【生肉转载】Febri TALK系列——渡边步

取材・文/宮 昌太朗


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2022年7月25日~29日

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①表現の自由さに打ちのめされた

『アルプスの少女ハイジ』

『漁港の肉子ちゃん』や『サマータイムレンダ』など、幅広い作品で視聴者を魅了する渡辺歩が、忘れられないアニメ作品を語るインタビュー連載の第1回。アニメーションの「凄み」に満ちたあの名作について、たっぷり語ってもらった。


今でもはっきりと思い出せるのは、それだけ描写が濃厚だったから

――今日は渡辺監督のアニメ遍歴を聞きたいのですが、その前に、子供の頃はよくアニメを見ていましたか?

渡辺 ごく一般的な子供として、楽しんでいたと思います。夕方の4時くらいに家に帰ってくるとアニメの再放送がやっていたので、それを見ていました。当時は『宇宙戦艦ヤマト』が人気でしたけど、僕が見ていたのは再放送でしたね。他にも、朝早く起きると『世界名作劇場』が流れていて、あとは特撮番組も見ていました。ただ、思い返すとそんなにアニメということを意識していなかったと思います。


――なるほど。最初は、高畑勲監督の名作『アルプスの少女ハイジ(以下、ハイジ)』ですが、見ていたのは渡辺さんが小学生の頃ですか?

渡辺 そうです。ただ、毎週欠かさず見ていたわけではないんです。たまたまテレビでやっているときに見る感じだったんですけど、とはいえ「ブランコがすごい」とか「食べ物がとにかく美味しそう」とか、感じたことが強烈に記憶に残っているんですね。とくに印象深かったのが「白パン」(第25話)で、ハイジが村に持って帰ろうと思って貯め込んでいた白パンに、カビが生えて全部ダメにしてしまうエピソード。しかもそのあと、おばあさんが白パンをハイジにくれる、というのがまたいいんです(笑)。……って、これはもう完全にファントークですね。


――あはは。でも、よくわかります。

渡辺 ただ、そういう風に強烈なイメージが残っているということは、しっかりと構築された『ハイジ』の世界に、当時の自分が捕らえられていたということだと思うんです。動きや音、色がついて表現されたものが、今でも自分の中に残っている。当時は意識していなかったし、そのすごさに気がつくのはだいぶあとになってからですけど、でもアニメーションの凄みを感じる――そういう原体験が『ハイジ』にあったと思うんですね。少年時代に「チーズが美味しそうだったな」と感じたことを今でもはっきりと思い出せるのは、それだけ描写が濃厚だったから。それは監督の高畑勲さんやプロデューサーの高橋茂人さんたちの力があってこそだと思うんですが、これはあらためて考えてもすごいことだなと思います。

――『ハイジ』のすごさに気づいたのは、だいぶあとだったという話ですが、どういうタイミングだったのでしょうか?

渡辺 『ドラえもん』の劇場版を作っていたあたりですね。監督として、作品に責任を持たなければいけない立場になったときに、もう一度、自分を見つめ直そうと思い立ったんです。そのときに『ハイジ』や『あしたのジョー2』を見直してみて、自分がなぜ、これらの作品を「いい」と思うのか検証し直そう、と。それで映像を持っていた人から借りて見て――それもシリーズすべてが揃っている状態ではなくて、飛び飛びで歯抜け状態だったんですけど、とりあえず第1話(「アルムの山へ」)から見てみようと思ったら、もう冒頭からすごいんです。厚着しているハイジが、坂を登りながら1枚ずつ服を脱いでいくシーン。単純でシンプルなシーンなのに、あの場面で泣けてきてしまう。すべての作りに隙がないし、些細なシーンでもしっかりと表現に結びつけていく。その研ぎ澄まされた感じが、本当にすごいんですよ。


――ひとつひとつのシーン、カットに詰まっている表現の厚みに圧倒されますよね。

渡辺 有名なチーズが溶けている場面にしても、その手前のパンを切るところから丁寧に描いているんです。しかもテーブルに手が届かないハイジのために、おじいさんは椅子を持ってきてそれを机代わりにする。そのことで、おじいさんの心情まで、こちらが勝手に想像しちゃうんです。これはもう本当にすごい。チーズどころの騒ぎではなくて「なるほど、そういう意図だったのか!」と。藁のベッドにしても、リアリティで考えるとそうはならないはずなのに「これぞアニメーションだ」という説得力がある。表現の必然性と、その自由さに打ちのめされました。これが、かつて自分が『ハイジ』を見たときに感じたことだったのか、と。


――あらめて発見するところがあった。

渡辺 いつか自分も、この感動をアニメーションに乗せて打ち返さなければいけないな、と思いますね。この産業に身を置きながらこう言うのは矛盾しているかもしれませんが、お金を出してくれそうな層に向けてばかり作っていると、次の世代に「体験としてのアニメーション」が伝わらなくなってしまうのではないか……そういう個人的な危惧があります。小さい子供が見て、いつまでも記憶にこびりついて離れない――そういう作品を作るのは難しいことですが、そのことは常に意識しています。


――『ハイジ』には細々とした生活のディテールがいっぱい詰まっていますが、日常描写の積み重ねで言えば、渡辺さんが監督した『漁港の肉子ちゃん(以下、肉子ちゃん)』は、どことなく高畑監督の『じゃりン子チエ』を思い出させるところがあります。

渡辺 ありがとうございます。結局、自分が見てきたものに影響を受けてしまうんですよね。『肉子ちゃん』の制作中、ひとつだけ近い作品を挙げるとすれば『じゃりン子チエ』だね、という話はしていたんですよ。


――そうなんですね! 『肉子ちゃん』でも、日常描写がどういう意図で置かれているのかはパッと見ではわからない。でも、その意図がじわじわとあとから効いてくるところは、『ハイジ』や『じゃりン子チエ』に共通しているのかなと思いました。

渡辺 そうですね。『ハイジ』は最初からすべてが明らかになっているわけじゃなくて、まず行動を描くことで視聴者の興味を惹く。ただ、そこに込められた意図は、早い段階から周到に計算されているんだろうな、と感じます。細かいところまで原作を読み解いて、分解して、しかもそれをアニメーションにおける表現のために再構築しているんですが、同じ高畑監督の作品で言えば『赤毛のアン』もそうでしょう。じつは『赤毛のアン』も、今回の3本に入れようかどうしようか迷った作品のひとつでした。


②見直すたび、かつての自分に戻れる

『あしたのジョー2』

渡辺歩監督が、思い出のアニメについて語るインタビュー連載。その第2回に登場するのは、出﨑統監督の代表作のひとつ。劇中シーンをモノマネしていたという中学時代のエピソードから、自身に与えた影響までじっくりと話を聞いた。


原作からもう一歩踏み込んで作っているような気がする

――2本目は、出﨑統総監督の『あしたのジョー2(以下、ジョー2)』ですね。リアルタイムで見ていましたか?

渡辺 当時は中学生だったんですが、リアルタイムで見ていました。『あしたのジョー』を再放送で見て、すごくハマったんです。席が近かったクラスメイトとふたりで、力石(徹)の口調や仕草をモノマネするのが、すごく楽しかったんですよね。そうこうしているうちに続編が始まるという話を聞いて。それまで原作をちゃんと読んだことはなかったんですが、その友達がめちゃくちゃマニアックで『ジョー』についていろいろとレクチャーしてくれたんです。そんな感じでどんどんのめり込んで、期待値が高まっていくなかで『ジョー2』の放送が始まりました。


――実際に放送された『ジョー2』は、期待通りだったんでしょうか?

渡辺 僕にとっては期待通りでした。大人になって原作を読んでから見直すと、だいぶ俗っぽく感じる部分はあるんですが、とはいえ当時はアニメを単体で楽しんでいたので、全然気にならなかったですね。今、あらためて思い返すと、出﨑さんの演出にハマっていたんだと思います。『ジョー2』が持っているキラキラ感だったり、独特のムードが好きで。音楽の入り方なんかもすごく魅力的ですよね。当時はいち視聴者として夢中になって見ていましたし、前作と同じように友達とモノマネをしていました(笑)。


――そこも変わらずで(笑)。

渡辺 学校で、矢吹丈と丹下段平のやり取りをモノマネするために必死で見ていましたね。当時はまだビデオデッキが普及していなかったんですが、アニメオタクじゃなくても、男の子のたしなみのひとつとしてアニメを見ておく、そういう感じがあったんです。誰でもアニメをひと通りは見ていて話ができた。そういう中で『あしたのジョー』のマネをすると盛り上がるんですよ(笑)。ある意味、自分を表現する場として『ジョー2』を使っていたんだと思います。


――印象に残っているエピソードはありますか?

渡辺 第1話(「そして、帰ってきた…」)が好きでした。ゴロマキ権藤もよかったですけど、なにより力石徹の存在が非常に大きくて。彼をどういう風に乗り越えていくのかというところにシリーズの最初のテーマが据えられていたので、そこに注目して見ていましたね。あとは丈が旅からふらっと帰ってきて、ウルフ金串を助ける。そこで、ゴロマキを殴った感覚を自分の中で呼び覚ます……という描写がとにかく好きで。最初、爽やかに始まるんだけども、その後、丈が帰ってきてもすぐには立ち直れないというところに、心を揺さぶられるものがありますよね。しかもウルフはお金を借りに来て、そのまま帰ってしまう。そういう構成の妙にハマってしまった。『ジョー2』はオリジナルエピソードも多いシリーズですけど、あのシーンはたしか原作にはなかったんじゃないでしょうか。

――渡辺さんが楽しそうに話しているのを聞いていると、また見たくなってきました(笑)。

渡辺 今、見直してみても、アニメの表現として必要にして充分というか。感性に訴えるというよりも、感情に訴えかけてくるんです。当時はモノマネをするために楽しんでいたんですが、自分がどうしてこの作品が好きなのかを振り返ったときに、ふと気づくんです。エモーショナルな部分、感情に訴えることの大切さを。セリフでお客さんに伝えるのもわかりやすい手段ではあるんですけど、ただ「わかりやすい」と「伝わる」は違うことなんだろうな、と。あと、自分がプロになって絵を描く側に回ると、あのとき、価値があるものを見せてもらったんだな、と思うんですよ。あのときの体験が、これまで自分が受けてきた影響の大きな部分を占めているんだなと痛感しますし、仕事でキツいときなんかに見直すと、当時の自分に戻ることができてやる気が出る。そういう意味では、自分の中ですごく重要な作品になっていますね。


――出﨑監督の作品はどれも、見ている人の心の琴線に訴えかけてくるようなところがありますね。

渡辺 当時、中学生だった僕は出﨑さんの名前を知らなかったんですが、でも素晴らしい作品があって、友達と興奮しながらその素晴らしさを語り合う。その時間が、自分に大きな影響を与えていると思います。あと、出﨑さんで思い出したんですが、昭和50年代の子供は単純なので、何かあるとすぐに作品のマネをするんですよ(笑)。『エースをねらえ!』が流行ると、みんなでテニスをするようになったりとか……。


――なるほど(笑)。

渡辺 『エースをねらえ!』の劇場版には、主人公の岡ひろみがコーチの宗方仁に「辞めさせてほしい」と電話をするシーンがあるんです。最初、岡が何も言わないのに宗方が「岡か」と気づく。で、岡が「どうしてわかったんですか!?」と言うんですけど、あれも出﨑監督のオリジナルですよね。かなりあとになってからそのことを知ったんですけど、あらためてすごいなあ、と。自分でアニメを作っていても「今の状態でもいいけど、もうちょっと考えてみよう」という気にさせられるんです。それは当時、自分が受けた掛け値なしの影響というか、感動があるからで。それがずっと自分のベースの部分にあって、こびりついているんです。


――そういう意味でも、渡辺さんのお仕事に大きな影響を与えている。

渡辺 『ジョー2』もそうですけど、見ていると原作からもう一歩踏み込んで作っているような気がするんですよ。そこがアニメならではのオリジナルを表現するために、なくてはならないものなのかな、と。原作に縛られないそういう自由度が、TVシリーズのアニメーションの描き方に作用している気がする。長尺の映画ではなかなか難しいけれども、連続ものであるがゆえに踏み込めるところがあったんじゃないでしょうか。


――なるほど。

渡辺 物語の中にある「空気」が描かれているような感じがあって、そこが「絵を使って表現をする」ということの核心にある。それは僕自身も持っておかなければいけないところだと思いますし、今なお『ジョー2』が色褪せない理由なのかなと思います。ぜひ今の若い人にも見てほしい作品のひとつですね。


③大事なことはすべて

『ドラえもん』から教わった

インタビュー連載の第3回でピックアップするのは、自身がアニメーターとしてデビューを果たした作品でもある国民的人気アニメ。初監督作でもある劇場中編『帰ってきたドラえもん』をめぐるエピソードなど、その思いを存分に語ってもらった。


めぐり合わなければ、アニメ業界から飛び出していたかもしれない

――3本目は渡辺さん自身、アニメーター・演出家として長い間、関わっていた『ドラえもん』です。そもそもどんな経緯でアニメーターを目指したのでしょうか?

渡辺 もともとは美術大学を目指していたんですが、大学進学が頓挫したときに「絵でご飯が食べられたら」という安易な気持ちで専門学校に入ったのがきっかけです。だからアニメーターとして志が高かったわけではないんですが(笑)、入社したスタジオメイツで子供の頃に見ていた『ドラえもん』と再会するんです。


――アニメーターとしての最初の仕事が『ドラえもん』だったんですね。

渡辺 そうなんです。3ヵ月ほど動画の線を引く訓練を受けてから現場に入って、動画デビューは劇場公開された『ドラえもん のび太と竜の騎士』でした。ただ、じつを言えば、藤子(・F・不二雄)先生が描かれたマンガへのリスペクトが強くあって、仕事として関わりたくないな、という気持ちもあったんです(笑)。そこから月に1本くらいのペースで、スタジオメイツが受けていた『ドラえもん』の動画をやっていましたね。


――そこから『ドラえもん』の原画を担当するようになり、さらにはシンエイ動画に入社しますよね。

渡辺 スタジオメイツが小さな会社だったこともあって、行き詰まり感みたいなものがあったんですよね。ステップアップするためには環境を変える必要がある。でも、その一方で『ドラえもん』を極めたいという気持ちもあったんです。そうしたら運がいいことに、シンエイ動画の演出の方やキャラクターデザインや作画監督をされていた中村英一さんたちと話をする機会が増えていたので、売り込ませていただいたんです。


――自分から飛び込んで行ったんですね。

渡辺 採用試験に合格したのは中村さんの推薦が大きかったと、あとから聞きました。当時の社長だった楠部三吉郎(くすべさんきちろう)さんも「中村くんがいいと言うなら」と。ありがたいことですよね。シンエイ動画に移ってからは、アニメーターの大塚正美さんや堤規至(つつみのりゆき)さんとお会いして、すごく刺激を受けました。移籍した当時は、さっきも言ったように、自分なりに『ドラえもん』を極めたいという気持ちが強くて、自分が描いた原画に作画監督の修正が入るのが悔しかったんです。ただ、シンエイ動画にはカット内容にこだわって描かれる先輩がたくさんいて、すぐに自分がキャラクター造形にこだわりすぎていたことに気づきました。むしろ、コンテから離れても構わないから、絵を動かすことで芝居を表現するべきなんだ、と。だから『ドラえもん』はもちろん好きでしたけど、それ以上に「アニメーターという仕事を追求したい」という気持ちに変わっていったんです。


――その後、渡辺さんはコンテ・演出を経て、劇場中編『帰ってきたドラえもん』で初めて監督に就きます。原作でも屈指の名エピソードですが、プレッシャーは大きかったでしょうか?

渡辺 不思議とプレッシャーはなかったんですよ。能天気でしたね(笑)。どちらかと言えば、自分の『ドラえもん』に対する愛情や考えていることをぶつけるチャンスだと思っていました。当時、シンエイ動画にいた原恵一さんにいろいろ相談していたんですが、「もっと焦ったほうがいい」と言われたんです。僕は30歳前後で演出を始めたので、ずいぶん出遅れている。なので、自分が今持っているものは全部出そうと。作品をひとりで背負うことの怖さよりも「やってやるぞ」感のほうが強かったです。

――結果的に、今でも評価の高い作品になりましたよね。

渡辺 どうなんでしょう。尺に入りきらないくらい描いてしまいましたし……。ただ、振り返ると、あの当時だからこそできたことなのかな、とは思います。当時の僕は、作品を成立させる責任みたいなことに気づいていなかったんですが、この『帰ってきたドラえもん』から『ぼくの生まれた日』までの5本の連作は、僕の仕事に対する意識の中で抜けていた部分を気づかせてくれました。


――抜けていた部分、ですか?

渡辺 力いっぱい作った結果、『帰ってきたドラえもん』は作品としてはいびつなものになってしまって、まわりには頭を抱える人もいたんです。その後、劇場公開が始まったとき、僕も渋谷の映画館に見に行ったんですね。するとそこでは楽しみに開場を待っている子供たちが列を作っていて、一緒に並びながら、はたと気づくんです。それまではわりと「自分がよければいい」という感じで作っていたけれども、これだけの人たちが楽しみにしている。彼らを喜ばせないといけないし、初めての人にもわかりやすいものを作らなければ、と。それはTVシリーズではなかなか得られない、映画だからこそ得られた感覚だったと思います。


――お客さんの姿を間近で見るというのは、大きい体験ですね。

渡辺 あと当時、劇場長編は「季節が来れば、自動的に作られるものだ」と思っていたんですけど(笑)、それってじつはすごく贅沢なことですよね。会社には怒られっぱなしでしたけど、それでも好き放題やらせていただけました。『ドラえもん』というある種、終わらないタイトルに、自分の成長を待ってもらえたというのはすごく大きいと思います。『ドラえもん』に育ててもらえたんだなあ、と。もし、めぐり合うことができなければ、4~5年でアニメ業界から飛び出していたかもしれないし、そもそも関わってすらいなかった可能性もある。大事なものはすべて『ドラえもん』に教わったんだなと思います。


――そんな渡辺さんから見て、『ドラえもん』の魅力はどこにあると思いますか?

渡辺 ドラえもんは、常に未来への明るい可能性を感じさせてくれる存在だと思うんです。一方、のび太はそれでも自分のダメさ加減がわかっていて、努力したい、よくなりたいとずっと思い続けている。約束はされているけれども、ほのかに感じられる希望と前向きな姿勢が『ドラえもん』の底にずっと流れているテーマなんじゃないかと思います。あと藤子先生は生前、「この先、ペンペン草も生えないくらい『ドラえもん』を描き尽くしたい」とおっしゃっていたんですけど、僕にはまだ「ペンペン草」が生えているような気がしているんですね。そこを開拓するのは、僕じゃなくて、もっと若い人でもいい。これからの若手にとって、いろいろなことを試すことができる――そういうところが『ドラえもん』にはある気がしますし、そこがこの作品の最大の魅力だと思います。






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