【生肉转载】Febri TALK系列——今川泰宏

取材・文/前田 久
来源:日本深度动画内容网站Febri
采访发布时间:2021年5月17日~21日
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①アニメの仕事をしようと思った
『くじらのホセフィーナ』
魂震わせる熱くて泣ける傑作アニメの数々を生み出してきた名匠・今川泰宏。そのアニメ遍歴を聞く全3回のインタビュー。本企画始まって以来の変化球で選ばれた3作品の1本目は、金田伊功もスタッフに参加している幻の児童向けアニメ。
少年が成長する話が好きなんですよね
――1作目に挙げていただいた『くじらのホセフィーナ』ですが、DVDでは見ることができない作品なんですよね。
今川 全24話のうち12話分しか残っていなくて、ソフトも出せないみたいですね。一度、その残っている話数をCSで放送したことがあって、私も持っているのはそれだけ。残念だなあ。
――監督にとっては、どんな意味のある作品なのでしょう?
今川 アニメーションの世界に入ろうと思ったきっかけの作品です。私にとっては思い出深い作品ですが、見ている人が多くないようでさびしい限りです。見たのは高校生のときだったんですけど、当時の私は『ヤッターマン』が好きだったんです。ませたガキで、小学校の5~6年の頃には『ガロ』で真崎 守や永島慎二を読んでいたんですね。『漫画家残酷物語』なんていまだにバイブルですけど、そんなガキだったから中学に入る頃には、テレビのアニメや特撮がマンネリというか、商業ベースのものに見えて気分じゃなくなっていた。ところが、たまたま『ヤッターマン』を見たら、これが非常に面白い。というのも、本編中で「マンネリだ」って言っちゃうんですよね。これはうまい手だなと。そこから久しぶりにアニメを見るのを再開して『くじらのホセフィーナ』に衝撃を受けたという流れです。
――何がそんなに衝撃的だったのでしょう?
今川 当時、娯楽の要素が強いアニメが多いなか、幼少期の少年……思春期より前の子供の気持ちを描いていたところですね。子供のときにだけ見えるくじらが、少年のベッド横のコップのなかにいるんですよ。それが夜になると飛び出し、大きくなり、空を飛んで少年をいろいろな世界に冒険に連れて行ってくれる。童話的なお話です。すごかったのが、少年がそういう大人にはわからない空想をしていることを、おばあさんひとりだけが理解してくれているんですね。少年には妹がいるんだけど、この子は大人とは逆にまだちっちゃすぎて、少年の言葉を信じられない。でも、その理解者であるおばあさんが、シリーズの途中で亡くなるんですよ。
――それはつらい。
今川 その亡くなったときの描写なんですが、少年がある日家に帰ったら、親たちが奥の部屋で子供を寄せつけないようにして、ひそひそやっているわけです。それは、おばあさんの死で突然のショックを与えないようにしつつも、抑えられない悲しみを抱えて泣くおかあさんをおとうさんがなだめているシーンなんですよね。そういうところが超リアルだなって思って感心しました。でも、「アニメの仕事がしたいな」と思ったのは、その前。おばあさんが絡む別のエピソードを見たときです。

――気になります。
今川 このエピソードは現存していないらしく、なにせ40年前に一度見たっきりなので記憶があいまいですが、主人公の少年が、あるとき「魚は生きている。生きているものを食べるのはかわいそうだ」みたいなことを言い出すんですよ。で、そうなると、豚も牛もかわいそうで食べられなくなって、やがては野菜もダメになる。そうすると当然、少年はどんどん衰弱していく。で、ほぼ1話まるまる使ってその流れを描いて、最後の最後に、衰弱しきった少年におばあさんがパンとミルクをひと口与えるんです。そうすると、さすがに自然に口に入れてしまう。すると、やっぱりおいしい。そこからおばあさんが「野菜も動物もみんな助けあって生きているのよ」と食物連鎖の考え方を優しく教えて、少年はまたモノを食べられるようになりました……と。ここまでの展開は、よくあるといえば、ある。でも、そのあとに入る最後のナレーションがいいんです。「全国のお母さんたち、子供は魚が嫌いで食べないんじゃないんです。子供は優しいから食べたがらないんですよ」って。うまいな、と。最後の最後に、子供に対してじゃなく、大人に対するメッセージにして、そのエピソードの骨格をひっくり返している。初めて見るタイプのやり方だったので、アニメでこういうことも描けるんだと驚きました。
――子供のときにしか見ることのできないファンタジーの要素を描きつつ、大人の目線がしっかり入った作品になっている点に感銘を受けたわけですか。
今川 うん。アニメのなかで子供を否定しない。子供なりに考えていることを肯定していく。今でこそ、「子供をむやみに叱るのはやめましょう」みたいなことが普通に言われますけど、そうじゃなかった時代にやっていたのがすごい。まあ、子供が魚を食べない言いわけにならなきゃいいなとは思いますが。
――(笑)。
今川 まあ、それはシャレとして。金田伊功さんが関わっている回もあって、その回は映像的にも面白かった記憶があるんですけど、やっぱり私のなかでは、脚本がよくできていた印象が強い作品ですね。最終回の話もいいんだよね。主人公はだんだんとホセフィーナよりも興味があるものが出てきて、ホセフィーナをないがしろにしちゃう。ホセフィーナはそれがひどく悲しくて、気を引くために実家に帰ったりするんだけど、だんだんと主人公が大人になっていくことを受け入れていく。主人公もホセフィーナとの別れを意識し始めて、さびしく思うんだけど、成長することとホセフィーナとの別れがイコールであることを受け入れ、りっぱな大人になることを決意する。そして最後、ふたりはきちんとさよならを言って別れる。悲惨な別れでも、大きな事件があるわけでもなく、すごく自然でよかった。さびしいお話ではあるんだけれども、そういう風には見えない。むしろ男の子が成長してよかったね、と感じられる。そういう視聴体験をしたから、私は少年が成長する話が好きなんですよね。『ミスター味っ子』とか、まさにそうじゃないですか。
――わ、つながりますね。
②「落差」と「リアル」を学んだ
『アルプス物語 わたしのアンネット』
エキセントリックで燃えて泣ける作品でその名を知られる監督・今川泰宏。そのアニメ遍歴を聞く全3回のインタビューの第2回は「世界名作劇場」のなかから、屈指のドラマティックな「天国と地獄」が描かれる一本をセレクト。
「リアル」とは何かを考えていくと、『わたしのアンネット』にしかならない
――2本目は『アルプス物語 わたしのアンネット(以下、わたしのアンネット)』です。1983年の作品ですから、放送時にはもうアニメ業界でお仕事をしていますよね。
今川 はい。初めてのローテーションメンバーになって、『聖戦士ダンバイン』の演出・コンテをやっている頃に見ました。
――「世界名作劇場」路線だと『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』などの高畑 勲さん、宮崎 駿さんの関わったタイトルを挙げる方が多い印象があるので少々意外でした。どんなところが刺さったのでしょう?
今川 この作品も『くじらのホセフィーナ』と同じで、脚本に影響を受けたタイトルなんです。といっても、初めの13本は、普通にアルプスで暮らす少女の物語なんですけど。
――日常を丁寧に描く、「世界名作劇場」の比較的オーソドックスな展開。
今川 そうそう。ところがね、主人公のアンネットが、おとなりさんのルシエンのほっぺにチュッとやったりして「ほほえましいね」なんて思わせた第13話の直後、第14話に地獄が待っていたんですよ。ルシエンとアンネットの小さな弟のダニー(ダニエル)が崖の上でもみ合いになって、そこから事故でダニーが落っこちちゃう。で、ルシエンはダニーが死んだと思って、サーッと顔面蒼白になって、あまりの恐怖に崖の下をしっかりと見ることもできずに、ただただおびえて家に走って帰っちゃう。そこから助けを呼ぶでもなく、馬小屋の干し草に隠れて震えているだけ。いやぁ、この行動はリアルだわ、と。そこからなんだかんだでダニーは救出されるんだけど、骨折して片足がダメになっちゃうんですよ。アンネットは当然、ルシエンをめちゃくちゃ罵るの。「チュッ」との落差がすごい!
――震えますね。
今川 そりゃあ、お姉さんから見たら、弟が突き落とされたように感じられるからね。気持ちはわかります。実際は事故だから、ルシエンは悪くないんだけど。で、ルシエンは追い詰められる。狭い村だから、学校にもその話は当然広まって、子供の間で村八分みたいな目に遭ったりして。それでいたたまれないし、居場所もなくなるしで、森のなかにひとり入っていくんですよ。そこで彫刻をやっているおじいさんと出会って、彫刻を勉強することで自我を保つ。

――容赦がない展開です。
今川 そのあと学校で、生徒たちが自分で作った作品を出して、賞を競い合う展覧会が開かれるんだけど、アンネットはセーターを編むんです。アンネットは編み物が得意で、セーターもみんなが絶対優勝だと思うような出来なのよ。ところが、ルシエンが彫った馬の彫刻は、それよりもさらにすごいわけ。で、アンネットはショックで、ほかに誰もいないところで、その彫刻を見てムカムカッて来て、思わずドーンと地面に落として壊してしまう。そこから、今度はアンネットが後悔して地獄になるわけですよ(笑)。
――聞いているだけで胃が痛くなりますね。
今川 ルシエンはそこから悟りを開くような方向にどんどん進んでいって、アンネットは大罪人として苦しみ続けて……。そこからもまだまだいろいろ、子供向けのアニメでよくやるな!という内容が描かれるんです。
――子供向けだけど、子供騙しではない、本気の内容なわけですね。
今川 それでいうと『わたしのアンネット』のテーマは「贖罪」……懺悔と赦しの話だと読んだことがあるんです。まさにその通りの展開です。どれもすごかったなあ。なかでも第13話と第14話の間の、まるで天国と地獄のような状況の落差と、描写のリアルさはすさまじくて、その後の私の作品にも影響が大きいですね。私にとってのアニメの「リアル」とは何かを考えていくと、もう、『わたしのアンネット』にしかならないんです。それは、自分がアニメの演出という仕事を始めた頃に出会った作品だったことも影響しているのかもしれない。心のやわらかい時期だったから、衝撃を素直に受け入れやすかった。
――『くじらのホセフィーナ』のお話では、少年主人公の成長に対して関心を抱いたことが、のちに『ミスター味っ子』という作品につながったわけですが、その点でいうと『わたしのアンネット』はどうなんでしょう? そこから受け取った「落差」「リアル」の感覚が表れていると感じる作品はありますか?
今川 自作は全部影響を受けているといえるんですけど、ひとつ挙げるなら『七人のナナ』ですかね。
――2002年にテレビ東京系列で放送された、今川監督が監督・原作・シリーズ構成・脚本を手がけたオリジナル作品ですね。現代ものですし、パッと見は共通項が見つからないような感がありますので、少々意外です。
今川 『わたしのアンネット』とあらためて見比べてもらうと、いろいろわかるものがあるんじゃないかと思いますよ。
③とことん時間を浪費した
『テレタビーズ』
怒涛の感動で見る者の心を掻き乱す監督・今川泰宏。そのアニメ遍歴を聞く全3回のインタビューの最終回は、これまで以上に変則的なセレクト。大人にも大ブームを巻き起こした、世界初、乳児の教育番組は、今川監督にどのような影響を及ぼしたのか……!?
「浪費」に対してこんなに苦労した作品はほかにない
――最後の一本はアニメではありません。カルト的な人気を誇るイギリスの教育番組『テレタビーズ』を挙げていただきました。
今川 ホントすみません(笑)。私はアニメの仕事をやっているけど、アニメや特撮から離れてしまっているんですよ。私の世代って、アニメや特撮のマニアの方がたくさんいるんですけどね。私自身は、そんなに昔のアニメに対するこだわりも執着もないんです。嫌いでもないし、むしろ大好きだけど、執着はない。あくまで映画だとか、ドラマだとか、マンガも含めて、いろいろな好きなもの、面白いもののひとつとしてアニメがある感覚なんです。で、『テレタビーズ』はね、今回の取材にあたって送られてきた企画書にあった「作品を選ぶ基準」が、「人生を変えた」とかいろいろあるなかで「浪費した」っていうのがあったから、それで入れさせてもらいました。お金の散財じゃない、時間を浪費した。
――何があったんですか?
今川 作品と出会ったきっかけは忘れてしまったんですけど、とにかくベタぼれしたんです。ティンキーウィンキーっていう、いつもバッグを持っているキャラがいるんだけど、こいつがあるエピソードでバッグをなくして、ナレーションが「あれ? バッグはどこかな?」って言うと、キョロキョロと上見て、下見て、次に足の裏を見るわけ。それ、どう考えてもおかしいだろ!って(笑)。これでもう、いきなりハマった。世界初の乳児向け、0歳から1歳を対象にした教育番組なんですけど、非常にうまくやっているんですよ。乳児や幼児は母親に対して、何かできたら「できたよ!」って言いたくなる。そうやって同じことを繰り返して、物事をおぼえるんです。だから番組のなかで何かやったら、もう一度同じことをすぐにやる。その感じが面白くてね。本国の若者たちは、パブで呑んで帰ったら朝方、ヘンな番組が………と見ていたら「あれ? 今見たばかりのものをまた繰り返している?」とちょっとした錯覚気分を「ドラッグ番組だ」とかいってハマっていたらしいんだけど、その部分に私もやられたのかも。

――なるほど。
今川 ちなみに最初はすごく問題になったらしいんですよ。1歳から3歳までの間って言葉をおぼえる時期でしょ? だけど『テレタビーズ』は「テレタビー語」っていう独自の言葉を使っているから、子供がそれを真似して、ちゃんとした言葉をおぼえなくなっちゃった。何かするたびに「タビタビ」とかって言うから、これは教育上よくないと物議をかもしたらしいんです。だから一時期は、国内のワースト番組になっていたと聞きました。でも、さすがイギリス、『モンティ・パイソン』のBBC。「そんなもん知るか」で、放送局は突っぱねたらしい。ただ、そうはいっても子供向けの一線は守っていて、絶対に番組制作の裏側は見せなかった。撮影現場を見学できるのも、選ばれた人だけ。
――放送10周年を記念して、そのあたりは少し緩んできたようですね。
今川 そうなんですね。とにかくイギリスでの放送開始直後は、日本に伝わってくる情報がなくてね。しばらくはスチールだけで、動くのを見る機会がろくになかったんじゃないかな。で、初めて動くのを見ることができたのが、今は亡き渋谷のHMV。地下のサントラショップで流れているビデオをニッコーって笑いながら、さらに恥ずかしくって棚のかげからこそこそと見ていたから、万引きじゃないかと怪しまれていたと思う(笑)。ほかにも、定期的に出る本国の『テレタビーズ』雑誌がどれくらいのサイクルで入荷されるのかまったく謎だったから、新宿の高島屋の横にある、紀伊國屋書店南口店の洋書売り場にやたらと通ったりね。そうやって、とにかくもう、どこに何が売っているのかわからなくて、グッズをゲットするために時間と体力をひたすら費やしました。アメリカでコンベンションに参加したときに、グッズをあさったこともありましたからね。
――旅先でまで。
今川 そうしたら、それを知ったアメリカのファンの人たちが、みんなで『テレタビーズ』のグッズを送ってきてくれてね。ウチの部屋に『テレタビーズ』のメイン4人のアイテムが、4×いくつあるんだろう?って感じになっちゃった(笑)。ぬいぐるみは、ものすごい数と大きさのバリエーションですよ。ちょっとね、「浪費」に対してこんなに苦労した作品はほかにないです。
――監督のプロフィール画像も……。
今川 そう。これはね、ブラックテレタビーズ。貪欲なテレタビーズという設定なんです。本編に出てくるのは、みんな純真な子供なの。それに対して、貪欲なやつ(笑)。けがれたテレタビーズってことで、ブラックなんです。
――では、最後に前2回の『くじらのホセフィーナ』『わたしのアンネット』のどちらでもお聞きしたので、あえてこれも聞いてみますが……自作に受けた影響は?
今川 ないですね(即答)。思い当たる節は、まったくないです!
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