【生肉转载】Febri TALK系列——京极尚彦

取材・文/渡辺由美子


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2021年10月25日~29日

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①アニメで「映画」をやる面白さ

『機動警察パトレイバー the Movie』

『ラブライブ!』をはじめとするアイドルものやCGダンスシーンに定評がある演出家・京極尚彦。だが、そのルーツは「実写映画にかぶれた映画青年」だった。第1回は、そんな彼を「アニメ」に振り向かせた『機動警察パトレイバー the Movie』についてのインタビュー。


「今さらアニメ……?」からの衝撃

――まずは『機動警察パトレイバー the Movie(以下、パト1)』に出会ったきっかけから聞かせてください。

京極 じつは、僕はアニメをそんなに見ないで育ったんです。子供の頃はマンガみたいなものを描いたりしていたけど、アニメはジブリや『新世紀エヴァンゲリオン』みたいな、皆が見ているようなものだけで。それが高校のとき、スイッチが入ったように「実写映画」が好きになったんです。進路を決めるときも実写映画の監督になりたいと思って、芸大を選びました。


――アニメファンが出発点ではなく、実写映画からだったのですね!

京極 当時は、岩井俊二さんの『Love Letter』や『スワロウテイル』、庵野秀明さんの『新世紀エヴァンゲリオン』や『式日』とか、少し引いたクールな演出が流行した時代で、それに憧れていたんですね。大学はCGや映画を学ぶ学科に入って、CGを生かせるMVの監督を目指していました。行定勲さんや岩井俊二さんなど、MVも手がける方が映画監督として脚光を浴びていたので。いわゆる「映画青年」でしたね。その頃は、アニメを仕事にしたいという気持ちは全然なかったのですが、19歳のときに友達から『パト1』と『パト2』(『機動警察パトレイバー2 the Movie』)をすすめられて「今さらアニメ……?」と思いながら見たら……衝撃を受けましたね。


――どのあたりに衝撃を受けましたか?

京極 アニメでこんなクールかつ痛快な映画を作っている人がいるんだなと。その頃は言語化できなかったですが、演出家になってから気づいたのは「映画だ」と感じたのは「時間を操っている」ところなのかなと思います。たとえば、TVアニメであれば、チャンネルを変えられないように、20分の尺の中でお客さんを飽きさせない、どんどん展開して引きつけていくような面白さが求められます。でも、「映画」は監督が観客に見せたいもの、感じてもらいたいものに尺を使う。わざと間延びさせたり、お客さんがストレスを感じるくらいイライラする出来事も起こす。そして起こしたあとで、そこから解放されるようなカタルシスを与えたりします。『パト1』でいえば、刑事の松井さんたちが、黒幕と目星をつけた帆場の住んでいたアパートを回るところ。どこも東京の再開発で壊される寸前の廃墟で、松井さんたちが廃墟をさまようシーンが延々と続く。最初に見たときは「主人公以外に、こんなに尺を使うんだ」と驚きました。『攻殻機動隊』でもそうですが、押井さんの作品では、セリフがなかったり、何も起こらない観念的なシーンがありますよね。そういうときに「映画」が持つふくらみを感じます。


――「何も起こらないシーン」は、何を描いていると思いましたか?

京極 テーマを感じさせるような背景です。『パト1』なら、「バビロンプロジェクト」によって東京が再開発されて繁栄していくけれども、その陰で消えていくものがある。これでいいんだろうか、みたいな。ただ時間が長いだけではなくて、その尺を使って「大きいこと」を描こうとするものが「映画」なのかなと思いました。10代の当時はわからないなりに「テレビのアニメとどう違うんだろう?」と考えて、そこからアニメに興味を持つようになりました。

――『パト1』は公開が1989年とバブル真っ最中の時期でした。京極さんは、この作品で「アニメで映画をやっている」と感じたと。

京極 そうですね。僕が作る作品でも、映画のオープニング構成は、冒頭シーンのあとにタイトルが出て、それから本編とクレジットが交互に出るようにしています。そのあたりは押井さんの影響をもろに受けています。あとは『パト1』『パト2』とも、実写の手法をふんだんに取り入れていますよね。技術でいうと、カメラのレンズの概念をアニメに持ち込んでいるのがまずすごいなと思います。望遠や広角、魚眼のレンズみたいな手法は、アニメを作る人は真似したことがあると思うんです。そういう「実写的な意識」がすごいなと。


――実写的な意識?

京極 たとえば、宮崎駿さんは、とにかく絵がうまい人なので、脳内で思い描いたことをそのまま絵として出力して映画を成立させるという、まさにアニメーション映画の王道の作り方ですよね。でも、押井さんは実写カメラ的な技術で現実のような空気感や、キャラクターの存在感を描いたりする。押井さんのアニメ的な演出ノウハウと、実写の技術が融合したところに面白さを感じたんですね。


――映画青年時代に「クールな演出」に憧れて、それが押井監督のアニメにも見られたということでしたが、具体的にはどのようなものだと思いますか?

京極 観客に対するスタンスの違いですね。僕の中ではTVアニメや、のちにフリーランスとして長く参加することになるサンライズ作品の演出って「チャンネルを変えさせないぞ」という、お客さんの顔の真ん前にいるような、前のめりな演出が多い印象があります。お笑い芸人のタイプでも、ぐいぐい笑かそうという人もいれば、引いた姿勢で笑わせる人もいる。クールな演出というのは、ややもすれば、シュールと言われたりもするようなスタンスで、わかりやすさだけでなく新しさを感じさせることが特徴のひとつなんじゃないかなと思っています。そして、その時代には少し浮くくらいの表現が、いつかスタンダードになる。


――なるほど。

京極 一歩間違えたらつまらないと言われてしまうリスクもあるなかで、そういった演出を成り立たせていることについて、学生時代は「クールだな、カッコいいな」と憧れていました。今はどちらのスタンスにもそれぞれ良いところがあると思いますが。アニメに興味を持つようになったのは押井守さんがきっかけでしたが、当時、アニメはまだ遠い存在で、仕事になるとは思っていなかったんです。


②作品世界のリアリティを出す手法

『機動警察パトレイバー2 the Movie』

インタビュー連載の2本目はアニメ『機動警察パトレイバー2 the Movie』。しかし「最初は面白さが全然わからなかった」という。やがて「時間の操作」と「嘘にリアリティを持たせる手法」に作品の本質を見出した「映画青年」は、就職氷河期の真っただなかに映像業界の門を叩く。


大きな嘘を成り立たせるために他の部分でリアリティを積み上げる

――前回、『機動警察パトレイバー2 the Movie(以下、パト2)』が、1作目の『機動警察パトレイバー the Movie(以下、パト1)』と合わせて、アニメ演出家になった原点だとうかがいました。

京極 1作目と同じ19歳で見たのに『パト2』は……最初は面白さが全然わからなかったですね(笑)。物語の終盤はイングラムがボロボロになってしまったりで「主人公もメカも活躍しないのかよ!」と腑に落ちなかったのをおぼえています。でも、数年後に見直したら発見がたくさんあって。この作品の本質は、そこじゃなかったんだなと。


――その本質はどんなものだと感じましたか?

京極 『パト2』では『パト1』で感じた「時間の操作」がさらに極まっていて、まるで時間が止まったみたいに、ものすごく止めるんですよ。押井さんがいうところの「ダレ場」ですね。映画の中にあえて間延びしているようなシーンを作って、映画を「停滞」させる。それは前回の『パト1』のときに話したように、お客さんがかったるく思ったあとに加速させて、開放感や気持ちよさを体感させる手法だったり、お客さんがシーンの意味を咀嚼したり、テーマを感じる時間を与えたり、ということなんですが、『パト2』ではさらに停滞させています。普通はアニメって「動いてなんぼ」だと言われるのに。玄人好みの作品だと思います。


――『パト1』では松井刑事が廃墟を巡るシーンを挙げていましたが、『パト2』ではどこに停滞を感じましたか?

京極 南雲さんが柘植と再会するときなど、雪が降っているシーンですね。自分の演出した作品でも『ラブライブ!』の「Snow halation」のMVで雪を降らせたり、影響を受けています。雪が降ることで情緒的にもなるし、映像の奥行も感じさせられる。『パト2』で降る雪は、降り方もかっこよくて、かなりゆっくりと、しかも、まっすぐに降りてくる。実際の雪は、風が吹いたりしてあんなに直線に降りてこないし、ビチャっと溶けて雨のようになったりもします。だけど作中では、まるで蛍のような、精霊が降りてくるような印象すらありますよね。まだCGが発達していないから、いくつもの雪のセルを1コマずつずらして撮影するなど相当大変だったと思いますが、実写では撮れないものだと思います。あれだけカメラを感じさせる実写のような画面構成をしているのに、そこは「嘘」をつくんだ、という。

――「嘘」をつけるのは、アニメらしいと感じたのですね。

京極 実写では撮れない映像を出せる。アニメはそういうのが得意なんだと思います。『パトレイバー』でいえば、まずレイバーという設定が、大きな「嘘」じゃないですか。決して現実にはいないものだけど、あの映画を見たら、すごくかっこいいものに見えるし、それを通して僕たちが生きている日本の未来に関わるテーマを描いている。「レイバーというロボットが全国で稼働している世界」という大きな「嘘」を成り立たせているのは、その他の部分でリアリティをものすごく積み上げるからなんですよね。……というのは、押井さんから勉強させてもらったことです。


――リアリティはどんなところで感じましたか?

京極 テクニカルな面でいうと、画の説得力です。画面の作り方は完全に実写なのですが、そのなかに相当な予算がないと撮れないようなリッチな場面が連続している。たとえば、ヘリコプターが飛んで高架下を通り抜けるところなんて、もし、実写でやれば失敗したら死ぬような大スタントになってしまう。じつはアニメでしか成立しないシーンに、実写カメラ的なアングルを用いた臨場感やリアリティを持たせることができるのは、画力と画面の構成力があるからですよね。僕には一生描けないようなすごい画が毎カット描かれているし、レイアウトもキマっている。見た当時、「アニメは実写では撮れないことをし始めているんだな」と思いました。


――レイバーは実際にはいないけれど、映像としての説得力があるからリアリティが生まれる。だから私たち観客は、まるで本当に「パトレイバーの世界がある」と思って見ることができるのですね。

京極 そうだと思います。僕が演出するときも、たとえアニメの設定自体が「嘘」でできていても、その世界の中のリアリティを積み上げることで、見る人が自分とのつながりを感じられたら、そこが入口になってくれるような気がしているんです。『ラブライブ!』の「歌って踊ってスクールアイドルで学校を救うんだ」って文章だけを冷静に読んだらありえないじゃないですか。でも、主人公たちがやっている、体力をつけるために早起きして、みんなで神社の階段を駆け上がったり、汗を流したり、悔しい思いをしたりというのは、部活とかで誰もがしたことがある経験で、それを入れることで、スクールアイドルがいる世界のリアリティにつなげているんです。逆に、練習風景のような地に足をつけたシーンを端折ってしまうと、ただのかわいいアニメになってしまう。そこは意識しているところです。


――『パトレイバー』に衝撃を受けたあたりで、進路をアニメ業界の向けたのですか?

京極 アニメを絶対やりたい、というわけではなくて、実写も視野に入れて、いろいろな制作プロダクションや広告代理店の採用試験を受けていました。このあたりのいきさつは、サンライズのHPにも載っています。だからもし、就職活動で実写の会社に受かっていたら、アニメの道には進んでいなかったと思います。なりゆきでこっちに来ちゃった、みたいな感じですね。


③キャラを大事にする演出の原点

『プリティーリズム・オーロラドリーム』

京極尚彦がインタビュー連載の3作目に挙げたのは、女児向けアニメ『プリティーリズム・オーロラドリーム』。『ラブライブ!』の監督として飛躍をするきっかけは、師と仰ぐ菱田正和監督の下で学んだ日々にあった。


菱田さんに「女の子を描くことへの執着がすごい」と言ってもらえた

――3作目は『プリティーリズム・オーロラドリーム(以下、オーロラドリーム)』ですが、これまでに挙げた『パトレイバー』とはジャンルも作風も違いますね。

京極 サンライズに入って、初めてのCG演出的な仕事が『陰陽大戦記』でした。主人公たちが式神を呼び出して戦うアニメで、神操機(ドライブ)から文字が飛び出したりするんですが、最初は『パトレイバー』との落差にクラクラしていました(笑)。でも、この作品と『ケロロ軍曹』の演出をやったおかげで、子供に楽しんでもらえる気持ちよさを知ったんです。


――『オーロラドリーム』の監督・菱田正和さんとはここで接点ができるんですね。

京極 菱田さんは僕の師匠で、僕のCGを褒めてくれたり、『結界師』で初めて演出を担当するきっかけをくれた方です。『オーロラドリーム』には、TVアニメになる前の『ラブライブ!』のMVを作っていたときに声をかけてもらって参加しました。プリズムショーの演出やCG全般をまかせてもらえて、各話演出のメンバーにも入れてもらえたのですが、準備時間が全然なくて、毎日、普段の倍くらいの量を仕上げていかないと間に合わない状況でした。


――京極さんのダンス演出について、菱田監督が『プリティーリズム・レインボーライブ』のオーディオコメンタリーで「すぐに女の子の脚ばかり映す」という発言をしていますが、それはなぜでしょうか?

京極 なぜでしょうね……(笑)。言い訳をすると、ダンスで正面だけを撮っていると、シルエットの変化が少ないじゃないですか。カメラを引いてしまうと、人物の左右の画面がスカスカになってしまうし。人間の身体の中で、脚っていちばん動いて見える部分なんですよ。それに編集的にも、顔を入れたカットが続いたあとは何かしらのアクションを入れないといけない。そこで顔や全身のカットのあとに、脚のアップや腰回りのカットを入れると、動きが出てつなぎやすくなるんです。そうしたら菱田さんに「いつも脚ばっかり映す」とツッコまれるようになってしまって(笑)。


――『オーロラドリーム』の第40話からは副監督も担当しています。監督業は作画やアフレコなどすべてのセクションに関わると思うのですが、どんな工程が印象に残っていますか?

京極 副監督というよりはサポート業に近かったのかなとは思いますが、監督の仕事をそばで見るのは勉強になりました。とくに学びが大きかったのは「音響」と「編集」です。それまでは、きれいな画を作っていくことに気づかぬうちに意識が向いていたのですが、「作品作り」という点では、音響や編集が大事なんだと痛感しました。音響監督の長崎行男さんは「ここで切っちゃうんだ……!」と思うタイミングで劇伴を切ったり、逆に伸ばしたりするんです。おもいきりのよさがすごくて、メリハリをつけることで「感情の起伏」を作っているんだと感じました。たとえば、曲のラスト1音だけボリュームを上げて、見ている人の心にガツンと響くようにするとか。


――なるほど。編集はいかがでしたか?

京極 ……じつは、編集を始めた頃に「お前、編集下手だな」と菱田さんにボソッと言われて、傷ついて帰ったことがあります。でも、ここで数をこなして学べたのはよかったです。何コマ切って何コマ伸ばせばいいか、慣れるとわかるようになるので、10分の1秒のような陸上選手ばりに短い時間で切ったりします。ダンスシーンはとくにそうで、僕は1コマだけずらす、といったことをよくやるのですが、1コマ=24分の1秒なので、普通に見ている分には気づかないものですが、躍動感が大きく変わることに気づきました。

――現場で得た、もっとも大きな学びはどんなことでしたか?

京極 尖ったこと、おもいきったことをやる方とずっと一緒だったので、自分もおもいきること対してためらいがなくなりました。たとえば、『ラブライブ!』の第1話のラスト、歌って踊るシーンは、最初、反対されたんです。「ギャグになっちゃうんじゃないか」って。でも、自分の中では、雲の上を散歩したり、流星群が落ちてきたりするシーンと比べれば「これくらいは普通でしょう」と思えました(笑)。


――『オーロラドリーム』を経て、ご自身の演出の持ち味など、気づいたことはありますか?

京極 菱田さんには「女の子を描くことへの執着がすごい」と言ってもらえることがたびたびありました。女の子に限らず「登場するキャラクターをどうやってお客さんに好きになってもらうか」は、当時から気にしていました。『オーロラドリーム』の第1話も僕が演出を担当したんですが「第1話を見るだけでそのキャラクターのことがはっきりわかって、応援したくなる」ことの大切さを経験できましたし、それが自分の持ち味にもなったんじゃないかと思います。


――「キャラクターが立つ」ポイントは、どんなところにあると思いますか?

京極 本人の動機、そして表情や仕草に、お客さんが共感できる現実味を入れることです。最新作の『ラブライブ!スーパースター!!』では、主人公のかのんを挫折を経験した子にしました。『ラブライブ!』はお客さんに元気を与えるアニメなので、基本的に元気で明るい子が主人公なのですが、最近の女性や若い子を見ていると「いけるよ! 大丈夫だよ!」というだけじゃなく、痛みに寄り添ってくれる主人公のほうが説得力があるんじゃないかと思ったんです。


――前回の『パトレイバー2』であった「作品に大きな嘘があっても、他の部分のリアリティを積み上げることで、全体としてリアリティをもたせる」というお話は、キャラクター造形にもあらわれているんですね。

京極 そうですね。キャラクターを大事にする演出の原点は『オーロラドリーム』にあるのかなと感じますし、この先も自分の柱として変わらないだろうなと思います。クールで難解な映画が好きな時期を経て、アニメの仕事をやって、お客さんに楽しんでもらえる面白さを知りました。ゆくゆくは、その「面白い」の中に「暗いテーマの作品を手がけること」が入る日がくるかもしれませんが、今は明るい作品に意識が向いています。僕は、人と人がハッピーになる作品を作って、僕自身もハッピーになりたいと思っているんです。






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