【生肉转载】Febri TALK系列——待田堂子

取材・文/日詰明嘉


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2025年3月21日~25日

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①プロに必要な度胸と根性を培った

『週刊ストーリーランド』

『らき☆すた』『THE IDOLM@STER』『Wake Up, Girls!』『プラオレ!~PRIDE OF ORANGE~』など、数々の人気TVアニメでメインライターを務める脚本家・待田堂子の人生を左右したアニメ作品を聞く連載インタビュー。第1回は、ゴールデンタイムの大人気バラエティ番組『週刊ストーリーランド』。


初めて参加した現場で受けた1000本ノック

――『週刊ストーリーランド(以下、ストーリーランド)』は視聴者から送られてきた体験やストーリー案を短編アニメ化し、その感想や見どころをタレントが語り合うバラエティ番組でしたが、この作品を選んだ理由は?

待田 これは私の脚本家デビューの作品なんです。シナリオ・センターという学校に通っていたときに橋田寿賀子シナリオ新人賞をいただいたのがきっかけで、日本テレビでお仕事をすることになりました。ただ、最初は下読みといって、視聴者から送られてくる原案の中から、作品として使えそうなものを仕分けする仕事でした。それと同時に自分でもプロットを出していいと言われていて、仕事を始めて8カ月目くらいの時期に「書いてみないか?」とお声がけいただきました。それが「母ちゃんの弁当箱」というお話で、そのすぐあとに「天国からのビデオレター」というお話も書きました。


――待望の脚本家デビューの切符を手にしたわけですね。

待田 そこまでが大変だったんですよ。大勢の脚本家の卵たちがプロットを書くのですが、もう全然通らないんです。プロット出しはバラエティパートのプロデューサーや構成作家の方々が一堂に会する会議で行われて、そこに私たちも出席するのですが、まずその雰囲気に圧倒されてしまって。「せっかくこの椅子に座れたのに、下手なことを言ってクビになったらどうしよう」ということばかりが頭にあって、ひと言も発せずにいた時期も長かったです。でも、新人の中からプロットが通る人がだんだん出てきて、悔しい思いをしながらもなんとか食らいついていきました。一方で心が折れて途中で脱落していく仲間もたくさん見送りました。その屍を乗り越えてタフになりましたし、今に至るまで少々のことではへこたれないようになりました。「あの『ストーリーランド』を乗り越えたんだから」と(笑)。


――アニメパートの脚本は、具体的にはどのように作っていったのでしょうか?

待田 たとえば、「母ちゃんの弁当箱」はベースとなった投稿の時点でしっかりと物語の骨子ができていたので、それを膨らませながら、担当プロデューサーと1000本ノック状態で何度も書き直して脚本に仕上げていきました。私を担当してくれたプロデューサーはドラマの経験もある方で、脚本作りにも慣れていらっしゃったのですが、私はプロの仕事として書くのは初めてでしたから、とにかく緊張していました。言われたことだけを咀嚼して「筋の通ったものを書かなきゃ」という意識に追われて、視聴者に向けて作るというところまで頭が回っていなかったです。『ストーリーランド』に関わっている間はずっとそうだったと思います。あの時代(番組の放送期間は1999~2001年)のテレビ番組のプロデューサーって怖かったんですよ。私たちには比較的優しく接してくださいましたが……。

――新人にとっては過酷な現場だったんですね。

待田 でも、おかげで度胸と根性がつきました。このふたつは『ストーリーランド』で培われたものですね。何度も脚本を直しているうちに「この椅子から降ろされたらもう書かせてもらえない」というプレッシャーが「石にかじりついてでもやり通す」という意識に変わっていきました。当時の私が今の自分を見たら「もっと頑張れ!」と言いそうです。


――脚本を担当した回がオンエアされたときは、どのような気持ちでしたか?

待田 生まれて初めてテレビ番組に自分の名前がクレジットされる喜びは本当に大きかったです。「天国からのビデオレター」はノベライズされたり、当時VHSで発売されたセレクションにも入れていただきました。脚本はあくまで作品の設計図なので、私以外の多くのスタッフの方々が頑張った成果なのですが、そこに自分が関われたことがうれしかったですね。


――当時の経験で今の仕事に生かされていると思う部分はありますか?

待田 まず、アイデアを思いつくことは、脚本家を目指す以上、最低限できなきゃいけないことですよね。視聴者の方から送られてきた原案をどう面白くするか。思いつく限りのアイデアを出しているうちに、それがプロとして食べていくうえでできなければいけないことだと教えられました。あとはやはり……度胸と根性(笑)。


――やはりそこに行き着きますか(笑)。

待田 最初は私も根性が大事だなんて思っていなかったんです。まだ脚本家を志していただけの頃に、映画監督の新藤兼人(しんどうかねと)さんの講演会に行ったことがありました。そこで「どうしたら脚本家になれますか?」という質問に「最低限の生活をしつつ、とにかく2年間はシナリオ以外のことは何も考えずに書き続ければ、誰だってなれる」と新藤さんはおっしゃっていたんです。当時の私は「そんなことできるわけないじゃん……」と思いながら聞いていました。


――なるほど。

待田 でも、『ストーリーランド』は22時から打ち合わせをして、翌朝に直しをアップしなければならないような現場でした。前日にも直しを書いているから、もう打ち合わせの時点でヨレヨレなわけです。そこからまたさらに直しを次の日の朝までに……の繰り返しで。そこでようやく「新藤さんが言っていたのはこういうことだったのか」と思いました。昭和生まれの私ですら聞いたときは腑に落ちなかったので、若い人にはなかなか響かないと思うのですが「プロになるって、そういうことだぞ!」と今は思います。


②「余白」の演出力を楽しむ

『ベルヴィル・ランデブー』

『らき☆すた』『THE IDOLM@STER』『Wake Up, Girls!』『プラオレ!~PRIDE OF ORANGE~』など、数々の人気TVアニメでメインライターを務める脚本家・待田堂子の人生を左右したアニメ作品を聞く連載インタビュー。第2回は『ベルヴィル・ランデブー』。ほとんどセリフがない長編アニメーション映画を、脚本家の目でどうとらえたのか。


アニメーションとしての表現力の凄さを見せつけられた

――2本目に挙がったのは、フランスのアニメーション映画『ベルヴィル・ランデブー』です。2010年に公開された『イリュージョニスト』で広く知られるシルヴァン・ショメ監督による初の長編作品ですね。

待田 映画館の予告で偶然知った作品で、そのとき(日本公開は2004年)、私はプロとして活動していました。セリフがほとんどない映画で、まだ自分がこういった作品を作ることができていないからこそ魅力的に映り、アニメーションがますます好きになりました。DVDも買って、今でも折りに触れて見ています。


――どんなところが魅力的でしたか?

待田 実写だとどうしてもセリフが欲しくなるのですが、アニメーションであれば全編ほぼセリフなしでも構築することができるんだなと、長尺アニメーションの表現力の凄さを見せつけられた気がしました。クレジットでは監督が脚本も担当されているので、ト書きの脚本があるのか、あるいは宮崎駿さんのように絵コンテから描き始めているのかもしれませんが、芝居でいうところの無言劇のような映画で、ゆくゆくは自分もそういった作品を書いてみたいなと見た当時に思いましたし、今でも思っています。


――ひとつひとつのシーンに対するアイデアが豊富だなと思います。

待田 駄犬だと思われていた飼い犬が大活躍したり、伏線の張り方も秀逸なんですよね。監督自身のさまざまな経験や周辺にいる人たちの姿をアイデアとして生かしているのだと思います。私も日々の出来事や人間観察からアイデアとして使えそうなものはないかと、アンテナをいつも張っています。たとえば、最近は女子中高生がメインキャラクターの作品を書くことが多いのですが、今の若い子たちのリアリティを知るために、ハンバーガー屋で会話を盗み聞きしたりしています(笑)。もう、会話のテンポや展開の予測がつかないんですよ。話の途中なのにいきなり帰ってしまったり。「ちょっと、そのあとの話はどうなるのよ!?」と心の中で突っ込んだりしています。自分の頭の中だけで考えているとそれだけで完結してしまうので、他にもNHKの『目撃!にっぽん』や『事件の涙』など、自分以外の人生が垣間見える番組を見ることで幅を広げるようにしています。


――視聴者として作品に触れる際に、つい脚本家視点で見てしまうことはありますか?

待田 あまりないですね。一度見たものを見直すときは「私だったらこうするかな」と考えたりするのですが、最初は純粋にいち観客として見ています。とくに映画はお金を払って見るものですから、素直に楽しみたいですね。

――『ベルヴィル・ランデブー』のキャラクターについてはどう思いましたか?

待田 キャラクターはみんな濃いのですが、その個性がとてもうまく描かれていると思いました。とくに主人公のおばあちゃんと孫の関係性が濃密に描かれていて、決して過保護ではなく、それでいて愛情があることが見てとれます。ひとりぼっちの孫をなんとか元気づけようと三輪車を買ってあげて、それに乗ったときにだけ孫が笑顔になる。この一瞬でふたりの関係性を描き出す演出力が素晴らしいですよね。ロードレーサーになった孫からのリアクションはあまりないですが、おそらくそこは「余白」としてあえて描かなかったのではないかと思っています。おばあちゃんの気持ちは孫にきっと伝わっていて、いずれ恩返しが……と、とても温かい気持ちになりました。


――終盤、変装したおばあちゃんがスクリーンに向かって自転車を漕ぐ孫を見守るシーンがありましたが、あの眼差しがとてもよかったです。

待田 そうですよね。レースは途中でダメになってしまったから、スクリーンでイメージトレーニングしている孫を見守っている。あれだけ愛情を注いでいたから、最後におばあちゃんが孫を助けたあとに「いつかこれが逆になることもあるんだろうな……」と想像できるんです。完結しているようでしていなくて、そんな「余白」のある終わり方がすごく好きでした。見終わったあとに自分でその先を思い描いたり、一緒に見に行った相手と感想を語り合える作品で、それがまた素晴らしいと思います。


――作品の「余白」を作るうえで脚本のコツなどはあるのでしょうか?

待田 「余白」はエンドマークの先を予感させるものですから、そこまでを思いきり充実させることができれば、視聴者が「もっとこのキャラクターたちを見ていたいな」と思うようになります。私が『ベルヴィル・ランデブー』を好きなのもそれが理由で「この人たちをもっと見たいな」と思えるんです。


――待田さんはそうした作品作りをしたことはありますか?

待田 私はうまい「余白」作りをまだ実現できてはいないですね。つい、エンドマークまでにすべてを描ききりたくなってしまうんです。「余白」は下手に作ってしまうと「え、ここで終わり?」と視聴者に思われてしまう危険もありますから、意図的に作り出すのは容易ではありません。終わったあとに視聴者が「こうなったらいいな」と思いをめぐらせたり、「こうなっていてほしいな」と語り合ったりできるのがいい作品だと思いますし、私自身もそうした作品作りを目指しています。


③アニメファンの存在を意識した

『らき☆すた』

『THE IDOLM@STER』『Wake Up, Girls!』『プラオレ!~PRIDE OF ORANGE~』など、数々の人気TVアニメでメインライターを務める脚本家・待田堂子の人生を左右したアニメ作品を聞く連載インタビュー。第3回は京都アニメーションの代表作のひとつで、その後の脚本家人生に大きな影響を与えた『らき☆すた』について。


自分が思うよりもずっと多くの人に見られている、と実感した

――3本目は京都アニメーション(以下、京アニ)の大ヒット作『らき☆すた』です。まず、このタイトルは待田さんにとってどんな作品と言えますか?

待田 「視聴者に向けて作る」ことを考える最初のきっかけになった作品です。1本目に挙げた『週刊ストーリーランド』に京アニさんも参加されていたので、そのご縁からお仕事をいただきました。いわゆる「アニメ好きの方」に向けたアニメに参加するのは初めてだったのですが、KADOKAWAの伊藤(敦)プロデューサーは「売れる作品」を作ることを非常に意識されていて、それまでそういった観点をあまり持っていなかった私にとってはとても勉強になりましたし、お客さん=視聴者の方々と真摯に向き合うターニングポイントになった作品だと思います。


――主人公がオタクの女子高生で、想定視聴者が共感するようなキャラクターでしたが、そういう嗜好を持っていなかった待田さんはどのように作り上げていったのでしょうか?

待田 「オタクならではの視点」はすごく面白かったですし、知らないことがたくさんあったので、逆にそれを楽しんでいました。周りにアイデアマンもたくさんいたので、そこまでの苦労はなかったですね。この作品の構成会議は独特で、みんなで合宿して、原作のどの話をどのように組み込むかといったことまで細かく決め込んでいくんです。そこで出来上がった構成に沿って脚本を書き、さらにスタッフと話し合いながら膨らませていきました。


――具体的にそれが生かされたシーンはどのあたりでしょう?

待田 たとえば、第1話のAパートはひたすら女の子たちの他愛もない会話の連続で構成されています。そこに原作の要素を散りばめる際に、いろいろなネタがあったほうがいいだろうということで、みんながアイデアを出してくれました。会議の中で原作を一度バラバラにして再構築するということを伊藤プロデューサーと京アニのスタッフさんが行っていくのを見て、非常に感心しました。自分も原作を読み込んでいたつもりだったのですが、もう一度そのような視点で原作を読み直すことで、少しずつ理解を深めていきました。


――オタクカルチャーの小ネタを会話の中に採り入れるときには、固有名詞がどんな意味を持つのかを知っている必要があるので大変ですよね。

待田 そうですね。本来ならすべて紐解いてマンガを読んだりゲームをプレイしたりするべきだとは思うのですが、そこまでは時間の問題で追いつかなかったので、みんながその作品のどこをどう面白がっているのか、スタッフの皆さんに教えてもらいながら調べていきました。

――「京アニの新作」ということで放送前から注目を集めていましたが、そのあたりは意識していましたか?

待田 『涼宮ハルヒの憂鬱』の大ヒットからの流れでたくさんの人の目に触れて、高く評価していただけたのはうれしかったですし、アニメ作品の影響力を実感したことでその後の作品との向き合い方が大きく変わりました。純粋に「自分がたずさわっているものが、自分で思っているよりもずっと多くの方に見られているんだ」と思いましたね。それまでは地道に営業をしてお仕事をいただく状態だったのが、『らき☆すた』のあとは面識のない方からも声がかかるようになりました。そういった意味でも、私の脚本家人生におけるかけがえのない作品になりましたし、今の自分があるのは『らき☆すた』があるからだと思っています。


――『らき☆すた』の経験で、後の他の作品に生かされたものとしてはどんなものがありますか?

待田 女の子たちの会話劇という部分では『THE IDOLM@STER』につながりましたし、今度はそこで音楽をどう扱うかを学びました。脚本を書きながら「この場面でこんな感じに音楽が入って……」と思い描いていて、それが必ずしも演出家の考えと一致するわけではないのですが、そこで得た経験がさらにその後の『SHOW BY ROCK!!』で発揮できたのかなと思っています。いろいろな仕事で学んだことが、少しずつ次につながっているような気がしますね。


――『週刊ストーリーランド』での下積み修行から続くつながりの結果、現在の待田さんがあるわけですね。

待田 経験したことを着実に次の現場で生かすことができたという意味では、本当に運がよかったのだと思います。……と言うと、なんだか順調にきたように思われてしまいますが、私の脚本家人生を拳法にたとえると、みんながヘバって正拳突きも出せなくなってしまったなか、ひとりだけ突き続けてどうにか認められて、でも他流試合に行ったらボコボコにされて、「もう一回行ってこい」と言われて続けているうちに徐々に段位を上げた、みたいな感じです(笑)。褒められるよりもダメなところをビシッと指摘されたほうが、負けず嫌い精神に火がついて頑張れるんです。


――この先、脚本家として挑んでみたいジャンルやテーマはありますか?

待田 私はシェイクスピアが大好きなのですが、シェイクスピアの史劇を原作とした『ホロウ・クラウン/嘆きの王冠』というBBC(イギリス放送協会)で放送されたドラマがあって、これの日本王朝版をやりたいんです。何世代にもわたるお話なので時代を経るごとに役者も変わるのですが、アニメならスムーズに出していけます。もうひとつ、『Wake Up,Girls!』の取材で気仙沼に行ったときに「漁師カレンダー」というものを目にしたんです。そこに写っている漁師の方々がすごくカッコよくて。それからあちこちで「漁師のお話ってどうですか?」と言っています(笑)。いつかこのふたつが実現できたらいいなと思っています。






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