【生肉转载】Febri TALK系列——雨宫哲

取材・文/宮 昌太朗 プロフィール写真撮影/立川政吉


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2022年4月25日~29日

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①初めてロックを浴びたような衝撃

『新世紀エヴァンゲリオン』

『SSSS.GRIDMAN』を筆頭に、ユニークな作品を次々と送り出しているアニメーター/演出家の雨宮 哲。彼にとって忘れられないアニメ作品を聞くインタビュー連載の第1回は、彼の人生に決定的な影響を与えたという名作ロボットアニメについて。


何もわからなかったけど、とにかく面白い。それって、すごいことだと思う

――本題に入る前に、雨宮さんのアニメ原体験を聞いておきたいのですが、小学校の頃はアニメをたくさん見ていたのでしょうか?

雨宮 いや、普通だったと思います。世代的にはたぶん『ドラゴンボールZ』とかだと思うんですけど、外で遊ぶのもあまり好きじゃなかったし、マンガも読まなかったし。とくに何かにどっぷりハマるっていうことがなかったんですよね。


――当時見ていて、夢中になったものというと……。

雨宮 えーっ、なんだろう……。『SDガンダム』とかになるのかな? それくらいボケッとしている子供でした。「何か面白いものないの?」って聞かれても「別に……」みたいな。部活もやっていなかったし、絵もそれほどたくさん描いていたわけでもないし。図工の授業は好きでしたけど、熱心に「コレをやっていた」みたいなのはなかったです。それこそ「自我がなかったんじゃないか?」っていう(笑)。


――アニメや特撮のことを話す友達が近くにいたりは…?

雨宮 保育園のときから仲の良かった幼なじみがいて、基本はその人とふたりで遊んでいたんです。ウチはテレビゲーム禁止だったので、幼なじみの家に行って、その人がプレイしているのを横でずっと見ているっていう。しかも、その幼なじみの趣味が真ん中からズレていて、小学生なのに吉田戦車とか嘉門タツオを教えてくれたんです。その影響はけっこう大きくて、『新世紀エヴァンゲリオン(以下、エヴァ)』を教えてくれたのも、その幼なじみだったんですよ。


――見たのは中学に入ってから?

雨宮 中学1年のときですね。「面白いよ」って言われてから見始めたので、第壱話はリアルタイムでは見ていないんです。初めて見たのが第六話(「決戦、第3新東京市」)。見て、いきなりつかまれましたね。TVシリーズの『エヴァ』って、大人っぽい部分があったと思うんですよ。中学1年生で「背伸びをしたいな」と思っていた頃だったので、そういう大人っぽいところに惹かれたのかなという気もします。


――なるほど。

雨宮 そこからは毎週、1話も欠かさず見ていたのですが、それよりも見逃した第伍話までを見るのが当時、ちょっと大変でしたね。ビデオが発売になったあと、第1巻と第2巻を持っている同級生がいて――全然仲良くないんですけど、家まで遊びに行って見たりとか(笑)。あと、ビデオ録画していなかった第拾八話をもう一度どうしても見たくて、録画をしていた美術部の女子の家に無理やり行って見せてもらったり……。中学1年生で女子の家に行くってけっこうなことだと思うんですけど(笑)、でもそれくらい『エヴァ』中心で動いていたんですよね。あらためて思い出しても、「ひどかったなあ」と思います。

――シリーズが後半に進むにつれて、どんどん難解になっていくわけですけど、それにもついていった感じですか?

雨宮 いやもう、後半の上がりっぷりはヤバいですよ。インフレにつぐインフレで(笑)。ファンの間では――それこそラストの2話だったり、いろいろあったと思うんですよ。でも、当時はまだキッズだったので「ヤバイ、ヤバい」って、どんどん「ヤバさ」の摂取量が増えていく。


――(笑)。今、話題に出ましたけど、ラスト2話はどういう印象だったんですか?

雨宮 第弐拾四話(「最後のシ者」)で天井というかピークが来て、「使徒を全部倒しちゃった、どうしよう」と思うわけです。その状態で、次の第弐拾五話の「終わる世界」が来て……。でも、そのラストで「いや。でも、もう一話ある!」っていう(笑)。で、次の最終話(「世界の中心でアイを叫んだけもの」)の最後にテロップで「おめでとう」って出て。「……え、これからどうしよう?」みたいな。


――トンでもないものを見てしまった感が。

雨宮 ありましたね。こういう作品を初めて見たので「こういうものなんだ」っていう受け取り方をしたっていうのもあるし。なんというか、これまでロックを聞いたことがない少年が、初めてロックを浴びたというか。どんどん面白さが加速していって、最後にバンドマンが観客をぶん殴ってライブが終わった……というか。


――真似して絵を描いたりはしていましたか?

雨宮 描いていましたね。エヴァ初号機と使徒ばっかり、ずっと描いていました。キャラクターは綾波レイを描いたことがあったかな? でも、それくらいで、もっぱら初号機と3号機。とにかくエヴァと使徒、あとストーリーの謎みたいなものに心を惹かれていたんだと思います。


――キャラクターのドラマよりも、むしろそっちに興味があった。

雨宮 やっぱり最初に見たのが、第六話だったのが大きかったのかもしれない。予備知識なしに見ていると、何をやっているのかわからないんですよ。第壱話に出てきた人型の使徒ならまだわかりますけど、第六話なんて青四角形(第5使徒)と遠くから睨み合っているだけじゃないですか(笑)。いったい、これは何をやっているアニメなんだ?っていう。しかも、その第5使徒がドリルでガーッと地面を掘ってくるじゃないですか。


――シールドマシンを使って、ネルフ本部に迫ってくるという。

雨宮 それで天井を貫いちゃうわけですけど、そこでもビルが逆さまについていたりして。ドリルが逆さまのビルを貫いているとか、意味がわからないわけです(笑)。何と何が何をしているのかもわからない――それがもう最高で。とはいえ、何かすごいことをやっているっていうのは見ているこちら側にも伝わってくるから、だからこそ「次からはちゃんと見よう」と思えたんでしょうね。何もわからなかったけど、とにかく面白い。それって、すごいことだと思うんですよ。


②リアルタイムな体験としての

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』

インタビュー連載の第2回で取り上げるのは、TVシリーズから間を開けて公開された劇場アニメ『新世紀エヴァンゲリオン シト新生』。TVシリーズの総集編に新作パート加え、次の劇場版につなげるという異色作を、当時の雨宮少年はどう受け止めたのか。


『エヴァ』との出会いが、僕が1982年に生まれた理由だったんだなって

――で、2本目が『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生(以下、シト新生)』なんですが(笑)。TVシリーズから少し間を空けての公開になりますよね。TVシリーズが終わったあとも、ずっと情報を追いかけていたのでしょうか?

雨宮 そうでしたね。ビデオで録画した回は当然、見返すんですけど、他にもフィルムブックとか。あとは設定資料集やマンガ版を読み込んで、とにかく情報を追いかける。「使徒って何だ?」「リリンって何?」「あの赤い十字架にかけられている、半分のヤツって何なの!?」って。……今でもテンションが上がっちゃうんですけど。


――そういう状況で『シト新生』が公開になって。初日に見に行ったんですか?

雨宮 いや、公開日には行けなかったんです。期末試験の初日で(笑)。


――まだ中学生だし。

雨宮 だから気が気じゃなかったんですけど……。ただ、その前にラストの2話を作り直すっていう話は知っていた気がします。第弐拾四話までの総集編(DEATH編)と、第弐拾伍話&最終話のリメイク(REBIRTH編)を劇場公開するんだ、って。しかも『シト新生』はキービジュアルがカッコいいんですよ。「人類の存亡を賭けた戦いが、今始まる。」ってキャッチコピーが書かれていて。見終わったあとに振り返ると「そんな内容だっけ?」みたいな気持ちになるんですけど(笑)、とにかく文字で埋め尽くされていて、すごい情報量なんです。ビジュアル的にも「エヴァ弐号機ってまだあるの?」「シンジ君が何かやりそうな顔をしている!」とか。アスカが突っ伏しているのを見て「これはなんかあるな」みたいな。


――どんどん気分が盛り上がってくる(笑)。実際に見に行っていかがでした?

雨宮 映画が物語の途中で終わっちゃうっていうのは、知っている状態で見たんですよね……。ただ、「REBIRTH編」が始まる前まで来ると、お腹が痛くなっちゃうんですよ。楽しみすぎて、胃液の分泌量が増えてしまって(笑)。こんなこと『エヴァ』でしか起きないんですけど、「DEATH編」のあと、エンドロールが終わって映倫のテロップが出てくると気分が悪くなってくる。


――(笑)

雨宮 こう言うと「DEATH編」を軽んじているようで、あまりよろしくないんですけど……。もちろん、「DEATH編」もめちゃくちゃいいんですよ。内容を追いかけようとすると難解なところがあるんですけど、キャラクターの心理描写でつなげていると思って見ると、すごくキレイな構成になっている。まあ、体験という意味で『シト新生』はリアルタイム感が強かったんです。『Air/まごころを、君に』とは自分の中ではやっぱり感触が違うんですよね。このあと、さらに盛り上がった感じもあるし。


――それは世の中的にも自分的にも?

雨宮 そうですね。4カ月くらい待たされたのかな? いちばんいいところで終わって、完結編を見ることになるまでの間。それがピークだったのかなって。

――『エヴァ』がきっかけでアニメーターを目指すようになるんですか?

雨宮 そうなっていればよかったんですけど、それがちょっと違うんですよね(笑)。僕がアニメーターになったことと『エヴァ』がアニメだったことは、じつはあまり関係がなくて。アニメは大学に行ってから「作りたい」と思うようになるんです。最初にインパクトを受けたのは『彼氏彼女の事情』ですけど、あとは『アベノ橋魔法☆商店街』かなあ。『アベノ橋魔法☆商店街』で今石(洋之)さんがコンテ・作画監督を手がけた回(第3話と第12話)がすごく好きだったので「アニメーターをやりたい!」と思ったのかもしれません。


――それでGAINAXを受ける?

雨宮 そうですね。だから『エヴァ』みたいな作品が作りたくてGAINAXに行ったわけじゃないんですよ。……まあ、GAINAXに行けば『エヴァ』の情報があるかもしれない、みたいな下心はありましたけど(笑)。ただ、そういう理由で会社に入ったとわかったらヤバいじゃないですか。


――たしかに(笑)。

雨宮 だから会社に入った当初は、あまり表に出さないようにしていました(笑)。今はもうオープンにしていますけど。……それで言うと、たとえば『カメラを止めるな!』を見たり、YouTubeで面白い動画を見て「俺も映画を作ろう」って思い立つのはわかるんです。でも、『アベンジャーズ/エンドゲーム』を見て「映画を撮ろう」とは思わないじゃないですか(笑)。それくらい『エヴァ』は自分にとって特別なもので。だから、自分とは関係がないものだし、今後『エヴァ』以上のものに出会うことはないなっていうところに最終的には落ち着いたんですけど。


――あきらめたというか(笑)。

雨宮 やっぱり思春期に浴びたロック以上のものなんてないし、ないならないでいいと思うんです。もしかしたら、そういう経験がまったくないまま「何のために生まれてきたんだろう?」みたいな人もきっといるだろうし。自分はちょうどいい時期に『エヴァ』を見ることができたんだな、って思います。『エヴァ』と出会えたのが、僕が1982年に生まれた理由だったんだなって。


③突き放されたような気分になった

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』

『SSSS.GRIDMAN』の監督・雨宮哲に、自身のルーツとなったアニメ作品を聞くインタビュー連載。その最終回はいよいよ真打ち(!?)、1997年夏に公開された『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』。当時の劇場で受けた衝撃、そして自身の演出に与えた影響まで、たっぷりと話を聞いた。


アニメの作り方を知ると、なぜ『エヴァ』が優れているかがわかる

――薄々わかっている読者の方も多いと思いますが、3本目は『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』です(笑)。

雨宮 もう全然、クリエイターの話じゃなくなっていますけど(笑)。


――たしかに「『エヴァ』オタの当時の盛り上がりを聞く」みたいになっています(笑)。ともかく『シト新生』から4カ月ほど間が空いて公開になったわけですけど……。それこそ冒頭は「REBIRTH編」なので、『シト新生』のときに一度見ているわけですよね。

雨宮 だから最初の20何分かは前よりも冷静に見ていたんです。ただ、エヴァ量産機が降ってくると、お腹が痛くなってくる(笑)。量産機については『シト新生』の前に、すでに発表になっていたんですよ。ただ、実際に活躍する前に『シト新生』は終わっていたので「ついに見られるぞ!」と思っていたら、トンでもないヤツらだった(笑)。量産機はめちゃくちゃ好きで、いっぱい絵を描いた気がします。


――(笑)

雨宮 やっぱり前半の『Air』でバーッとテンションが上がるじゃないですか。でも、それがプツッと終わって、不意にエンドロールが流れる。で、「あれ?」っと思っているうちに後半の『まごころを、君に』が始まって、あれよあれよという間にどんどんすごいステージに連れて行かれるわけです。……しかも、最後はパッと終わるじゃないですか。みんな「ここで終わ……え?」って思う。内容的にはちゃんと完結しているんですけど、映画としては「はい、終わりですよ。皆さん帰ってください」っていうスタイル。だから、劇場が明るくなった瞬間の風景は、いまだに忘れられないです。「もうないんだよね」っていう気持ちもあるし、それと同時に突き放されたような気分もあって。


――あらためて『まごころを、君に』のレイアウトや作画を見ると、その凄まじさにゾッとするところはありますよね。

雨宮 めちゃくちゃカッコいいですから。TVシリーズで「ああ、この人たち、観客まで殴っちゃったんだから、もう音楽できないよな」と思っていたわけです。でも、「劇場版で、もう一回やるよ!」って言われて「お、再結成。また見られるんだ」と思って見に行ったら、なんだかよくわからない前衛演劇が上演されていた、みたいな。しかも「何を見ているんだ……」と思っているうちに幕が降りてくる。でも、まあ、ロックを浴びに行ったんだから、これでいいんだよな、みたいな。そういう感じが完結編にはあった気がしますね。


――咀嚼(そしゃく)するのにも時間がかかったのでしょうか。

雨宮 時間がかかりましたし、世間的にもこの夏以降、『エヴァ』熱が落ち着いた感じがありましたよね。完全に終わったんだなって。その頃にはもう、僕も立派なアニメオタクになっていたので、同じような刺激を求めて他の作品を見たりするんですけど、まあ、見つからない。で、もう一度『エヴァ』を見直したり。その頃には再放送もやっていたので、それを録画して「よし、これで第壱話から何度も繰り返し見られるぞ」って(笑)。そんな感じでした。

――今の雨宮さんは監督として作品を演出する側に回っているわけですけど、演出スタイルに『エヴァ』から受けた影響ってあると思いますか?

雨宮 意図的に『エヴァ』に寄せることはあるんですけど、それはあくまでおふざけというかパロディの部分で。とはいえ、それ以外にもきっと、自分では気づかずにそうなっているところもある気がします。……あとアニメの監督をやってよかったなと思っていることがひとつあって。アニメーターをやって、監督をやると、アニメの作り方を知るわけじゃないですか。そうすると、なぜ『エヴァ』が優れているかという解像度がさらに上がるんです。


――(笑)。作る側に回ってわかる『エヴァ』の凄さがある。

雨宮 たとえば、TVシリーズだとグロス回(※1話まるごと外部のスタジオに発注するエピソード)が発生するわけですけど、そのときに監督がどう介入するかがすごく大事なんです。『エヴァ』で言えば、ベガエンタテインメントがグロス受けした第拾話(「マグマダイバー」)は、コンテがめちゃくちゃすごい。ファンにはあまり人気のない回かもしれませんけど、「ここでセルの枚数を減らす」とか「ここは前の素材を流用する」とか、いかにカロリーコントロールをしてうまく仕上げるか――いちばん手間のかからない方法で、最大の効果を上げるための工夫が詰まっているんです。


――もう少し具体的に伺えますか?

雨宮 たとえば、動画枚数が増えるとアニメーターが大変になるので、コンテの段階で枚数を極力減らさなきゃいけない。『エヴァ』でいうと、冬月とゲンドウが対話している場面があるじゃないですか。冬月は口パク3枚でしゃべるんですけど、ゲンドウは話している途中も口元を手で隠しているから止め絵でいけてしまう。しかも、第壱話でゲンドウがしゃべっているところを口パクで見せているから「この声はゲンドウです」っていうのが視聴者はわかっている。『エヴァ』はそういうことをいろいろなところでやっているんです。


――雨宮さんの監督作で言うと、『ニンジャスレイヤー フロムアニメイシヨン』がわりと近かったかなと思うのですが(笑)。

雨宮 あっ、近いです! あれも要するにロックの文法で。原作がロックなんだから、アニメもロックであるべきだ、というところから、動かさないし、セルを使わないっていう手法を採ったのかもしれません。「ロック」というか「衝動」みたいなことなのかな。


――あるいは「ルールを裏切る気持ちよさ」みたいな。

雨宮 僕にとって、初めてそういう体験をしたのが『エヴァ』でした。とはいえ、みんな、そういう経験がちょこちょこあると思うんですよ。僕の場合は、それが『エヴァ』だったということなんだと思うんです。






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