【生肉转载】Febri TALK系列——平松祯史

取材・文/宮 昌太朗
来源:日本深度动画内容网站Febri
采访发布时间:2022年10月3日~7日
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①日本のアニメにはない魅力を感じた
『トムとジェリー』
大人気作『呪術廻戦』をはじめ、数多くの作品に参加するベテランアニメーター・平松禎史に、アニメ遍歴を聞くインタビュー連載。第1回は小学生の頃に見た名作ドタバタアニメについて。『ミスター味っ子』に与えた意外な影響(!?)まで、たっぷり話を聞いた。
テックス・アヴェリーのどギツイギャグが子供心に刺さった
――平松さんは1963年生まれなので『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』など、アニメブーム真っ只中に思春期を過ごした世代になりますね。
平松 もちろん、『宇宙戦艦ヤマト』は大好きだったんですけど、放送当時はその裏で放送されていた『アルプスの少女ハイジ』を見ていましたね。『機動戦士ガンダム』は自分の好みから少し外れていて、どちらかと言えば、再放送からちゃんと見た感じ。その頃はもうちょっと牧歌的なものが好きだったんだと思います。
――子供の頃に見ていて、今でも印象に残っている作品というと?
平松 これも再放送だった気がするんですが、『黄金バット』でしょうか。あとは『仮面ライダー』をはじめとする特撮番組が好きで、よく見ていました。『ウルトラマン』はドンピシャ世代ではないので、僕が見ていたのは『帰ってきたウルトラマン』や『キャプテンウルトラ』ですね。
――特撮のどこに惹かれたんでしょうか?
平松 怪獣が出てくるところ(笑)。あとは宇宙船がビュンビュン飛んだり、単純にスペクタクルとして楽しんでいたと思います。特撮は、やっぱり画面作りが面白いんですよ。ただカメラで撮るだけではなくて、いろいろな工夫をして現実には存在しないものを作り出そうとする。そこに夢がある……というか、アニメと似た部分を感じるんです。実際、特撮の世界に行きたいと憧れていたこともありました。
――なるほど。今回、1本目に挙がった『トムとジェリー』ですが、これはいつ見ていた作品なんでしょうか?
平松 小学生ですね。家に帰って、まず見るアニメが『トムとジェリー』でした。当時は「トムジェリ」と呼んでいたんですが、友達と「昨日の『トムジェリ』見た?」みたいな話をよくしていましたね。同じ頃に『超電磁ロボ コンバトラーV』も放送していたと思うんですが、『トムジェリ』には『コンバトラー』とはまた違う魅力があって、アニメーターになってから振り返ると『トムジェリ』から受けた影響は大きかったと思います。
――どこに魅力を感じたんでしょうか?
平松 やっぱり「動きで見せる」ところですよね。キャラクターが精密に扱われていて、カメラの動きも斬新で。子供ながらに「日本のアニメとは違うな」と思いながら見ていました。あと『トムとジェリー』は7~8分くらいの短編が3本立ての30分番組になっていて、最初と最後が『トムとジェリー』。でも、真ん中はそれとは違う短編が入っていたんです。
――テックス・アヴェリーが監督していた、ちょっとアナーキーな短編ですね。
平松 そうです。当時は正体不明だったので「真ん中のヤツ」と呼んでいたんですが(笑)、犬のドルーピーや口笛を吹くオオカミのシリーズが面白くて――あとは日本で放送されたバージョンにはあまり出てこなかったのかな? スカンクのキャラクターのヤツも面白かったですね。アニメというものを意識し始めると、『トムとジェリー』のほうは動きが滑らかでちょっとディズニーっぽい。一方、テックス・アヴェリーの作品はもっとエッジが効いていて、動きにメリハリがあるんです。ギャグも悪辣と言っていいほどどギツいうえに、中にはディズニーを揶揄するようなものもあったりする(笑)。そのあたりが、子供心に刺さったんでしょうね。

――テックス・アヴェリーの作品は、昔に比べるとかなり入手しやすくなりましたよね。
平松 ドルーピーのシリーズは廉価版のDVDが出ていますよね。ドルーピーはどれも面白いんですが、とくに好きなのが双子の兄弟(ドリーピー)が出てくるエピソード(「双児騒動」)。ブルドッグのスパイクが、ドルーピーからいつもこっそりご飯をもらっているという設定なんですけど、ドリーピーはそういう事情を知らないので、スパイクをボコボコにしてしまう(笑)。ギャグとしては相当、底意地が悪いし、今だともしかしたら放送できないかもしれないです。
――たしかに。笑いの質がちょっと大人向けの雰囲気があります。
平松 他にもアヴェリー流に「三匹の子豚」を料理した「勝利はいただき」とか、あとはさっきもチラっと出た口笛オオカミのシリーズとか。口笛オオカミは吹き替えの声優を小林清志さんがやられていて、下半身だけで足をひきずるように歩いていくんです。子供の頃はあの歩き方をよく真似して遊んでいました。
――そうだったんですか!(笑)
平松 アニメ業界に入ったあと、先輩からビデオを借りて見直したんですが、「やっぱりテックス・アヴェリーはすごいな」とあらためて思いましたね。『トムとジェリー』だと、僕はクラシック音楽も好きなので「星空の音楽会」は好きなエピソードのひとつです。あとはピアノの中でジェリーが寝ていて、大騒ぎになる話(「ピアノ・コンサート」)もいいですよね。
――平松さんというと細やかな日常芝居が印象的なので『トムとジェリー』やアヴェリーのようなスラップスティックな作品が好きと聞くと、少し意外な感じがします。
平松 たしかに意外な顔をされることが多いですね(笑)。とはいえ、スラップスティックなアニメも好きですし、それこそ特撮のような画面も、チャンスがあればやりたいなといつも思っているんですよ。
――そうなんですね! 平松さんがこれまで手がけた仕事の中で、影響を受けているものはあるのでしょうか?
平松 日本のアニメであの感じを、そのままオマージュするのはなかなか難しくて(笑)。ただ、『ミスター味っ子』では少しやったかもしれない。シリーズの後半、キャラクターデザインが毛利和昭さんに代わってから、ギャグ要素が増えたじゃないですか。そのときに、ちょこちょこやった記憶があります。あくまでも味付け的に「ここでちょっとアレをやってみよう」くらいの感じではあったんですけど……。毛利さんもテックス・アヴェリーが大好きで、レーザーディスクを借りたりしたんですよ。
②ヒロイン・ラナに夢中になった
『未来少年コナン』
インタビュー連載の第2回で取り上げるのは、宮崎駿監督のあの名作。「偶然だった」というその出会いから当時夢中になったキャラクター、そして宮崎駿が生み出す「動き」の面白さまで。アニメーターを目指すきっかけになったという作品の魅力を、とことん語る。
第1話の絵コンテを見て、「アニメーターになりたい」と思った
――2本目は、宮崎駿監督の名作TVシリーズ『未来少年コナン(以下、コナン)』です。これはリアルタイムでしょうか?
平松 そうです。当時、中学生だったんですが、見始めたのは本当に偶然でした。同じ時間帯で放送していた『ぴったしカン・カン』が、野球中継の延長か何かで放送していなかったんですよ。それで他に何かないかなと思って新聞のテレビ欄を見たら「新番組『未来少年コナン』」という文字が目に入ったんです。
――本当にたまたまだったわけですね。
平松 そんな感じで見始めたんですけど、第1話からどハマりしました。人間の動きがすごいというのもあったし、あとは悪いヤツらに美少女がさらわれそうになるのをコナンが助けるという、シンプルなんだけど引きの強いストーリー。コナンたちの生活も丁寧に描かれていて、すごく斬新な感覚があったんです。絵はちょっと懐かしい感じなんですけど、キャラクターデザインを担当されていたのが大塚康生さんで。その頃はスタッフを気にして見ていたわけではないんですけど、でも好きなラインの絵だったというのも、惹きつけられたポイントのひとつでした。
――第1話の構成は素晴らしいですよね。
平松 かなり昔の作品なので、当時受けたインパクトと、あとでいろいろ考えたことが混じってしまっているんですけど……。でも、今の感覚で考えても、物語の組み立て方が巧みだなと思います。第1話の冒頭で以前、戦争があったことが簡単に触れられるんですけど、その後、どうなったかははっきりと描かれない。コナンが海の中に潜っていくと沈んでいるビルが見えてきて「ああ、戦争で世界がこんな風になってしまったんだな」と、さりげなく見せていくわけです。そしてコナンは小さな島でおじいとふたりきりで暮らしているという設定ですけど、周囲でいろいろな出来事が起きているんだろうな、と想像できる。導入としてすごくいい第1話で、そこからはほぼ毎週欠かさず――当時は録画できる機械がなかったので、リアルタイムで見ていたと思います。
――当時好きだったキャラクターや、印象に残っているエピソードは?
平松 当時はラナに夢中でした(笑)。絵を描いたりはしなかったですけど、それでもラナが助かってほしくて「コナン、頑張れ!」と思いながら見ていました。いちばんインパクトを受けたシーンは、インダストリアの兵士たちが気を失ったラナに近寄ってきたときに、コナンが「ラナに触れるな!」と銛を投げるシーン。今でも有名なシーンですけど、めちゃくちゃ盛り上がりました。
――あそこはやっぱりグッと来ますね。
平松 その後の宮崎監督の作品を見ていくと、『コナン』は勧善懲悪がはっきりしているんですよね。悪いヤツらが少女を狙っていて、そんなこととはまったく縁のなかった少年が彼女を助けようとする。そういう昔ながらのパターンを踏まえたうえで、戦争の怖さだったり、現代的なモチーフを取り入れている。アニメでこんなにシリアスなテーマが表現できるんだ、と。そこに当時、ビックリしました。

――その後も、宮崎監督の作品は追いかけて見たのでしょうか?
平松 テレビで『ルパン三世 ルパンVS複製人間』を見ていたときに劇場版(『ルパン三世 カリオストロの城』)の宣伝が一緒に流れて、それで「これは絶対に見よう!」と思ったのはおぼえています。でも、スタッフを意識するようになったのは、もっとあとですね。『アニメージュ』を買い始めるようになるんですけど、あるとき、『コナン』の第1話の絵コンテが付録でついていたんです。
――絵コンテの付録がついていたのは放送が終わって、しばらく経ってからですよね。
平松 そうですね。文庫本くらいのサイズだったんですけど、そこで初めて絵コンテというものを見るんです。それまで部分的にコンテが掲載されていたことはあったかもしれないですけど、1話分まるまる収録されていたのは、これが初めてだったと思います。その絵コンテを見て、はっきりと「アニメーターになりたい」と思いました。
――そういう意味では直接、アニメ業界を目指すきっかけになっている。自身のお仕事に影響を与えていると思いますか?
平松 ありますね。アニメーターとしても、自分のベースには『コナン』の影響があると思います。大塚康生さんと宮崎さんはもともとアニメーターとして活躍されていて、しかもおふたりともめちゃくちゃうまいですよね。大塚さんは動きがちょっとディズニーっぽくて、ダイナミックなんだけど、キレイな動きなんです。一方、宮崎さんの動きには少し引っかかりがある。のちのち『長靴をはいた猫』で宮崎さんがどこを担当されたのか知ることになるんですけど、「ああ、自分が好きだったのは、宮崎さんの動きだったんだな」と。
――答え合わせができた。宮崎さんの動きには「引っかかりがある」というのは、具体的にはどういうことなんでしょうか?
平松 リミテッド・アニメーション特有の、メリハリがついた感じというんでしょうか。言葉で説明するのはなかなか難しいんですが、全身が一緒に動くのではなくて、頭が先に動き始める感じ。そういう、見ていて面白い動きが、大塚さんや宮崎さんの作品にはすごく多くて、今でもその影響が自分の中に残っていると思います。自分が作画しているときも、気持ちのいい動きを作ろうとすると、思い出すのは『カリオストロの城』だったり『コナン』だったりするんですよね。
――ある意味、その感覚が平松さんの土台になっているわけですね。
平松 あとアニメーターとしてだけではなく、演出方面でも影響を受けていると思います。ボリューム感というか、勢いや流れみたいなものを出したくて、当時の宮崎さんが持っていたコンテのリズム感、勢いを思い出しながら、コンテを描くこともありますね。
③『太陽の王子 ホルスの大冒険』
「あんな表情を描けるんだ」と驚かされた
アニメーターとして数多くの人気作に関わるベテラン、平松禎史が影響を受けたアニメ作品を語るインタビュー連載の第3回。高畑勲監督の著書から学んだという、アニメ演出の心得とは? 学生時代のアニメ遍歴をあらためて振り返りつつ、高畑作品の魅力についても聞いてみた。
演出するとき、「高畑さんだったら、どうするかな」と意識することがある
――『トムとジェリー』は小学生、『未来少年コナン』は中学生の頃に見ていたという話でしたが、その間も継続的にアニメを見ていたんでしょうか?
平松 たぶん、見ていたと思います。そこはその時代の他の子供たちと、それほど変わらないんじゃないかな。アニメにすごく夢中になっていたというわけではないですけど、とはいえ『機動戦士ガンダム』にいたるまでの作品はずっと見ていて。
――当時、アニメ以外で夢中になっていたものというと?
平松 そう言われると、アニメですね(笑)。絵を描くのが好きだったので、趣味でマンガを描いたりもしていました。無地のノートを買ってきて、フリーハンドでコマを割って。その頃は『マジンガーZ』のパクリみたいな(笑)、ロボットものを描いていましたね。
――それはちょっと意外ですね(笑)。
平松 僕が絵を描き始めたきっかけは、永井豪なんです。そこから松本零士にハマって『戦場まんがシリーズ』とか『男おいどん』『ワダチ』など、当時連載されていたものはもちろん、前の作品をさかのぼって読みました。『宇宙海賊キャプテンハーロック』がリアルタイムかな。そうすると、描いていたロボットにリベットを打ち始めるんですよ(笑)。で、ちょうどそのタイミングで『未来少年コナン』を見たんですけど、アニメの絵柄からはそれほど影響を受けていなかったと思います。
――それはどうしてなんでしょう?
平松 どうしてですかね……。マンガの絵はよく模写していましたけど、アニメは模写しようと思わなかったんですよね。なんとなくマンガとアニメは別モノだと思っていたのかもしれません。あと、中学生あたりからパラパラマンガを描くようになって、高校生のときは授業を聞いているふりをしながら、パラパラマンガをずっと描いていました。『ルパン三世 カリオストロの城』が公開されたのがその頃で、ルパンが屋根を走っているシーンをパラパラマンガで再現しようとしてみたり。自分で描いて動かしてみて、その面白さを知ったという意味では『ルパン三世 カリオストロの城』の存在は大きかったと思います。
――なるほど。3本目は高畑勲監督の長編デビュー作『太陽の王子 ホルスの大冒険(以下、ホルス)』です。1968年公開の作品なので、リアルタイムではないですよね。
平松 そうですね。見たのは、かなりあとになってからです。短大生のときに、アニドウ(東京アニメーション同好会)の自主上映会か何かで見ました。『ホルス』はどちらかというと、演出面で影響を受けていますね。アニメーションとしても『ホルス』はすごい力作ですが、なによりも演出がアニメ離れしているなと思いました。しっかりとした一本の映画になっていて、しかも後半になると怪獣映画、特撮映画っぽさもある。色使いも渋くて、あれはきっと公開当時、東映アニメーションの人もびっくりしただろうなと思いますね。

――印象に残っているシーンというと?
平松 『ホルス』はやっぱりヒルダの描写がすごいですよね。ヒルダにはかわいらしさと同時に怖さの感覚がある。前半で、ホルスと最初に出会ったヒルダが、村で歌っているシーンがあるじゃないですか。あの表情が本当に素晴らしくて。アニメに対して興味が強かった時期でもあったので「あんな表情を描ける人がいるんだ」と驚かされたし、そういう表情をアニメーターに要求する演出という仕事に興味を持つきっかけにもなっています。80年代の後半に入ると『王立宇宙軍 オネアミスの翼』や『AKIRA』など、アニメーション映画の歴史を塗り替えるような作品が出てきますけど、そこにいたる前段階では、今回挙げた3本が僕にとって「アニメーションの元祖」といえる作品になりますね。
――まさにマスターピースなわけですね。
平松 あと、監督の高畑さんはアニメージュ文庫から『「ホルス」の映像表現』という本を出されていて。その本をアニメーターになる前、サラリーマン時代に読んだんですよね。アニメージュ文庫でいえば、他にも森康二さんの『もぐらの歌』にもすごく感銘を受けたんですけど、ともかく『「ホルス」の映像表現』では1カットを作るのにどれくらい考えているのか、そこが丁寧に説明されていたんです。「どうしてこういうデザインなのか」「どうしてこういうセリフを言うのか」「どうしてこういう表情をするのか」。すべてに疑問を突き付けるんだ、と。
――徹底的に考え抜くところから、あの映画は生み出されている。
平松 読んだときは「ここまでやるのか……」と怖いくらいでしたが、そこは今でも――なんとなく流れで処理してしまわないように気をつけています。宮崎監督の作品はアニメーションの楽しさにあふれていて、それこそ映画館を出るときに元気になっているような作品ですけど、高畑監督からは作るときの心構えの部分で影響を受けているというか。高畑さんのような作品を作れるとも思わないですけど(笑)、でも『おもひでぽろぽろ』にせよ『火垂るの墓』にせよ、心が震えるような作品で。自分がアニメを作るときにも、そういうものすごく高い塔が存在していると思いながらやってみる。そういうところがありますね。
――ちょっと背筋が伸びるところがある。
平松 人物の造形に関しては、自分が演出をするときに意識することはありますね。「高畑さんだったら、どうするかな」と。
――ちなみに、宮崎監督や高畑監督とお仕事をした経験はあるのでしょうか?
平松 ないです。ただ、じつは以前、一度だけやってみたいと思ったことがあるんですよ。『ミスター味っ子』でキャラクターデザインをやられていた加瀬政広さんが、佐藤好春さんと日本アニメーション時代の知り合いで。それでフリーになってから、加瀬さんのスタジオで佐藤さんとお会いする機会があったんです。それがちょうど宮崎さんが『紅の豚』を作っていた頃で、「宮崎さんの作品を一度やってみたいんですが、どう思いますか?」と佐藤さんに聞いてみたんです。
――佐藤さんは、ジブリの主力アニメーターのひとりでしたよね。
平松 そうしたら「やめておいたほうがいいと思う」と言われて(笑)。それでも一度は挑戦してみたいと思って、当時、吉祥寺にあったジブリに自分が描いた原画を持っていったんですけど……。「ちょっとウチには合わないですね」と(笑)。それが最初で最後になってしまいましたね。
日文原文链接:
原网站Febri已闭站
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