【生肉转载】Febri TALK系列——加藤大典

取材・文/前田 久


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2025年3月21日~25日

本文仅供学习交流使用,版权归原作者所有,如有问题请及时联系我们以作处理。


①幼少期の思い出が仕事とリンクした

『鎧伝サムライトルーパー』

アーケードゲーム『ワッチャプリマジ!』のプロデューサーであり、『KING OF PRISM』では「プリズムジャンプ原案」、『ワッチャプリマジ!』では「イリュージョン原案」などのクレジットでアニメにも参加している加藤大典。その卓抜したイマジネーションの源流をたどるインタビュー連載は、幼少期の思い出からスタート!


NG5の曲は今でも歌えるくらい、はっきりおぼえている

――本日はよろしくお願いします。

加藤 この連載、皆さん本当にしっかりした話、面白い話ばかりされていますよね。僕はつまらない話しかできないので……。

――いやいや、そんなこと言わずに。1本目は『鎧伝サムライトルーパー(以下、トルーパー)』。これまでのFebri TALKで出ていない作品ですし、どんな切り口の話になるのか、気になります。


加藤 僕は1978年生まれなので、1988年放送開始の『トルーパー』は小学校3~4年生、10歳頃に触れた作品でした。その頃が、人生でいちばんアニメを見ている時期だったんですよね。『魔神英雄伝ワタル』『聖闘士星矢』『天空戦記シュラト』『機動警察パトレイバー』……放送されているものを、とにかくやたらと見ていた記憶があります。その時期、隣の家に住んでいた兄弟と仲良くしていたんですけど、お兄ちゃんのタカシくんが僕の5つ上で、1973年生まれ。いわゆる「ファーストガンダム世代」 だったんです。


――『機動戦士ガンダム』のブームを子供の頃にリアルタイムで通過した世代ですね。

加藤 そう。野球が好きで、中日ドラゴンズを熱心に応援していたタカシくんが、ある日から突然、アニメの話ばかりするようになった。やがてタカシくんは『ガンダム』が好きだから『Newtype』を、弟のほうはそれと分ける形で『アニメージュ』を買うようになったんです。そして僕に「大ちゃんは『アニメディア』を買うといいと思うよ」なんてふたりですすめてきて……当時は何も考えていませんでしたけど、それって単に自分たちが読みたかっただけじゃん!って(笑)。


――小学生や中学生のあるあるですね。そうやって読める本を増やす。

加藤 それで小4から『アニメディア』を買わせられるわけですけども、面白い内容ではあるものの、なんか載っているアニメに偏りがあるんですよ(笑)。美少年だらけで、表紙は『トルーパー』や『天空戦記シュラト』なことが多い。当時の子供が大好きな『ドラゴンボールZ』とかじゃない。でも、読んでいるうちにいつの間にか、そういう作品が面白く思えてきてしまうんですよね。僕は名古屋出身なのですが、『トルーパー』は名古屋テレビ(メ~テレ)のサンライズアニメ枠(※)の作品でもあり、クレジットに「名古屋テレビ」と出るのがなんだか誇らしかったりもしたんです。

※1977年の『無敵超人ザンボット』に始まり、『機動戦士ガンダム』や勇者シリーズなど数々の名作を生んだ放送枠


――子供ながらにそこが気になるものでしたか。

加藤 僕のいちばん古い記憶は、2歳のときにメ~テレ枠で放送されていた『最強ロボ ダイオージャ』のテーマソングを歌っていたことなんです。そのくらい、あの枠が好きでした。……といった感じで思い入れはあるのですが、その分、作品の中身について思い出補正がかかっていたらイヤだなと思って、『トルーパー』もあえて見返さずに来たので、作品の中身についてはもう話せることがないのですが……。

――(笑)。タカシくん兄弟とはその後、どうだったんですか?

加藤 そのあとタカシくんからは『トルーパー』に出演していた声優さんたちが組んだユニット・NG5(※)のカセットテープを貸してもらうようになるんです。

※『鎧伝サムライトルーパー』で主役となる「五勇士」を演じた草尾 毅、佐々木望、竹村 拓、西村智博(現:朋紘)、中村大樹による声優ユニット


――伝説のユニットですね。報道番組で取り上げられたり、あまりの人気でライブで失神する人がいたとか。

加藤 NG5の曲を一時期はずっと聞いていて、今でも歌えるくらい、はっきりおぼえています。のちに仕事で関わった『プリティーシリーズ』で『プリティーリズム・オーロラドリーム』の春音あいらの父親役で佐々木望さん、『プリパラ』の真中らぁらの父親役で草尾 毅さんが出演されていたのを見たときはうれしかったですね。「サムライトルーパーがここにいる!」と(笑)。その後、さらにNG5の曲を聞き込んでいたことが『キラッとプリ☆チャン』のときにリンクするんです。


――どういうことですか?

加藤 ゲーム用のオリジナル曲を作るためのアイデアを考えていたときに、ふとNG5の『ミッドナイト・パーティ』という曲の記憶がよみがえってきたんです。「みんなで待ち合わせて博物館(ミュージアム)に遊びに行く」みたいな歌詞の曲なんですけど、そのオマージュにしようと。そっちが夜ならこっちは昼で、ピクニックに行こうじゃないか……と考えて『ハッピーピクニック』という曲を作りました。michitomoさんという素晴らしい作曲家が曲を作ってくださって、子供時代の憧れを仕事に落とし込むことができてよかったな、と。そんな出来事もあったので、『トルーパー』は僕の原点なんです……ということにしましょう(笑)。


――美しくまとまりました。『プリティーリズム』と同じタカラトミー(当時はタカラ)の作品ですしね。

加藤 おもちゃの展開はそうですね。『魔神英雄伝ワタル』もそう。こちらの監督だった井内秀治さん(故人)とも『プリティーリズム』でお仕事をご一緒できて、飲みに行けたりもしました。あの頃好きだったアニメに関わっていた方々と仕事で関わることができたのはありがたかったですね。タカシくんに自慢したい。何かの拍子にタカシくんがこの記事を読んで、僕のことを思い出してくれたらいいな(笑)。


②人生をともに過ごした

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』

アーケードゲーム『ワッチャプリマジ!』のプロデューサーであり、『KING OF PRISM』では「プリズムジャンプ原案」、『ワッチャプリマジ!』では「イリュージョン原案」などのクレジットでアニメにも参加している加藤大典。奇想の源流をたどるインタビュー連載の第2回は、人生に寄り添い続けた作品との出会いから「成仏」まで。


『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を待っている間に結婚し、子供もできた

――2作目は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版(以下、エヴァ)』です。

加藤 Febri TALKで『エヴァンゲリオン』シリーズの話をする人は多いですけど、読んだら皆さん、すごく立派なことを話しておられるじゃないですか。僕にはそんな話はできませんし、下手したら、今日する中でもいちばんつまらない話になってしまうかもしれないんですけど……。


――いやいや、きっと大丈夫ですよ。第1回も面白かったですし。

加藤 第1回でお話ししたように、僕がアニメをいちばん見ていたのは小学生の頃。中~高校生時代はアニメを見ることを休んでいて、だからTVシリーズや旧劇場版が流行っていた頃は違うものにハマっていました。『STAR WARS』とアメコミです。でも、29歳のときだったかな、当時付き合っていた彼女と別れて、同棲も解消して、ひとりで暇になって、なんだかすごく寂しくなったんですよ。それで急に「人はこういうときに『エヴァ』を見るのかもしれない……」と思って。


――圧倒的に正しいです!(笑)

加藤 Yahoo!のトップニュースで新劇場版が制作されることも知って、近々1作目の『序』が公開されるというので、とにかくこれを1回見てみようと思ったんです。そうしたら、面白いんですよ。しかもサブタイトルが『YOU ARE (NOT) ALONE』。これは俺のことじゃないか!と(笑)。そこから一気にハマって、旧シリーズのDVDを全巻買いました。その頃、格闘技をやっていて、大先輩の格闘家の桜庭和志さんと夜な夜な飲んでいたんですけど、そこでも『エヴァ』上映会をしていて。そうしたら参加メンバーがみんなハマって。桜庭さんなんて(2作目の)『破』が公開されるときには、試合の入場でエヴァ初号機のかぶりものをするようにまでなっちゃって。


――桜庭選手のあれは加藤さんの影響だったんですね。『破』の頃の加藤さん自身の人生は?

加藤 僕は『プリティーリズム』のゲームを作り始めた頃でした。プロトタイプの開発の最初の山場を迎えるあたりでしたね。開発のマイルストンを越えるごとに「『破』を見に行こう!」と盛り上がって、結局4~5回は劇場に足を運んでいると思います。見るたびに「俺もあんな風に、シンジみたいに頑張りたいな」と思っていたんです。


――いい話です……。

加藤 『破』のサブタイトルは『YOU CAN (NOT) ADVANCE』で『YOU ARE (NOT) ALONE』から進化しているんですよね。こういうところがまたね、大事なんです。そこから時を経て、2012年。『プリティーリズム・ディアマイフューチャー』の打ち上げのとき、その後、結婚することになる人と飲んでいて「映画に行きましょうか」という話になって、選んだのが3作目の『Q』でした。『Q』を一緒に見たことをきっかけに付き合い始めたんです。そして完結編の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を待っている間に結婚し、子供もでき、現在に至る。『エヴァ』のおかげで30歳手前の大失恋から立ち直って、ここまでやって来られました、という話です。……やっぱり、あんまり面白くないでしょう?

――面白いですよ! 『エヴァ』完結までの長い時間が、加藤さんの人生とシンクロしていた。

加藤 『シン』の最後にマリが出てきたじゃないですか。『序』のときにシンジのそばにいたのは綾波だけれども、最後まで一緒にいたのはマリ。そうなるなんて、『序』を見たときにはまるでわからなかった。これはまさに人生そのものだなって。僕も『序』の頃は、今の相手と結婚するなんて思ってもみなかったわけで、つまり人生に伏線はないんだなと。見終えた瞬間、成仏したなと感じました。


――成仏?

加藤 これまで『エヴァ』は何度も繰り返し見てきたのに、『シン・エヴァ』は最初にひとりで見て、そのあとケジメとして奥さんとも一緒に行ったら、その2回で満足しちゃったんですよね。その後、配信が始まっても、まったく見る気がしないんです。きっと見たら面白いんだけれども、もう気持ちが成仏しちゃったんですよ。もう見返さなくても大丈夫、と思えるくらいにいい作品でした。僕に限らず、『エヴァ』は誰かの人生を変えられる作品じゃないか。そういう作品を作れる庵野(秀明)さんみたいな人は、すごいなと思いますね。


――たしかに。

加藤 僕はプロレスが好きなのですが、いいプロレスラーはリング上でのたたずまいだけで「この人はすごい」と伝わってくる。それだけで試合が成立してしまうんですよね。アニメもそういうものだと思うんです。いい脚本だとか、いい作画だとか、いい絵コンテだとか、それって結局は、作っている人の意気込みが伝わってきて共感できるかどうか。『エヴァ』のすごさはそこじゃないかなと。庵野さんという人が、すべての要素に反映されている。出てくるキャラクターひとりひとりを、まるで自分の友達みたいな感じで語ることができるじゃないですか。他のアニメ作品でこうなることって、なかなかない。好きな作品、面白い作品であっても、もっと傍観者っぽくなるというか。でも、『エヴァ』だけは作品世界に入り込んでしまって、そしてみんな、庵野さん自身まで知った気になってしまうんですよね。面識もないのに「庵野はさぁ……」となれなれしく話し出してしまうような。


――ありますね、そういうところ。

加藤 そこまでできるのは、本当に作り手としてすごいなと思います。なんだか上からの物言いになってしまいますけど……。自分の中から出てくるものを広く受け入れられる作品に仕上げることにおいて、庵野さんは世界最高峰の作り手なんじゃないかなと思っています。


③沖縄で体験した最高の瞬間

『KING OF PRISM by PrettyRhythm』

アーケードゲーム『ワッチャプリマジ!』のプロデューサーであり、『KING OF PRISM』では「プリズムジャンプ原案」、『ワッチャプリマジ!』では「イリュージョン原案」などのクレジットでアニメにも参加している加藤大典。インタビュー連載の最終回は、そのシリーズから飛び出した奇跡のタイトルを取り上げる。


なんの迷いもなく「この作品をやれてよかったね」と言い合えた

加藤 最後の作品の話は、本当につまらないですよ。

――もうそのフリは信用しません!(笑) というわけで、最後は加藤さん自身がスタッフとして参加している『KING OF PRISM by PrettyRhythm』です。


加藤 手前味噌すぎますよね。でも、自作から何かひとつ入れようと考えたら、やっぱりこれなんです。作品への入れ込み方というレベルで選ぶなら、今放送中の『ワッチャプリマジ!』も本気で作っています。でも、なんというか……そういう基準ではなく、純粋に作品の思い出で考えると、やはり『KING OF PRISM』シリーズ、その中でも、最初に劇場公開された『KING OF PRISM by PrettyRhythm(以下、キンプリ)』なんです。


――女児向けアニメである『プリティーリズム・レインボーライブ』のスピンオフ作品で、しかも本編では脇役だった男性キャラのドラマにスポットを当てる。今、振り返ってもすごい成り立ちの企画ですよね。

加藤 企画が動いたのは、菱田正和監督とエイベックスのプロデューサー・西浩子さんの熱意ですね。横で見ていても、あのふたりの企画の実現に向けた行動の数々はすごいなと思いました。


――当初の公開規模は小さいものでしたが、口コミでどんどん噂が広がり、リピーターが続出して、最終的には『プリティーリズム・レインボーライブ』の視聴者層を超えたファンの広がりを見せてロングランされた。そんな歴史的な作品であり、映画の続きも、のちのTVシリーズも、まずこの作品の大成功がなければありえなかった。それはもう、スタッフの方にとっては思い入れが深いというのも当然で……。

加藤 あ、いえ。理由は「舞台挨拶で沖縄に行かせてもらえた」というだけですね(笑)。


――……ちょっと!(笑)

加藤 いやー、最高でした、沖縄。おっしゃるとおり、『キンプリ』はいろいろな人にコアな形で好きになってもらえて、大きく盛り上がった作品でした。そんなさなか、「今度、沖縄で舞台挨拶があるけれども来ますか?」と西さんに声をかけてもらったんです。友達が沖縄に移住していたこともあって、すぐに「行きます!」と答えて。そういうノリで動ける勢いがあったんですよね、当時は。

――沖縄で舞台挨拶をやること自体が異例ですね。

加藤 それで、行ったみんなでお酒を飲みながらするのも、やっぱり『キンプリ』の話で。みんな揃って何の迷いもなく「この作品をやれてよかったね」と言えた。そういう人たちと集まっていて「ずっとこの話を続けられたらいいのにな」と、心の底から感じたんです。誤解されたくないのですが、他の作品が楽しくないとか、スタッフとの関係が悪いとか、そういう訳ではないですよ。でも、仕事でやっていることですから、どうしたって厳しい瞬間は出てきます。


――プロ同士だからこその厳しさは、どうしても必要になりますよね。

加藤 でも、沖縄のときは、そういうことをまったく考えなくてよかった。おまけに次の日に映画館で見た応援上映も、すごいクオリティで開催されていて。


――『キンプリ』は応援上映が本格的に普及するきっかけのタイトルでもあったので、お客さんの練度の差がけっこう見えたものですが、沖縄はレベルが高かったんですね。

加藤 中には東京から来ていたヘヴィなリピーターの人もいたのかもしれないですが、全員がそんなわけはないでしょうから。舞台挨拶も、とても温かい雰囲気で盛り上がりました。これだけ作品の広がりを実感できたのは、今振り返っても貴重な体験でした。あのときの印象が忘れられなくて、その後、別のところでやったトークイベントでも沖縄の映像を流して「またみんなで行きたいね〜」なんて話していたのですが、まだ行けていないんです。コロナ禍で応援上映自体が難しくなっていますが、なんとかしてもう一度、沖縄のお客さんたちに会いに行きたいんですよね。そんな気持ちを、この機会に話しておきたかった。……本当に面白くないでしょ? 真面目な話で。


――いえいえ。思い出も、未来に向けてのお話も素敵ですよ。

加藤 『プリティーシリーズ』には他にも楽しい記憶がたくさんあるんですが、とにかくあの日、2016年4月の沖縄で『キンプリ』に経験させてもらえたことは、「生きていてよかった」と思えるくらいのものでした。今でも思い返します。ただ、もう一度、あの瞬間を迎えるために頑張るのか、と思うと、何かが違う気もするんです。あくまで目の前の作品を一生懸命作り続けていて、そうしたら結果的に、またあんな素敵な瞬間を迎えられる。そうなれたらいいなと思っています。






日文原文链接:

原网站Febri已闭站

日文网页原图: