【生肉转载】Febri TALK系列——白土晴一

取材・文/前田 久
来源:日本深度动画内容网站Febri
采访发布时间:2022年1月10日~14日
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①戦闘の描き方を知った
『機甲猟兵メロウリンク』
『プリンセス・プリンシパル』『ルパン三世 PART5』など、多岐にわたる作品で設定考証を務め、今や〈リアル〉なアニメには欠かせない存在である白土晴一。その原点に迫るインタビュー連載の初回は「髙橋良輔主義者」としての思いを熱く語る!
戦闘シーンに人間の「業」が見え隠れする
――1本目はOVA『機甲猟兵メロウリンク(以下、メロウリンク)』です。これは白土さんにとって、どのような意味合いのタイトルなのでしょう?
白土 恐ろしいほど影響を受けた作品です。後に『OBSOLETE』で一緒にお仕事をすることになるのですが、僕は昔から一貫して「髙橋良輔主義者」なんですね。他の方の作品にももちろん触れてきましたが、子供の頃から僕の心を鷲づかみにしていたロボットアニメはやはり『装甲騎兵ボトムズ(以下、ボトムズ)』であり、『太陽の牙ダグラム』だった。『メロウリンク』は『ボトムズ』をミリタリーの方向性に振った感じの外伝OVAで、今回取材を受けるにあたって見直してみて、思っていた以上に影響を受けていると痛感しました。
――「髙橋良輔主義者」について、もう少し詳しく聞かせてください。
白土 あくまで僕の個人的な見方……とお断りしたうえでお話しすると、僕が高校時代から今に至るまでずっと好きな映像のクリエイターが3人います。岡本喜八、サム・ペキンパー、そして髙橋良輔です。この3人に共通して言えることは、戦闘シーンをソリッドに描くけれど、どこかに人間がやっているからこその「業」のようなものが見え隠れしている点です。それも「人類」みたいな大きな単位での「業」ではなくて、あくまで戦っている兵隊の身体を感じさせるような「業」。髙橋さんの作品は、それがつねに存在しているところに、たぶん僕はグッときているんです。「兵隊から見た戦争」という雰囲気が、いつも作品からプンプンと匂う。「泥くさい」とまとめられがちですけど、それもまたちょっと違う気がするんですよね。戦争をカッコよく描くのではなく、そうではないところも描こうとする矜持とでもいいますか。ある種の思想とまではいかなくても、髙橋さんの皮膚感覚でそうなっているんだと思います。そこに私淑しているというか、そのラインを自分も守って仕事をしていきたいと、つねに考えているんです。

――『メロウリンク』からは具体的にはどのような影響が?
白土 僕がアニメに関わるときは「軍事考証」よりも「戦場考証」――つまり、戦場シーンのアイデアを求められることが多いんです。そうした仕事をしていると感じることですが、作品内での戦闘のシチュエーションって、意識しないと同じようなものばかりになりがちなんですよ。戦場のバリエーションをあらかじめたくさん考えておいて、それぞれの戦場でその世界の人がどういう戦い方をするのかを設定しておかないと、戦闘シーンになかなか意味を持たせられない。ストーリーの中に戦闘シーンを入れ込んで、なおかつその面白さを際立たせられないんです。『メロウリンク』は「人間対AT(『ボトムズ』の世界の兵士が乗り込む人型兵器)」というかなりピーキーな戦闘がずっと展開されるシリーズなのですが、ちゃんとそれができているんです。毎回戦うシチュエーションが変わって、そこで主人公が力で勝つのではなく、どう知恵を使って勝つのか。最後の最後、主人公のメロウリンクが近接戦闘でパイルバンカーを撃ち込んで勝つことは決まっているんですけど、そこまでの段取りをどう見せるかにひたすらこだわっているんです。そのためにストーリーは複雑ではない復讐劇になっていて、レギュラーキャラの人数もある程度絞られている。余計な要素を省くことで、30分アニメの中で「どういうシチュエーションで戦うか」の情報量を上げて、さらに戦うこと自体をストーリーに組み込むことができているんですよ。初めて見た高校生の頃はそこまで考えていなかったんですけど、戦うことでちゃんとキャラクターが表現できているというか。
――どういうことでしょう?
白土 戦闘シーンで重要なのは「段取りをどう描くか」なんです。もし、軍事を作品の主眼として考えるなら、個々の描写の細かいディテールを上げればいい。でも、キャラクターを主眼にするなら、ちょっとした機転が生かされるシーンを入れないと「戦闘でキャラクターを描く」ことにはならない。ただ「戦争を描く」だけになってしまう。それを避けるには、戦い方とキャラクターを一体化させなければならないんですが、『メロウリンク』はそれがしっかりできている。自分が思っていた以上に、この作品に相当影響を受けていたんだなぁ、と。ATを相手に生身の人間が勝つことに説得力を持たせるために、爆薬を仕掛けるだとか、地形を生かした作戦を練る様子をしっかりと見せて、それが主人公のキャラクターづけにちゃんとつながっている。高校生の僕は、そのキャラクターとバトルアクションの連動を新しいと感じて、強い印象を受けたんでしょうね。もちろん、『ボトムズ』や『ダグラム』をはじめ、他のアニメにもそういう傾向はあるんですけど、『メロウリンク』はそれらよりもさらにキャラと戦闘シーンを深く融合させていた。今思うと『OBSOLETE』はこれと同じコンセプトだなぁ……と(笑)。
――たしかに『OBSOLETE』の「原点」である感じは強かったです。とくに『メロウリンク』のシリーズ前半の一話完結エピソード。
白土 いや、本当にね。10年ぶりぐらいに見直してみて、やっぱり髙橋さんの手の内でまだ生きているなって、あらためて思いました(笑)。でも、あのフォーマットはもっといろいろなことがやれるんじゃないかと、まだずっと考えていますね。
――ミリタリーもののロボットアニメの純粋形みたいな。
白土 そうそう。その思いきりのよさというか、「それで十分面白くできるんじゃないか?」っていうスタッフの皆さんの思いが感じとれて、いいんですよね。
②ディテールの力を意識した
『機動警察パトレイバー2 the Movie』
『ヨルムンガンド』や『ジョーカー・ゲーム』など、緻密な設定考証で〈リアル〉なアニメを支え続ける白土晴一。その原点に迫る連載の第2回は、軍事・ポリティカルスリラーの傑作であり、設定で物語ることを学んだ作品についてのインタビュー。
街のちょっとした風景でも、世界の危機は表現できる
――2本目は『機動警察パトレイバー2 the Movie(以下、パトレイバー2)』です。
白土 大学進学で東京に出てきて、最初に見たアニメ映画なんです。新宿だったんですけど、見終わって映画館を出たとき、「俺、東京にいるな」って感じました。
――物語の舞台と地続きな風景が広がっていますからね。
白土 そうした思い出も大事なんですけど(笑)、この作品を選んだ理由は「軍事スリラー」や「ポリティカルスリラー」と呼ばれるジャンルのひとつとして、突出して素晴らしいからです。このジャンルは雰囲気と段取りを細かく組んでいかないと、説得力がある作品には到底ならない。『パトレイバー2』は普通に考えるとちょっとタルくなりそうなシーンでも、レイアウトの素晴らしさや黄瀬(和哉)さんが中心となった作画の力で映像の緊張感が途切れないんです。ちょっとゆるやかなセットアップから、最後の埋め立て地での激戦にまで持っていく段取りの素晴らしさは、脚本の力ですよね。伊藤和典さんはすごいなと、見直すたびに思います。これ以上の作品はアニメ以外の映画を含めても、たぶんそんなにはないでしょう。政治的緊張感って映像で表現することが極めて難しいんです。よくある失敗は、ひたすら政治的な言い合いとか会議を連続させるやり方ですね。それを成功させるには、僕のアイドルのひとりである岡本喜八の『日本のいちばん長い日』や、それをリスペクトして作った『シン・ゴジラ』みたいに、面白く見せるために特段の演出力が必要なんです。『パトレイバー2』にもそういうシーンはあるんですけど、それよりも街の雰囲気だとか、特車二課の人たちのパーソナルな主題をめぐるやりとりの中に政治的な緊張感を濃厚に漂わせているのがすごい。
――街を描いたシーンで、とくに印象なところは?
白土 いろいろありますけど、パッと思いつくのは、自衛隊のレイバーにちらりとしか目を向けずに、歩道橋をサラリーマンが歩き去るシーン。同じ場面で幼稚園児がレイバーに向かって声を上げながら手を振ると、レイバーのパイロットがカメラと手を振って反応するんですよね。ここの、とくに幼稚園児のほうの描写は「日常の中に戦闘状態がある」というのをものすごく端的に表していて、この映画がやりたいことが明確に伝わってくる。今の東京に不意に政治的なコンフリクトが起こって、平時と戦時が奇妙に入り混じった様子を見せたいんだな、と。輸送ヘリがビル街を飛んでいるカットで、手前のビルの中に人がいるのを映すシーンもいいですね。「あ、こんな状況でも会社は続いているんだ」と感じる。人によっては、やりすぎと感じるかもしれない。僕も国会議事堂の前で記念撮影をしている人のシーンは、ちょっとわかりやすすぎるかなとも思いますが、でもそれ以上に、この映画で何をやりたいかが濃厚にわかって、グッと来てしまうんですよね。

――では、特車二課のパーソナルなやりとりの中では?
白土 後藤さんと南雲さん、柘植(つげ)の描き方ですね。劇場版1作目の帆場もそうですけど、柘植は事件の黒幕で、この映画の最初と最後にしか出てこないのに、そのキャラクターが見る側にはっきりと伝わってくる。それは後藤さんと南雲さんをはじめ、他のキャラクターが柘植をどう思っているかが芝居の中でつねに見せられていて、なおかつ、それがすべて政治的スリラーの要素につながっているからです。そうした形で、個人の視点の中に政治的な要素が練り込められていて、それが街の情景描写と対になりながら段取りとして積み上がり、最後の激戦に至る。今見ても素晴らしい脚本、演出、作画です。この作品を見て以来、僕は政治的な要素や軍事の要素を、ストーリーの前面ではないところで濃厚に感じさせる作品をやりたいと常々思っています。設定をセリフで説明するのではなく、たとえばちょっとだけ画面に出てくる書類だとか、そういう画面の情報密度を底上げすることで表現したい。要するに、街のちょっとした風景でも、世界の危機は表現できるはずだと考えるようになった。画面に1枚だけ出てくる新聞の内容や、些細な会話の中身といったディテールで政治的な摩擦が表現できるんじゃないか。『パトレイバー2』でやれているのだから、我々にもやれないはずはないだろう……そういった意味で、ずっと背中を追っている先駆者ですね。
――これまでのお仕事で、とくに影響を受けていると感じるものはありますか?
白土 同じProduction I.Gの作品だからというわけでもないですが、『ジョーカー・ゲーム』では『パトレイバー2』の流れを汲むような形で、あの時代の空気感をバックグラウンドに描かれているもので表現することが多少はできたのではないかと思っています。あと、今、東京の街歩きコラムという仕事をしているのですが(『東京そぞろ歩き』)、これもこの作品の影響といえば、そうですかね。『パトレイバー2』は「東京論」だとか「都市論」だとか、他にもいろいろな切り口で語ることができるようにわざと作ってある。だからそのあたりを語るのは、押井さんの術中にハマっている感じもして、少し悔しいのですが(笑)。
③設定考証の役割を学んだ
『ヨルムンガンド』
SF、ファンタジー、現代もの……数々の作品で設定考証を手がけ、『OBSOLETE』ではその延長線上で共同監督を務めた白土晴一。インタビュー連載の最終回は、原作・アニメ双方に携わり、現在の仕事につながる流儀を身に着けた思い出の作品を語る。
原作の立場から関われた最初の作品
――最後は『ヨルムンガンド』です。お仕事で関わっている数あるタイトルの中で、この作品を選んだ理由は何でしょう?
白土 この作品の前から、バンダイビジュアルの湯川淳さんに声をかけられてアニメに関わり始めてはいたんですけど、原作の立場から関われた最初の作品なんです。
――原作コミックへの関わり方は、どのようなものだったのですか?
白土 僕が参加することになったのは、単行本3巻の半ばくらいの内容まで連載が進んでいたタイミングでした。そこまでの内容を踏まえたうえで、原作者の高橋慶太郎さんと編集者の夏目晃暢さんとの間で開かれていた会議に参加し始めたんです。僕が理詰めで設定の細かいところを作ると、それに対してキャラ……セリフや行動を高橋さんが乗っけてくれる。たとえば、ブックマンやヘックスといったキャラが典型ですが、高橋さんが物語の展開上必要とするものに合わせて、キャラクターの大まかな経歴を僕が考えるんです。出身地はどこで、どういう学校を出ていて、どんな組織に所属してきたかとか。「9.11で婚約者が死んでいる」とか。そうした文字情報から、ご覧いただいた方ならわかると思いますけど、あれだけブッとんだキャラクター造形が生まれてくるのは、完全に高橋さんの力なわけです。そういうやり方が、わりといい感じでこの作品ではハマったんですよ。高橋さんもそう感じてくれたみたいで、おかげさまでその後の『貧民、聖櫃、大富豪』『デストロ016』でもお仕事をご一緒させてもらっています。
――白土さんが『ヨルムンガンド』に持ち込んだアイデアは、たとえば?
白土 大きなものだと、作品のクライマックスで描かれるヨルムンガンドシステムの細かい設定ですね。連載が始まった時点で、ヨルムンガンドシステムというものが登場して、それがどういう帰結をもたらすかまではうっすら決まっていたんです。でも、どうやったらそうした結果をもたらすことができるのかは考えられていなかったので、それを考えました。難しかったのは、高橋さんから「完全なSFにはしたくない」という要請があったんですよね。でも、実際に存在している技術だけでやるのはさすがに難しいので、ちょっとだけSFにさせてもらったんです。理論的には可能で、でも、現実にはまだ完成していない量子コンピューターを登場させた。それを使って衛星システムを操ることにして、なおかつ、それで兵站システム自体を制御するための包括的な枠組みというか、作品の奥行きにあたる部分のインフラの設定を整えました。

――アニメにはどういうかたちで参加したのですか?
白土 『ヨルムンガンド』のアニメ化では、初めて原作側の人間としてアニメの会議に出ることになりました。それまではアニメ側のスタッフとしてしか参加したことがなかったので。アニメ側の事情もわかるし、原作側の事情もわかるので「そこに関してはアニメでやりやすいように変えられるか、原作者に相談しましょう」とか、逆に「そこは原作者がこだわっているところだから、アニメの現場は大変だと思うけど、どうにかやっていただけたらありがたい」みたいな感じで、わりといろいろな打ち合わせに出て、その場で判断をさせていただいたんです。その後、『OBSOLETE』で山田裕城さんと共同で監督をやらせてもらうことにつながる経験をさせていただけた。言い換えると、「設定考証」という役職が作品のどの作業に首を突っ込んで、作品をよくするためにはどういう立ち居振る舞いをするべきなのかをこの作品で学びました。それまでは設定が上がったあとで疑問に答えるとか、脚本を読んで指摘をする程度だったんですけど、もうちょっと大きな枠組みで作品に対して意見が出せたといいますか。
――具体的にはどういう意見を?
白土 たとえば、ある戦闘シーンが映像の都合で原作と違う描写になっていることがあります。マンガとアニメは違う表現ですからね。その事情を理解したうえで「こういう戦闘シーンに変えるのだったら、原作の描写にはキャラクターを描くうえでこういう意図があったので、その意図を汲む形でこうしてみてはどうでしょう?」と提案するとか。あと「ここでこの武器を使っているのは伏線としての意図があるので、設定を変えずに出したほうがいいのでは?」とか。そういうことを、いろいろな部署に顔を出してバーッとしゃべっていました。
――全体をつなぐパイプ役を担っていたんですね。
白土 そうなりますかね。気をつけているのは、その設定にちゃんとした理由があったとしても、そこから魅力的な絵を作り出せると感じられなければ、アニメのスタッフさんたちにこちらの提案は響かないんです。文字情報として「正しい」設定が、必ずしも絵作りにとって「正しい」ものとは限らない、といいますか。でも、僕はそこを両立させることは可能だと思うんです。そう考えて、いろいろと現場で試させていただいて、今はある一定の成果が出せていると自負しています。そう考えられるようになったのは、この作品の現場での経験がきっかけなので、本当に感謝しかないです。それともうひとつ、『ヨルムンガンド』がアニメ化された頃は、ジャーナリスティックとは言わないまでも、現代社会の要素をきっちりと取り込れた作品がまだなかったんです。そういうことをやったらいいんじゃないか?という気持ちが自分の中に芽生えていたので、それをやれたのも大きかったです。軍事的な要素だけに特化したものはそれ以前からあったのですが、政治や外交、そして幅広い国際関係を物語の後ろに見せつつ展開する作品はほぼなかったんです。そういうことをやってみたら、意外と見てくれる人がいることが『ヨルムンガンド』でわかった。その意味でも、アニメに対して自分ができることの「芽」を見せてくれた、最初の大きなタイトルだったと思います。
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