【生肉转载】Febri TALK系列——谷口悟朗

取材・文/宮 昌太朗 撮影/飯本貴子


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2021年3月29日~4月2日

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①モノづくりに対する心構えを学んだ

『アルプスの少女ハイジ』

『コードギアス 反逆のルルーシュ』や『revisions リヴィジョンズ』など、数多くの話題作を送り出してきたベテラン監督・谷口悟朗。連載インタビューの第1回は、高畑勲監督の名作アニメから受けた衝撃について。


私のなかで高畑勲という人は、ひとつの目標です

――今日は谷口監督のアニメ体験について伺いたいのですが、世代的には『宇宙戦艦ヤマト』があり、『機動戦士ガンダム』が直撃している世代ですよね。

谷口 そうですね。小学生の頃には『銀河鉄道999』も見ていますし、『ガンダム』もいわゆる「ファーストガンダム」から見ています。とはいえ、それは世代の洗礼であってアニメファンとは言えないんですよね。そもそも『ヤマト』も『伝説巨神イデオン』もちゃんと見ていなくて、特段の影響を受けていないし、『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を見ても「ふーん……」っていう(笑)。当時のアニメファンとしては失格ですよ、こんなの。やっぱりアニメファンとかアニメオタクというには、脚本家の倉田英之クラスじゃないと認められない。私はただの映像ファンですね。


――あはは。あらかじめ3本、影響を受けた作品を挙げていただいているんですが、まずは『アルプスの少女ハイジ(以下、ハイジ)』ですね。これは子供の頃に見たのでしょうか?

谷口 子供の頃にも見ていたんですけど、見て驚いたのは高校生のときですね。私は愛知県の出身なんですけど、地元のテレビ局が夕方に再放送をやっていたんです。5時か5時半だったかな。「あっ、ガキの頃に見ていた『ハイジ』をやっている」と思って見てみたら――その完成度というんですかね、やろうとしていることのすさまじさに、ものすごくショックを受けたんです。


――子供の頃には気づかなかった凄味に気づいたという。

谷口 授業が終わったあとは部活があったり、あとは当時、生徒会にも出入りしていたんですけど、とにかく再放送をやっている間は、できるだけ早く帰って『ハイジ』を見よう、と。たしか途中で家にビデオが来て、録画して見られるようになったのかな。あのショックはすごかったですね。


――『ハイジ』のどこに、それほどの衝撃を受けたのでしょうか?

谷口 アプローチというんでしょうか。写実的なものをベースにして、そこから映像や芝居として生まれる意味や世界を表現しようとしている。別の言い方をすると「ルール」と言えばいいでしょうか。そういう「作品内ルール」というのは、無視して作ったほうが作業はやりやすくなるはずだし、簡単に芝居や絵を作れるはずなんです。でも、『ハイジ』はそれをしない。わかりやすく言うと、たとえば、このインタビューを撮影しようとしたときに、カメラが壁の向こう側に行くことがないんです。万が一、壁を越えるときには明確な意図がある。

――カメラという存在があることが前提になって、絵作りがされているわけですね。

谷口 そうです。カメラを想定して撮影して、その場所における常識はこういう形で動くんですよ、と。そんなことをやっていたなんて、子供の頃はまったくわからなかった。で、高校生になって見直したときに「大変なことをやっているな」って驚いたわけです。「いったい、どうやっているんだ、これ?」というところが、たくさんある。絵描きの感性だけではない論理の世界。「作りごとのなかに真実を創る」というのはどういうことなのか、それを学ばせてもらった感じがあるんです。


――作品を作るときの心構えを教えてもらったところがある。

谷口 そのときから、高畑勲さんという人は、私のなかですごく巨大な存在になりましたから。アニメーション神戸という神戸市がやっている振興事業があって、『コードギアス 反逆のルルーシュ』が第12回(2007年)の作品賞に選ばれたんです。賞をいただくのは本当にありがたいことではあるんですけど、私は生来、ずぼらな人間なので(笑)、賞をいただいても授賞式には行ったり行かなかったりで。でも、そのときのアニメーション神戸だけは「絶対に行きます」とお返事しました。というのも、その年、高畑勲さんが特別賞を受賞されたんですよ。つまり、会場に行けば高畑さんにお会いできる。


――あはは。なるほど。

谷口 授賞式は最前列の真ん中に高畑さんが座っていらして、隣が『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の神山(健治)さんで、その次が私。その状態で女性声優陣が歌う「もってけ!セーラーふく」を見る、みたいなネタっぽいこともありましたけど(笑)。


――それはまたシュールな風景ですね(笑)。

谷口 この日のことは、すごくおぼえているんですよね。授賞式後のレセプションで、最大限の勇気を振り絞って、高畑さんのところに挨拶に行きました。あれは何かのご褒美だったんだろうな、と今でも思っています。


――谷口さんにとって、高畑監督は特別な存在なんですね。

谷口 私のなかで高畑勲という人は、ひとつの目標です。高畑さんと私ではアプローチのやり方は違うと思うんですけど、ひとつの山の頂点であることは間違いない。業界に入って、何人かの方が高畑さんと似たようなアプローチでその山を目指していることを知りました。でも、私はもう少し商業的なアニメーションのなかで生きている人間なので、まったく同じ方法論ではできない。言い換えると、高畑さんが開拓した山を登るルートがあって、それを部分的に使う人たちがいるなかで、私はそれとは反対側だったり、あるいは別の峰を越えた向こう側からアタックできないかな?みたいな。そんなイメージなんですよね。


②『話の話』

映像でないと伝わらないものがある

影響を受けたアニメ作品について語る連続インタビューの第2回で、谷口監督がタイトルを挙げたのは、ユーリ・ノルシュテインの『話の話』。「映像を学ぶ人にとって基礎教養のひとつだった」と語るこの名作から、谷口監督が学んだこととは?


ロジックに収まりきらない「何か」がある

――2本目に挙げていただいたのは、ユーリ・ノルシュテイン監督の『話の話』。間違いなく、アニメーション表現の最高峰のひとつと言える作品ですね。

谷口 『話の話』は当時、映像を学ぼうとしている人にとっては基礎教養のひとつだったんです。高畑(勲)さんをはじめ、何人も推薦するコメントを出していたんじゃないかな。それを知ってちょっと見てみよう、と思ったんですよね。それこそ当時はいろいろな映像サークルが自主上映会を主催していて、いろいろと見る機会があって。アニメ系でいえば、岡本忠成さんや川本喜八郎さんの作品もそういう場で知りました。『話の話』は、それらのなかでも強いかたまりとして勉強になった作品です。今まで見てきたものとはまったく違う――アニメーションの作り方も違うし、全体のトーンも違う。そこから伝わる何か――そのインパクトがまずすごかったんです。しかも見ているうちに「そうか」と思った。つまり、国や言葉とかを超えて、伝わる何かがある。映像にするということはロジックじゃないんだ、と言えばいいんですかね。たとえば、インタビューで「この映画のテーマは何ですか?」と聞かれることがあるわけです。で、営業的に仕方なく答えなきゃいけないこともあるんですが……。


――すみません(笑)。

谷口 そういうときはたいがい「愛です」って答えるようにしていて(笑)。『宇宙戦艦ヤマト』から続く伝統ですね。「愛」って言っておけば、たいがいなんとかなるってところがあるんですけど――それとは別に「今回のテーマはこれで、こういうことを言いたいんです」と文章で書けてしまえるようなものは、それでみんなに伝わってしまうようなものは、つまるところ映像作品にはなりえない。映像というスタイルを採らないと、言えないことや伝えられない何かがあるということが肌感覚でわかった、というんでしょうか。モノを作るときには、たしかにロジックが必要になるんですよ。私自身、できる限りロジカルに作ろうと思っていますし、脚本家に要求することはロジックです。ただ、それだけでは説明しきれない何かがある。


――論理だけでは終わらない、プラスアルファの部分が重要になる。

谷口 イントュイティブ(直観)とかエモーショナルというか――会議ではポエムとか夢と言うときが多いのですが、そこがモノを作っていくうえで、いちばん大事なことなんだろうと思うんです。しかもそういう気持ちは、言葉や国籍、あるいは人種みたいなものを超えて伝わっていく。もしくは、それを受け止めてくれる人が地球上のどこかに存在する可能性がある。ちょっと余談になるんですけど、舛成孝二さんが監督した『かみちゅ!』というTVシリーズがありますが、この作品のスタートを脚本の倉田(英之)さんに聞いたことがあるんですね。それが何だったかというと「冬の寒い日にコタツに入って、ぬくぬくしながら、みかんを食べるのっていいよね」と。「そういうアニメを作ろう」と思ってできたのが『かみちゅ!』だったそうなんです。そこで言おうとしていることはわかるんですよ。そんなものを論文として提出したら、もちろん失格でしょうけど、でも、映像としてはわかる。

――言葉に回収できない「感じ」を切り取るのが、映像なんだと。

谷口 そうですね。映像じゃないと伝えられないことがあるんだ、と。それはやっぱり、コンテを切っていると出てきますね。


――コンテなんですね。

谷口 ひとつはそうですね。その前の脚本段階でも、脚本家さんが書いたセリフやキャラクターの所作が、どうしても生理的に受けつけないことがあります。「あなたのなかのルールではそうかもしれないけど、私のなかだとこうなんだけど」みたいな違和感ですね。それはやっぱり、コンテを切っているときにも出てきちゃうんですよ。「この脚本でいいだろう」と思って、いざコンテを切り始めると「あれ?」ということがある。それはそれで楽しいんですよね。


――なるほど。

谷口 それに関しては、演出の師匠のひとりである今川泰宏さんから教えられたことがあって。今川さんの監督作品に『機動武闘伝Gガンダム』という作品があるんですが、その最終回に「石破ラブラブ天驚拳」という必殺技が出てくるんです。当時、私もスタッフとして参加していたんですが、当然、「こんなふざけた技を出すな!」とか、スタッフの間でも意見が真っ二つに分かれたんですね。で、今川さんに聞くと「これを否定されるなら、自分は監督を降りるしかない」と。『Gガンダム』という作品を預かって、1年間自分なりにやってきて、最後に自分のなかから出てきた答えがこれなんだ、と。そこを否定されてしまったら、自分の作品じゃなくなってしまう。おそらくそんな今川さんの意志を、プロデューサーの南(雅彦)さんたちが汲んだからこそ、今ある形で放送されたわけですけど、それはたしかにわかるんです。作っているうちに最終的に出てきた何か。「まさか……いや、しかし……」という感じで、それをロジカルに説明することはできないんだけど、でも出てきちゃったんだから、それはもうしょうがない(笑)。このことを今川さんは私みたいなバカな弟子にできるだけ開いて説明してくれた。つまりはそういうことだと。集団作業であるアニメーション制作のなかで、何をもって監督というのかと言えば、そこに尽きるんじゃないか。そう思っているんです。


③写実とイメージ――両方をうまく

落とし込んだ『Dr.SLUMP ほよよ!宇宙大冒険』

「じつはアラレちゃんが苦手だった」と話す谷口監督が、なぜ『Dr.SLUMP』を激賞するにいたったのか。原作とアニメの距離の取り方など、谷口監督らしい視点にも唸らされる、インタビュー連載の第3回。


ひとつの題材に対して、これほど見え方を変えることができる。それを教えてもらった作品

――3本目に挙げていただいたのは『Dr.スランプ アラレちゃん』の劇場用映画『Dr.SLUMP ほよよ!宇宙大冒険』です。

谷口 じつを言うと私、『Dr.スランプ アラレちゃん』が苦手だったんですよ(笑)。原作が『週刊少年ジャンプ』掲載の人気マンガで、それがアニメになったらそちらも人気作品になったのは知っていて。たぶん、アラレちゃんのキャラクターが生理的にダメだったんですよね。もちろん、楽しんでいる人を否定するつもりはないし、自分のなかに受け止める器がなかったということではあるんですけど。……とはいえ、世間が楽しんでいるものがどんなものか、知ってはおきたいわけです(笑)。そのときに、今度公開される映画のタイトルが『Dr.スランプ アラレちゃん』ではなくて、『Dr.スランプ』だということを知って。『アラレちゃん』が付いていないなら、見られるんじゃないかなと思ったんです。


――公開時から『Dr.スランプ』『Dr.SLUMP』『Dr.SLUMP ほよよ!宇宙大冒険』と、タイトルが安定していなかったみたいですね。

谷口 はい。ともかくアラレちゃんはいない。しかも、りんたろうさんが制作に関わっていることを知って――りんさんの『銀河鉄道999』は大好きな作品のひとつでもあるし、1回くらいは見ておいて損はないだろうと、劇場に行ったんです。


――当時は高校生ですか?

谷口 そうですね。16歳ぐらい。そしたら、これがすごく面白かったんです。作画もかなり力が入っていて。じつは、この作品が公開された1982年というのは『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編』だったり『THE IDEON 接触篇』『発動篇』だったり、有名なアニメ作品が公開された年なんです。……いや、たしかにどれも劇場まで見に行っているんですよ。ほかにもいくつかある。でも、どれも『Dr.SLUMP』ほどの強烈なインパクトはなかった。この年の個人的なベストは『Dr.SLUMP』なんです、間違いなく(笑)。


――ブッチギリの1位だった(笑)。

谷口 そういう意味でも、自分はアニメファンじゃないなと思っているんですけど(笑)、『Dr.SLUMP』のマシリトの表現がすごいんですよね。歌いながら登場するんですけど、その見せ方がすごく洋画っぽいというか。まあ、今の立場で見るとパロデイ満載なんですが。全体の見せ方だったり雰囲気――ひとつの題材に対して、やり方によってはこんなに見え方を変えることができる。それを教えてもらった作品だったんです。同じ『Dr.スランプ』という原作マンガをベースにしていても、TVシリーズのような見せ方もできるし、その一方でこの『Dr.SLUMP』のように持っていくこともできる。どちらが正解だと言うつもりはないんですよ。そもそもターゲットが違うわけだから。ただ、映像の力によって、こんな風に原作を捉えることができる。それを思い知らされました。

――冒頭が結構、シリアスなトーンで始まるんですよね。

谷口 そうです。宇宙空間からグワーッと始まって、そこにドーンと『Dr.SLUMP』ってタイトルが出てくる。なんだこのオープニングは、と。見たことがない人は、一度、見たほうがいいと思います。監督の永丘昭典さんはのちに『アンパンマン』の劇場版をいくつも撮られることになる監督ですけど、個人的にはこれが永丘監督の最高傑作じゃないかなと思っているくらいなので。ちなみに『アンパンマン』との共通項もいくつかあるので、興味ある人はこれを見てから『アンパンマン』を見直すことをおすすめします。


――『Dr.SLUMP』からの影響は、ご自身の作品にも反映されているのでしょうか?

谷口 たぶん、反映されていると思いますね。特にバランス。コミカルな見せ方だったり、写実的な要素を置いておく手法だったりの距離感とでもいうか……。たとえば、『アルプスの少女ハイジ』の路線だと、下手をすると写実一辺倒に走っていってしまう可能性があるわけです。一方の『話の話』だと、これはこれでイメージ一辺倒に走ってしまう危険性がある。その両方のスタイルのいい部分を、より多くの人に伝わる形で、うまい具合に落とし込もうとすると、たぶん『Dr.SLUMP』に落ち着くんじゃないかな、と。本当にバランスがいい作品です。


――最初にタイトルを伺ったときは「谷口監督が『Dr.SLUMP』?」と思ったんですけども(笑)、今、お話を伺って腑に落ちました。写実とイメージ、両方のよいところをうまくバランスさせたのが『Dr.SLUMP』だったわけですね。

谷口 そうですね。その両方をひとつの作品のなかに取り込んで、しかも目立たない形でパッケージとしてまとめている。そこがすごくよくて。私にとっては、忘れられない一本になっています。






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