【生肉转载】Febri TALK系列——石黑恭平

取材・文/森 樹


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2021年7月12日~16日

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①『新世紀エヴァンゲリオン』

子供が見てはいけないものを見た感じがした

初のオリジナル作『サイダーのように言葉が湧き上がる』を手がけたアニメーション演出家・イシグロキョウヘイ。彼の人生を変えた3本のアニメを探るインタビュー連載の第1回は、部活引退後の景色をガラッと変えたTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』について。


TVシリーズの最終回はとてつもなくかっこいい

――イシグロさんが本格的にアニメを好きになるきっかけとなった作品が、『新世紀エヴァンゲリオン(以下、エヴァ)』だそうですね。

イシグロ 年齢的には15歳、中3でした。小さい頃は『週刊少年ジャンプ』系の作品が好きで『ドラゴンボール』や『スラムダンク』といったマンガ原作のアニメは見ていましたが、「アニメが好きだ」という意識はなくて。それが『エヴァ』をきっかけにして、アニメそのものに興味を持ちました。


――『エヴァ』との出会いはどのような経緯だったのでしょうか?

イシグロ 中学時代は野球部だったのですが、3年の夏で部活を引退して受験の準備に入ったんですね。そうなると夕方には家に帰って、塾に行くまでの時間に夜ご飯を食べ、テレビを見る習慣ができたんです。そのときに、何げなく点けたテレビでやっていたのが『エヴァ』でした。


――最初からのめり込んだのでしょうか?

イシグロ オープニングから血が滴っていたり、少しグロい描写があるじゃないですか。「これはなにか違うかも」と思いながら惹き込まれていきました。大きくハマるきっかけになったのは、最終回です。『エヴァ』でいちばん好きなのは、あの最終回があるTVシリーズなんですよ。


――周囲の同級生たちも『エヴァ』を見ていたのでしょうか?

イシグロ 部活を引退したメンバーはけっこう見ていましたね。アスカや綾波といったキャラクターにハマっているのが半数、ストーリーや残虐性にハマっているのが半数といった感じで、僕は後者でした。


――最終回の率直な感想はいかがでしたか?

イシグロ 賛否両論でしたけど、僕はとてつもなくかっこいいと思いました。ビデオに録ったものをアホみたいに何度も見ました(笑)。人生でいちばん繰り返し見たという意味では、『エヴァ』の最終回がダントツですね。


――最終回がどういう意図だったのか考察したんですか?

イシグロ しましたね。ネットもまだ盛んではなかったので、今よりもディープなサブカル雑誌だった『Quick Japan』の『エヴァ』特集を読んだりしていました。なんというか、『エヴァ』はほかのアニメと比べても特別な作品として捉えられていましたし、中学生になった僕が見てもいい雰囲気があったんですよ。


――アニメカルチャーが世間に認められていく過渡期ではあったかもしれませんね。

イシグロ そうですね。『残酷な天使のテーゼ』の8センチCDを今でも持っていますが、アニメのイラストが描かれたジャケットを買うのが恥ずかしくて、当時、幼なじみについてきてもらった記憶があります(笑)。主題歌といえば、ひとつ思い出がありまして。

――どのような?

イシグロ 卒業の直前、バレンタインの日に後輩の女の子が僕の家に来てくれたんです。ありがたいことに以前から好意を寄せてくれているとの噂があって、実際、チョコを持ってきてくれたんですよ。ただ、その日、僕は自分の部屋で『残酷な天使のテーゼ』を爆音で聞いていて、それを止めることなく玄関まで出て行ったので、ガンガンその音が聞こえていたはずで……。


――どう思われたんでしょうね。

イシグロ わからないですね……。『残酷な天使のテーゼ』をBGMにチョコをもらう。そんな甘酸っぱい記憶です(笑)。


――青春のいちページとしても『エヴァ』があったと。

イシグロ 今回の取材にあたって、なぜこんなに『エヴァ』に惹かれたのかあらためて考えてみたのですが、アニメは子供が見るものという先入観があった僕にとって、『エヴァ』は子供が見ちゃいけないものを見ている感じがしました。それは大人向けに作っているという意味ではなくて、子供が見てはいけない物語がテレビの地上波で、しかも夕方に流れている感じがクールだった。


――タブーに触れているような感覚。

イシグロ そうです。わかりやすい部分でいうと、加持さんとミサトさんがラブホテルに行く回がありますよね。あれを母親と一緒に見ていたので非常に気まずかった(笑)。そういう状況に追い込まれたことも含めて、イシグロ少年には刺さったんだと思います。


――アニメの演出を手がけるようになってから、『エヴァ』の影響を感じる部分はありますか?

イシグロ 引きの絵の使い方や、セリフでバサッと切って次のカットにつなぐ演出は好きですし、作品に合えば入れることもあります。だけど、僕自身はクリエイターとして“庵野色”を全面に出している感じはないですね。どちらかといえば、細田守さんや長井龍雪さんの影響をダイレクトに受けている人間なので。


――旧劇場版や、先日完結した『シン・エヴァ』はどのような視点で見たのでしょうか?

イシグロ 旧劇場版は3回見に行きましたね。でも、僕はTVシリーズの最終回に衝撃を受けたので、あのままで終わったほうが良かったんじゃないかなと思いました。『シン・エヴァ』は、あれだけキレイに終わったことにびっくりしました。とくにすごいなと思ったのは、シンジが最後大人になって、声が神木隆之介くんになる演出ですね。シンジが大人になったということを、キャスティングを使って表現するのはまさにアニメでしかできないことなので。そんな風に、カッコいいカット割りやつなぎ、脚本の組み立てなど、技術的な視点で『エヴァ』を見てしまうところがありました。TVシリーズのとき、純粋にその内容に興奮していた、あの頃のイシグロ少年とは当然ながら盛り上がり方が違うのを実感しましたね。


②クリエイティビティを刺激された

『千年女優』

イシグロキョウヘイに聞く「人生を変えた3本のアニメ」。インタビュー連載の第2回で取り上げるのは、今敏監督の『千年女優』。現在と過去、虚構と現実が入り交じる世界観の構築に、今監督の圧倒的なイマジネーションと、それを実現するスタッフワークのすごさを感じたそうだ。


ほかのアニメとは異質なのに、いい意味で映像と音がなじんでいる

――2本目は、今敏監督の『千年女優』です。2001年の作品ですが、そのときはアニメ業界にもう入っていたのでしょうか?

イシグロ 公開当時はまだ大学生ですね。実質2浪、24歳で大学を卒業したのですが、『千年女優』を見たときは単なるいちアニメファンでした。そのときは音楽活動に力を入れていて。


――今監督の作品はそれまでも見ていたのでしょうか?

イシグロ 『パーフェクトブルー』を高校生のときに見て、それからファンになりました。『千年女優』は『パーフェクトブルー』の今さんと、音楽を担当している平沢進さんのタッグに興味があって、実際の映像も『新世紀エヴァンゲリオン』と同じ感覚を得たというか、すごくクールでしたね。アニメでこの内容をやる意義というものを感じて。


――たとえば、どういったところでしょうか?

イシグロ だまし絵のようにどんどん場面転換していくのは実写でもできると思うのですが、それを絵として描いて動かすところですね。そこに驚きと感動がありました。それと、音楽の使い方のうまさです。平沢さんとどのような話し合いを経てああいう劇伴に落とし込んだのかわからないのですが、ほかのアニメとは明らかに異質なのに、いい意味で映像と音がなじんでいる。そういう不思議なミックス具合を音楽からも感じる映画なんです。


――なるほど。

イシグロ 当時は今さんや大友(克洋)さんの作品、『攻殻機動隊』など、リアル系の絵柄が好きでよく見ていました。リアルなお芝居がそこにあって、それが押しつけがましくならずに物語が進んでいく部分にも惹かれましたね。当時はアニメ業界を目指していたわけではないのですが、「こういうクールなものを作りたい」とクリエイティビティを刺激されたのは、『千年女優』を見てからでした。


――演出家としての今さんの魅力はどこにあると思いますか?

イシグロ 現実と虚構の境界線の飛び越え方に象徴されるように、イマジネーションの底力が圧倒的だと思います。それは『千年女優』だけではなく、『パプリカ』での廊下がぐにゃぐにゃになっていく表現もそうですよね。もしかしたら思いつくことはできるかもしれませんが、絵として演出をつけるのは非常に難しい。技術的なことでいえば、ダメな消失点の使い方で成立しているんです。それをあえてやってみせるというのは、絵がうまくないとできない演出なんです。セオリーに外れたものを力技で演出に落とし込んでいますね。

――イシグロさんが影響を受けた部分はありますか?

イシグロ いちばんは日常芝居の描き方ですね。キャラクターがちゃんとそこに実在することを前提にしたカット作りなんです。それがどの場面でも徹底されているから立体感があるし、現実的なものに見える。それでいて、あのイマジネーションを発揮されるわけですから、本当にすごいです。今、今敏イズムを感じるのは、クリストファー・ノーランですね。


――ホテルの廊下に異常が生じるシーンは『インセプション』にもありますよね。

イシグロ 絶対影響受けていると思います。ちょっと聞いてみたいですけどね、ノーラン本人に(笑)。音楽面だと、自分の好きなアーティストに劇伴をゆだねていいんだと背中を押してもらいました。『サイダーのように言葉が湧き上がる』の劇伴を牛尾憲輔(agraph)さんに依頼したのは、『千年女優』にルーツがありますね。


――多方面で指針になっているわけですね。

イシグロ シナリオの構成も見事だと思います。それでいて『千年女優』の脚本に村井さだゆきさんが入られているように、原案を作った物語を他人にゆだねて精査することもできるんですよね。


――第三者の視点を入れている。

イシグロ エゴが強いと意外とできないですからね。今さんはあれだけ絵が描けて、お話もご自身で考えられているのに、大きなチームで作品を作るという感覚をきちんと持っていらっしゃる。制作進行として業界に入ったあと、マッドハウスに立ち寄ったときに今さんの仕事場を眺めたこともありましたが……アニメーターの人たちからも慕われていたと思います。現場をコントロールしすぎないというか、あの精密なコンテからは想像できない自由さが、作画スタッフにはあったのではないでしょうか。スタッフとして入られていた方に話を聞いても、コミュニケーションはすごく密にとっていたそうなので、現場作り、全体のチーム感みたいなものを大事にされていたと思いますね。


――それはイシグロさんの監督としての振る舞いにも影響しているのでしょうか?

イシグロ そうですね。自分が監督として携わる際は、スタッフが高いモチベーションで作品に取り組める現場にしたいと考えています。もう少し上の世代の作品作りだと、厳しさのなかでクオリティを保ってヒットを出した例もあると思うのですが、僕より下の世代はそうはいかない。アニメは個人制作ではなく、スタッフありきという考えがないと、なかなか歴史に残るような作品にはなりづらいと思います。


③アニメの最大の強みを知った

『サマーウォーズ』

インタビュー連載の最終回は、細田守監督作品の大ヒット作『サマーウォーズ』。アニメで人間ドラマを描きたいと考えていたイシグロにとって、『サマーウォーズ』における演出や人間描写はひとつの答えになり、その後の大きな指針にもなっていると語る。


アニメで人間ドラマをやる意味を教えてくれた

――3本目は『サマーウォーズ』が挙がりました。2009年の公開時にはアニメの演出家としてデビューしていたのでしょうか?

イシグロ 制作進行から演出になりたてくらいのタイミングですね。演出の仕事をやっていたからこそ、『サマーウォーズ』が僕のなかでバイブルになったんですよ。


――その理由を教えてください。

イシグロ 僕はサンライズ出身なのですが、サンライズといえばメカものじゃないですか。でも、僕はどちらかといえば、キャラクターやその感情を表現するような青春ものや恋愛ものが好きで、周囲にも「人間ドラマがやりたい」と伝えていました。ただ、会社のカラー的にもそれは難しいという雰囲気があって、ちょっと悩んでいたところで『サマーウォーズ』を見たんです。『サマーウォーズ』って、設定的には実写でも成り立つ作品だと思いませんか?


――デジタルの世界を別にすれば、大家族ものとして成り立つかもしれませんね。

イシグロ そうですよね。僕は『サマーウォーズ』を劇場で見て泣いたのですが、なぜアニメであれだけ感動できたのかを分析したんです。そのなかでひとつたどり着いた結論がありまして。陣内家が一族でラブマシーンと対決するとき、漁師である万助さんが本家の敷地内に漁船を持ってきて、池に沈めるシーンがあるんですよ。そのときに大きな波しぶきが上がって、次のカットでは健二くんに水がかかるのと同時に、池から飛び出した鯉が横切るように飛んでいくんです。ピチピチって。そのシーンを見たときに「だからアニメなんだな」と思ったんです。


――それはどういった理由なのでしょうか?

イシグロ 具体的に説明していくと、実写でも鯉を放り投げて人物の前を横切らせることは可能だし、CGで飛ばしてもかまわないわけです。ただ、そうすると作為的なものが見えてしまう。


――わざとらしくなってしまうと。

イシグロ 「誰かが鯉を投げたんだろうな」と感じるし、一気に冷めてしまう可能性があるじゃないですか。一方で、アニメというのは画面全体がすべて作為のもとで作られていて、鯉が飛ぶのも作為をもって飛ばしていることを視聴者が理解できる。ここにアニメの秘密があると思っていて。すべての画面が作為で描かれているということは、逆にいうと偶然性がない。だから、突飛なことが起こっても、それを作家性や表現として受け入れさせることができるのがアニメの強みなんです。


――なるほど。

イシグロ だからこそ、『サマーウォーズ』のような実景ベースの作品でも、作為的に画面をコントロールすることができるのはアニメだけだし、必要な物語のために舞台を選べるのもアニメの良さでもあるというのが、『サマーウォーズ』を経ての僕の答えですね。なので、ああいう実景ベースのアニメをやっていいんだという勇気をもらいました。

――あえてSFやファンタジーではなくても、ということですね。

イシグロ そうです。アニメで人間ドラマをやる意味はあるんだ、ということに確信を持たせてくれました。


――逆にいえば、細田監督の画作りはそれだけ精密で巧みだということですね。

イシグロ 細田さんの才能だと思います。今回、僕の監督作品である『サイダーのように言葉が湧き上がる(以下、サイコト)』でも、『サマーウォーズ』をひとつの目標に掲げていました。『サイコト』はショッピングモールを舞台にした若者の日常を描いている作品なのですが、それは描き方次第で面白くできるものだと。


――そういうアニメの面白さを信じている。

イシグロ はい。そのあたりの感覚を細田監督に聞いてみたいですね。細田さんのなかにも「なぜアニメなのか?」という理由があるはずなので。画面設計における意図などを作り手として勉強したいです。


――オリジナル作品に携わったことで、その難しさをより実感しているところはありますか?

イシグロ 僕は絵描きじゃないことが監督としてコンプレックスだったんですよ。細田さんも今さんも、まずコンテのうまさに圧倒される部分があって。じゃあ、自分の強みがどこにあるのかと考えたときに、僕は制作進行出身なので、最初から最後の納品部分まで、すべてのセクションを把握しているところかなと。


――細部に関してその流れを理解している。

イシグロ そうですね。そこにかかる時間なども考慮しながら、全体を見渡すことができるので。


――だとすると、各セクションへの指示を明確にできる利点がありますよね。

イシグロ はい。自分でいうのは恥ずかしいですが、けっこうなゼネラリストになったんだなと(笑)。作画やCGといった技術的な部分での共通言語も持っていますし、劇伴の発注の仕方など、作家とのやり取りに関しても、僕自身が音楽をやっていたのもあって苦じゃないので。『サイコト』では、そういう現場の進行をスムーズに進める役割を担えたのかなという実感はあります。


――なるほど。

イシグロ なので、ここから一歩先に進むためにも、細田さんがそういった制作工程にどういう形で関与しているかを知りたいんですよね。今さんは各セクションの深いところまで関与していたと聞いているので。そういう制作過程に迫るドキュメント番組があったら見てみたい(笑)。キャリアを積んでいけばいくほど、ほかの演出家や監督の考えが知りたくなっていくものだなと思いました。






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