【生肉转载】Febri TALK系列——水岛精二

取材・文/前田 久


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2022年5月2日~6日

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①演出・監督の仕事を意識した

『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』

『鋼の錬金術師』『機動戦士ガンダム00』など数々の大ヒット作を生み出し、近年は音楽プロデューサーとしても活躍する水島精二。その原点となったアニメ作品をたどる全3回のインタビュー連載。初回は押井守監督の歴史的傑作を語る。


「これが映画だ!」と感じさせてくれる何かがあった

――1作目は映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(以下、ビューティフル・ドリーマー)』です。これは監督にとってどんな作品なのですか?

水島 アニメの演出家の仕事、監督の仕事というものを最初に意識した作品なんです。


――監督はTVシリーズと同じ押井守さんですよね(TVシリーズでの役職名は「ディレクター」)。

水島 TVシリーズが始まったのは高校生の頃だったんですけど、そのときは監督の名前をまだ意識していなかったんですよ。好きなマンガがアニメになって、しかも内容も面白い、うれしいなあ……みたいな感じで。キャラクターの絵もかわいかったし、越智一裕さん(『うる星やつら』では「越智裕」名義)や山下将仁さんが面堂終太郎の初登場回(第14話「面堂はトラブルとともに!」)とかでやっていた金田アクション(※1)も刺さりました。つまり、TVシリーズのときは「アニメーターってすごい! 高橋留美子作品、大好き!」みたいな感覚で、監督の名前は意識していなかったんです。それが『ビューティフル・ドリーマー』でショックを受けて、変わった。

※1 アニメーター・金田伊功の特徴的な「動き」から影響を受けたアクション作画


――それは何が原因だったのでしょうか?

水島 僕が見てきた他の作品ではやっていないような、幻惑的な演出が衝撃だったんです。たとえば、無人の夜の街をあたると面堂が車で走っているシーンで、ショーウィンドウを光らせることで他のカットとのコントラストを付けて、その一瞬だけをすごく目立たせる。それから、後に「あのシーンは何だったんだ?」とファンの間で大きな物議をかもした、しのぶが風鈴に囲まれているシーンもそうですね。当時の僕も「なんだ、これは?」ともちろん感じたけれども、そういう一見わからないシーンがあるからこそ、あの映画の不思議な雰囲気が出来上がっていると感じたんです。


――まさに「演出」の領分ですね。

水島 それだけではなく、音楽の使い方やギャグの入れ方、それまで体験したことがないような種類のモノローグの使い方など、どれもびっくりするものでしたね。あとは、どこまで押井さんが指示したものかはわからないですが、学園祭の準備をしている場面にウルトラマンやバルタン星人といった別の作品のキャラクターがそのまんまに出てくるような、おおらかさや勢いもたまらなかった。後々作り手になるような人間のツボを押してくるところや、「これが映画だ!」と感じさせる何かがそこにあったんです。公開中に、初めて複数回劇場に見に行った作品でした。

――高校の頃にTVシリーズを見ていたということは……。

水島 『ビューティフル・ドリーマー』のときにはもう専門学校に通っていました。ただ、同期の作画志望の人たちのレベルが高くて、早々に挫折を感じていたんです。かといって他の目標も見つからず、ぼんやりとした将来しか意識できていなかった。強い刺激を受けたのは、そんな時期だったのもあるんでしょうね。とにかく作品のどこからも、楽しそうに作っている感じがするじゃないですか。制作状況が大変だったのは知っていますけど、それはもう当時の空気感で、今にして思えばそこにも惹かれていたのかなぁ……。


――あの頃のアニメの、社会の、狂騒的な感覚がフィルムに焼き付いていますよね。

水島 その後、自分がアニメの演出をするようになってあらためて思ったんですけど、温泉マークの部屋でのカビの表現とか、力技ですよね。アナログ制作の時代に、あんな手間のかかる表現をよくやったなと思う。そういったディテールへのこだわりにも惹かれますね。スーパーマーケットの棚の商品だとか。自分たちが普段目にするような風景は現実に近く作られていて、その中にひっそりと現実離れしたパロディが仕込まれていたりする。日常にあるもののディテールをしっかり描くことで、作品の世界が自分たちの住んでいる世界とつながっているような感覚を与えてくれると知ったのも、この作品でした。それは『新世紀エヴァンゲリオン』の電柱とか、後の作品につながる発想ですよね。


――たしかに。

水島 この映画はあの頃に押井さんが好きだったものをとにかく全部詰め込んでいるそうですけど、そういう作り方は庵野(秀明)さんもそうだし、最近の作品だと古川知宏監督の『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』も似た作り方のように感じました。自分の好きな映画をはじめ、いろいろなものから持ってきたシチュエーションを、物語として成立するように構築する。過去の作品をただオマージュするだけでなく、現場の高い熱量で新しい作品としてちゃんと仕上げる。『ビューティフル・ドリーマー』はそうした作品の作り方をアニメでやった先駆けのひとつなのかなと。後に押井さんは「虚構と現実」みたいなテーマにさらに深く切り込んでいくわけですけど、そこにつながる初期衝動をかたちにできた現場は、率直にうらやましいです。今の僕はもう、当時の押井さんより年齢も上だしキャリアも長いわけで、見返すと「やりたいことに技術がまだ追いついていなかったんだな」と感じるシーンもなくはない。でも、それすらも愛おしいんですよね。というか、おかげで「押井さんの頭の中では本当はこうだったのかな?」と想像する余地ができているのは、映画としてある意味、プラスともいえる。「できないから無難にまとめておこう」みたいな考えがないところには、若い頃はもちろん、今でも刺激を受けますね。


――監督の自作には、初期衝動で作り上げたものはないんですか?

水島 うん。僕はそっちのやり方にはいけなかったんですよ。だからこそ、そういう作品が好きなんだと思うな。


②キャリアをつないでくれた

『トップをねらえ!』

『機動戦士ガンダム00』『D4DJ First Mix』など、数々の人気作で知られる水島精二が影響を受けたアニメを語る全3回のインタビュー連載。第2回は庵野秀明監督の傑作OVAをピックアップ。憧れるが、違う作り方しかできない――そう語る作品から、何を受け取ったのか。


「アニメで、こんなに面白くてアツいフィルムが作れるんだ!」って感激した

――2作目は『トップをねらえ!』。第1回でも名前の挙がった、庵野秀明監督の初監督作品ですね。

水島 専門学校を出たものの、やはりこれといった目標が見つからないまま、先輩の伝手で履歴書を受け取ってくれたアニメの撮影会社に入ることになったんです。でも、ある時期、アニメの作品数がガクンと減って、そのあおりで給料も減って「この業界を辞めようかな……」と思っていたんですよ。そんなとき、同じ高校からアニメ業界へ進んだ友人のアニメーター、田中良くんが「面白いアニメがあるよ」と言って見せてくれたのが『トップをねらえ!』でした。作品のあらゆるディテールに庵野さんが好きなものがストレートに出ていて、それでいてエンタメとしてもめちゃくちゃ面白く成立している。「まだアニメで、こんなに面白くてアツいフィルムが作れるんだ!」って感激したんです。


――それで「自分でもそういうフィルムを作りたい」と思った?

水島 いや、そうじゃないんです(笑)。自分じゃなくて、あくまでアニメ業界に期待が持てたんですよね。こういうアニメが出てくるなら、業界に踏みとどまってもいいかな!みたいな。


――アニメ業界に残るきっかけになったわけですか。

水島 そう。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』と同じく、監督のこだわりが詰まっていて、他のスタッフも楽しそうに作っていてね。ここで活躍したアニメーターの皆さんは、今でも業界の一線で活躍していますよね。最終話だけ白黒にしたり、映像に対する心意気というか、他のアニメではやらないようなことを積極的にやっていたのにも痺れました。しかもそれは、あくまで庵野さんの中にあるエンターテインメント性の現れというか、「お客さんを楽しませよう」といろいろ考えた結果として、変わったことをやっていると感じたんです。ちなみに、庵野さんがこの作品に岡本喜八監督への愛を込めていたと知ったのは、ちょっとあとのことでした。それを知って盛り上がった勢いで、オマージュのさらにパロディをやったのが『バトルアスリーテス大運動会』で僕が参加した回(第23話「復活の日」、ミズシマセイヂ名義で絵コンテ・演出を担当)です。さらにいうと、『トップをねらえ!』に出てくる宇宙怪獣は『機動戦士ガンダム00』の劇場版で出てきたELSの元ネタですね(笑)。


――明確に自作に影響があった。

水島 ただ、そうした個々の影響を抜きにしても、自分がフィルムを作るとき、どれくらいエンタメとして人を楽しませられるかの指針になっている作品です。でも、1本目の『ビューティフル・ドリーマー』も、2本目の『トップをねらえ!』も、「こんな作品を作ってみたい」という気持ちはなくはないけど、その才能が自分にはないとわかっているから、違う作り方をしなきゃ……と、いつも考えているんですよね。指針といっても、そういう存在です。

――庵野監督とはその後、お仕事でご一緒していますよね。

水島 そうですね。庵野さんに限らず、その頃すごいと感じていた作品に参加していたスタッフの皆さんとは、その後、お仕事をご一緒できる機会がけっこうありました。『うる星やつら』にも『トップをねらえ!』にも参加している西島克彦さんからは、親しくなったあとで「ガンバスターの腕を組んでいる絵は、あの腕の太さで考えたら絶対に組めないのに俺が無理やり描いたんだ。俺じゃなきゃ描けなかったね(笑)」みたいな自慢話を聞いてうれしかったなあ。庵野さんからの直接の依頼だったそうですよ。


――水島監督は昔も今も、お仕事のつながりを大切にしている印象があります。

水島 そうかもしれないですね。専門学校時代、作画志望の同期のスゴさで挫折した……みたいな話を前回しましたけど、その頃も、仕事を始めたあとも、すごいアニメーターたちと何かと縁があって、そのことが結果的に自分のキャリアにとってプラスになってくれた。同世代に中村豊くんがいたり、大塚健くんをはじめとするスタジオへらくれすの面々がいて、アニメーターを介してアニメーターと知り合えたりもしてね。うまく言えないけど、そうやって人のつながりというかたちで、押井さんや庵野さんの作品から何かを受け継いで来た感覚があります。でも、好きなものを入れ込む作り方そのものは真似できなかったなぁ、ホント……。


――でも監督、初監督作の『ジェネレイターガウル』ではやっていますよね?

水島 ああ!! そうか!! 言われてみれば『ジェネレイターガウル』はたしかに好きに作っていた。あの作品は、アニメーターのオグロアキラさんが提出したペラ一枚の企画書に、シリーズ構成・脚本のきむらひでふみさんと僕で肉付けをして作品のかたちにしていったんだけど、タイムパラドックスものにしたのも、主人公たちが『スタートレック』の艦隊服みたいな衣装を着ているのも、どっちも僕が当時好きだったから。他の部分も、あれは好きにやっていたね。そうか、あの作品でやりきって燃え尽きたんだ。いやー、びっくり。やれてたじゃん、過去の俺!(笑)


――まさかのどんでん返しですね(笑)。

水島 37歳以降、『鋼の錬金術師』を起点に物事を考えるようになっていてね。あの作品で、基本は「大人の仕事」をしつつ、その中でちょっと奇を衒(てら)ったことをやるような、今の自分の監督としてのスタイルに近いことを始めたんです。それと同時にアニメだけじゃない、違うジャンルにもつながるような活動も始めて、それが広がって、事務所に所属して活動したりしている今の自分の立ち位置がある。そういう手広い感じが「水島精二」のパブリック・イメージだという意識があるし、実際、世間からもそう見えているはず。でも、その前にしっかり、初期衝動に突き動かされた濃い作品をやっていましたね。今日、この取材で気づきました。


③監督の仕事を見た

『新世紀エヴァンゲリオン』

『鋼の錬金術師』『機動戦士ガンダム00』『D4DJ First Mix』の水島精二監督が影響を受けたアニメを語る全3回のインタビュー。ラストは自身も参加した『新世紀エヴァンゲリオン』。その現場を通過したことで、水島はアニメーション監督として何を、どう考えたのか。


「監督は全部をやるか、全部をまかせるかのどちらかだよ」と教わった

――では、最後の3作目は『新世紀エヴァンゲリオン(以下、エヴァ)』です。これは第2回で挙げた『トップをねらえ!』の庵野監督の作品であり、水島監督も第9話に演出として参加している作品でもあります。

水島 この作品に参加できたことで、庵野さんの仕事のやり方や、当時のガイナックスの雰囲気を知ることができたんです。そういう意味で、監督として仕事をするうえで大きな影響を受けた作品として選びました。


――当時のガイナックスは、どんな雰囲気だったんですか?

水島 すごく楽しそうに作っている現場で、自分もこういう仕事がしたいと思いましたね。それに加えて、庵野さんから「監督は全部をやるか、全部をまかせるかのどちらかだよ」と教わった影響が、後の自分の仕事には大きいんです。庵野さんは前者で、自分で全部をやっている人だった。自分の初監督作の『ジェネレイターガウル』では、そのやり方を真似しようとしてみたけど、すぐに向いていないと思いました。絵が描けないので、絵の部分をコントロールしきれないんですよ。となると、そこをまかせられるスタッフといかに付き合うかの問題になる。だから、自分のやりたいことに付き合ってくれる仲間をもっと増やさないといけないと思った。そこで意識を変えて、そのあとジーベックで『地球防衛企業ダイ・ガード』『シャーマンキング』と監督をまかせてもらったときには立ち回りを少しずつ変えながら、作画の皆さんとの付き合い方を探っていきました。そこで学んだことが、自分の監督としての仕事のスタイルにつながったわけです。


――影響を受けつつ、自分流を探る。

水島 ただ、今度は、自分にできないところは他の人に委ねる必要があるけれども、じゃあ、委ねる人はどうやって選べばいいのか?という問題が出てくるわけです。委ねる人を選ぶためには、自分の中に判断の物差しをしっかり持っていないといけない。だから監督として仕事をするからには、何があっても自分の軸がブレないようにしようというのも、『エヴァ』の現場を経験して以降意識していることです。庵野さんがそういう監督だったから。庵野さんはこだわりはありますけど、判断してから行動に移すまでは早いし、ダメ出しをするときも指摘は的確だし、下が提案したことも面白ければOKにしてくれる。商業作品というより、自主制作の作品をやっているような雰囲気だったんですよね。……しかし、今だからこそ冷静に語れますけど、庵野さんに提案するということは、代わりに自分が言ったことはきちんとかたちにしないといけないわけだし、僕は「西島克彦さんの弟子」みたいな扱いで現場に入ったので、その意味でのプレッシャーもあったんですよね。当時、ガイナックスに行くときは毎回胃液を吐いていました(笑)。

――それだけの苦労があったから、人気のあるエピソードになったんでしょうね。

水島 いやいや、あのフィルムが面白くなっていたとしたら、やっぱり自分の演出の力ではなくて、作画マンをはじめ、一緒に組んだ人たちの力ですよ。編集にしても、庵野さんがしっかり見てくれたし。「そんな風に切るんだ」というリズムの出し方を解説してくれて、とても勉強になりました。そのあと、他の人のフィルムでも編集のポイントを注視するようになって、そこからだんだん自分ならではの映像の間の作り方や、テンポの取り方が生まれてきたんです。


――なるほど。ところで、今回の全3回のお話は「どうやったら若い演出家、若い監督が育つのか?」というのが裏テーマになっていた印象を受けました。

水島 おお、なるほどね。そうだねえ……押井さんのような人はもう出てこないと思う。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』みたいな自由な作品を作らせてくれる環境が、今はもうないから。でも、別のルートで出てくる隙間はあるんですよ。ストップモーション・アニメだからちょっと違うけど、『JUNK HEAD』なんかはまさにそれだと思うんですよね。


――新海誠監督もそうですもんね。個人作家からキャリアが始まっている。

水島 今度『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』で劇場長編を初監督する児玉徹郎さんも『フラ・フラダンス』の現場で知り合って「この人すごいな」と思って経歴を調べてみたら、もともと自分でショート・アニメを作ってコンクールで入賞しているような人だったんですよね。押井さんだって、アニメ業界に育てられたかというと、そこは違うでしょ? もともと濃い人が、たまたまアニメ業界にやってきて、機会を与えられたときに力を発揮する。若い監督が出てくるというのは、昔も今もそういうものなのかもしれない。だから人材が育たない、出てこないみたいな不安をアニメファンが感じることはないんじゃないかな。業界の人間はさておき。


――でも、それって監督を目指してアニメ業界で仕事を始めている演出家の皆さんには、ちょっと悔しい状況ですね。

水島 そんな状況で演出家が何を考えるべきかといえば、フィルムのことだけではなくて、もう少しアニメの周辺のことまで面白がるような目線を持つことだと思います。こんなことを今、偉そうに言っている僕にしても、30代の頃からもっといろいろなことに目を向けていたら、違う自分になれたのかもしれないと考えるときはあります。濃いフィルムも作れていたのかもしれない(笑)。その一方で、どこかで軌道修正して今の自分のようになっている気もして、結局は自分のやれる範囲のことを楽しくやっていくしかないんでしょうね。でも、僕にもまだ挑戦したいことはあるんですよ。元気なうちに、キッズアニメの監督をやってみたいんですよね。






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