【生肉转载】Febri TALK系列——藤原佳幸

取材・文/前田 久
来源:日本深度动画内容网站Febri
采访发布时间:2025年3月21日~25日
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①イフリータに「恋をした」
OVA『神秘の世界エルハザード』
『NEW GAME!』『イエスタデイをうたって』など、ヒロインのかわいさと丹念な日常描写が生み出す叙情性に定評があるアニメ監督・藤原佳幸。そのルーツをたどる全3回のインタビュー連載の初回は、ヒロインのいじらしさに心奪われたという、90年代OVAの人気作について。
マンガとアニメでこんなにも表現が異なるのかと初めて意識した
――1本目は『神秘の世界エルハザード(以下、エルハザード)』です。確認ですが、これは同名のTVシリーズではなく、最初に発表されたOVAのほうですよね?
藤原 はい、そうです。TVシリーズも放送中に触れてはいたんですけど、ちょっと気になっていたくらいでした。TVシリーズは『新世紀エヴァンゲリオン(以下、エヴァ)』と同じ時期の作品ですよね?
――どちらも1995年10月から翌年3月にかけて初回放送された作品ですね。『エヴァ』が好きだったんですか?
藤原 そちらも見てはいましたけど、それほど深入りはしていないです。でも、もちろん衝撃はあって……というか、『エヴァ』がきっかけでアニメイトのようなアニメグッズを扱っている専門店に初めて行ったんです。OVAの『エルハザード』と出会ったのは、それがきっかけだったんですよね。
――そうつながるんですね。どんな出会いだったんでしょう?
藤原 「自分の知っているアニメと同じタイトルなのに、なんか違う内容っぽいグッズがあるぞ?」と気になって、まずフィルムコミックを手に取りました。それを見て「これはいい!」と。そこから「どうしたらこのアニメを見られるんだろう?」と思いながら、小説版やマンガ版に手を広げて、どんどんオタクの道に入っていったんです(笑)。
――本編の映像を見る前にメディアミックス商品で触れるのは、当時の中高生だとよくありますよね。作品のどんな点が琴線に触れたのでしょう?
藤原 なによりもヒロインのイフリータがめちゃめちゃかわいいなと。「なんていじらしいんだ!」と感じたんです。フィルムコミックを読みふけるだけじゃなく、絵を模写したりしながら、想いを募りに募らせました。実際にOVAを見たのはずいぶんあとで、親の転勤で東京に来たタイミングでしたね。その頃、OVA全7巻がセットになった「神の目BOX」という商品がちょうど出ていたので「これは買うしかない!」と思ってバイトを始めたきっかけにもなりました。初めて買ったOVAもこの作品だったんですよ。
――実際に見た感想はいかがでした?
藤原 主人公の水原誠とイフリータとの物語は、自分が思い描いていた通りの素晴らしい内容でした。……ただ、それ以上にびっくりしたのが、アニメでキャラクターが動く姿を見ると、フィルムコミックでは意識していなかったところがすごく目立つんだなと。
――どういうことですか?
藤原 第3話の「温泉の世界エルハザード」って、こんなにエロいんだ!って(笑)。
――ああ〜! わかります(笑)
藤原 フィルムコミック……つまり、マンガの形態だと好きなところを重点的に見るじゃないですか。映像となると自分が意識していなかったところを強制的に、強調して見せられる。動きがつくとこうも印象が変わるのか、マンガとアニメってこんなに違う表現なのかと、初めて意識したタイトルでもありました。それ以前はテレビアニメしか見ていなかったので、アニメに女性の裸がもろに出てくるだけでも衝撃的だったんです。映像の持つ力をエロでぶん殴られた体験でした。
――90年代半ばだと深夜放送の作品も少なかったので、その感覚ですよね。
藤原 話が少し飛びますけど、アニメーターになってから一時期、童夢というアニメ会社に席を借りていたんです。そこに「温泉の世界エルハザード」の作画監督をやっていた越智信次さんがいたんですね。そうとは全然知らずに、とにかく絵がうまい人がいるので気になって経歴を調べたら「あー! 『エルハザード』のあの話数をやっていたんだ!」とわかって、めちゃくちゃテンションが上がりました(笑)。僕の中では「神」のおひとりで、当時はとにかく越智さんからの修正をもらいたかったです。
薄氷の上にある幸せを感じている人に、幸せになってほしいと願ってしまう
――もう少し、『エルハザード』のどんなところが当時の藤原少年に響いたかを聞いてもいいですか?
藤原 「ヒロインが不条理で不幸な目に遭う」ことがショックだったんです。イフリータのそういう場面を見ていると、「こんな世界は間違っている」みたいな変な正義心というか、「世の中はこうあってほしい」みたいな感じの理想論というか、そんなちょっと青くさい感情が、めちゃくちゃ刺激されたんです。自分も主人公の水原誠みたいに、不条理な世界に抗って自分の信念を貫ける人間になりたい、そして、その想いに応えてくれるイフリータのような女性と出会いたい!……と思わず考えるくらいに物語とキャラクターにハマってしまった。つまり、ひと言でいうと……「恋をした」感じなんです。
――キャラクターに恋心を。
藤原 はい。……いやぁ、こうやって話していると本当に恥ずかしい!(笑)
――いやいや、素晴らしいです。悲劇性のあるヒロインに惹かれる気持ちは、そのあとも変わらず?
藤原 そうですね。マンガでも小説でもそうで、たとえばマンガなら『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』のルナフレア。メインキャラなのに死ぬなんて!と衝撃でした。小説だと山本周五郎の『その木戸を通って』のふさ。ヒロインの造形だけでなく、それとセットで描かれる儚い話が好きなんです。今にも壊れそうな、薄氷の上にある幸せを感じている人に、幸せになってほしいと願ってしまう。現実ではそううまくいかないかもしれないけど、創作物の中ぐらいは……と。それは自分が創作するうえでけっこう大事にしている部分でもありますね。自分が初めて監督したオリジナルアニメの『プラスティック・メモリーズ』は、まさにそのこだわりが強く出た作品です。
――それはつまり、あの作品のヒロインが記憶を失い、それに主人公が寄り添うラストは、藤原監督にとっては「幸せ」である、と。
藤原 奇跡が起こらず、記憶を失っても、互いに相手を思う気持ちだけはずっと残っている。それこそが「幸せ」なんだと思いながら、あのラストを描きました。「永遠」に憧れているんです。ずっと変わらない想いは、どこかにあるんじゃないのか?と。そんな気持ちを創作物にぶつけてしまいましたね。若かったです(笑)。
②「全力」の演出を知った
『みなみけ』
『GJ部』『プラスティック・メモリーズ』など、丹念な日常描写でキャラクターを掘り下げる手腕に定評のあるアニメ監督・藤原佳幸。そのルーツをたどるインタビュー連載の第2回では、美少女三姉妹のゆるい日常を描いたコメディ作品での盟友との出会いを熱く語る。
仕事への向き合い方に大きな変化が生まれた
――2本目の作品は『みなみけ』です。ご自身が参加している作品ですね。
藤原 はい。アニメ業界に入ってから関わった作品の中で、仕事に対する踏み込み方や考え方が全体的に変わったタイトルということで選びました。
――何からそこまでの影響を受けたのでしょう?
藤原 黒柳トシマサさんと出会ったことです。それまで童夢で一緒に仕事をしていてもほとんどしゃべったこともなかったのに、『みなみけ』の第4話で黒柳さんが初演出、僕が初作監(谷川政輝と共同作監、「高柳佳幸」名義)としていきなりコンビを組むことになって。黒柳さんと出会う前の自分は、アニメーションはとにかく絵がよければいいと思っている、典型的な作画オタクだったんです。あの頃はとにかく「監督よりもキャラクターデザインのほうが重要」くらいに思っていました。とくに日常ものの萌え系のアニメは、キャラクターがかわいくリアクションや芝居をしていれば、それだけで見る人は癒されるんだからいいじゃん!みたいに考えていたんです。
――今でもそういう人は世の中に大勢いる気がしますが、藤原さんの考えは変わった。
藤原 『みなみけ』で黒柳さんと担当したのが、保坂という男性キャラがメインのエピソードで、自分としてはそれを最初はちょっと残念に感じていたんです。女の子のキャラがメインの話のほうが盛り上がるのに……と。でも、一緒に仕事をしている最中に黒柳さんと飲みにいったら「俺は保坂というこの変わったキャラクターの幸せを、生き方を肯定してあげたいんだ!」みたいなことを全力で語られて、まずそこで「なんて大風呂敷を広げてキャラクターのことを考えているんだ」とカルチャーショックを受けたんです。
キャラクターを人に楽しんでもらうってことを理解できた
――保坂はスペックは高いのに、主役の三姉妹の長女に一方的に思いを寄せて、真面目に奇行を続けるギャグ担当のキャラですよね。そのキャラにそこまで入れ込むのは尋常じゃない。
藤原 自分も言われた瞬間は「でも、やっぱり女の子がかわいければ、そこでみんな盛り上がるんじゃないの?」みたいなことを思いました。だけど、黒柳さんの全力で保坂のキャラクターを作り上げようとする姿勢、保坂の美学を考え抜こうとするテンションの高さに圧倒される部分もあったんです。さらに完成したアニメがオンエアされて、ネットで反響を見ると「保坂、気持ち悪い」みたいな感じでみんなが盛り上がって、保坂のことを楽しんでいました。それを見て「面白いもの、盛り上がるものを作るって、こういうことなんだ!」みたいな感覚を知ったというか……キャラクターを人に楽しんでもらうってこういうことなんだと理解できたんです。さらにそれを実現するためにはどういう努力をするべきなのかにも気づかせてもらった。
――どういうことでしょう?
藤原 黒柳さんって「俺はこういう気持ちで作っているんだ」って、一緒に作っているまわりのスタッフに臆面もなく伝えるんです。それが大事だなと。斜に構えて「絵コンテに描いてあるから。ちゃんと読んだ?」とかで済ませずに、そこでも全力なんですよ。「『男はつらいよ』って知ってる? 寅さんは自分は花を摘むタイプじゃなく、愛でるタイプだっていうんだけど、保坂もそっちなんだ。彼女が幸せならば、俺はそれで満足だと。そういう男の美学をちゃんと描いてあげたいんだよ!!」みたいなことを言っていたのを、今でもおぼえています。
――熱い!
藤原 しかも、そのたとえ話から、キャラクターだけじゃなく、演出的な面白さを伝える作業がすでに始まっているんです。『男はつらいよ』を例に出すということは、本人が望んでいることが本人の気づかないところでかなっている、そのおかしみを描こうとしているんだ、と。そのためには保坂という男がやることに、どういうギャップが必要なのか? それは全力でキャラクターを描くからこそ出るもので、ストーリーの予定調和というか「キャラクターがこう動いてるから、こういう展開になって、最後にこのタイミングでギャップが出るよね」みたいなものではないわけです。
――笑いの段取りがあるから面白いわけではない。
藤原 そう。流れだけで面白さを作るんじゃなく、ストーリーとキャラクターの深掘りで面白さを作り上げる。そこで面白さが生まれるための必然性をキャラクターの中に作り込んでいく……みたいな形で、黒柳さんの考え方を自分の中に落とし込んで、それが自作の『未確認で進行形』や『イエスタデイをうたって』でのキャラクターの描き方につながったような気がしています。たとえば、『未確認』でいうと「(夜ノ森)小紅の幸せってなんだろう?」と考え抜いた結果が、アニメの最終回になった。あれは自分の中で納得できる物語が組めたと思っているのですが、黒柳さんから影響を受けていなかったら、ああはなっていなかったです。
――黒柳さんの保坂を面白く描く努力が、そこまで大きな影響を。
藤原 もちろん、保坂があそこまで面白くなったのは、声優の小野大輔さんの力も、音楽の力も、太田雅彦監督がシリーズ全体を通して作り上げていたテンションの力もあります。でも、やっぱり間近で見ていたこともあって、自分には黒柳さんの覚悟が印象に残ったんですよね。ホント、自分の追い込み方がすごいんですよ。「初演出回がつまらないヤツは、一生作るものがつまらねえ!」って言いながら演出しているヤバいヤツでした(笑)。飲んでいるときによく「俺はアニメで世界を変えたいんだ!」と言っていたのも懐かしいですね。当時の自分は言葉尻をとらえて「アニメで世界が幸せになるわけないじゃん」くらいに思っていたんですけど、付き合いが長くなって、あのとき何を言おうとしていたかがわかってきた。あれはつまり「見た人の価値観を変えるようなアニメーションを作りたい」ってことをわかりやすく、大きな言葉で言っているんだなって。納得できたけれど自分からは出てこない言葉なので、今でも黒柳さんのことは「すげえ」って思い続けています。
③監督として進む方向性が見えた
『GJ部』
丁寧な日常描写から生まれる叙情性と、ヒロインたちのかわいらしさが持ち味のアニメ監督・藤原佳幸。そのルーツをたどるインタビュー連載のラストは、初監督作にして、日常系アニメファンの心を強く捉えた作品をセレクト。そこで感じた自分の限界に、その後、どう向き合ったのか。
この作品をきっかけに監督としての方向性が絞れた
――3本目は『GJ部』です。監督作の中から、この1本を選んだ理由を聞いてもいいですか?
藤原 このタイトルで自分の努力の方向性が決まった感覚があったんです。それまでアニメーターとしても、各話の演出家としても、ハイクオリティなアニメをどうやったら作れるのか? どうやったら高い技術を持って仕事ができるんだろうか?みたいなことを考えていました。作品の傾向としてはいわゆる萌え系というか、日常もののアニメが好きだったこともあって、ハイクオリティなアニメが使っている技術を萌え系アニメに持ってくれば、ずいぶんリッチに見えるんじゃないだろうか? うまい塩梅のアニメを作れるんじゃなかろうか?みたいなことを狙ってもいたんです。だから参加するタイトルも、その意味でいいスタッフが集まっているところ、高い技術を持っていろいろなことに挑戦しようとしているところを選んでいた。その熱意を買ってくれて、プロデューサーの伊藤隼之介さんが『GJ部』で自分を監督に抜擢してくれたと思うんです。
――ビジョンを評価された。
藤原 ただ、そのときに自分がこだわっていたポイントが、今分析すると、ひと言では表しづらい、めんどくさいところなんです。要するにキャッチーではない。でも、深夜アニメに求められていることってキャッチーさ……見る人を巻き込むパワーじゃないですか。自分のこだわりというか、得意分野はそこではないことに気づかされた。で、それならアニメは集団作業なんだから、得意なことは得意な人に任せてしまうのがいいんじゃなかろうか、と考えるようになったんです。オールマイティに何でもできるようになるより、好きなものを、努力を努力と思わないような感じのことを突き詰めていくほうが、より自分の活躍できる場が増えるのではなかろうかと。そうして努力の方向性を一点集中に切り替えたんですよね。
――監督としての方向性が絞れた。
藤原 絞れましたね。まわりにいてくれるスタッフも含めたうえで、方向性が決まりました。具体的にいえば、自分は心理描写というか、キャラクターの内面、感情の動きにめっちゃ興味ある! それ以外はあんまり興味ない!と(笑)。でも、そこにステータスを全振りすると、やっぱり派手さが足りない。じゃあ、そこを補うにはどうすればいいのか。キャッチーな要素が得意なスタッフに参加してもらおう。そして自分は持っているカラーをどんどん推して、それが認知されるようにしよう。そうすれば、認知されればされるほど、まわりが弱点を補強してくれるはずだ。そう考えることで、自分の考えを発信するのが楽になったんです。
やれることは全部やる。任せられるところは任せる
――『GJ部』以前は、自分ひとりで、できる限りやってしまいたかったんですか?
藤原 全部ひとりでやってしまう「あの人がいたからこの作品はクオリティがスゴいんだよね」といわれるような方に憧れていました。でも、やっぱり自分の手のスピードの限界も含めて、全部は直しきれない。自分の限界が『GJ部』で見えたんです。とはいえ、前回話したように黒柳トシマサさんと一緒に仕事をして「見る人に伝えるために、演出は制作現場では何でもするべきだ」という薫陶(くんとう)を受けているので、その延長線上で監督になった今でも、やれることは全部やる意識でいます。そのうえで任せられるところは任せよう、みたいな意識ですかね。その塩梅はとても難しいんですけど。
――難しいですよね。人によってはアニメーターとして凄腕でも、監督作では絶対に自分では絵を描かないと決めている人もいます。
藤原 だから自分はおかしいほうですね、たぶん(笑)。まだ絵に修正を入れていますから。ただ、全カットを触るとかではなくて華やかな部分……たとえば、見せ場になるような爆発とかは得意な人に任せる。そうじゃないところで破綻がないように、底を持ち上げる仕事に力を振るっています。自分の絵コンテは、あるシーンを立てるために、その前に感情の流れを作っておくことが必要なことが多いんです。突然ガーッとテンションが上がるのではなく、じわじわ上がっていって、見ている人が納得したところで感情が爆発する瞬間を描きたい。でも、その「じわじわ」した感情の部分って、どうしても目立たないんです。うまいアニメーターさんがそのカットを取ってくれたらいいシーンになるだろうけど、そうじゃない人が取ったら、なんだかぼやけたシーンになってしまう。でも、うまいアニメーターには、やはり花形の見せ場をやってほしい。だから目立たないカットへの修正は自分のほうで入れます。今の自分の仕事の割り振り方としては、そういう感じですかね。とくに表情と視線は、地味なカットでも演出上のこだわりとしては外せないので、とにかく自分で押さえています。
――それで藤原監督の作品の独特な質感が生まれる。
藤原 ただ、今まではそうやってきましたけど、これからはどうなるか。どこまでこのスタイルでやれるかは、体力との勝負です。……なんてことをいいつつ、『バクテン!!』『ぼっち・ざ・ろっく!』と各話演出の仕事が続いていて、となるとそんなにシリーズ全体のクオリティをこちらで気にしなくてもいいし、しかも単話だと全カットを自分で見られる状態になっちゃう。それでまたちょっとテンションがおかしくなっているんですけどね(笑)。
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