【授权转载——轻之文库】【轻库娘的灵魂拷问】专访森见登美彦:为了继续创作而不断寻求变化

(本次采访时间为2019年8月16日,于上海书展签售会。)
轻之文库VOL.1(以下简称“轻库”):森见老师您好,我们是轻之文库VOL.1,很荣幸能得到这次采访的机会。能否先请你做个简单的自我介绍呢?
森见登美彦(以下简称“森见”):大家好,我是日本的小说家森见登美彦。出道至今有16年了。主要创作的是以京都为舞台的小说,但是我本人是住在京都旁边的另一古都・奈良县。
轻库:森见老师此前来过中国大陆吗?对上海这座城市有着什么样的印象?
森见:这是我第一次来中国大陆,来上海乘坐的是一艘叫做鉴真号的船,当经由长江顺流而上逐渐接近上海的时候,我强烈地感受到了这是来到了一个巨大的国度,简直如同来到了幻想中的世界。城市中的人们也都充满了活力,让平时居住在奈良这样平静安详的城市的我感到十分意外。
轻库:我们都知道森见老师的小说《企鹅公路》所改编的动画电影,在大陆上映收获不俗的人气。这部作品,在动画制作的过程中您有参与多少,能与我们分享一下吗?
森见:确实迄今为止我有数部作品都获得了影像化,但关于制作本身我一般都不会去干涉(会检查脚本和分镜)。身为原作者的工作,其实也就是决定是否要许可将作品影像化和帮忙进行宣传而已。《企鹅公路》也是同样如此,在我许可影像化后,也就只有一次和导演以及各位工作人员进行过讨论,我并没有提出过任何要求。不过电影负责脚本的上田诚先生是我的朋友,关于制作的进程我是从他这里得知的。

轻库:在中国有许多爱好者都对森见老师小说中的各种趣味设定津津乐道,比如说神秘的「伪电气白兰」。这样的设定是如何创造出来的、灵感来源都有哪些?
森见:我创作的灵感来自很多地方,但要说灵感的源泉的话,我认为还是「词语」。每次得知有趣的词语,就会去思考该怎么使用在创作中。「伪电气白兰」是源自于实际存在的一种酒的名字,我当时觉得非常有意思,就加上了一个「伪」创作出来的。《企鹅公路》这本小说也是当我知道这个词的时候开始写的。无论何时我都会去寻找这样可以刺激想象力的词汇,找到后我就会记录下来。
轻库:《春宵苦短》是采用“少女”与“前辈”这两人视角交织构成故事。双方在京都这座城市冒险,发生各种奇遇。在爱情萌发时,两人在一起时,读者无一不为这样浪漫至极的展开而感动。事实上,这个故事能有如此的感染力和人气,与它身处的故事场景密不可分。在森见老师笔下的京都,好像永远道不完说不尽,好像这座城市是现实幻想相互交织,天上人间打成一片。而日本文坛从古至今以京都为题的作品很多,像芥川龙之介、川端康成、三岛由纪夫这样享有国际声誉的作者也写过不少。其它以京都为题的小说,您有非常喜欢的吗,能否讲讲?
森见:我本身没有特意去读以京都为舞台的小说,但我比较喜欢的是梶井基次郎(20世纪初的小说家)所写的名为「柠檬」的短篇小说。这部作品并没有明确的故事情节,只是在京都的学校感到烦闷的学生在街上漫无目的闲逛,把在蔬菜店买的柠檬放在新刊书店里,然后就离开了的这么一部小说。但是文章真的非常精彩,我到现在已经读了好几遍了。
轻库:在中国有很多读者通过森见老师的作品对京都心生憧憬,而实际前往京都进行圣地巡礼的读者也不在少数。森见老师对这点是怎么看待的呢?
森见:我自己也有在读了小说和历史书后,去作品中对应的舞台旅游的经历,因此我很明白「圣地巡礼」的乐趣。但是当对成为自己的作品的时候,自己身边的场所成为了「圣地」的时候,我依然会觉得很不可思议。
但是,我的小说里面混入了很多妄想成分在内,毕竟我写的是「伪京都」,所以想通过「圣地巡礼」获得乐趣的话,是相当需要想象力的事情。希望中国的读者也可以从中获得乐趣。
轻库:出道至今,您的小说风格和类型多样,有很多要素杂糅,更有些无法被粗暴归类为单一类型。森见老师是如何做到同时驾驭那么多种艺术类型的呢?
森见:我无法把同样的小说来重复进行创作。我自己所考虑的事情,在思维上的鲜度会逐渐发生变化。强行模仿过去的作品来创作,最终只会写出非常无聊的小说来。所以不是想去写其他各种风格或是类型的作品,而是如果不自己变化的话我就无法继续创作下去了,我不得不进行变化。
轻库:出道十六年至今,森见老师认为写作究竟是一份什么样的工作呢?能跟大家分享一下你的看法吗?
森见:我在写小说的时候最会烦恼“接下来该写什么”、“该怎么写才好”,这点从我获得新人赏的时候到现在完全没有变过。即使过了16年,在创作新作品的时候总是会感到不安,就如同出道当时还是新人的时候是一样的。最近则是觉得自己就是这样,开始逐渐放弃烦恼了。如果觉得自己什么都能写,自己很资深是专家,当有了这种确信的时候,这可能是比较危险的想法。我认为最好不要把作家当作普通的「职业」来想会比较好。

日文原文
——森見登美彦先生、初めまして。インタビューが出来て誠に光栄です。読者の皆さんは既に先生のことをよく知っていると思いますが、改めて簡単に自己紹介をお願いできないでしょうか。
森見登美彦:私は日本の小説家です。デビューして約十六年になります。主に京都を舞台にした小説を書くことで知られています。しかし本人は京都のそばにあるもう一つの古都・奈良に住んでいます。
——先生は以前中国にいらっしゃったことがございますか。上海という都市へのご印象について、お教えいただけないでしょうか。
森見:中国にくるのは今回が初めてです。上海へは鑑真号という船に乗ってきたのですが、長江をさかのぼって上海が近づくにつれ、「巨大な国へ来た」という印象に圧倒されました。まるでファンタジーの世界へ来たような感じです。あと、街の人たちがたいへんエネルギッシュです。ふだん奈良のような静かな町で暮らしているのでビックリします。
——周知の通り、先生の小说『ペンギン・ハイウェイ』から改編されたアニメ映画は中国大陸で上映され、人気を博しました。この映画の製作について、どこまでお関わりになられたのか、お教えいただけないでしょうか。
森見:これまでいくつかの作品が映像化されましたが、製作については私はあまり口を出しません(脚本や絵コンテのチェックはします)。原作者としての仕事は、そもそも映像化を許可するかどうかを決断すること、あとは宣伝への協力です。『ペンギン・ハイウェイ』の場合も同じで、映像化を許可したあとは、一度だけ監督やスタッフの皆さんと打ち合わせをしたぐらいで、何も注文はしませんでした。ただし映画の脚本を担当した上田誠さんは友人なので、彼から経過報告のようなものは受けていました。
——中国のファンの多くは、先生の作品の興味深い設定に夢中になり、話題にしています。例えば、神秘的な「偽電気ブラン」などがよい例かとおもいますが、このような設定はどのように生み出されたのか、また、そのインスピレーションの源泉について、お話をいただいてもよろしいでしょうか。
森見:アイデアはいろいろなところからやってきます。しかし一番の源泉といえるものは、やはり「言葉」だろうと思います。面白い言葉を知ったり、思いついたりして、それをどうやって使おうと考えるのです。「偽電気ブラン」というのも、実在する「電気ブラン」というお酒の名前が面白いから、「偽」をくっつけて作ったものです。『ペンギン・ハイウェイ』という小説も、「ペンギン・ハイウェイ」という言葉を知って書き始めました。どんなときでも、そのような想像力を刺激してくれる言葉を探していて、見つけたらメモしておきます。
——先生の作品の中の京都は、まるで現実と幻想が入り交じる世界として書かれています。かつて、芥川龍之介、川端康成、三島由紀夫といった文豪も京都を舞台にした作品を書かれていますが、京都を背景にした小説の中で特にお気にいりの作品はございますか?その作品について、少しお話をいただけないでしょうか。
森見:あまり京都を舞台にした小説を読んだわけではありませんが、気に入っているものといえば梶井基次郎の「檸檬」という短篇小説です。とくに明確なストーリーはなく、京都の学校に通っている鬱屈した学生が街をさまよい、八百屋で買った檸檬を新刊書店の店先に置いて出ていくだけの小説です。しかし文章が素晴らしいので、これまでに何度も読んでいます。梶井基次郎は20世紀初頭の小説家です。
——先生の作品を通して、京都に憧れを頂き、聖地巡礼に行った中国読者も多数存在します。この現象について、ご感想をお教えいただけないでしょうか。
森見:私自身も小説や歴史書を読んで、それらの舞台となった場所を旅したことがあるので、「聖地巡礼」の楽しさは分かります。しかしその対象が自分の作品ということになると、なんだか不思議な感じがします。私の身のまわりの場所が「聖地」になるからです。
ただ、私の小説には妄想がたくさん混じっていて、私はいわば「偽京都」を書いているようなものです。だから「聖地巡礼」を楽しもうと思えば、かなり想像力を働かせる必要があります。中国の読者の皆さんが楽しんでくれていることを祈ります。
——デビューから今まで、ご作品のスタイルや類型は幅が広く、さまざまな要素が取り入れられていています。先生はどのように、これほど多様な作品を創作できたのでしょうか?
森見:私は同じような小説を繰り返し書くことができません。自分の考えていることや、新鮮に感じることが、少しずつ変わっていくからだと思います。無理をして過去の作品を模倣しようとすると、たいへんつまらない小説になります。いろいろなスタイルや類型で書こうと思って書いたわけではなくて、そういうふうに変化していかなければ書き続けられなかったというだけのことです。変化せざるを得ないのです。
——デビューから約16年が経ちましたが、森見先生にとって、作家とは一体どのようなご職業だと捉えていらっしゃいますでしょうか。
森見:私はいつも小説を書くとき「次は何を書けばいいのか」「どうやって書けばいいのか」と悩んでいて、それは新人賞を貰ったときからぜんぜん変わっていません。十六年経っても、新しい小説を書くときは不安で、デビューしたばかりの新人のような気持ちです。最近では「そういうものなんだ」と諦めつつあります。「俺はベテランだ」「プロフェッショナルだ」「なんでも書ける」と確信が持てるとしたら、それは危険なことかもしれません。作家というものを普通の「職業」のように考えないほうがいいと思っています。
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