【生肉转载】Febri TALK系列——野村和也

取材・文/前田 久 撮影/村上庄吾


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2022年2月21日~25日

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①業界に入るきっかけとなった

『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』

『ROBOTICS;NOTES』『ジョーカー・ゲーム』などProduction I.Gを主戦場に活躍する野村和也監督のルーツを掘り下げるインタビュー連載。初回はシリーズ作品で監督も務めた押井守監督のアニメ『攻殻機動隊』について。


キャリアが『攻殻機動隊』から全部つながっている気がする

――野村監督のセレクト、1作目は『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊(以下、攻殻機動隊)』と、その続編の『イノセンス』です。これはどういった理由で選んだのですか?

野村 『攻殻機動隊』は業界に入るきっかけになったタイトルなんです。といっても本編じゃなくて、ムック本なんですけどね。『THE ANALYSIS OF攻殻機動隊―GHOST IN THE SHELL』(講談社)という本で、僕が地元の長野にいた高校生の頃、本屋さんでたまたま目について、タイトルに惹かれて手にとった。要するに、本編を見る前に買ったんです。なんとなくカッコいい絵がいっぱい載っていそうだな、みたいな感じで(笑)。本編を実際に見たのは上京してから。ただ、本の中に主人公の草薙素子が自分の存在に疑問を抱きながら日々を過ごしている様子が描かれていて、そこに上京するかどうか悩んでいた自分を重ねて共感していました。


――思春期らしいですね。

野村 で、その本に載っている設定類だとか、関わったスタッフの方々の名前を見て、井上俊之さんとか、アニメ業界のいろいろな方の名前を意識するようになったんです。中でも銃器設定の絵は「めちゃくちゃうまいな!」と思ってよく眺めていたんですけど、それを描いていたのが、のちに『電脳コイル』でご一緒することになる磯光雄さんだったんですよね。あのときはまさか、その後、磯さんと一緒に仕事ができるとは思いもしませんでした。『電脳コイル』の現場には井上さんもいましたし。だから『攻殻機動隊』の中身ももちろん好きなんですけど、思春期の大きな決断をするときになんとなく頼りになった思い出のタイトルとして挙げさせていただきました。そのあと、自分でそのタイトルを扱うことにもなってくるんですけれども……。


――黄瀬和哉総監督のもとで監督を手がけた『攻殻機動隊 新劇場版』ですね。

野村 話が来たときにはすごく驚きました。で、その仕事が『ジョーカー・ゲーム』を監督することにもつながるので、業界に入るときから今まで、キャリアが『攻殻機動隊』からすべてつながっている気がしています。


――『イノセンス』をセットにしたのは?

野村 これはもう、純粋に「好き」というだけです(笑)。じつは『攻殻機動隊』よりも『イノセンス』のほうが見ている回数が多いくらい。あの作品の「空気」が好きなんですよね。最初は劇場で見たんですけど、押井守さんの監督作だし、もっと複雑な物語を予想していたんです。でも、見終わったら、逆の印象を持ったんですよ。シンプルな、素子とバトーの話。ひとつの事件を追う「刑事もの」をベースに、ふたりの大人の男女の物語が描かれているとわかったときに、腑に落ちるというか「ああ、いい映画だな」と思ったんですよね。


――沁みますよね。

野村 映像的にも作画監督の黄瀬さんの色が強い印象で、僕は黄瀬さんの絵がとても好きなので、そこも魅力的でしたね。

――黄瀬さん色の強さは、どんなところに感じますか?

野村 黄瀬さんを語れるほど詳しいかと言われると、世の中にはもっと知識のあるファンの方がいるので少しためらわれますが(笑)。……黄瀬さんの絵って「リアル」なんです。単に精密に描いているという意味での「リアル」じゃなくて、より感覚的な「リアル」というか。バランスのとり方とか、しわの描き方だとか、肉感の表現だったりが独特で。フォルムのとり方も、動かし方もそうなんですけども、割りきれるところはめちゃくちゃ割りきった描き方をしているんですよね。作画枚数をいっぱい使っているかというと、意外とそうでもなくて。


――実写的な、写実的な「リアル」を追求しているわけではないんですね。

野村 ええ。アニメの表現って、基本的には情報量をそぎ落としていく作業だと僕は思っているんです。密度が高ければ「リアル」かと言われたら、じつはそうでもない。膨大な情報量をどうシンプルに落とし込んでいくかに、アニメーターとしての技術の差が出る。黄瀬さんはその能力がすごく高い。『攻殻機動隊』を一緒に作っていた沖浦啓之さんも、技術的には同じ水準だと思うんですけれども、目指している「リアル」の方向性が違う印象ですね。


――深いです。

野村 黄瀬さんって、聞いたところによると、昔は普段の生活のなかで膨大なデッサンをされていたみたいなんです。たとえば、電車に乗っているときでも、まわりの状況や人を軽くラフでスケッチしたり。ふとした人間の仕草だとか、フォルムだとかをずっと研究していた。すでにとてつもなくうまいのに。ご本人は絶対にそういうことを語る人ではないとは思うんですけれども、そうやって常に研究しているからこそ、普通の人では意識しないような「リアル」さをきちんと絵に落とし込んでいる。だから、黄瀬さんのカットは、見たときにハッ!とさせられるんですよね。普通の人だと、もしかしたらあまりにリアルすぎて意識できないかもしれない。絵を描いている人間だったら、まず驚きます。『攻殻機動隊 新劇場版』でも、黄瀬さんの原画に感動したカットがあったんです。40代後半か50代ぐらいの女性がベンチで亡くなっているだけのたった1枚の絵なんですけど、首元の肉のたるみ方だけでそれが死体であることと、女性の年齢感をしっかり表現できている。そういうことができるアニメーター、表現者って、やっぱりひとつ上をいっている方だと思うんですよね。お仕事をしてきた方だと、磯さんも近いタイプですね。


――なんというか、「達人が達人を語る」という感じです。

野村 いやいや。自分はアニメーターとしては全然いい腕ではありませんでしたから(笑)。……ただ、I.Gはもちろん、他のスタジオの若手アニメーターも、こんな感じでもっといろいろな人の絵を研究すればいいと思いますね。そこからいろいろ学べることが多いのに、もったいないなと感じることも多いので、今日は少し話をしてみました。


②独特な魅力に

とりつかれた『フリクリ』

TVアニメ『憂国のモリアーティ』の野村和也監督のルーツを掘り下げるインタビュー連載の第2回は、破天荒な作風が魅力の傑作OVAをセレクト。自身の監督作とはイメージの違う作品に、何を見たのか。


描かれている子供と大人のコミュニケーションの形が好きだった

――次の作品は『フリクリ』です。監督のキャリアや作風を考えると少々意外でした。知ったきっかけは何でしたか?

野村 上京して専門学校を卒業したあとに入社したSTUDIO 4℃で、撮影をやっていた方に「面白いアニメがあるよ」と教えてもらったんです。


――今回、選んだのはどのような理由で?

野村 感覚的な話で申しわけないのですが、すごく独特な内容じゃないですか、『フリクリ』って。中身があるのかないのかもわからないし、絵コンテも演出も話数ごとにノリが違う。それでも、主人公である小学生のナオ太が、突然現れた年上の女性のハル子に振り回される様子が、とにかく自分には面白かったんです。背伸びしたくて、高校生と付き合っているんだかいないんだかわからない状態にいる小学生が、大人によって結局自分はまだまだ子供なんだと痛感させられる過程に面白みを感じたというか。大人の世界を子供が体験する様子に惹かれたというか。


――大人と子供の対立軸に感じるところがあった?

野村 大人が描かれていたことは、大きかった気がします。でも、子供は子供で、物語のなかで成長するんですよね。少年が彼なりの男らしさを身につける。この作品で描かれている子供と大人のコミュニケーションの形が、なんだか好きだったんです。


――映像的な魅力はどうですか?

野村 もちろん、作画もすごくよかったし、カッコいいシーンもいっぱいあって、そういうところも好きでした。お話も映像も、自分の作品にはっきりと影響が表れているところはないかもしれないんですけど、好きすぎて、教えてくれた人から借りたビデオが擦りきれるくらい見ました(笑)。


――ひどい!(笑)

野村 結局その人は「DVDで買い直したからもういいよ」みたいな感じで、くれたんじゃなかったかな。はっきりとはおぼえていないんですけど。それくらい繰り返し見たし、原画集も買ったし、その魅力にとりつかれました。単純に繰り返し見た回数でいうと、人生の中でダントツ1位のアニメですね。

――しかし、そこまで入れ込んだアニメからの影響が明確にお仕事に表れている印象がないのが不思議です。

野村 ですよね。まだアニメーターとしての仕事がメインだった頃、いつかは似たような作画をやってみたくて、一生懸命真似してみたんですけど、できなかったですね。ただ、そもそも僕自身はI.G作品のようなリアルな雰囲気の絵を全然描いていなかったんですよ。


――そうなんですか?

野村 子供の頃に見ていたアニメは『聖闘士星矢』や『ドラゴンボール』『魔神英雄伝ワタル』『魔動王グランゾート』といったタイトルで、二頭身や三頭身のキャラばっかり描いていました。かわいいものが基本的には好きなんです。ただ、物語としては大人の物語が好きで。だから、いつか子供向けのタイトルもやってみたいと昔は思っていたんですけど、どんどんそこからは離れていってしまった(笑)。『フリクリ』に限らず、好きで見ていたものと現在仕事で扱っているものの間には、大きな差がありますね。


――なるほど……。それにしても『フリクリ』にそこまで強く惹きつけられたのは本当に不思議です。何か原体験、トラウマ的な記憶は思い当たりませんか?

野村 原体験ですか……。小学生の頃、「何か特別なことが起こらないかな」とずっと思いながら過ごしていた時期があったんですよ。『天空の城ラピュタ』みたいに、空から美少女が降ってこないかなぁ、とか(笑)。何かそういう、自分の身に起こってほしかったぶっ飛んだ出来事が描かれているアニメではあったかもしれない。……ああ、そうですね。お姉ちゃんがほしかったな、という気持ちもあったんですよ。


――お、気になります。

野村 ウチは兄弟しかいなくて、しかも年子なものだから、ケンカばっかりしていたんです。だから、それを仲裁してくれる優しいお姉ちゃんがすごくほしかった。で、記憶をもう少し掘り起こすと……近所に、ちょっと年の離れたお姉ちゃんみたいな女の子たちがいたんですよ。姉妹で、自分よりも5~6歳上だったかな。お姉さんのほうは本当におっとりした優しいお姉ちゃんで、妹さんのほうはどちらかというとハル子に近いというか。ちょっとやんちゃで、口調もちょっと男の子っぽかった。その妹さんとは、学校の行き帰りに一緒にいることが多かったんです。だから、自分がほしい理想のお姉ちゃんのイメージに近いのは姉妹のお姉さんのほうだけど、よくつるんでいたのは妹さんのほうで、なんだかそのふたつのイメージを重ねてハル子を見ていたのかもしれないです。今、突然思い出したくらいなので「もしかしたら」なんですけど。


――無意識に感じていたかもしれない。

野村 小学校を卒業して以降はほぼ会う機会はなかったし、もう顔もはっきりおぼえていないんですけどね。恋愛感情みたいなものも当然なくて。ただ、なんとなく「お姉ちゃん」という存在に惹かれるものが、子供の頃にあったのはたしかですね。


③「青春」を過ごした

『電脳コイル』

『ジョーカー・ゲーム』『風が強く吹いている』の野村和也監督のルーツを掘り下げるインタビュー連載。最終回はキャリアのなかで大きな位置を占めるアニメをセレクト。仲間との出会い。そして、監督の姿に学んだこととは?


技術的なことだけでなく、アニメに関わるときの「姿勢」を教えてもらった

――3本目は、第1回でも話題に上がった、野村さんがスタッフとして参加している『電脳コイル』です。あらためて、この作品を選んだ理由は?

野村 理由としては、先ほどもお話しした通り、『攻殻機動隊』のムック本で見て「超うまい!」と思っていた磯光雄さんと仕事ができた……まあ、正確にいえば「運よく現場に入り込めた」みたいな感じですけど(笑)、そういう意味で選びました。当時の僕はSTUDIO 4℃でアニメーターとして仕事はしていましたけど、演出家としてはほぼ経験がない状態だったんです。『魔法少女隊アルス THE ADVENTURE』というOVAで1~2本、絵コンテと演出を担当したくらい。磯さんにもその絵コンテを見てもらいました。で、多少、「ここはもっとこうしたほうがいいんじゃない?」みたいな指摘はあったものの、これならやれそうだということで呼んでもらえたんですよね。


――キャリアのターニングポイント的な作品なわけですね。それ以前に磯さんと面識はあったんですか?

野村 いえ、そのときが初対面でした。僕は27歳くらいで、当時、まわりには磯さんのことを知っているアニメーターの方が多くて、STUDIO 4℃を抜けて『電脳コイル』に参加すると話すと、「磯さんとやるの!? 大変なところに行くね」みたいなことをよくいわれたんです(笑)。でも、実際に会ってみたら、すごく話しやすかったんですよ。今でもおぼえているんですけど、いきなりふたりで飯を食ったんです。「『すき家』でおごってあげるよ」みたいなことをいわれて。その感触で、そんなに相性悪くないなって感じました。たぶん、磯さんもそう思ってくれたんじゃないかな。


――素敵な光景ですね。

野村 STUDIO 4℃にいた頃って、同世代の人間がまわりにあまりいなかったんです。同期で入ったふたりくらい。それが『電脳コイル』の現場を経たことで、板津匡覧(いたづよしみ)さんとか押山清高くん、久保田誓(くぼたちかし)くん、牧原亮太郎くん、秦綾子(はたあやこ)さんといった同世代の友達が一気に増えたんです。『電脳コイル』の作業部屋ってすごく狭い部屋だったんですけれども、そこで徹夜とかしながら、みんなで作っている感じがあって。とても特別な時間を過ごせました。


――『電脳コイル』の現場で、学生時代とはまた違う、第二の「青春」みたいなものを過ごした?

野村 本当にそんな感じです。第二どころか、僕としては『電脳コイル』部屋でようやく自分に「青春」が来た、くらいの感覚でした。だから、いまだに関係の続いている人が本当に多いんですよ。

――いい話です。

野村 最初の頃は自分の担当した話数の絵コンテ・演出をメインにやって、あとはお手伝いみたいな感じだったのですが、人手が足りないこともあって、上がってきた各話の絵コンテを磯さんの指示に合わせて修正していく作業を僕がやるようになったんです。シリーズ後半の絵コンテは、ほぼほぼ……はさすがに言いすぎかもしれませんが、自分が手を加えているものがすごく多いです。それこそ磯さんとふたりで徹夜で、ああでもない、こうでもないと話し合いながら、絵コンテを修正していたのをおぼえています。とにかく制作の後半は、磯さんと一緒にいることが多かったんですよね。


――監督助手のような。

野村 『電脳コイル』を作っていくなかで、磯さんにはいろいろなことを見せてもらいました。なかでも、モノを作ることはやっぱり水もので、制作する過程でキャラクターにも作り手にもあれこれと変化があって、それが実際に作品に落とし込まれていくのを目の前で見ることができたのが、自分のなかではすごく大きかったです。本当に苦労したし、いろいろな思い出があるし、たくさんの経験をさせてもらったんですけど、とくに印象に強く残っているのはそこですね。


――ご自分が監督するときにも意識していますか?

野村 ええ。自分が演出や監督をするときにも、たしかにシナリオや原作ではこうなっている、その内容に基づいて絵コンテも作っていくけれども、いや待てよ? ここはこうしたほうがもっと面白くなるんじゃないか? こうしたほうが伝えたかったことがより伝わるんじゃないのか? そういうことを常に考えて、作品と最後まで向き合う姿勢が、磯さんとのやりとりのなかで身につきました。僕はまだ全然ド新人で、何の力も本当になかったんですけど、でも、関われて本当によかったなぁ……といまだに感じているタイトルです。


――そんなところも「青春」の雰囲気があります。

野村 精一杯やったんですけれども、終わって打ち上げがあるじゃないですか。そのとき、最後まで磯さんと一緒にいたんですけど……新宿で朝になって、磯さんとは別方向に帰るので、ひとり新宿の駅に向かって歩いて行く磯さんの背中を見送っていたとき、とても申しわけない気持ちになってきちゃったんですよ。


――申しわけない?

野村 もっと自分に実力があれば、もっと磯さんのやりたい形にできたはずだったんだろうな、って。自分の実力が足りなかったから、結局、磯さんが折れてくれたところがいっぱいあったのかもな……って、ふと感じたんです。タイトルはやっぱり監督のものだから、なるべく監督がやりたい形になるようにしてあげるべきなんだなって、あらためて意識したんですよね。作品が終わってから、強烈に気が引き締まった。技術的なことはもちろんなんですけど、それよりも気持ちの問題、アニメに関わるときの姿勢を教えてもらったというか、そこについて考えさせられることが多かったのが、『電脳コイル』でしたね。






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