【生肉转载】Febri TALK系列——土屋理敬

取材・文/宮 昌太朗
来源:日本深度动画内容网站Febri
采访发布时间:2022年5月9日~13日
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①ヒーローに近づけたような気がした
『タイガーマスク』
人気野球アニメ『MAJOR』から『かみさまみならい ヒミツのここたま』のような女の子向けのアニメまで、幅広い作品でシナリオを手がける土屋理敬。そのルーツに迫るインタビュー連載の第1回は、幼少期の土屋に大きなインパクトを残したというプロレスアニメについて。
黄色いバスタオルを背中にかければ、タイガーマスクのマントになる
――子供の頃は、アニメをよく見ていましたか?
土屋 ものすごくハマっていたわけではないですが、比較的よく見ていたほうだったんじゃないかと思います。当時は「テレビまんが」と呼んでいましたが、毎日のようにテレビをつけて、なんとなく見ていたというか。それこそ『魔法使いサリー』とか『天才バカボン』、男の友達の間では特撮番組の『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』で盛り上がっていました。
――今回、1本目に挙げた『タイガーマスク』ですが、どれくらいの時期に見ていたのでしょうか?
土屋 幼稚園の頃だと思います。初めて「これは好きだ!」とハマって見ていたのが『タイガーマスク』ですね。当時は、仮面ライダーやそこに出てくる怪人のソフビ人形が発売されていたんですが、そんななか、僕は『タイガーマスク』に登場するレスラーのソフビ人形を集めていて。ひとつ上の従兄弟と一緒に、『タイガーマスク』ごっこをよくやっていました。当時、黄色いバスタオルを使っていたんですけど、それを風呂上りにバサッと背中にかけると、ちょっとタイガーマスクのマントみたいなんです(笑)。「俺は今、タイガーなんだ」って、自分が少し近づけたような気がしました。
――自分自身がフィクションの中のヒーローになれたような。
土屋 思い返すと「自分がなれるかもしれない」と思えるかどうかが、フィクションにハマる大きな要因だったような気もします。たとえば、『仮面ライダー』なら「自分もいつか改造人間になれるかもしれない」、『タイガーマスク』なら「プロレスラーになってマスクを被ればタイガーマスクになれるかもしれない」と思えるかどうか。そうするとヒーローが自分に近い存在に感じられて、それでハマったのかなと思います。
――『タイガーマスク』の中で、印象的だったエピソードや登場レスラーというと?
土屋 いちばん印象に残っているのは、虎の穴の悪役レスラーで、虎のマスクを被った3人が出てきたエピソードですね。ビッグ・タイガーとブラック・タイガー、キング・タイガーの3人が、それぞれ力とスピードと反則技のスペシャリストみたいな感じで登場してきて。それこそ「タイガーマスクが悪役になってしまった!?」というインパクトがあって、強烈におぼえています。それまではタイガーマスクがいちばん強くてカッコよかったのに、まさか敵側から同じマスクのレスラーが出てくるなんて……。タイガー対タイガーという構図に、すごく盛り上がりましたね。

――『タイガーマスク』は梶原一騎のマンガ(作画は辻なおき)が原作ですが、そちらも読んでいましたか?
土屋 はい、読んでいました。小学校の高学年くらいになると、だんだんと興味がマンガに移り始めて、アニメと距離を置くようになるんです。そういえば、『タイガーマスク』が好きだったせいか、乗り物だったり、メカニックなものには小さい頃からあまり興味が持てなかったんですよ。それこそ映画の『マジンガーZ対デビルマン』が公開されたときも、周りがマジンガーZ派なのに対して僕は断然、デビルマン派で(笑)。ロボットに親しみが感じられないというか、己の肉体で戦っている人が好きだったんです。
――とはいえ、世の中的にはロボットアニメブームの真っ只中ですよね。
土屋 そうですね。小学校から中学校に上がるくらいのタイミングで『宇宙戦艦ヤマト』のブームがやって来て、そのあたりまではなんとなく見ていたのですが、そのあと『機動戦士ガンダム』が来たときに、完全に自分の中で「違う」と思ってしまうんです。もちろん、『機動戦士ガンダム』は世界観や設定の作り込みがすごくて、まったく子供だましではない――これまでのロボットアニメとは全然違うと感じてはいました。でも、当時は中学生だったから、ひねくれていたのかな。批判するつもりはまったくないんですけど、僕自身は乗れなかったですね。
――年齢的にはいちばんハマりそうな感じもあるんですが……。
土屋 そうですね。ハマる人はここからガツンとハマっていくんでしょうけど、僕はこれくらいの時期にアニメと距離ができてしまうんです。
――ちなみに『タイガーマスク』以降は、どんなマンガにハマりましたか?
土屋 『タイガーマスク』のあとは『あしたのジョー』にハマって、それから遅ればせながら梶原一騎さん原作の『巨人の星』を読んで好きになったり。もちろん、『うる星やつら』だったり、他のみんなが読んでいたものも楽しんではいましたが、スポ根マンガはひと通り読んでハマりましたね。『がんばれ元気』が大好きで、高校の頃にはボクシングジムに通ったりもしました。
――それはダイレクトに影響を受けていますね(笑)。
土屋 やっぱり子供の頃から、自分を投影できるものに影響を受けていたんだと思います。そもそも僕は、運動が得意ではなかったんです。ケンカもしたことがないくらいだったんですけど、どういうわけか自分で身体を動かすことは好きで。きっと「そうありたいな」という気持ちが、自分の中にずっとあったんじゃないかな、と。だからこそスポ根マンガが好きで、読んでいたんじゃないかなと思うんです。
――自分の作品の中に『タイガーマスク』の影響は残っていると思いますか?
土屋 どうなんでしょう……さすがに子供の頃に見たきりなので、脚本の流れやストーリーはちゃんとはおぼえていないですね。ただ、悪いヤツが登場したりとか、主人公がコーナーポストに立っているとか、そういう見せ方みたいなものは、どこか根付いている気もします。リアリティというよりは、歌舞伎的な世界が自分の中にはあるのかもしれません。
②女の子を描く面白さに気づかされた
『わがまま☆フェアリー ミルモでポン!』
脚本家・土屋理敬のルーツに迫るインタビュー連載の第2回で取り上げるのは、自身がシリーズ構成・脚本を担当し、その後の仕事にも大きな影響を与えたというアニメ『わがまま☆フェアリー ミルモでポン!』。ドタバタギャグとファンタジックな世界観が魅力の原作に、どう取り組んだのか。
思春期の女の子の「成長したい」という思いの強さには特別なものがある
――脚本家を目指そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
土屋 前回お話ししたように、高校のときは部活に入らずにボクシングジムに通うほど身体を動かすのが好きだったんですが、それと同時期に映画を見るのにハマるんです。当時は2本立てや3本立ての映画館がまだたくさんあったので、毎週のように通っては、手当たり次第に見ていましたね。見ていたのは洋画がほとんどで、やっぱり娯楽作品、スティーブン・スピルバーグ監督の作品も大好きでした。そんなわけで、身体を動かすことからだんだんと実写の映像を作るほうに興味が移っていくんです。
――なるほど。実写映画への興味がまずあったわけですね。
土屋 大学に進学するかしないかくらいの頃になると、映画作りに関わることがしたいと思って、原稿用紙に脚本っぽいものを書き始めるんです。アメリカ映画が好きだったこともあって、当時はスピルバーグのような王道の感じを目指していたと思いますね。わかりやすく起承転結があって、最後にはカタルシスがあって、みんなで笑えるようなものがいいなぁ、と。そうこうしているうちに、映画を作りたいと思っている仲間が集まって、劇団を立ち上げることになるんです。そこに僕も加わるようになって、舞台の世界に出入りするようになりました。演劇を本格的にやり始めたのは大学に入ってからなんですが、卒業したあとも新劇の養成所に入って、演技の勉強を続けていました。で、養成所を卒業して劇団を作ったはいいものの、舞台にかける演目がないという話になって「じゃあ、僕が書いてみようか」と。
――そこで本格的に脚本を書くことになったわけですね。
土屋 小さい劇団だったので、とにかく手当たり次第にダイレクトメールで招待券を送ったんです。それこそ、テレビ局や映像制作会社にも送りつけたんですが、そのときたまたま上演を見に来てくださったのが出﨑 哲(さとし)監督で「今度、ウチでやるアニメの脚本を書いてみないか?」と誘われたのが『バケツでごはん』でした。高校のときから「いつか映像の仕事をやりたい」とずっと思っていたので、すごくうれしかったですね。

――なるほど。『わがまま☆フェアリー ミルモでポン!(以下、ミルモ)』の放送開始が2002年なので、『バケツでごはん』からは少し間が空いていますね。
土屋 7年くらいですかね。『ミルモ』は僕にとって初めての、少女マンガ原作の作品だったんです。それこそ原作は、主人公が思春期の女の子で、好きな男の子がいて……という直球の少女マンガで、声をかけていただいたときは「これを自分がやって大丈夫かな?」という不安もあったんです。ただ、その一方でギャグが多めだったり、魔法や妖精が出てきたり、バトルがあったりと、いろいろな要素が詰め込まれた作品だったんですね。「これならやれるかな……」と思いながら書き始めたんですが、そのうちに「意外と女の子って書きやすいな」と。書いているうちに、どんどん面白くなってきたんです。
――書いていて、女の子のどんなところが面白いと感じたのでしょうか?
土屋 思春期の女の子って、成長するスピードというか「成長したい」という思いの強さに特別なものがあるな、と感じたんです。同じ年代の男の子と比べたときに、精神年齢の差がいちばん出る時期なのかな、と。僕が男だからそう思うのかもしれないですが、感情のひだの数が全然違う。男の子は単純というか、色でたとえると「赤」「青」「黄色」みたいな単色なんです。ちょっと複雑なヤツがいたとしても、緑とかオレンジくらいな感じで。一方、女の子は「パステル調の××色寄りの〇〇色」みたいなことが許されるんですね。それこそ64色の色鉛筆くらいグラデーションがあって、そこが面白いなと思いました。
――『ミルモ』の中で、思い入れのあるエピソードというと?
土屋 最初のシリーズの第12話「リルムとモグちゃんと…」です。魔法が不得意な女の子の妖精・リルムが、ぬいぐるみのモグちゃんをペットにしようとして、魔法でモグちゃんを歩けるようにしてしまうんです。そうしたら、どんどん成長してしまったモグちゃんが街を壊してしまうという話で。しかも、そのまま投げっぱなしで終わる(笑)。これは昔、自分が『うる星やつら』なんかで見ていて、「いつかやりたいな」と思っていたあのパターンだよな、と感じた記憶があります。『ミルモ』はわりとなんでもアリの作品で、それこそ固い岩を割るだけで一本の話を作ってしまったり(笑)。「誰も止めないならやっちゃうよ」みたいなノリが許された作品だったなと思います。
――『ミルモ』は最終的には3年半にわたって続く長期シリーズになりました。土屋さんにとっても初めての経験だったと思うのですが、振り返ってみていかがでしたか?
土屋 この前に、同じ枠で放送されていた『東京ミュウミュウ』がわりと注目されていたので、「その流れで『ミルモ』も見てもらえるといいね」とスタッフの間で話をしていたんです。おかげさまで評判もよくて、途中で放送時間帯がゴールデンに移ったりして、こちらが思っていた以上に面白く見てもらえたのかな、と思います。『ミルモ』のあとも『きらりん☆レボリューション』や『プリパラ』『かみさまみならい ヒミツのここたま』といった、少女向けの長期シリーズのお話をいただけるようになって、自分にとってのホームグラウンドになりました。最近は「こういうテイストの作品が自分に向いているのかな」と感じることが多いのですが、その最初の作品が『ミルモ』だったなと思います。
③長年の夢がかなった
『劇場版MAJOR メジャー 友情の一球』
脚本家・土屋理敬に影響を受けたアニメ作品について聞くインタビュー連載。第3回で取り上げるのは、初めて劇場作品に挑んだ『劇場版MAJOR メジャー 友情の一球』。原作にはないオリジナルストーリーをどのように構築していったのか、その裏側を聞いた。
男の子の「行動してなんぼ」というところを描くのも、また楽しい
――3本目に挙げたのが『劇場版MAJOR メジャー 友情の一球』。これは劇場作品ですが、TVシリーズからシリーズ構成を担当していますね。
土屋 スポ根ドラマというよりは大河ドラマに近いテイストの作品で、原作のストックがほとんどない状態で始まった『わがまま☆フェアリー ミルモでポン!(以下、ミルモ)』とは対照的に、お話をいただいた時点で45巻あたりまで原作が出ていたと思います。2クール×3シリーズくらいでやるというのも、すでに決まっていましたね。しっかりとした原作があるという安心感もありましたし、この原作をどうやってアニメに落とし込むか。原作ファンの期待を裏切らずに、どうやって面白くするか、というところを考えていました。
――監督のカサヰケンイチさんとは、この前の『ミルモ』で初めて組んでいますよね。
土屋 そうですね。長期シリーズは『ミルモ』が初めてだとおっしゃっていた記憶があります。お互いにあまり知らない状態で顔を合わせたんですが、カサヰさんとは仕事をしていて「やりやすいな」と感じました。「やりやすい」というと言葉がちょっと軽いですが、一緒にシリーズ構成を考えたり、他の人の脚本を読んでいて「こうしたらいいんじゃないか」と思う、その方向性が似ていると感じるんです。感覚が合うというか、笑いどころが一緒だなと思うことが多かったですね。それがいいことなのか悪いことなのかはわかりませんが、組んでいて楽しく仕事ができる監督でした。
――この劇場版は、TVシリーズの第4期と第5期の間に入るエピソードになっていますね。もともとはどういうところから出てきた企画だったのでしょうか?
土屋 映画の企画自体は、第4期をやっている途中で出てきたと思います。原作に番外編的な10ページくらいの短いエピソードがあって、これを膨らませて劇場版にしよう、という企画でした。主人公の吾郎が、それまで右投げだったのを左投げに変える時期のエピソードなんですが、原作では描かれていないところを描こう、ということですね。やるべきことはすでに決まっている段階からのスタートでした。

――作業をしていて、いちばん大変だったところはどこでしょうか?
土屋 試合中に吾郎が右肩を壊して、右腕では投げられなくなる。結末はすでに決まっていて――ある意味、すごく残酷な結末に向かってストーリーが進んでいく。しかも、観客はそのことを知っているんですね。なぜこんな悲しい話を描くのか、どのように見せれば、この悲しいストーリーを嫌な後味を残さずに観客に楽しんでもらえるのか、ということをいちばんに考えていました。周りの友人たちや家族との関わりのなかで、吾郎の「どうしても投げたい」という気持ちから悲劇が起きてしまう。でも、その苦境を支えたのもまた友人や家族だった……。不幸な出来事ではあったけれども、最終的に吾郎の中でプラスになる出来事だったんだ、ということが最後に観客に伝わるように、意識して脚本を書きました。
――TVシリーズはそれこそ大河ドラマのように、いろいろな人物が吾郎の周囲を出入りする流れですが、この劇場版はしっかりとしたドラマが一本、軸を作っているような印象ですね。
土屋 吾郎が福岡にいたときの出来事なので、周囲の友人やチームメイト、あとは敵側のチームもほとんど原作にはいないオリジナルキャラクターばかりだったんです。そういうなかでひとつの完結した物語を作るというのは、TVシリーズとはまた少し違った仕事だったように思います。
――やはり、TVシリーズとは違う意識で取り組んでいたわけですね。
土屋 「劇場映画をやりたい」という、長年夢見ていた思いがかなったというか、自分が目標としていたところにたどり着いた、そういう気持ちになった作品ですね。エンドロールで自分の名前が上がってきたときに、ひとつ区切りがついたな、と感じました。
――そういう意味でも、土屋さんにとって大切な仕事になっているわけですね。TVシリーズはそのあとも続いて、続編の『メジャーセカンド』が制作されました。
土屋 まさかここまで続くとは、と感じますね。「これぞ男の子」というか、クソガキっぽいところも含めて典型的な子供っぽさが見ていて微笑ましい気分になる。女の子ものをやっているときとは正反対というか、女の子の繊細さや存在感とはまた違う、男の子の「行動してなんぼ」というところを描くのも楽しくて。そういう意味では、典型的な男の子を描いた作品になっているのかな、と思います。
――と言いつつ、『メジャーセカンド』では女性キャラクターもたくさん活躍するようになっていますよね(笑)。
土屋 そうなんですよ。女子野球っぽいところが意外な展開と言いますか。今は原作と並行でアニメが進んでいるので、どっちの方向に行くのかは僕にもわからない。これからが楽しみです。
――『メジャー』が「典型的な男の子」を描いた作品だというお話には、タイガーマスクでごっこ遊びをしていた土屋さんの姿が、なんとなく重なっているような気もします。
土屋 少年マンガで活躍するような男の子になりたい自分がいたんだろうな、と思います。でも、僕自身は肉体派では全然なくて、どう考えてもインドア派だった(笑)。そういう憧れが、今は脚本を通して作品に落とし込めているのかな、と。いい仕事に恵まれたなと思いますね。
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