【生肉转载】Febri TALK系列——斋藤敦史

取材・文/宮 昌太朗


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2022年8月15日~19日

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①アニメーションの面白さを知った

『マインド・ゲーム』

キャラクターデザインを務める『ラブライブ!スーパースター!!』をはじめ、数々の注目作で腕をふるうアニメーター・斎藤敦史に影響を受けた作品を聞くインタビュー連載。第1回は、アニメに関心を持つきっかけになったという、あのカルト的名作について。


映像の特殊性に衝撃を受けた

――斎藤さんが自分から「アニメを見よう」と思ったタイミングはどのあたりになるのでしょう?

斎藤 自分の場合、それがすごく遅くて――もちろん、食卓で夕方とか夜の7時頃にやっていたアニメを見る機会はあったんですけど、自分から「見るぞ」と思って、初めて触れたのは20歳くらいなんです。それこそ、大学のときに見た『マインド・ゲーム』がそのうちの一本なんですよね。


――それはかなり遅いですね。他に子供の頃、夢中になっていたものというと……。

斎藤 部活がテニス部だったので、テニスを一生懸命やったり、あとはゲームセンターに通いまくったり。当時は『鉄拳』や『パワースマッシュ』というテニスゲームや、いわゆる「音ゲー」と呼ばれるゲームでめちゃくちゃ遊んでいました。


――たとえば、マンガは?

斎藤 いちばん読んでいたのは『こちら葛飾区公園前派出所』ですね(笑)。ウチは3人兄弟だったので、全員で回し読みをしていました。台風の日とかは外に出られないから、暇を潰すために親からお金をもらって、近くの本屋で『こち亀』を買ってくる……みたいな習慣があったんですよ(笑)。


――いいエピソードですね(笑)。アニメを見始めたのが20歳くらいというと学生時代だと思うのですが、どのような学科だったのでしょうか?

斎藤 映像学科です。もともとPVを制作したりCGをやりたいと思って進学しました。1~2年のときにチームを組んで短編映画を作るという課題があったのですが、自分は暗幕を張ったり、雑用みたいなことばかりやっていて(笑)。3年でいくつかのコースに分かれることになったときも、一緒によく遊んでいた同級生が「アニメーションのコースに行く」と言ったので、とくに考えなしについていったんです。


――アニメーションのコースとなると、周囲はかなりアニメに詳しい人が多そうですね。

斎藤 そうですね。自分も含めて3人でチームを組んで作品を作ることになったんですけど、他のふたりは当然、中学や高校からアニメを見続けていて、自分よりも圧倒的に詳しかったです。で、そのうちのひとりから「あれを見ろ、これを見ろ」とすすめてもらった中の一本が『マインド・ゲーム』だったんです。


――他にすすめられた作品というと?

斎藤 『プラネテス』と『るろうに剣心』の『追憶編』と『星霜編』、あとは『フリクリ』。じつは『プラネテス』は、今回の3本に入れようかどうしようか迷った作品です。あと『星霜編』は「極まりすぎていてちょっと人を選ぶかもしれない」と説明されたのをおぼえていますね。


――そのラインナップはかなりのアニメファンですね(笑)。『マインド・ゲーム』を見て、まずどのように思いましたか?

斎藤 あれだけ尖った作品なので、内容をすべて受け止めきれたかというと、きっとそうではなかったと思うんです。ただ、映像表現の特殊性みたいな部分にとにかく衝撃を受けました。サイケデリックなセンスだったり、パース感の効いた画面。あとこれは湯浅(政明)監督の特徴だと思うんですけど、平面的なのに動きが生っぽかったり、そうかと思えばコミック調に動いたり。それはもう、衝撃を受けたとしか言いようがなかったです。

――そこで一気にアニメの面白さに目覚めた。

斎藤 そうですね。アニメを見て楽しむというよりは「アニメーションを作りたい」と思わされたんです。こういう動きや画面を絵で表現できるアニメーションって、面白いなと思った。そういう意味で『マインド・ゲーム』は憧れの対象だったんです。湯浅さんのお仕事をきっかけにして、大平晋也さんの存在も知りました。


――湯浅さんとの絡みで言うと、大平さんは『THE 八犬伝~新章~』にも参加していますね(大平は演出・コンテ、湯浅は作画監督を担当)。

斎藤 大平さんはアニメーターとしてもかなり特殊な方ですけど、「こんな動きや絵を描いてみたい!」という気持ちが芽生えたんです。他にもオムニバス映画『アニマトリックス』の一編「Kid’s Story」でのスケボーのシーンの作画とか、湯浅さんとはまたちょっとテイストが違って、もっと生々しい感じの作画なんですよね。生々しいリアルさという意味だと、沖浦啓之さんも代表格なんだと思うんですが、大平さんとは出力の方法が違うリアルという感じがしています。『イノセンス』の大平さんのパートとかは動きの生々しさと沖浦さんの絵の整合性がミックスされていてものすごく好きでした。


――斎藤さん自身は、それまでも絵を描いていたのでしょうか?

斎藤 アニメーションという意味では、まったくやっていなかったですね。ノートに落描きをしたり、ちょっとした一枚絵を描くくらいでした。ただ、本格的にアニメーションに触れたあとに、やたらと絵を描くのにハマったんです。最初の頃のクロッキー帳は、家のどこかに眠っているはずですけど、もうヒドいものだと思いますね(笑)。色気も何もないような絵がズラズラと並んでいる……みたいな感じで。ただ、やりたい方向だけははっきりしていたんですよ。


――そうやって絵を描き始めた成果は、たとえば、学校の課題にも反映されたのでしょうか?

斎藤 そうですね。とはいえ、3人のチームだったので、監督をやっていた人と共同でキャラクターの作画や美術を描いて。で、僕にアニメをすすめてくれた人は編集を担当して、という。ただ、やり方も何もわからないまま作っていて――原画のあとに動画を描くといったアニメーションの制作工程もわかっていなかったので、カットの最初から最後まで送り描き(※)だったり、口パクの作り方とかセルの概念もよく知らなかった(笑)。

※動きのキーとなるコマ(原画)を定めず、ひとコマずつ順繰りに描いていく手法


――ある意味、本当に自主制作らしい作り方だったわけですね。

斎藤 最終的には7~8分くらいの作品になったのかな。電車の車内でスリに遭って、その犯人を探す……みたいな謎の内容のアニメでした(笑)。映像にはなったし、面白いけど、絵は全然描けないし、動きも自分が思っているような滑らかさがまったくなくて。本当にもう紙芝居のようなものしかできなかったんです。当時はその経験を、次の作品に活かそうと思っていた気がします。


②自分の成長がはっきりと感じられた

『けいおん!』

インタビュー連載の第2回で取り上げるのは、いまだに熱心なファンも多い青春アニメの名作。大学時代にアニメに目覚めたあと、アニメーターとして働き始めた斎藤を待っていた苦悩。そして現場で感じることができた自分の成長について、たっぷりと語ってもらった。


自分にとって成長の1ページにある作品

――大学卒業後、京都アニメーションに入るわけですが、なぜアニメーターになろうと思ったのでしょう?

斎藤 どうしてそんな決断ができたのか、自分でもよくわからないんです(笑)。じつはそこにもまた、自分にアニメをすすめてくれた友人が出てくるんですよ。その人が京都アニメーションの八田(英明)社長の講演会に行ったことがあって、そのときの話を大学でしてくれたんですね。で、「あの会社はいい会社だと思う」と。それを真に受けて、京都アニメーションを受けよう、と思ったんです。


――それはまた急展開ですね(笑)。当時の京都アニメーションの採用試験は、どういう感じだったんでしょうか?

斎藤 自分のときはたしか『涼宮ハルヒの憂鬱』が放送された翌年で、すごく応募が多かったみたいです。同期が作画(アニメーター)だけでも10人くらいいたので、わりと採用人数も多かった年だと思います。


――なるほど。

斎藤 内定が出たあと、入社までの間に研修が始まって、まずは線の引き方、それに合格したら単純な線割、その次は歩き、走り、振り向きなど、徐々にステップを踏んで……それが数ヵ月。早い人は3月早々に研修が終わって動画の仕事に進むんですけど、僕はゴールデンウィーク前くらいまで延々とやっていました(笑)。あまり出来のいい新人とは言えなかったと思います。


――あはは。で、2本目の『けいおん!』ですが、これは斎藤さん自身、京都アニメーション時代に仕事で関わった作品ですね。

斎藤 そうですね。僕は動画時代を含めても2年ちょっとしか京都アニメーションには在籍していないんですが、『けいおん!』はスタジオを離れる少し前に参加した作品です。


――世間的にも大きな反響を呼んだ作品ですが、斎藤さんにとってはどこが印象的だったのでしょうか?

斎藤 当時、自分が置かれていた状況も含めてお話ししないといけないんですけど……。とにかく、絵を描いてきた積み重ねが薄い未熟な状態で京都アニメーションに入社したわけで、その後、原画を描き始めるようになっても、やっぱりまわりの先輩たちから「画力が足りない」と指摘を受け続けるわけです。本当に散々な状態で。


――アニメーターとして、最初の壁にぶつかっていたわけですね。

斎藤 最初に参加したTVシリーズの『CLANNAD ~AFTER STORY』がそういう状態で、もう本当にツラい時期を過ごしていたんです。で、そこから『けいおん!』に参加することになるんですが、 結局、第2話(「楽器!」)、第7話(「クリスマス!」)、第13話(番外編「冬の日!」)の3本をやったのかな。それぞれ成長の段階が自覚できるくらい、ステップアップできた作品が『けいおん!』だったんです。


――自分の中で、はっきりとした手ごたえがあった。

斎藤 最初に参加した第2話のときは、カットを提出して翌朝出社すると、全カットリテイクになって戻ってきて机の上に置いてある、みたいな感じでした。しかも、それを直して提出しても、またすべて描き直されて戻ってくる。結果的に、自分が描いたものが何も残っていない、という感じだったんです。ただ、その次の第7話が木上(益治)さんと荒谷(朋恵)さんという、当時の京都アニメーションのトップふたりがレイアウトと第一原画(ラフ原画)を大量に担当していた回で。

――そうだったんですね!

斎藤 今思うと、新人教育のための回だったのかなと思うんですけど、おふたりの描いたものを、自分や他のアニメーターが第二原画として清書していく。自分は基本的に木上さんの担当カットを清書していたんですけど、ご本人がお仕事されているところを後ろから見ていると、机にかじりついてガリガリやるというよりも、背筋をスッと伸ばして軽くサッと線を引いていく。そんな淀みのない線の引き方とか、木上さんの仕事に向き合う姿勢に、すごく影響を受けたんですよね。本来であれば木上さんが描いたラフの上に、作画監督の堀口(悠紀子)さんが影だけを入れて原画として完成している、みたいなカットもあったんです。だから自分たちが清書する必要があったかというと、よくわからないんですけど、それをわざわざなぞらせるということが、何よりの教育だったのかな、と。


――なるほど。

斎藤 第7話では、自分でレイアウトから担当するカットもいくつかあったんですけど、木上さんや荒谷さんの第二原画を経験したあとだと、描いたものが全然違うんです。たしか半分くらい、自分で描いたものが通ったんじゃないかな。第2話はまったくダメだったけど、第7話ではそれが半分くらいチェックが通るようになって、そこで何かおぼろげながら手ごたえというか、実感みたいなものがつかめたんですよね。


――その2話を経て、第13話でも原画を担当することになった。

斎藤 そうですね。第13話に入る頃には、自分の中で「スタジオを離れよう」と決断していたので、今まで培ってきたことをすべて出そうという意気込みもありました。加えて、第7話で教わったことをうまく反映することができて、第13話では自分が提出したレイアウトはほぼすべて通ったと記憶しています。もちろん、演出的に必要な修正はちょこちょこあったんですけど、いちから描き直し、みたいなことは、たしかなかったはずです。


――はっきりと成長を感じることができた。今でも『けいおん!』を見直すことはありますか?

斎藤 第7話とかはたまに見直しますね。とはいえ、今見ると「こんな感じだったっけな」と思いますけど(笑)。もう10年以上前の作品ですし、それぞれ絵柄やスタイルも変わっていきますよね。


――13年前になりますね。

斎藤 やっぱり、記憶の中にある映像とは違う部分もありますね。作監でお世話になった西屋(太志)さんや堀口さんの絵柄も、作品や時代に合わせてどんどん変わっていきましたし。今、『けいおん!』を見ると、当時の絵柄を懐かしむような気持ちになります。


――あはは。

斎藤 逆に言えば、いまだに進化し続けている堀口さんや、西屋さんの作品に合わせつつ個性も出せるスタイルはすごいな、と自分でデザインの仕事をやり始めて、あらためて思います。そういう部分も含めて、自分にとって『けいおん!』は欠かすことのできない1ページのような印象があるんですよね。


③キャラクターにハマる楽しさを知った

『SHIROBAKO』

インタビュー連載の最後に取り上げるのは、アニメ業界ものとして話題を呼んだ一作。いち視聴者として、アニメのキャラクターにハマったことがほとんどなかった斎藤が『SHIROBAKO』に夢中になった理由と、その後の仕事に与えた影響を語る。


キャラクターにのめり込まないと出てこない表情がある

――3本目はアニメ業界を舞台にした『SHIROBAKO』です。斎藤さんの大学時代の話を聞くと選んだ理由がわかる気もするのですが(笑)、これは仕事で関わったわけではないですよね。

斎藤 そうですね。自分はもともとアニメを見る習慣がなくて。それこそ『マインド・ゲーム』に出会った頃はちょこちょこ他にも見ていたんですが、就職してからは視聴者として見る機会がまったくなくなっていたんです。そんななかで『SHIROBAKO』に出会ったわけなんですが……これは何年放送でしたっけ?


――2014年なので、8年前ですね。

斎藤 意外と前の作品なんですね。舞台となっているのがアニメ業界で、しかも監督が水島(努)さんということで「どんな感じなんだろう?」と見始めたら、まんまとハマってしまったんです。


――(笑)。いったいどこにハマったんでしょうか?

斎藤 キャラ萌え……という言い方はちょっとアレですけど、たとえば『マインド・ゲーム』の場合だと、キャラクターを好きになるには作品が尖りすぎているし、同じ頃に見ていた『プラネテス』にしても、ドラマの面白さで見ていた部分が大きくて。もちろん、アニメーターとして絵を描くときは、キャラクターの気持ちを考えてお芝居を作るわけですけど、それとは別に、いち視聴者としてキャラクターを好きになった経験が自分はほとんどなかったんですね。ある意味、オタク的な気持ちを初めて体感した作品が『SHIROBAKO』だったんです。


――当時ハマっていたキャラクターというと……。

斎藤 宮森(あおい)がいてくれたらいいな、と思っていました。あんな制作進行がいてくれたらな、と(笑)。だからもちろん、自分の仕事とリンクしている部分はあるんです。というか、現実とリンクしているからこそ実感が湧いたし、ハマったんだと思うんですよね。自分はアニメーターなので、やっぱりそこがフィーチャーされている回は、すごく共感できました。(安原)絵麻が猫を描けずに悩むエピソード(第7話「ネコでリテイク」)とか、描けなくて絵がゲシュタルト崩壊してきて、紙を丸めてゴミ箱に投げて、それも入らなくて……という状況の彼女の気持ちがすごくわかったし。あと、井口(裕未)さんが初めてキャラクターデザインを担当することになるエピソードも、自分がキャラクターデザインをやるようになる前と後では、見たときの印象が全然違う。


――あはは、なるほど。

斎藤 もちろん、ファンタジーといえばファンタジーだし、『SHIROBAKO』が大団円で丸く収まりました……と描いているところでも、現実ではそううまくいかない、みたいなことはあります。とはいえ、適度なリアリティがあって、楽しく見せてくれるエンターテインメントだったな、と思います。

――『SHIROBAKO』でキャラクターにハマる感覚を知ったことは、仕事にも影響を与えているのでしょうか?

斎藤 あると思います。というのも、『SHIROBAKO』をきっかけに『花咲くいろは』とか『NEW GAME!』とか『ガールズ&パンツァー』、あと、ちょっとジャンルは違うんですけど『アイカツ!』にもハマって。「キャラクターもの」と括っていいのかはわからないですけど、それまで興味がなかったタイプの作品やキャラクターに興味を抱くようになった。そこが転換点になって、キャラクターデザインの仕事を始めるようになったところがあるんです。やっぱり、キャラクターに興味を持てないと、キャラクターデザインはできないと思うので。


――キャラクターに気持ちが入ることで、デザインにも違いが出てくる。

斎藤 そうですね。同じアニメーターでも、「動きを追求していたい」という人より「キャラクターをかわいく描きたい」とか「魅力的な表情をさせたい」と思っている人のほうが、キャラクターデザインに向いているんじゃないかと思うんです。昔の自分を知っている人からは、『ラブライブ!スーパースター!!』のような作品でキャラクターデザインをやるというのは違和感がある、といまだに言われたりしますね。


――たしかに(笑)。それこそ「『マインド・ゲーム』みたいな作画をやりたい」というところとは180度違う気がします。

斎藤 総作画監督というのは、キャラクターを魅力的に見せる表情をいかに作るか、というのも仕事のひとつだと思うんです。そうなるとやっぱり「このキャラクターが、こういうシチュエーションだったら、こういう表情をするだろう」といったキャラ表に描いてある以上の想像力が必要で、そこはある程度キャラクターにのめり込まないと出てこない気がするんです。そうじゃないと機械的な、整っているだけの表情になってしまう。3Dの進化もあって、手描きの作画でやる意味みたいなものを考える必要がある気がしています。


――キャラクターの内面に入り込むからこそ、出てくる表情がある。

斎藤 現実感がある生っぽさだったり、かわいさを足すには、多少なりとも愛情みたいなものがないと難しいんじゃないかな、という気がします。少なくとも自分の場合は、入り込んだほうが描きやすいんです。


――放送中に『SHIROBAKO』本編に関わる仕事がしたい、と思ったりはしましたか?

斎藤 あっ、そういえば、劇場版のときに応援イラストを描いたんですよ。「公開まであと○日」みたいな感じで、何人かがリレー形式で描いていく中のひとりとして、声をかけていただきました。というのも、『SHIROBAKO』のプロデューサーだった永谷(敬之)さんが、自分が初めてキャラクターデザインを担当した『BLACKFOX』のプロデュースをしていたんですね。


――そうだったんですね!

斎藤 そのとき描いたのは宮森ではなくて、矢野(エリカ)さんとナベP(渡辺隼)のふたりだったんですけど(笑)、でも少なからず関わることができてうれしかったです。


――キャラクターの表情を想像する、というのは、ある意味では演出の領域とも重なると思うのですが、演出や監督の仕事に興味はありますか?

斎藤 じつは数年前から「やりたい、やりたい」と言ってはいて、実際にOP・EDアニメーションやPVの絵コンテ・演出のお誘いをいただいたりしたこともあるのですが、幸いなことにアニメーターの仕事が途切れずに続いていて。それでずっと先延ばしになっている感じですね。とはいえ、いつかチャレンジできるのであれば、チャレンジしてみたい。キャラクターデザインも含めて、アニメ業界に限らず、やるべきと思えることがあったらいろいろなことをやってみたいと思っています。







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