【生肉转载】Febri TALK系列——鈴木健一

取材・文/富田英樹


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2022年6月13日~17日

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①アニメーションの動きの魅力を知った

『ルパン三世 カリオストロの城』

『SDガンダム三国伝 BraveBattleWarriors』『ドリフターズ』などの監督であり、『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』の総監督を手がける鈴木健一のアニメ遍歴を聞くインタビュー連載。第1回は、自分にとってアニメーションの教科書のような作品と語る『ルパン三世 カリオストロの城』。


物語に組み込まれたアニメならではの「動き」に感動した

――少年時代からアニメの世界への憧れがあったのでしょうか?

鈴木 そういうわけではなくて、ごく普通の子供でした。外で友達とも遊ぶし、家に帰ればテレビでやっていたアニメもよく見ました。『宇宙戦艦ヤマト』や『未来少年コナン』といった、誰もが通る作品ですね。ただ、今にして思うとたしかに絵を描くのは好きだったんです。少年時代は画家になりたくて、とくに西洋画が好きでした。ミレー、ミケランジェロ、ダヴィンチといった芸術家の作品が好きで、とくに彼らの素描に惹かれたんです。


――そんな少年時代に衝撃を受けたのが『ルパン三世 カリオストロの城(以下、カリオストロ)』だったわけですね。

鈴木 劇場へは行っていなくて、たしかテレビ放送で見たと思います。『ルパン三世』自体は夕方によく再放送をしていたので存在自体は知っていたんですけど、『カリオストロ』のキャラクターの動きに度肝を抜かれたんです。動きのみずみずしさが素晴らしくて、冒頭のカーチェイス、ルパンが城に潜り込むときの屋根を飛び越えるシーンなど、あの躍動感に感動しました。それで、この動きや躍動感は『未来少年コナン』に似ているなと思い当たって、宮崎駿さんの名前を知るようになりました。それまではアニメの作り手を意識したことはなくて、『ルパン三世』は緑色のも赤色のもルパンだと思っていたから、そこに共通点を見出したことで作り手を意識し始めた作品でしたね。


――宮崎アニメの動きの魅力に気づいたわけですね。

鈴木 当時のアニメ作品は、動きそのものをカッチリ見せるようなものは少なかったと思うんです。ドラマやストーリーを見せるための手段としてアニメを使っている場合が多いというか、だからこそアニメの動きが物語に組み込まれたうえで面白く作用する宮崎駿さんの作品は本当に面白かった。何回見ても面白かったし、飽きることがなかったですね。


――あの当時はアニメ雑誌も全盛期でしたが、そういう方面への興味もありましたか?

鈴木 『アニメージュ』を買っていたと思います。ただ、それはスタッフインタビューが読みたいとか制作の裏側が知りたいということではなくて、絵を見たかったからなんですよ。宮崎さんの絵もそうですし、当時は安彦良和さんとか、今では大御所となった多くのアニメーターさんが現役でしたから、そういう方々の絵を模写したくて雑誌を購入していました。そういう意味では模写のための資料として捉えていたので、アニメーションの動きに魅了されていたにもかかわらず、『カリオストロ』という作品を解釈したり、自分も作りたいという意識はまだなかったと思います。

――名シーンばかりの『カリオストロ』ですが、中でもとくに好きなシーンはありますか?

鈴木 好きなシーンの連続だから、ここというのは難しいですね(笑)。宮崎さんの映画はちょっとした動きですら魅力的で、たとえば、次元大介がスパゲッティを全部巻き取るシーンとか、敵の影たちが鉄の爪をジャキッと出す瞬間の気持ちよさですよね。こう言うと伝わりにくいかもしれませんが、とにかく映画的なんですよ。「映画を見た」という気分になる映像とでも言うのか、それはとても感じます。ルパンに救出されたクラリスが次元と五ェ門を気遣うシーン、あそこで次元がヒゲにタバコを落として「次元様だと」とつぶやく。五ェ門が「可憐だ」とつぶやくと、すぐに敵の銃撃が来る。次元が「おっぱじめようぜ!」と言って音楽がかかる――この一連のシーンの気持ちよさは、映画のスケールの大きさを肌で感じる瞬間ですよね。この体験のあと、次第に映画に興味を持つようになっていくのですが、アニメだけでなくハリウッド映画も見に行くようになって、映像への興味を持ち始めた時期でもあります。


――ご自身の仕事への影響はありますか?

鈴木 自覚していない部分も含めて大いにあると思います。宮崎駿さんだったか大塚康生さんが「アニメーションとしていいタイミング(良い線)を見つけ出す」とおっしゃっていたのですが、それは感覚的に作られるアニメの世界にあって気持ちのいい動きを知るという意味ですよね。たとえば、ルパンと次元が影たちに襲撃された夜、部屋の壁にかけてあったモーニングスターを次元が投げて、それを片手で受け取ったルパンが重さに驚くシーンがあります。あの腕が下にグンっと引っ張られる動き、あれが感覚的な気持ちよさですよね。そういうのは何度も見たこの『カリオストロ』によって、自分の中に刷り込まれていると感じます。実写映画とは異なり、アニメの場合はないものから動きのすべてをコマ単位でタイミングも含めて設計しなければならない。実写ももちろん緻密な計算をしていると思いますが、アニメの場合はそのベクトルや方法が違うため、宮崎さんがあの当時に実践していたことは今でも影響はあると思います。『カリオストロ』は作劇法やテンポ、レイアウト、アニメーション、どれをとっても学びがあるので、今でも見直すことで新しい発見がある、私にとっては教科書のような作品です。


②出﨑統監督の神演出に惚れた

『あしたのジョー2』の美しさ

『SDガンダム三国伝 BraveBattleWarriors』『DRIFTERS』などの監督であり、『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』の総監督を手がける鈴木健一のアニメ遍歴を聞くインタビュー連載。第2回は、鈴木が絶賛する『あしたのジョー2』のアナログならではの自然な美の表現について。


キャラクターよりも演出手法に衝撃を受けた

――宮崎駿監督に影響を受けたあとに来るのが『あしたのジョー2』ということですが、これはなぜ続編のほうなんですか?

鈴木 いや、悩んだんですよ(笑)。言わずもがなの名作ですから悩んだんですけれども、大人になってもやっぱり好きなのは『あしたのジョー2』なんです。


――力石徹よりもホセ・メンドーサ派とか。

鈴木 そういうストーリー上のことやキャラクターの好みではなくて、これはもう出﨑統監督の演出なんです。作った時期が違うとここまで印象が変わるのかと。最初に見たときはテレビ局が違うから作風が変わったのかなと思ったくらい、別の作品のような印象を受けました。それともちろん、ジョーは男の目指すべき最終地点というか、憧れとか生き方そのものでしたよね。そういう物語からの影響も大きかったのですが、当時とても衝撃的だったのが出﨑さんの演出手法でした。たとえば、クイックトラックバック(被写体からカメラが急速に遠ざかる)とか、パン3回とか。


――パン3回! ありましたね。

鈴木 ジョーが対象に向かっていくときなどによく使われていた技法ですが、とてもスピード感があって、テンポが良い。そういうものを含めて、現在でも使用されている出﨑さんの演出手法はたくさんあります。ドラマ作りもそうですが、当時は技巧に惚れていたのかもしれないです。演出論というよりは、光の使い方や画面分割、カメラワークだったり、あるいは美麗なハーモニーの絵そのものだったり。そういう視点で作品を見ていた気がします。


――原作マンガとアニメでは時代も異なる印象でしたね。

鈴木 たしかに『あしたのジョー2』は80年代にアレンジされていました(笑)。絵も撮影処理も綺麗になっていたし、ストーリーも構成もところどころ異なっていました。そういう意味では、原作マンガとは大きく印象が違っています。当時は原作マンガ通りにアニメ化すればいいのにと思っていたのですが、大人になった自分が原作がマンガのアニメを監督してみてようやく理解できました。そもそも表現する媒体が違うと、構成も演出もそれに合わせて変えざるを得ないんですよね。たとえば、週刊連載のマンガの場合は、毎週掲載されるページ数の中で盛り上がりや抑揚が設定されていますが、それをTVアニメにする場合、30分のフォーマットに置き換えて考える必要があります。マンガの内容にもよりますが、そのまま忠実に映像化すると、まず尺が映像フォーマットに乗らないし、原作で設計されていた盛り上がりポイントが放送尺の途中に来たりする。30分の枠の中で盛り上がりがデコボコになってしまうと、作品の面白さが伝わらないし、原作の印象と異なるアニメができてしまう。見る側としては面白くないし、中途半端なところで終わったりして気持ち悪いものになってしまいます。「また次回も見たい」という映像にならないんですね。


――なるほど。

鈴木 なので、映像化するには盛り上がりや抑揚なども含めて作品全体を再構成し、原作では描かれなかった部分を追加したり、セリフやシーンを変更するなどのアレンジが必須になるというわけです。それが『あしたのジョー2』は完璧だったので、このシーンの原作はどうなっているんだろう?と思ってマンガを読み直すと、ないんですよ(笑)。原作にない、アニメにしかない名シーンがかなりある。そのときの驚き! 当時の私と同じように、原作ファンの皆様が「絶対このシーンあったよね」と思ってくれるアニメオリジナルのシーンを入れることができたら、アニメ監督としては勝った!と思える瞬間だと思うんですよね、私的には(笑)。だから、今制作中の『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』はもちろんですが、過去にやらせていただいた『はたらく細胞』や『DRIFTERS』のような原作マンガのアニメ化でアニメオリジナルシーンを入れる場合、『あしたのジョー2』の出﨑監督のように、原作にもあると思わせるようなシーンができればといつも考えて制作しています。

――とくに印象的なシーンはありますか?

鈴木 たくさんあって絞りきれないんですけど、第3話「地獄からの使者…矢吹丈」のジョーと白木葉子の会話なんですが、チャンピオンになりたいというジョーの言葉に対して、葉子が以前の矢吹君ならそんなことは言わなかったと返すんですね。「力石徹とグローブを交えた矢吹丈は、なりたいとか、ためにとか、そんなことを言う前にリングに立っていた」と煽る葉子に対して、ジョーは「じゃあ、どっからか連れて来いよ。もう一度、力石徹をよ……」と答えるんです。この短い会話の中でのジョーと葉子の探り合いがしびれるほどカッコイイ(笑)。


――『あしたのジョー2』は、オープニング映像がCGっぽいイメージでしたね。

鈴木 初めて見たときに、本当にスゴイと思いました。どうやって作ったのかと。あとは先ほども話しましたが、やはり画面の美しさですね。とにかくパラ(※)が印象的なんですよ。3クール目のオープニングのジョーが夕日を背にしているシーンは本当に美しかったし、あとは川面に反射する光の表現ですね。今では、あそこまで自然に美しく表現するのは難しいと聞きます。というのも、当時はアナログで撮影しているわけですが、撮影監督の独自の技術であるとか、フィルムに落とし込む際の職人技のようなテクニックがたくさんあったからできたことなんです。デジタルだからすぐにできるだろうというのは逆で、当時は撮影台にセルを置いて撮影しているから、生ものというかセルの間の空気も一緒に撮っていることになる。そこで出る空気感というものがあるわけですが、デジタルになった今はそれを再現するには手間がかかるし、どうしても自然にはなりにくい。自分がCG映像に一時期携わっていたことがあるからわかるのですが、アナログならではの自然な美しさを持った映像を作るのは本当に難しいし、それができていた当時の作品の素晴らしさを痛感する部分でもありますね。


③アムロとシャアのドラマに魅了された

『機動戦士ガンダム』劇場版三部作

『DRIFTERS』『Fairy gone フェアリーゴーン』などの監督であり、『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』の総監督を手がける鈴木健一のアニメ遍歴を聞くインタビュー連載。最終回は『機動戦士ガンダム』の魅力から、特撮からCG、そして演出家へと転身した自身の半生を語る。


戦争ドラマの中で描かれる人の死のドライさ

――宮崎駿、出﨑統、と大監督が続いて、いよいよ『機動戦士ガンダム(以下、ガンダム)』ですね。

鈴木 これはあえて劇場版の三部作を選びました。『ガンダム』はとにかくドラマが好きなんです。アムロとシャアの人間ドラマであり、群像劇としてのドラマです。具体的に言うとアムロとシャアの関係性の変化が好きで、第一作ではとにかく赤い彗星のシャアが強いと。アムロもブライトたちも必死に生き延びようと抵抗していたのが、第三作の冒頭ではそれが逆転している。あのアムロが「連邦の白いヤツ」になっているわけです。このアムロの成長とシャアとの対比がとても気持ちよくて好きなんですよね。それと、戦争映画なのでどうしてもキャラクターが死んでいくシーンがあるわけですが、これがお涙頂戴的な描かれ方ではないんです。死の恐怖を感じさせる描写で、リュウにしろミハルしろ、本当に死んでほしくないキャラクターたちがあっけなく死んでしまう。とくに第二部となる『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』ではマチルダやランバ・ラルをはじめ戦死者が多いので、この抗えない怖さと悲しさにリアリティを感じて、それまでのアニメとは違うと痛感しました。


――富野由悠季監督が、ということではないんですか。

鈴木 そうなんです。『ガンダム』という作品はもちろん富野監督作品で富野演出ありきなのですが、安彦良和さんのキャラクターと作画、そして大河原邦男さんのメカデザイン、脚本や音楽の素晴らしさが絡み合ってこその作品だと思っています。この奇跡的なバランスで成り立っている『ガンダム』が好きなのであって、どれかひとつだけが突出して好きという感覚はあまりないですね。富野監督の映画が基本的には好きという部分はありますが、じつは私のアニメ遍歴がここで中断してしまうため、富野作品は『伝説巨神イデオン』とか『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』くらいまでしかちゃんと見ていないんです。のちに、すべて見ましたが(笑)。


――アニメから離れて実写の世界に傾倒したとか。

鈴木 当時のハリウッド映画といえば、『スター・ウォーズ』であり『ブレードランナー』や『インディ・ジョーンズ』といった特撮系の映画が流行していた時代でした。当時はCGがそこまで発展していなかったし、ミニチュアやプロップを撮影して合成する特撮技術が全盛期でした。私はアニメから映画的なものへの興味を持ちましたが、ここで実写映画に興味が向いたことでアニメから離れてしまうんです。特撮に興味が向いたきっかけはミニチュアの合成用背景として描かれるマットペイントをやりたかったからで、ここでも小さい頃から好きだった絵が動機となっているんですね。だから、中学校を卒業したらアメリカに行ってILMに入りたかった(笑)。これまで挙げてきた3作品のアニメをきっかけにして映像業界に興味が向いたけれど、それを決定的にしたのは『スター・ウォーズ』なんです。でも、当時の私には中卒で渡米はあまりにもハードルが高いわけで、そのあとは「映画好きの兄ちゃん」としてサラリーマン生活に突入してしまう。アニメに復帰したのは平成になってからです。

――サラリーマン時代のあとにCG関連の分野で映像に関わっていますね。

鈴木 きっかけは『ジュラシック・パーク』ですね。あの恐竜の映像に衝撃を受けて、ここまでCGでやれるのかと。『トイ・ストーリー』や『ターミネーター2』も同時期で、やはり映画業界に行きたいと思いました。今の自分がやりたいのは特撮とは別に進化したCG分野だと思ってそちらを選びましたが、当時、CGをハリウッド映画のように制作するには日本国内では限界があったし、同時期に演出という分野にも興味が湧いてきたこともあり、渡米してCGをやるか、アニメを含む日本の映像業界で演出を学ぶか、悩みに悩んで。その結果、演出の道を選んだわけです。


――アニメに戻るきっかけとなった作品があったのでしょうか?

鈴木 映画好きの兄ちゃん時代に、友人と酒を吞みながらレンタルビデオを見るということにハマっていて、その中に偶然『魔女の宅急便』があったんです。あ、宮崎駿さんだなあ、くらいしか思わなかったのですが、これが本当に素晴らしい作品で引き込まれました。そこから、あらためて宮崎作品を見るようになって『千と千尋の神隠し』で演出の世界に興味が湧いてきました。そのあとはサンライズで働くことになって、『ガンダム』を本格的に勉強することになりまして(笑)、大人になってからその物語の構造だとかドラマツルギー(演劇論、作劇法)、メカデザインの秀逸さについて知ることになったんです。だから、私にとって最初の『ガンダム』以外は教材としての側面が強くて、その経験によって物語全部を作りたい、創作したいと思うようになっていきました。


――CGの知識は現在の監督業にも生かされているのでしょうか?

鈴木 そういった知識や経験は自分の創作にはずっと影響を及ぼしています。監督でありながらCGディレクターのような発言をするので、CGスタジオ的には面倒くさい存在かもしれませんね(笑)。現在のデジタル環境での撮影についても知識があるので、画面を作るための構造もわかります。そういう意味では、非常に役立っていると思います。






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