【授权转载——轻之文库】【轻库娘的灵魂拷问】对谈美树本晴彦:无法停下前行的脚步

(本次采访时间为2019年8月17日,于广州麼多动漫游戏嘉年华的签售会)


轻之文库VOL.1(以下简称“轻库”):老师您好,我们是轻之文库VOL.1。十分荣幸能够采访您。接下来我们会对您进行采访,请多关照。

美树本晴彦(以下简称“美树本”):我才是,请多多关照。


轻库:首先请您自我介绍一下。

美树本:我过去在日本开始这份工作的契机,是担任了动画的角色设计。虽然担任《超时空要塞MACROSS》的角色设计是开始的契机,但之后与动画稍微保持了一些距离,以插画和漫画为中心展开了工作。最近我又接到了动画角色设计的工作联络,在《铁甲城的卡巴内瑞》这部动画中担任了角色设计。基本上还是以插画或是游戏角色设计以及漫画为主。以上,我是美树本晴彦,请多关照。


轻库:老师在《MACROSS》系列以及《无限地带23》中所设计的歌姬偶像形象给人留下了很深刻的印象。老师是如何将歌手与偶像的要素加入到角色中去的?有没有从现代偶像中获得灵感之类的?

美树本:首先,关于《MACROSS》。其实并不是什么要出现偶像的企划。像动画制作这种情况,一般角色大多是在企划定好大致方向之后才委托设计的。而《MACROSS》,刚好是我当时经常往来的Studio Nue所进行的企划。所以我从很早的阶段开始就参与其中了。在原型成形之前,我就已经在参与讨论了。在这之中,企划也做了很多变更,我也跟着画了很多角色。我当时很喜欢松田圣子以及中森明菜这样的偶像歌手,于是经常会乱画一些东西。某次我在自己乱画时,画了一个身穿旗袍的女孩子。结果这幅画被Studio Nue看中,他们说这个角色很有趣,就用它吧。于是被采用为女主角的形象了。其中也如我刚才所说的,我是松田圣子以及中森明菜的粉丝,也当过追星族。然后我提出要不要尝试下在机器人动画中加入偶像歌手的要素。在以前的动画主题曲里,这是很有魅力的一件事。当初我一直在看动画,也就在我听偶像歌手唱歌的那段时间,突然产生了让偶像歌手来唱动画主题曲也不错的想法。这并不是我一个人这么想,当时与河森也讨论了这些想法。之后就发展成不如把偶像歌手唱的歌加入到机器人动画之中的想法。渐渐这个想法在Nue的成员中获得了认可,大家也觉得这样很有趣。最终决定在动画中加入偶像歌手。在这之前,我记得一开始旗袍女孩是设定成中华料理店的招牌店员,然后去参加城里举行的歌唱比赛。但是后面觉得设定成偶像会更有趣一些,才出现了偶像歌手的设定。


关于《无限地带23》,按年代来说毕竟是在《MACROSS》之后,所以已经属于出现偶像歌手也不稀奇的环境。而当时担任监督的石黑升说要是同样用偶像歌手的话就太无聊了,有没有什么有趣的点子。于是设计了一个纯CG的偶像歌手。让实际住在城市的人认为这是真的歌手,其实却是CG的设定。接到这种委托时,老实说已经是我在《MACROSS》画完偶像歌手之后了。所以当时在想又让我画偶像歌手有点困难啊。尽管如此,我还是画出了一些区别。不过在参与《无限地带23》时,我真的只是帮忙的程度。而且只是画了夏娃而已,属于不太正规的参与。不过至今在我心中时祭夏娃也是十分喜爱的角色。


轻库:感谢老师如此详细的回答。老师以《梦幻精灵族》这部作品为首,从动画业界转向了漫画业界。这其中有什么契机呢?

美树本:其实我直到现在也不是很擅长画漫画。只是我不太擅长想故事,并不是讨厌画。我自己也觉得不够资格当职业漫画家。不过关于我开始画《梦幻精灵族》的契机,是因为当时的动画杂志——角川的《New Type》的担当在和我聊漫画的时候,有些投机的地方。在此期间,我收到了邀请。不过在这之前,在我开始工作还不久的时候,从其他大型的出版社编辑那里收到过邀请。不过那时候我实在没自信,所以有些胆怯,拒绝了人家。但是在画插画的时候受到过那个编辑的照顾,因为这些经验的关系,即使是接到角川的邀请时我还是有些踌躇。不过跟这个编辑一起工作了很久的关系,他也明白我的心情。所以我说,如果页数不多也没问题的话那我就画画看吧。只不过在这之前《New Type》的企划中,出现过几次征集漫画短篇的栏目。所以我在开始连载《梦幻精灵族》之前,好像有画过短篇。


轻库:老师的漫画《CHERISH珍爱》和《Reverb》那种纤细的画法打动了世人,这和漂亮的美少女插画风格不同。能如画出如此细致的女性举止,是不是受到了什么作品或者作家的影响呢?

美树本:大概受到了很多人的影响吧。这要提到很早以前的事情。关于漫画家的影响,在我小时候曾深受石森章太郎等漫画家的影响。但有一段时间,我从少女漫画作家那受到了一些影响。记得是初3到高中的那段时期吧。比如《波族传奇》的萩尾老师、寺江老师,《法老王之墓》的竹宫惠子老师等,曾向往过这些女性漫画家的纤细画法。所以我在画作上受到了强烈的影响。就算现在我也觉得,无论自己怎么努力都追不上。但还是很向往萩尾老师的早期作品《波族传奇》时那种细细作画的风格。虽然这种画我确实画不出来。


轻库:在《E⭐2》杂志上,经常能看到您和其他晚辈的美少女插画师对谈,比如深崎暮人老师、Syroh老师等等。您的画集『そこにいる少女たちの情憬 Girl's Scenery』发售时也有很多萌系美少女插画师给您画应援特典。在与晚辈的对谈中,您有没有什么新的收获或领悟?

美树本:首先就你刚才说的年轻画家们在一些小杂志上画图的事情。从商业角度来看,我毕竟年纪大很多,为了吸引那些年轻的读者们,还是加入一些现在那些很精神很活跃的画家的画比较好。不过也因此能够让很多画家参与画图,这让我很开心。可能也由于时代关系,就我个人来说,虽然他们在年代和经验上属于后辈。但进入使用CG的时代后,果然还是年轻一代更容易适应新的器材。像我这样上了年纪的人,脑子也慢慢变得很僵硬了。我也自觉认识到自己的思想渐渐变得顽固起来。年轻人会如何使用,会画什么画对我们这种上年纪的前辈来说,反而会带来一种刺激。当然,我也觉得我还有很多需要向前辈学习的东西。但是考虑到眼下要如何吸引年轻人,现在要怎么画可爱的女孩子才好。反倒是有很多需要向后辈画家们学习的地方。所以有机会和这些人交流的时候,反觉得自己有些丢脸。感觉他们反倒是会顾虑我的感受。当然对方确实也会顾虑我,所以我感觉十分不好意思。认识到自己真的上年纪了。


轻库:老师和其他同年代的作家、插画家不同,画风十分多样,感觉大概每过十年画风就会变化。这种维持进步的态度,您自身抱有什么看法呢?

美树本:很感激大家能够这么看待我。我自己也确实会做出一些细小的变化,但是像改变整体画风、或是这次换个画法之类的想法反而很少了。年轻的时候,在各种作画中或是在画面中把角色用杂志的封面倒立起来,于是放在书架上时,脸会被遮掩起来。但是我也没考虑这些,把他们倒立起来。当初做了很多这种淘气的行为,不过随着年纪增长开始反而开始向王道发展,某种意义来说这也是成型了吧。但是另一方面来说,我也挺喜欢看新人或是现在的人气画家所画的图。只不过没有像年轻时那样要粉哪个画家,没有那种执着于粉哪个画家的心情了。所以可能有认识这幅画,但不认识作者的情况。不过我经常看别人的画,也会注意这样很好,那样很棒的地方。在我自己画的时候,也会无意识地受到影响。或许就如你刚才所提问的一样,虽然不知道是不是十年一个周期,大概这就是让大家感受到变化的原因吧。


轻库:老师在画应援插画时,感觉像是为了接近画的原案风格去画的。这其中有什么理由呢?

美树本:关于这点,我本身并不讨厌模仿其他人的画风。虽然平时不会因为兴趣这样画,但比如像过去接到高达这类作品的工作时,我会十分乐意地去模仿。只不过在经历了各种工作后,我感受到,虽然把别人画的角色再画给那个人看,会有一些共通的地方,但我不擅长用自己的风格去画别人的角色。我觉得这对自己很不划算,更重要的是害怕自己会抢了人家的地盘。本来在自己擅长的领域上加入一些他人的画风也是一个好办法。但我总是有点抵触,害怕抢了人家地盘,也因此经历过一些失败。但从结果来说,只要能从别人的地盘上学到一些东西,我也觉得没什么关系。包含这些事情在内,在画其他人的画时,尽量舍弃这种想法。剩下就是关于画风的一些想法,当然并不是要说谁的想法正确或是什么想法正确,纯粹只是我个人的一些想法。比如眼睛的形状要怎么画、鼻子的形状要怎么画,像这种细节的成型并不是形成画风的关键。我是这么认为的。就算用别人一样的画法去画,也能表现出那个人本身的风格才是画风吧。所以就算是模仿别人的画法去画,只要大家能看出这是我的画,我认为这样就足够了。所以让我去模仿他人画风,我也不会有任何抵触的去画。


轻库:老师参与的《铁甲城的卡巴内瑞》在中国也十分有人气,特别是里面的角色受到中国粉丝的好评。对那些年轻动画粉丝来说,也成为了认识老师的契机。大家觉得这里面的角色和现在流行的萌系角色有着不同的魅力,从老师的角度来看,你认为这份魅力是什么?

美树本:首先,很感谢大家的热情。关于这个问题,让我来发言有些困难。动画的角色最终是以影像形式呈现在大家面前,要说有没有魅力当然角色原案也是很重要的因素之一。但更为重要的是那些实际上进行作画的工作人员,以及考虑如何呈现这些角色、或者说是画出设计图的监督和演出人员的功劳。依靠他们的力量,角色才真正变得活灵活现。要说我自己画的时候包含了哪些,有些难以开口。只不过,如果大家觉得角色很有魅力的话,这是因为监督和演出人员的想法十分有魅力,以及在现场进行作画的作画监督和各种工作人员能够画出如此有魅力的画。不如说,所谓的角色原案只要现场的工作人员画工好,反倒是无论画什么都没问题的感觉。我自己反倒是多亏了动画制作公司的关系,才让大家认识了我。


另外关于与现在的主流不同的原因,那是因为监督是一位十分热心研究的人。他看了我过去画的很多作品,不仅带来了让我画的《铁甲城的卡巴内瑞》角色原案,还收集了很多我以前画的插画和漫画的图。所以我在接到工作委托的时候,受到很多我的画包含在内的资料。然后说这个角色请用以前画的这个角色风格来画,我也十分好理解他要的风格。而且对于画的本人而言,里面还有一些本人画过但是已经忘记的画在里面,真的是很感激。监督很有热情也乐于研究,估计监督自己也认真思考过美树本应该是这个时期的画最有魅力。然后让作画监督去研究,如何画出美树本风格角色的魅力。于是才有了现在这种与主流不同却很有魅力的感觉吧。


轻库:老师以《机动战士高达0080:口袋中的战争》为首,开始担任高达系列的角色设计,之后画了很多高达系列的插画。这其中有什么契机呢?

美树本:首先避免误会,我先声明一下。其实我在《高达》系列中没有担任过多少角色设计和原案。虽然我在《机动战士高达0080:口袋中的战争》中担任了角色设计,其他就是一部分游戏里画了一些角色而已。让大家错以为我经常参与《高达》的原因,可能是因为我在角川出版的《高达》系列文库本中画了很多插画的关系吧。其中也画了很多其他人设计的《高达》角色,大概由于这些影响让人误以为美树本画了很多《高达》角色吧。实际上我并没有画过多少。不过毕竟也是我喜欢的作品,今后也希望能以各种形式参与或是帮忙。说道我第一次参与《机动战士高达0080:口袋中的战争》角色设计的契机,还是当时的制作公司SUNRISE还处于富野监督制作《高达》的时代发生的事情。当时SUNRISE内部有一些人考虑如果《高达》要进行各方面发展的话,除了富野监督的《高达》之外,或许也需要一些其他人制作的《高达》。抱着这些想法的人开始召集人开始制作新的《高达》,所以邀请了我。当时我因为参与了《MACROSS》的关系,很多人知道了我的名字,因此才会找上我吧。


轻库:《高达剧场版 闪光的哈萨维》明年即将上映。这是时隔多年的原创动画,关于这个作品有没有什么可以分享给大家的内容呢?

美树本:关于《闪光的哈萨维》,我并没有什么可以发言的立场。要我说明自己工作内容的话,大概就是发表的信息里,我在名单里被写成了角色原案。这其实是SUNRISE出于对我的照顾。比如《铁甲城的卡巴内瑞》中我负责的是角色原案,所以我也画了不少自己设计的角色提交给制作组。但是在《闪光的哈萨维》的名单里写的角色原案稍微有些意思不同,其实这次我并没有为剧场版做任何工作。只不过原本小说就有插画,所以动画的工作人员姑且也以此来作为参考,所以在名单里挂上了角色原案的头衔。我本人并没有不满,反而觉得十分感激。只是觉得有些丢脸,因为动画的角色是一些画工很厉害的人画的,就算不以我的插画为基础去画也会很棒。所以大家要是以为像《铁甲城的卡巴内瑞》一样由我来画人物的话,那就并不是这么回事了。


另外,关于作品本身的内容我虽然不能说什么,但我听说是一部质量非常高的作品。大家可以尽情期待。


轻库:老师担任的漫画《机动战士高达Ecole du Ciel 天空的学校》以及《超时空要塞MACROSS THE FIRST》已经连载了多年,读者们也一直期待着完结想象着会临来什么结局。能不能透露下大家关心的剧情发展以及何时完结的消息呢?

美树本:这个有很多十分难说明的理由在内。首先关于《超时空要塞MACROSS THE FIRST》,目前处于休刊状态。关于这部作品的创作,老实说我目前处于待机的状态。虽然我也有其他工作的安排,但是像《超时空要塞》以及《高达》这种版权作品,并非创作者可以擅自创作的。现在也是等待诸多人士的想法经过商讨得出结论的状态,不过结论应该不久就会出来了,虽然不清楚会变成什么样。而关于《机动战士高达Ecole du Ciel 天空的学校》并不是因为这种理由,而是角川认为我开始《超时空要塞MACROSS THE FIRST》的连载了,所以《高达》这边先休息一下休刊了而已。不过根据情况,我可能会前提完结《机动战士高达Ecole du Ciel 天空的学校》。


轻库:老师在2004年以及2005年时参加过上海的活动,而2012年参加了北京的活动,这次来到了广州参加活动。大概老师也去过香港等其他地方,与上海和北京相比,还有香港、台湾这些地方有什么与广州不同的印象吗。

美树本:香港最近都没去过,不太清楚现在是什么样子。但是在广州稍微逛了一下,有一种怀念的感觉。用东京来说的话,就像是池袋还在昭和时代时的印象。香港我想已经变得很现代化了,我当时去的多的时候还是20年、30年以前的时候。当时的街道给我一种乱七八糟、吵吵闹闹很有活力的印象,十分有魅力。我在广州也感觉到了类似的气氛,可以说十分符合我的喜好,十分有趣。上海和北京的话,我没怎么逛过。但是关于上海,我只去过市中心,所以反倒是觉得好现代化。比如说大厦就像是日本现在的涉谷一样,完全就是一副现代化街道景色。不如说有些设计奇特的大厦反而比涉谷还多的感觉,像这种地方也很让人震惊。关于北京,我倒没有在市中心逛过,所以北京给我的印象还是万里长城。当时我爬过那些石台阶,这可是累死人了。一个台阶大概有50-60厘米吧。当我爬的很累的时候往后一看,感觉自己比后面那些中国的老年人还不中用。再次感受到这真是个厉害的国家。


轻库:感谢老师回答。最后请对中国的粉丝们说几句话。

美树本:就像我刚才说的,我的工作都是接到委托之后才决定要怎么做。目前关于我的工作是什么情况,不太好在这里说明。无论是动画、还是游戏或是插画以及漫画,暂时都还没法停下来,所以还会继续画下去。我自己也还有一些想要做的事情,包含这些在内,也希望大家能够继续支持。感谢大家。



日文原文

——美樹本晴彦先生、はじめまして、軽の文庫Vol.1です、此度にインタビューできて光栄です。ひとまず読者に自己紹介をお願いします。

美樹本晴彦:そもそも昔日本の方でこちらの仕事を始めたきっかけはキャラクターデザイン、「超時空要塞マクロス」のキャラクターデザインをやらせていただいたのがきっかけではありますが、その後はアニメーションとは少し距離を置いて、イラスト、コミックの方を中心に仕事して参りました。最近ではアニメーションもまた声を掛けて頂いて、「鋼鉄城のカバネリ」のキャラクター原案などやらせていただいてますが。基本的にはイラストあとゲームのキャラクターデザインですとか、あとはコミックの作業が中心となっております。美樹本です。よろしくお願いします。


——「マクロス」シリーズと「メガゾーンツースリー」の歌姫アイドル要素が深い印象を残しましたが、先生はどのように歌手アイドルの要素をキャラクターに巧みに統合しましたか?現代のアイドルからインスピレーションを引き出しますか?かつて一緒に「トップをねらえ!」を創作した貞本義行先生は、いまでも女性アイドルグループに夢中ですね。

美樹本:まず「マクロス」に関して、そもそも別にアイドル歌手が出る企画ではなかったです。でもアニメーションの場合、キャラクターデザインの仕事っていうのはある程度企画の形が固まってからご依頼を頂くことが多いですが。たまたま「マクロス」につきましては、僕は当時出入りさせていただいたスタジオ鵺さんというところの企画でしたので、かなり初期の段階から参加させていただいたので、原型が固まる以前から色々と話の中にも入れていただいておりました。そんな中で企画が色々形が変わるに従って、こちらもキャラクターを色々描かせていただいたりしました。僕が当時松田聖子さんとか、中森明菜というアイドル歌手の方が結構好きで、そんな中で色々絵を落書きしていたときに、自分が描いた落書きにチャイナドレスの女の子を描いたですよ。そうしたらそれがスタジオ鵺の方の目に留まって、このキャラクターは面白いから使おうということになって、それでヒロインとして使いましょうということになりました。そんな中で先ほどお話したように松田聖子さんとか、中森明菜のこと、僕は割とファンで、追っかけてました。それでたまにはアイドル歌手とかをアニメでロボットものに出てもいいんじゃないっていう話をさせていただいきました。昔のアニメーション主題歌っていうのいは、それは非常に魅力的なんですが、当時アニメをずっと見ていたので、それでアイドルの歌とかも聞いている中で、アニメーションでもアイドル歌手の歌が歌うようなものが主題歌になってもいいんじゃないっていうことが当時思い付きました。僕が一人言ったわけじゃないですが、河森君とかと一緒にそういう話をしていて、その中でアイドルの歌をロボットものに出しちゃおうみたいな話になって、それがだんだん鵺の方の中に面白いじゃないかっていうになって、それでアイドル歌手を出そうということなりました。ですから、それ以前チャイナドレスの女の子は中華料理店の看板娘で、町の歌コンテストっていう喉自慢大会に出るというネタは途中にありましたが、それよりアイドルにした方が面白いよねということでアイドル歌手の設定が生まれました。


「メガゾーン」に関しては、時代的にマクロスの後ですから、そういうアイドル歌手とか出ても既におかしくはない状況の中で、監督された石黒昇さんが「でも同じ普通のアイドル歌手じゃつまらないから、何か面白いアイデアはないか?」ということで、それでCGのアイドル歌手を出しました。それが実際町で暮らしている人には人間のアイドルだと思って見えるだけど、実はCGだという設定です。そんな話をしていただいた時、正直僕はマクロスでアイドル歌手を描いた後でしたので、またアイドル歌手を描くのがちょっと厳しいな、難しいなと思いました。それでも、ある程度の差別化をさせていただいきました。ただ、僕は「メガゾーン」の場合本当にお手伝い程度でしたので、イヴをデザインをさせていただいただけですから。ちょっと変則的な関わり方ではありましたが、今でも自分の中で時祭イヴも好きなキャラクターですよ。


——先生が「マリオネット・ジェネレーション」を始めに、アニメーションからコミックに転換したのは、漫画分野の発展はどうのような考慮をしたのか?

美樹本:僕は今でも漫画の仕事ってのは決して得意ではないですよ。お話を考えるのはあまんり得意ではないので、嫌いではないです。決してプロとしてやっていくには、自分でも力不足だと思っております。ただ「マリオネット・ジェネレーション」を書くきっかけというのは、当時アニメ雑誌の、角川のニュータイプさんで担当してくださっている方が割と漫画の話をすると気が合うところがあって、その中で声をかけていただいたですね。ただ、実はそれ以前仕事を始めてそんなに間がない頃に、別の大手の出版社の編集さんから声を掛けて頂いたことがありましたが。さすがにそのときはあまりも自信がないということで、ちょっと怖くなってしまってお断りしました。その編集の方にはイラストの仕事で少しお世話になったことがありますが、その経験がありましたので、角川さんから声をかけていただいた時も実はちょっと尻込みしました。でも非常に一緒に仕事させていただいて、こちらの気持ちもわかってくださる担当さんでしたので、それでちょっと少ないページでよければとういうことでやらせて頂くことになりました。ただその前にニュータイプさんお企画に確か漫画の短編を集めたプロコンみたいなものを付けることが何回がありました。なので「マリオネット・ジェネレーション」の連載をやらせて頂くこと以前、確か短編をちょっと描いたことはあると思います。


——先生の漫画「Cherish」と「Reverb」を読むたびにその繊細さに打たれました、他の美しい少女イラストレーターとは異なり、女性の物腰を細かく描くのは、何らかの作品や著者の影響を受けていますか?

美樹本:多分色々の方の影響を受けてますね。ちょっと古い話になりますが、漫画家さんという点について、僕が子供の頃に石森章太郎さんとかそういう方の影響を強く受けましたが、でも一時は少年漫画ではなくて、少女漫画家さんの影響を受けることがありました。多分中学3年から高校ぐらいだと思いますが、例えば「ポーの一族」の萩尾望都先生とか、あとは寺江とか、それと「ファラオの墓」の竹宮恵子先生とか、そういう女性の先生の繊細なタッチにちょっと憧れた時期がありまして、それで絵柄的には強く影響を受けていますね。とてもじゃないけど、今でもやっぱりどう頑張っても自分には無理、感覚的には追いつけないと思いながらも、やっぱり萩尾望都先生の初期の「ポーの一族」頃の徐々的な画面作りに、今でもすごく憧れるものがあります。だたとてもじゃないけど、描けませんよね。



——「E⭐2」誌では、Syroh先生や他の後輩美少女イラストレーターとの対話がよくみれます、先生の画集「そこにいる少女たちの情憬 Girl's Scenery」がリリースするときもたくさんの萌系の美少女イタストレーターが応援特典を描きました。後輩との会話になにか新しいものや洞察ありますか?

美樹本:まず今お話しに出た画集に若い作家さんたちがちょっと小雑誌みたいなもので絵を描いてくださったことに関しては、やっぱり僕は年寄りなので、若い読者さんにアピールするためには、今の元気で活躍されている方の絵も一緒にあった方がいいんじゃないという非常に商業的なことからだと思います。でもお陰様で色々な方に描いていただいて、非常に嬉しかったです。ただ時代にもよると思いますが、僕個人としては、彼らは年代とかキャリア的には後輩なんですが、やっぱり明確なのはCGを使うようになってから、若い方の方が新し器材に対しての対応がうまいし、吸収力もあります。やっぱり年を取るとだんだん頭も固くなってきます。自分がどんどん思考が固まってきているという自覚がありますので、若い方がどう使うとか、どういう絵を描いているとういうことの方が、むしろ年的には先輩である僕らには刺激になると感じています。勿論自分よりも年上の先輩方にも学ぶべきことも山のようにあると思いますが、やっぱり目先は若い人にアピールするにはどうしたらいいかとか、今可愛い女の子を描いたらどういうのがいいんだろとか、ということを中心に考えますと、むしろ自分より年下の新しい作家さんに学ぶべくことが多いかなと思って、見てますよね。そういう方と一緒にお話しさせていただき機会があると、なんか肩身が狭いといいますが、逆に気を遣ってしまいますので、非常に申し訳ないと思って、年を取ったなと実感します。


——他の同年代のクリエイターと違い、先生のステイルが多様で、ほぼ10年ごとに一新なステイルになり、常に進歩的な姿勢を維持しています、このような創造的な考え方をどのように維持しますか?

美樹本:そう見ていただけるのはまず非常に有難いことです。どうもありがとうございます。自分自身ではもちろん細かいところで今回は「こうしてみようとか、あしてみようとか」という変化はないわけではないですが、ただ大げさに絵柄を変えようとか、今回描き方を変えてみようということはむしろ少なくなりましたね。若い頃には色々な絵作りとか、それこそ画面の中にキャラクターを雑誌の表紙で逆さましてしまったりとか、そうすると本棚に並べたときに顔が隠れるというわけです。そういうことを考えずに、逆さまにしまったりとか、結構やんちゃなことをやってました。でもやっぱり年を取るとだんだん大人しくなってしまって、王道で攻めるようにはなってしまったので、ある意味固まったじゃないかなと思います。ただ反面として、新しい方とか今人気のある方とか、そういう方の絵を見るのはもちろん嫌いではないので、でも若い頃のように、どの作家さんを追っかけるとか、そういう個人の作家さんに執着して追うということは無くなりました。ですから下手に言うと、絵は知っていても作家さんの名前は知らないということもあります。ただ絵そのものは割と頻繫に色々見て「こういうのいいな、ああいうのいいな」っていうのは気にしていますので、描くときに無意識のうちに影響が出ていると思います。それが多分先質問されたように、十年ごとに周期があるかどうかは分かりませんが、変化を感じていただけるような理由ではないかと思います。


——先生が応援イタストを描くとき、常に絵の原案を模倣し描きます、その理由は?

美樹本:まず他の方の絵柄をまねをするのは元々嫌いではないですよ。普段趣味で描きはしませんが、例えば以前はガンダムを始め、ガンダムは代表的ですが、仕事でいただいたら喜んでまねをして描きます。ただ色んな仕事をやらせていただいて自分で感じるのは、他の方のキャラクターをその方に似せて描いてしまうのは、通じるところはありますが、自分の土俵に引き込んで描くっていうのは苦手なんですよ。なんか自分にとって割が悪いなと思っても、相手の土俵に乗ってしまうところは自分には多くて、本来は自分が得意な自分の土俵に他人の絵柄でも何でも持ち込んだ方が得策ではあるんですが、どうもそれが苦手で相手の土俵に乗っかってちゃうところはあります。その時はそれでちょっと失敗するときもありますが、結果的に相手の土俵で多少でも得るものでもあれば、それはいいかと思います。そういうことも含めて、他の方の絵を描かせていただくときは、そういう考えは極力捨てるようにします。後は絵柄に対しての考え方でもありますが、もちろんこれは誰の考えが正しいとか、どういうことが正しいというわけではありませんので、あくもで僕の勝手の考えですが、例えば目の形をどう描くとか、鼻の形をどう描くとか、そういう細かい形の取り方とか、そういったもので絵柄って形成されるものじゃないでしょうと僕自身は思っています。例え人と同じ描き方をしても、その人のらしさを出てこその絵柄でしょうと思いますので、ですから人の絵を真似しても、それで僕の絵と感じて貰えばそれでOKと思っています。だから敢えて他の方の描き方を真似するのも、まったく何の抵抗もなくやらせていただきます。


——「甲鉄城のカバネリ」は中国でも非常に人気があります、特にキャラクターが一致好評となり、多くの新世代のアニメーションオーディエンスが先生を知るきっかけとなります。「甲鉄城のカバネリ」のキャラクターは今流行る萌系の女の子と違う魅力があると思いますが、せんせいはその魅力は何だと思いますか?

美樹本:まず、ありがとうございます。それに関しましては、僕からコメントするのは難しいですが、アニメーションのキャラクターが結果的に皆さんに見ていただく映像が魅力的なるかどうかっていうのは、キャラクター原案がどうこうということも勿論大事な要素の一つではありますが。それ以上に、実際に作画をしてくださる方、あとそのキャラクターをどう見せようか考えて、ある意味設計図を引いてくださる監督さんとか、時々の演出さんの力によって初めてキャラクターが生きてくるというです。僕自身が描いたときに、どうこうということはちょっと言いにくいですが、ただもし皆さんに非常に魅力的感じていただけたとしたら、それは監督さんや演出さんの意図が非常に魅力的だったことと、現場で作画してくださった作画監督さんを始め色々な方が非常に魅力的な絵を描いてくださったお陰だと思います。むしろキャラクター原案というのは、現場で描く方が上手いければ、割と何を描いてもOKみたいなところもあります。僕はむしろ実際のアニメーションを作られたスタジオの方々のおかげで、ちょっと名前を知って頂けた感じもありますね。


また、時代の主流とちょっと違っていることに関しては、それは監督さんが非常に研究熱心な方でしたので。僕のむかしの絵も色々見てくださっていて、今回僕がカバネリに描いた原案だけではなくて、昔から描いたイラストとか、漫画の絵を非常にたくさん集めていただいて、ですから仕事をご依頼をいただいたときも僕の絵が資料の中にすごく色々と付いていました。「このキャラクターは前に描いたこのキャラクターの感じでお願いします」という形で、それは凄く分かりやすいです。あと描いた側としては自分が忘れているような絵もそこに入っていましたので、それはとてもありがたいことです。そういう監督さんの強い熱意っていうか、研究熱心な部分が多分監督さんなりに美樹本の絵は多分この頃が一番魅力的だったじゃないかなと、恐らく監督さんなりに考えていたと思います。それを作画監督に如何にこう美樹本キャラクターが魅力的に見える描き方を研究してくださったお陰です。それで今の他の主流ものとは若干違っていても魅力的に見えてくれたじゃないかと思います。


——「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」は先生が初めて「ガンダム」シリーズのキャラクターデザイン担当ですが、それからも多くの「ガンダム」シリーズのイタストを描きました、そのきっかけは何ですか?

美樹本:まずは誤解がないようにお断りしますと、実はガンダムシリーズでキャラクターのデザインとか原案はそんなに数をやってないですよ。「ポケットの中の戦争」はキャラクターデザインやらせていただきましたけど、後は細かいゲームの一部の何人かを描いた程度で、多分ガンダムかなり参加しているような錯覚していたのは、角川さんで出しているガンダムシリーズの文庫本でかなり絵を描かせていただいてますので、だから他の方のデザインのキャラクターも散々描かせていただいてますので、そういった影響で結構美樹本がガンダムの数やっているような感覚を持って頂けているじゃないかと思います。実際なところ、そんなに数は描いておりません。ただ勿論好きな作品ですので、今後も色んな形で参加したり、お手伝いしたいとは思っております。


まず最初にキャラクターを描かせていただいた「ガンダム0080ポケットの中の戦争」の仕事をいただくきっかけというのは、当時の制作会社サンライズさんは富野監督がずっとガンダムを作られいる時代で、その中で今後ガンダムを色々な形で展開していく上では、富野監督のガンダム以外にも他の方が作ったもんも必要なんじゃないかなっていう考えを持たれた方が居ました。そういう方が人を集めて別の新しいガンダムを作ろうということで声をかけてくれました。たまたま当時僕はマクロスの仕事で結構名前を知って頂けましたので、それで声を掛けて頂けたということだと思います。


——「机动戦士ガンダム闪光のハサウェイ」の劇場版も来年上映予定ですが、これは何年ぶりのオリジナルアニメーションです、この作品にについての秘密はありますか?それをみんなと共有できますか?

美樹本:「閃光のハサウェイ」に関してましては、あまんり僕が何か発言していいって立場ではないですが、自分の仕事に関しましてご説明させていただきますと、多分発表されている情報では、僕がキャラクター原案という形でクレジットされていると思います。あれはサンライズさんの心遣いでして、実は例えばカバネリですとキャラクター原案として仕事をいただいて、自分でキャラクターというものを描いて提出していましたが、でも「閃光のハサウェイ」のキャラクター原案のクレジットはそういったものとはちょっと意味合いが違います。今回の映画のために僕は何も仕事していないです。ただ元々小説の挿絵があって、アニメーションのキャラクターを描かれた方は一応それを参考にしていますということで、それでキャラクター原案というクレジットを出していただけました。僕個人としては不満ではなく、むしろありがたいことだと思っています。ちょっと肩身が逆に狭いといいますが、でもアニメーションのキャラクターは凄くうまい方が描いてくださって、僕の挿絵なんか元にしなくてもいいじゃないと思うぐらいの方々なので、ですからちょっとカバネリのように僕が絵を描いていると思われてしまうと、そこは違います。


あと作品そのものに関しましては、内容について僕は話しませんけど、非常にクオリティー高い、質の高い作品ができそうという話は伺っています。楽しみにしていいと思います。


——先生が担当している漫画「機動戦士ガンダム エコール・デュ・シエル 天空の学校」と「超時空要塞マクロス THE FIRST」は長年にわたって連載されており、読者が待ちに待った完結はしていません。作品を完成させる計画は今あるのでしょうか?

美樹本:そこは非常に話辛いことが色々ありますが、まず「マクロス THE FIRST」に関しましては、現在お休みにしております。それにつきましては、僕も作業に関して正直に言いますと待機している状態なんです。僕も他の仕事の都合がありますが、マクロスとかガンダムと言った版権ものというのは書き手さんが好き勝手に描けるものではありませんので、色々な方々の思惑で相談をいただいたりしている中での結論を僕が待っている状態です。その結論は近々に出ると思いますが、どうなるかはまだ分かりません。


「エコール・デュ・シエル」に関しましては、そういう原因ではなく、単に角川さんが当時「マクロス始めるから、ガンダム休んで」という形で休載しました。場合によっては「エコール・デュ・シエル」の方を完結させることが早まるかもしれません。


——先生が2004年と2005年に上海に行ってイベントに参加し、2012年に北京にIDACに参加したことが有りましが、今回は広州のイベントに参加すると3番目の都市になります。 上海や北京と比較して、なにか違いイメージありますか?

美樹本:香港は最近行ってませんので、ちょっと今はどうなっているかは分かりませんけど。広州の町をちょっとふらっと歩かせたり、見て回って感じたのは、ちょっと懐かしいと言いますか、東京って言ったら、日本の池袋あたりの昭和の頃みたいな感じがしました。あと香港は多分相当近代的になっていると思いますが、僕が何回言ったりしたのは多分20年とか30年前かと思います。その頃はごちゃごちゃとした、ざわついた感じの活気ある街並みが非常に魅力的だったので、それに近いものが感じました。非常に僕が好みと言いますか、面白いし、いいなと思いました。

上海と北京はあまんりあちこち行ってません。上海に関しては本当に都心部しか行ってないので、逆に言うとすごい近代的だなと思いました。ビルもそうなんですが、例え日本の今だと渋谷とか間ところと近いような感じで、あくまで近代の街並みなんです。ちょっとデザインチックな建物とかむしろ渋谷よりも多いかな?なんかそういたものが凄く刺激的だなと思いました。


北京につきましては、あまんり中心部をウロウロしていないですが、やっぱり北京で印象に残るのは万里の長城ですね。これはもう辛くて、石段みたいなところを一応登りしたんですが、一段は50-60センチがありますかな?これは非常につらくて、だから辛いなっと思って後ろを見ると、多分中国の方のお年寄りも這いつくばってくるに対して、すげえ国だなと思った覚えはあります。


——最後に、ファンのみんなさんに一言お願いします

美樹本:先ほどお話しましたように、仕事は依頼をいただいて、初めてどうしようかという形で進めますので、今のどの仕事をしてどういう状況なのかはここで説明できません。でもアニメーションの仕事とか、ゲームとか、イラスとか、コミックとか、まだ暫くはやめるにはいきませんので、続けていきたいと思います。自分の中でまだやりたいものもありますので、そういったものを今後も皆さんに是非見て頂ければと思います。よろしくお願いします。






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【轻库娘的灵魂拷问】对谈美树本晴彦:无法停下前行的脚步