【生肉转载】Febri TALK系列——米谷良知

取材・文/宮 昌太朗


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2023年3月20日~24日

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①手塚治虫の描いた「絵」に惹きつけられた

『ふしぎなメルモ』

『勇者王ガオガイガー』をはじめ、数多くの作品を手がけてきた米たにヨシトモ監督に、影響を受けたアニメについて聞くインタビュー連載。第1回でピックアップするのは、幼少期に深く心に刻まれたという手塚治虫原作の一作。「今でも忘れられない」と話す、その魅力とは?


武藤礼子さんの演技が今でも忘れられない、これはもう初恋ですね(笑)

――1本目は手塚治虫原作の『ふしぎなメルモ(以下、メルモ)』です。手塚作品に触れたのは、マンガが先だったのでしょうか?

米たに 同時期くらいだと思うんですが、強く影響を受けたのはアニメですね。手塚先生のアニメが大好きで、『鉄腕アトム』も再放送で見ていましたし、日本で初めてカラーで放送された『ジャングル大帝』もよく見ていました。自分は東京の下町・根津出身なんですけど、地下鉄一本で行ける大手町に逓信(ていしん)総合博物館があって、そこでときどきやっていたアニメの上映会によく足を運んでいて。『メルモ』も、その上映会でたびたびかかっていたんです。


――なるほど。

米たに 小学生だった当時はビデオデッキが各家庭に1台あるような時代ではありませんでしたし、大きなスクリーンで見られるというので、よくひとりで通っていたんです。今は修正されたリニューアル版になりましたが、もともとは武藤礼子さんがメルモの声を演じていて、それがすごくよかったんですよね。メルモはミラクルキャンディを舐めて、成長したり若返ったりするんですが、大人の声も子供の声も魅力たっぷりに演じ分けていて。リニューアル版の川村万梨阿さんも決して悪くないんですが、武藤さんのファーストインパクトが今でも忘れられないんです。これはもう初恋ですね(笑)。


――メルモのどこに、それほど惹きつけられたのでしょうか?

米たに 声はもちろんですけど、しょっちゅう裸になるんですよ(笑)。絵も手塚先生がご自身で描かれたものがたくさん使われていて、原画だけでなくイラストもいっぱい出てくるんです。画用紙に水彩で描かれた原作者の絵が1話につき何十枚も使われていて、とても魅せられました。原作マンガにも出てこない新規の絵をアニメのためにわざわざ描き下ろしていて、それが素晴らしかった。


――「しょっちゅう裸になる」という話がありましたが、メルモには少しセクシーな要素がありますね。

米たに 大人の姿はけっこうセクシーですけど、小学生のメルモは本当にかわいいんです。しかも、生物学的な男女の違いであったり、どうして子供が産まれるのか?という壮大な生命の歴史を、ちゃんと医学にのっとって説明するので、いやらしい感じがない。


――たしかに、学習アニメ的な側面がありました。

米たに しかも押しつける感じではなくて、丁寧に優しく語ってくれる。もともと手塚先生は『アポロの歌』で「性」をテーマとして扱っていて、そこでも戦争や死、性について真面目に語られているんです。小学生のときに読んでいたんですが、『アポロの歌』のあとに幼い少女がママになる『ママァちゃん』という作品を学年誌に描かれて、これが改題されて『メルモ』になる。つまり、『アポロの歌』を子供向けに落とし込んでいくと『メルモ』になるんだということを、リアルタイムで追いかけながら体感できたんです。じつは自分の監督作『ベターマン』は『メルモ』の影響を受けて構成した作品で、「こういうものをやりたい」と思って、作品の中に生体医工学としての性の要素を取り入れたんです。


現在まで受け継がれている手塚作品の魂

――米たにさんから見て、手塚作品の魅力はどこにあるんでしょうか?

米たに マンガの可能性を魅せてくれるところでしょうか。それこそ現代のマンガも、手塚先生の手法や発想を引き継いでいたりするわけです。今日、たまたま『チェンソーマン』のTシャツを着てきたんですが(笑)、この作者が数々の映画作品のテイストを随所に取り入れるなんてことも、すでに手塚先生がやっていたりする。恐怖マンガや劇画も手塚作品に対抗するために発展したジャンルです。そういう意味で、手塚先生の影響力や遺された作品作りの魂は現在でもいろいろな作品に受け継がれているんだな、と。


――マンガの可能性を切り開いていくところが、手塚作品の魅力だったわけですね。

米たに 『火の鳥』の未来編を読んだときに「マンガって、ここまでのことができるんだ」と思ったんです。人類の滅亡から新たな生命の誕生まで、紙とインクを使って一冊で描き切ってしまった。その手腕に感動しました。付け加えると、『メルモ』って『火の鳥』のスピンオフなんです。『メルモ』のアニメ第1話では、火の鳥が産んだ金の卵から赤いキャンディと青いキャンディを作る。なので、ふたつの作品はちゃんとつながっているんですよね。皆さんも『メルモ』を見るときには、ぜひ『火の鳥』のシリーズだと思って楽しんでいただきたいなと思います(笑)。


――あはは。

米たに あのキャンディも、歳を取ったり若返ったりするだけじゃなくて、配分を調整することで遺伝子に刻まれた古代の情報を読み取って別の生き物になることができる。これはすごい発想ですよね。それこそメルモは鳥になって空を飛んだりもする。あと、メルモの弟がカエルになってしまう話があるんですけど、カエルはキャンディを食べられないから、なかなか元に戻せない。どうするのかな?と思っていたら、キャンディを蒸気にしてそれを吸わせるんです。ちゃんと科学的なんですよね。いろいろウソもありますけど、なんだか納得させられてしまうんです(笑)。


――今でも記憶に残っているエピソードはどれでしょうか?

米たに たくさんあるんですが……。最終回の少し前に、ボートに乗っていたメルモが川の激流に流されてしまって、このまま行くと滝に落ちてピンチ、というエピソードがあるんです(第24話「恋人がいっぱい」)。そこでメルモのことが好きな3人の男の子が助けようと泳いでいくんですが、その描写が、精子が卵子にたどり着くイメージと重ね合わされるんです。それを見たときは「こんなこと思いつく!?」と本当に感心しました。そしてメルモは結果的に、最初にたどり着いて助けてくれた男の子と結婚するんです。昨今では『はたらく細胞』のような作品に受け継がれていていますが、押しつけではなく、見ている人がさりげなく人生に応用できるようなアニメが作れたら、と思いますね。文学だと比喩表現って、たくさん使われています。アニメでもリテラシーを駆使して深い意味を把握できれば、人生の彩(いろどり)が増すんじゃないかな、と。そう思うんですよ。


②現場でしかわからないことをたくさん学んだ

『北斗の拳』

米たにヨシトモ監督にアニメ遍歴を尋ねるインタビュー連載。その第2回は、自身もスタッフとして参加した『北斗の拳』。80年代に大ヒットを飛ばした本作の驚くべき制作の裏側、そしてその現場で学び、今でも大切にしていることについて、たっぷりと話を聞いた。


新人がシリーズディレクターに意見を伝えられる現場だった

――2本目は『北斗の拳』ですが、米たにさんは演出助手として参加していますね。もともと、どういうきっかけでアニメ業界に進もうと思ったんでしょうか?

米たに いくつかきっかけになった作品はあるんですが、決定的だったのは『未来少年コナン』と『機動戦士ガンダム』ですね。今見ると普通に感じるのかもしれないですけど、当時、ああいうアニメは他になかった。それまで勧善懲悪の作品ばかりだった中で、人間同士が戦争をしている。見えないところから敵の砲撃が来たりするのも、すごくリアルに感じたんです。「アニメでもこういうことができるんだ」と思って、東京デザイナー学院のアニメーション科に進学しました。そこで日本最初の長編アニメ『白蛇伝』の監督である藪下泰司先生に演出を教わったり、アニメーションにおける作画技術を伝説の凄腕アニメーター森康二先生に教わったり。


――どちらも、日本の商業アニメーション黎明期を支えた方たちですね。

米たに そういう方たちに教えていただいたわけで、自分はアニメの正統後継者だという気持ちもありました(笑)。卒業後、タイガープロダクションに入社して制作進行の仕事を始めたんですが、そこから東映動画(現・東映アニメーション)に出向になり、クレジットに載らないほど多くの作品の演出助手を担当するようになったんです。


――『北斗の拳』もその頃、お仕事でたずさわった作品なんですね。

米たに そうですね。最初に参加したのが『The♥かぼちゃワイン』だったんですが、その後も東映動画のスタッフルームに席を置いて『キン肉マン』や『ゲゲゲの鬼太郎』の第3期などをやらせてもらいました。いろいろと面白い制作秘話がいっぱいあるんですが、今回は割愛して(笑)、『北斗の拳』に絞ります。『北斗の拳』では、専門学校では習わないこと、それこそ現場でしかわからない技術や方法論をたくさん学ぶことができました。当時、スタッフルームの真ん中に畳サイズの大きい机があって、そこでさまざまなスタッフが打ち合わせをしていたんです。壁もないので、どういう会議をしているのか、目の前で見ることができるわけです。『北斗の拳』のシリーズディレクターは芦田豊雄さんでしたが、映像として血の表現をどうするか、時代劇アニメだと血の色を黒にしているけれども、新しい感じにしたいから透過光でやってみようとか、試行錯誤している様子を直接、見聞きすることができました。しかも、芦田さんは打ち合わせの最中に、近くにいる新人の自分にも「どう思う?」と聞いてくれるんです。で、若さゆえの過ち全開で、わかった風な顔でアドバイスをしちゃったり(笑)。


――新人にも開かれた現場だったんですね。

米たに 楽しかったですね。当時、現場の様子を見ていて「どうしてもっとすっごいアニメを作らないのか」という気持ちがあって――それは言い換えると、決められた予算やスケジュールの中で作り切らなければいけないということが、まだわかっていなかったんです。それで原画に勝手に手を入れたりしていたら「お前、何やってるんだ!」ってめちゃくちゃ怒られました(笑)。それでもやめずにコソコソ続けていたら、先輩たちがだんだん慣れてきたのか、「これ、描いておいて」と頼まれるようになったり。まさに手作りの現場だったと思います。


「演出助手」の肩書よりも踏み込んだ仕事をさせてもらった

――アニメの制作現場に実際に入ってみて、いちばん意外だったのはどんなことですか?

米たに 先ほども少し触れましたが、厳格な予算の中で作らなければいけない、ということですね。とくに当時の東映動画には(動画の)枚数制限があって、「1話あたり3500枚で作ってくれ」と言われるんです。しかも枚数を越えると「管理がなっていない」と叱られて仕事を干されてしまう。先輩の中には、助手の自分に作業のほとんどをまかせてくれる人もいましたが、そういうときは、演技を削って動画枚数を減らした集計後に、勝手に自分で動画を描き足したりセルに直接描いたり、好き放題やらかしていましたね。


――あはは。

米たに あと、絵コンテの清書というものもやらせてもらったんです。当時、東映動画の演出さんは実写の映画やドラマから転向された人が多くて、意外と絵が描けない方が多かったんです。なので、ラフで描いてある絵コンテを清書するという仕事があったんですね。『北斗の拳』では何度も清書の仕事をやらせてもらって、すごく勉強になりました。清書していて「おかしいな」とか「こうしたほうが面白いかも」と思うところがあったら、演出さんと相談して変更することもできました。クレジットにはいっさい載っていませんが、かなり演出に踏み込んだお仕事をさせてもらえたなと思います。


――『北斗の拳』の現場で体験したことで、今でも役に立っていることは何がありますか?

米たに レイアウトの取り方ですね。その後に参加する藤子不二雄先生原作のアニメでは、キャラクターが二頭身や三頭身なので、普通にレイアウトを描いても画面に全身が入るんです。でも、『北斗の拳』の場合、全身を入れようとすると顔がすごく小さくなってしまう。すると、当時のブラウン管テレビの画質じゃ表情が見えないんです。キャラクターよりも背景の面積が多くなるので、このカットで何を伝えたいのかを精査して、どうやってレイアウトを取るかがすごく重要でした。


――キャラクターの頭身が高いと、それだけバランスが難しくなるわけですね。

米たに そのときの経験は、今でもずっと活きていますね。作品によって、どういうレイアウトを取るのがいいのか、どういう見せ方を選択すべきなのかを、ちゃんと切り替えなければいけない。それで思い出したことなんですが、『ザ☆ドラえもんズ』を監督したときは、劇場でかけるときとテレビ放送のとき、どちらでも成立するようにしてほしい、と言われたんです。あの頃は劇場とテレビで画面の縦横比が違うことでレイアウトがけっこうちょん切られてしまうので、それはそれで大変でしたね。


――あはは、なるほど。

米たに 東映動画にいた頃の自分はまだ20歳そこそこの若造だったので、仕事をするために会社に来るというよりは遊びに――とまでは言いませんが、楽しさを見い出しに来ていたようなところがあって。自分では「修行だ」と思っていたはずですけど、振り返ってみるとそうでもなかったな、と思います(笑)。最長で会社に2週間、泊まり込みで仕事をしたことがあるんですが、身体は臭くなるし、服も洗うのが面倒でそのまま捨ててしまったり。仕事ってのはここまで頑張っちゃいけないんだな、ということも学びましたね(笑)。


③ロボットアニメの熱量を引き継ぎたい

その思いが生んだ『勇者王ガオガイガー』

米たにヨシトモ監督のアニメ遍歴を聞くインタビュー連載、その第3回で取り上げるのは、自身の代表作でもある「勇者シリーズ」の一作。錚々(そうそう)たるスタッフが参加したこの作品の企画立ち上げから、多くの熱心なファンに支えられた現在までを振り返りつつ、今の思いを打ち明けてもらった。


ロボットアニメに対する思いが高まっていたときに声をかけてもらった

――3本目は、米たにさんが監督した『勇者王ガオガイガー(以下、ガオガイガー)』です。

米たに この作品を自分で語らないと、きっと誰も語ってくれないだろうと思って……(笑)。1996年頃まで、サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の仕事はちょこちょこやっていたんですが、『勇者指令ダグオン』の次の「勇者シリーズ」で監督がなかなか決まらなかったらしいんです。企画は高橋良輔プロデューサーのもとで動いていたんですが、じつはその少し前に、別の企画で良輔さんからお誘いをいただいたことがあって。その企画自体は流れてしまったんですが、ずっとおぼえていてくださったようで、それで声をかけてもらったのが最初です。


――ということは、すでに企画が動いている段階での参加だったわけですね。

米たに そうですね。もともと「勇者シリーズ」に限らず、ロボットが大好きだったんです。それこそデパートの玩具売り場に行って、ロボットをガチャガチャいじっているようなアヤシイ大人で(笑)。それくらいロボットが好きだったし、ちょうど『新世紀エヴァンゲリオン』が放送された頃で、「自分が作ったらこうならない」といろいろアイデアをめぐらせていて、それを活かせる機会だと思ったんです。サンライズの企画担当者に呼ばれて「やります」と返事をしたら、「じゃあ、隣の部屋で会議をしているから参加してほしい」と言われて(笑)。良輔さんがいる横で塩山紀生さんがイメージボードを描いていて、シリーズ構成の鈴木良武(五武冬史)さんと、あとは当時の事業部長もいたかな。「今、ちょうど戦闘シーンの打ち合わせをしていたんだよ」みたいな感じでした。そこにいきなり入った新参者が、破裂した水道管のように、自分のやりたいことを矢継ぎ早に浴びせかけてしまいました。


――あはは、なるほど。

米たに この作品でもいろいろなことが学べましたし、のちにつながるような仕事にもなりました。あと、この作品を通して、多くの個性的なスタッフの方たちと出会えたのも大きかったですね。サンライズはスタッフの層が厚くて「このままだと納品が間に合わない!」というスケジュールギリギリの状況になると、他のスタジオから別班スタッフが応援に駆けつけてくれるんです。みんなの力を結集させるんだ!って感じで、そのままロボットアニメの王道エピソードじゃん!みたいな状況で(笑)。そういうリアルな「勇者」たちと仕事ができたのも、うれしかったことのひとつですね。


――今ではそれぞれ監督作のあるスタッフがたくさん参加していますね。

米たに 谷口悟朗氏や高松信司氏、錦織博氏といった多くの監督クラスのスタッフも参加してくれて、本当に恵まれた現場でした。


――キャラクターデザインの木村貴宏さんとは『ガオガイガー』のあともよく一緒にお仕事をしていますが、本作が初顔合わせですか?

米たに 『ガオガイガー』のキャラクターデザインはコンペで選ばせてもらったんですが、木村さんは自分と波長が近かったようで、初仕事から阿吽(あうん)の呼吸でした。以降の作品も忖度(そんたく)なく平等にコンペで選んでいるんですが、やっぱり木村さんは、こちらの意図がよくわかっていて。だから、コンペをやっても結局、木村さんにお願いしたくなってしまうんです。


これからも「みんなの作品」として一緒に育てていきたい

――『ガオガイガー』は、ケレン味のきいたセリフも魅力のひとつでしたね。

米たに そうですね。ちょっと『北斗の拳』の話になるのですが、あのアニメは高見義雄プロデューサーがサブタイトルを決めていたんです。当時、失礼にもご本人に直接、「ちょっと変なのでは?」と勝手な持論を言いに行ったことがあって。「じゃあ、代わりに考えてよ」と言われたのですが、自分で考えてみて初めて、いかに高見さんが考えたサブタイトルが優れていたかがよ~くわかって。キャッチーというか、あえて「これ、ヘンだろ?」と思わせることで、視聴者を惹きつけていたんだ、と。『ガオガイガー』でもそのときの経験を活かして「ファイナルフュージョン承認!」とか、印象的なセリフまわしを意識しました。お客さんと一緒に楽しめる方法を模索した、というんでしょうか。


――『ガオガイガー』を終えてみて、手応えはいかがでしたか?

米たに 「決められた予算とスケジュールの中で何ができるか?」という作品でした。ここでも動画枚数の制限があった『北斗の拳』で学んだことがすごく活きたんですね。合体や必殺技のバンクも、ガオガイガーを色替えしただけで新規で作画を描かなくてすむように使いまわしたり――と同時に、ちゃんとそれがドラマの中で必然性があるように、知恵を絞って節約しました。結果的に「勇者シリーズ」の中で、平均動画枚数のいちばん少ない作品になりました(笑)。それだけではなく、新しいことにチャレンジできた作品でもあって、当時、サンライズにはD.I.D.という、CGを中心にした部署(現・サンライズ デジタルクリエイションスタジオ)ができたんです。そこから「若手育成のために経験を積ませたい」という要望をいただいて。育成なので予算は少なくても構わないという話だったんですが、1話につき10カットまで、という制限があって。いかに10カットをうまく使うかを考え抜きました。


――米たにさんの中で『ガオガイガー』は、どういう位置づけの作品になっていますか?

米たに 26年前に監督を引き受けて、そこからいまだに関連コミックも連載中で、まだ続いているんだということに驚きます。ある意味、自分のライフワークになったという気持ちがありますね。当時、視聴者として見ていた子供たちが大きくなって、お客さんとして『スーパーロボット大戦30』のようなゲームや、新作グッズ、フィギュアにお金を払ってくれている人も大勢いるし、中にはスポンサーになったり、偉い立場になっていろいろ企画してくれたりする方もいるんです。昨年、ガオーブレス(※主人公・獅子王凱が腕に着けている装備)が大人向けの「COMPLETE EDITION」として商品化されたんですが、それも当時、放送を見ていたファンの方が企画してくれたんですよ。そうやってみんなで楽しんで盛り上がれる作品になったというのは、すごくありがたいことだなと思います。と同時に、気が抜けないなとも思うんですよ。自分の作品というよりは、みんなに育ててもらった作品なので、たくさんの人たちの財産として一緒に楽しみたいという気持ちが強いですね。今年、自分は偉大なマンガの神様・手塚治虫先生が逝去された年齢と同じになります。あの名作『火の鳥』には遠く及びませんが、『ガオガイガー』もライフワークとして、まだまだ関連した熱い企画を仕掛けていきたいと思っています。


――これからも、ファンと一緒に盛り上がれる作品になるといいですね。

米たに 私自身、子供時代に『マジンガーZ対デビルマン』や『マジンガーZ対暗黒大将軍』で感動して育ったので、ロボットアニメの持つ熱量みたいなものを絶やしたくないという気持ちがあるんです。東映動画時代にそれらの作品に関わった方々とも一緒に仕事させてもらい、魂の現場を肌で感じることができました。そして、『ガオガイガー』はその引き継ぎができている作品だと思います。『ガオガイガー』を見て育った次の世代がまた盛り上がってくれたら、魂のバトンが新たな作品に引き継がれ、きっとアニメ業界だけでなく、この世界全体が活気づく「勝利の鍵」になりえるんじゃないかと本気で思っています!






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