなターニングポイントとなった作品に『境界線上のホライゾン』があるのですが、あの作品は特殊な制作環境でした。原作者の川上稔さんがすべての指揮を執っていて、音楽の発注表も川上さんが担当されていたんです。
――それはすごいですね。
加藤 そうなんです。僕は音楽担当として、川上さんのオーダーに沿いつつも、自分の主張やアイディアを盛り込みながら音楽を制作しました。それまでの作品ではオーダーに応えていくことに必死だったのですが、音響監督ではない原作者の発注ということもあり、より自分自身の視点での発想やプロデュース力を試され、鍛えられた作品でもありました。
――なるほど。
加藤 そのときの音響監督が鶴岡陽太さんで、その後、『Free!』で再びご一緒することになりました。『Free!』では鶴岡さんがメニュー(発注表)を作成してくださったのですが、川上さんとは別の意味で難しかったんです。すごく詩的で、情緒あふれる表現をされる方で、ひとつひとつの言葉にさまざまな意味が込められている。『Free!』は田舎の港町が舞台の物語なので、最初はそうしたシチュエーションに合わせた温度感を狙っていました。ただ、鶴岡さんからの発注はオシャレでポップなもの――死語だけど「ナウい」イメージだったんです。そのギャップを埋める必要があり、日常のメインテーマとなる一曲目を作るまでにすごく時間がかかりましたね。
――「Rhythm of port town」ですね。
加藤 そうです。あの曲ができたときに、ようやく作品に対する劇伴作りの核をつかめた気がして、それが10年経った今も広がり続けている感覚があります。最初の第一歩を踏み出せたところに、ターニングポイントがありましたね。
――それは作家として、発注に対する応え方のセオリーが生まれたということでしょうか?
加藤 むしろ、それまで培ってきたセオリー外のことをやり始めた作品でした。与えられたオーダーに応えることは当然責務となりますが、その上でアニメ作品と音楽の距離感や、アニメと自分自身との距離感を考えながら、その作品の音楽全体をプロデュースする視点を大切にしたのが、『Free!』だったと言えます。
――そうした考え方は、具体的な音楽制作手法にも影響を与えたのでしょうか?
加藤 そうですね。もともと僕は、劇伴をやろうと思って音楽の世界に入った人間ではないのですが、『Free!』の時期に「劇伴とは何だろう?」という疑問をあらためて抱えることになったんです。たとえば、ハリウッドの作品を見ると、歌曲と劇伴を完全に棲み分けるのではなく、サウンド的にそれらを組み合わせるものも多かったり、スタイルは千差万別で。『Free!』でも伝統的なスコアリングのみにこだわらず、ポップス的な音作りを劇伴に取り入れたり、音楽ジャンル的な縛りをあまり考えないようなスタンスで制作しています。
――歌ものの要素を、劇伴に取り入れる。
加藤 音色だけではなく、メロディラインやハーモニー、また同じハーモニーでも内声(コーラスの高音部と低音部の中間)の積み方などを分析して劇伴に組み込んでいます。そういう意味でも、『Free!』以前/以後という明確な区別が自分の中にありますね。
キャラクターの関係性を考えて音楽を付けるようになった
――『Free!』が競泳部の日常を描く物語であることも大きかったのでしょうか?
加藤 よりシンパシーを感じる部分ではありましたね。僕自身がスポーツをしていたこともあって感情移入がしやすかったですし、京都アニメーションの作品ですから、キャラクターの描写がすごく丁寧じゃないですか。
――感情の機微がうまく描かれています。
加藤 その繊細さに引っ張ってもらって、自分もまた成長していったのかなと思います。『Free!』自体、長く続くシリーズで、作品自体が変化していったのも大きいですね。
――キャラクターたちが大学に進学していきますね。
加藤 そういった物語上の変化やスタッフィングにも変化があるなかで、当初は各々のキャラクターや個別のシチュエーションに対して音楽を付けることも多かったのですが、時間の流れとともに次第にキャラクター同士の関係性に焦点を当てたり、ストーリーに対して比較的俯瞰で音楽を付けていくようになりました。これは他の作品での作業においても、表現の幅という意味でエポックな考えになり、役立っていますね。
――長期にわたるシリーズだからこそ、音楽が果たす役割を変えることができて、それが作品に対する視野を広げることにもなった。
加藤 はい。もちろん、キャラクターをストレートに表現することも必要ですし、逆に世界を第三者的視点で見た音楽が必要なときもあります。そうした音の付け方に対する立体感を意識するようになりました。若い頃はずっと「自分の個性を出さなきゃ」「個性って何だろう?」と思っていた気がするんです。それが『Free!』という作品を前に「この作品において、僕だからこそできることは何だろう?」と考え続けるうちに、そこから解き放たれた感覚はありますね。
――劇伴と歌もののシームレスな部分でいえば、『Free!』ではスペシャルソングというかたちで加藤さんが制作したボーカル曲が使われています。
加藤 あれはもう少し作為的なきっかけで、(音楽制作の)ランティスのプロデューサーさんのアイデアですね。『Free!』第1期の頃に「メインテーマのメロディを使った特殊エンディングを最終回に流しましょう。歌詞を付けて、メインキャストたちが歌っていたら感動しませんか?」という提案があったんです。それをやってみたら映像にもすごくマッチして、シリーズの恒例になっていった、という流れでしたね。
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