【生肉转载】Febri TALK系列——上野贵美子

取材・文/宮 昌太朗
来源:日本深度动画内容网站Febri
采访发布时间:2021年4月19日~23日
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①『キャンディ・キャンディ』では
アンソニー派でした(笑)
『クレヨンしんちゃん外伝』シリーズをはじめ、ギャグアニメを中心に活躍する脚本家・うえのきみこ。そんな彼女が影響を受けたアニメについて聞くインタビュー連載の第1回は、小学生の頃に再放送で見た少女マンガ原作アニメの話題から。
女の子が自立する姿を描いた作品が好きなんです
――今日は、うえのさんが影響を受けたアニメについて話を伺えればと思っています。と、その前にそもそも、うえのさんが脚本家を目指すようになった経緯からお聞きできますか?
うえの 最初は実写の監督になりたくて、日本映画学校に通っていたんです。ただ、途中で「無理だなぁ」と思うようになって(笑)。監督って決断力と、人とのコミュニケーション能力が高くないと難しいと思うんですが、私はどちらの能力も低いほうでして。脚本家だと家で仕事ができるし、満員電車にも乗らなくていい(笑)。そんなダメな理由で、脚本家を目指すようになって。で、フリーターをやりながら、いろいろな公募に応募していたんですけど、そのなかで城戸賞の最終選考に残ったんです。
――新人脚本家の発掘を目的にした、脚本のコンクールですね。その頃はどんな脚本を書いていたのでしょうか?
うえの 群像劇みたいなコメディでしたね。団地で暮らす人たちの話を書いていた記憶があります。その城戸賞のときに「君、ちょっと面白いからプロットを書いてみる?」と言っていただいて。それでプロットを出したりしていたんですけど、そこで知り合ったプロデューサーの方がテレビ朝日のアニメの部署に移ることになったんですね。その伝手(つて)で声をかけていただいたのが『ご姉弟物語』なんです。
――安達 哲原作、やすみ哲夫監督のギャグアニメ。うえのさんにとって、アニメ脚本家としてのデビュー作ですね。
うえの そこでお会いしたやすみさんから、いろいろな作品に呼んでいただけるようになって。だから、それまでは派遣で働きながら書いていました。
――なるほど。で、影響を受けたアニメを3本挙げていただいたんですが、まずは『キャンディ・キャンディ』でしょうか。
うえの 小学校の頃だと思うんですけど、たぶん見ていたのは再放送です。夕方になると、親が家に帰ってくるまでテレビを見て待っている、みたいな環境で。まわりの同級生もみんな見ていて、それこそ毎日、『キャンディ・キャンディ』が始まるから帰ろうって。基本的に私は、女の子が自立して職を得る、みたいな話が好きなんですよ。『赤毛のアン』とか『若草物語』とか。人生が描かれているようなものが好きで。
――ファンタジックなものではなくて、地に足がついたものが好き。
うえの そうですね。とはいえ、『キャンディ・キャンディ』も王子様だらけなので、ファンタジーといえばファンタジーなんですけど(笑)。友達と「誰が一番好き?」みたいな話をするのも好きでした。

――ちなみにうえのさんは誰派でしたか?
うえの 私はアンソニー派でした(笑)。ただ、アンソニー派なんだけど、テリーが好きな人の気持ちもわかる。テリーはワルなんですよ。でも、そこもすごく「わかる、わかるよ」って言いながら(笑)。あと、キャンディが最初に出会うのが丘の上の王子様で、泣いているキャンディに「おチビちゃん。キミは泣いてる顔より、笑った顔のほうがかわいいよ」って言うんですよ。そのセリフが好きで、誰かと喧嘩して泣いている友達とかに真似してよく使っていました。
――その頃、少女マンガもよく読んでいたんでしょうか?
うえの 読んでいましたね。私は『りぼん』派で、『ときめきトゥナイト』がすごく好きでした。あと『お父さんは心配症』とか『ちびまる子ちゃん』も大好きでした。シュールな日常ギャグは、影響をかなり受けていると思います。
――『キャンディ・キャンディ』は小学生の頃というお話でしたが、ほかに見ていて記憶に残っているものというと……。
うえの 当時はとにかく、いろいろなものを見ていた気がします。その頃、ウチにビデオデッキがやってきたので、それで録画したものを見ていました。『霊幻道士』とか。
――キョンシーが出てくる香港のドラマですよね。すごいブームになった。
うえの そうそう。あと小学校の3年生か4年生のときに、レンタルビデオの会員になったんです。1本700円くらいしたんですけど、それで借りて、映画を見ていました。
――ということは、やっぱりそういうものに対する興味が強かったんですね。『キャンディ・キャンディ』は、今のお仕事に影響を与えていると思いますか?
うえの どうなんだろう……。女の子が見ることを想定した作品をやってみたいと思ったりするので、きっと影響はあるんじゃないでしょうか。女の子が自立する姿を描く、そういう作品がやっぱり好きなんですよね。
――具体的にこれまでのお仕事で当てはまる作品はありますか?
うえの 女の子が主人公ということでいえば、吉成曜監督と組んだ『リトルウィッチアカデミア』ですかね。女の子たちが成長していく物語で、書いていてすごく楽しかったです。
――今でも『キャンディ・キャンディ』を見返しますか?
うえの いや、あんまり見ないです。というか、そもそもDVDが売っていないので、見る機会がないんですよね……。一応、海外で出たのは持っているんですけど、映像のクオリティがヒドくて(笑)。いつか普通に見られる日が来ると信じて、それまでは丘の上の王子様の声で「おバちゃん、笑った顔のほうがかわいいよ」って脳内再生でがんばります。
②子供たちだけで見に行った
『のび太の魔界大冒険』の記憶
脚本家・うえのきみこが影響を受けたアニメ作品を語るインタビュー連載。その第2回は今でも脚本を書くときの「理想」になっているという、劇場版『ドラえもん』シリーズの一作について。
やっぱり映画はテレビと違ってイベントなんですよ
――2本目は『ドラえもん のび太の魔界大冒険(以下、のび太の魔界大冒険)』。これも小学校のときですか?
うえの そうですね。小学校の3年生か4年生のとき。生まれて初めて、友達同士で見に行った映画が『のび太の魔界大冒険』だったんです。地元にある、横浜のムービルという映画館に見に行ったんですけど、それがすっごく楽しかったんですよね。作品単体じゃなくて、一緒に行った体験も含めて記憶に残っています。
――TVシリーズの『ドラえもん』は、もともと見ていたのでしょうか?
うえの はい、見ていました。映画も好きでしたし、あと、この頃に芝山努さんのお名前を覚えるんです。というのも『ど根性ガエル』だったり『日本昔ばなし』だったり――再放送だったのかもしれないですけど、自分がよく見るアニメや好きな作品のクレジットに芝山さんのお名前があることに気づいて。だから、最初に覚えたアニメ監督の名前は、芝山さんなのかなって思います。
――もともとクレジットを気にするタイプだったんですか?
うえの いえいえ、全然! まったく気にしなかったんですけど、監督って毎回、名前が出るじゃないですか。それで覚えちゃった、という感じですね。その後、TVシリーズの『ドラえもん』はだんだん見なくなっていったんですけど、劇場版は芝山さんが監督をされていた頃くらいまでは、わりと見ていたと思います。
――少し話を戻しますが、そもそもどういう経緯で『のび太の魔界大冒険』を一緒に見に行くことになったのでしょうか?
うえの 「子供たちだけで行こうよ」みたいなノリってあるじゃないですか。「今度、『ドラえもん』の映画をやるから、みんなで見に行こうよ」って誘って。親も『ドラえもん』ならいいか、みたいなところがあって(笑)。お小遣いをもらって、みんなでバスに乗って。ちょっとした冒険でしたね。

――内容は覚えていますか?
うえの 覚えています。この作品で「パラレルワールド」っていう言葉を初めて知りました。みんなで一緒に見に行ったせいもあるかもしれないんですけど、劇場版のなかでも好きな作品ですね。なんというか、やっぱり映画はテレビと違ってイベントなんですよ。本当はよくないことなんですけど、上映中でも感情が声に出ちゃうっていうか……。
――あはは。
うえの 私、劇場版『クレヨンしんちゃん』の脚本を書いているんですけど、子供って映画に夢中になると「がんばれ!」とか思ったことを声に出していて、自然と応援上映みたいというか(笑)。その体験がすごく楽しくて。それこそポップコーンとかバラまきながら、きゃあきゃあ言って見てくれて……。静かな映画館で見るのもいいけど、やっぱり子供の映画って、こうあってほしいなって。『しんちゃん』の脚本を書くときは、あの感じ――劇場に来てくれた子供たちが楽しんでくれるといいなって、そう思って書いています。
――『のび太の魔界大冒険』のときの記憶が反映されているわけですね。
うえの そうですね。楽しかった記憶がしっかり残っているので。友達と一緒に見ると、チーム感みたいなのも出てくるじゃないですか。今の子供たちにもそういった、映画館という日常にはない体験、イベント感を味わってほしいです。
――レンタルビデオの会員になっていたという話がありましたが、当時は映画をよく見ていたのでしょうか?
うえの そうですね。なんでもよく見ていましたけど、今でも好きな作品というと『グーニーズ』とか。
――『グーニーズ』は1985年公開なので『のび太の魔界大冒険』とほぼ同時期ですね。
うえの もしかすると映画は、楽しいほうが好きなのかもしれないですね。深刻な映画って、面白いは面白いんですけど「二度と見たくない」って思っちゃうじゃないですか(笑)。現実はこんなに厳しいのに、映画でもこんなシリアスな気持ちにさせられるなんて、と思ってしまう。物語のなかだけでも、楽しい気持ちになりたいなって。
――あはは。『グーニーズ』のほかに、今でも繰り返し見る作品をひとつ挙げるとすると何になりますか?
うえの なんだろうな……。(マーティン・)スコセッシとか。
――めちゃくちゃシリアスじゃないですか(笑)。
うえの 言われてみればたしかに。『グッドフェローズ』とか劇場で見たら盛り上がりそうだし。好きなんですよね。
③『スペース☆ダンディ』で見つけた
自分の居場所
『リトルウィッチアカデミア』などでも、唯一無二の個性を放つ脚本家・うえのきみこ。インタビュー連載の第3回は、彼女自身も脚本家として参加したアニメ『スペース☆ダンディ』をピックアップ。その舞台裏について語る。
自分も「研ぎ澄まされた適当」でありたいと思っています
――日本映画学校を卒業したあと、派遣社員として働いていたという話がありましたが、具体的にはどんなお仕事だったんでしょうか?
うえの 某クレジットカード会社で働いていました。……といっても、私、何にもできないんですよ。しゃべるのも上手じゃないし、あと電話がすごい苦手で、電話の応対もできないし。いろいろな部署をたらい回しにされて、最終的には申込用紙を数えて、段ボールに詰める仕事を一日中やっていました。
――それはもう、仕事としてはアルバイトレベルですね(笑)。
うえの あと職場に入るときに指紋認証みたいなのが必要だったんですけど、私の指紋だけ全然読み込んでくれなくて。生きているのか死んでいるのかよくわからなくなってきて(笑)、その段階からつまずいていました。
――働く以前の問題っていう(笑)。じゃあ、脚本のお仕事を始めることができてよかった、という感じですか。
うえの そうですね。たまたま面白いと思ってくれる人がいて、よかったなと思います。ただ、書くのは楽しいんですけど、打ち合わせというか会議が……。たとえば、ネタ出しのときに、みんなが集まったところで「これの何が面白いんですか?」って聞かれるのが本当に苦手で。
――自分でギャグを解説しなくちゃいけないわけですね。
うえの まさしく。それがもう地獄でした。
――それはさておき(笑)、3本目は渡辺信一郎さんが総監督を務めた『スペース☆ダンディ(以下、ダンディ)』。これは脚本家としてお仕事を始めてからの作品になりますね。
うえの そうですね。これはまだ私が映画会社とかでプロットを書いていたときに、たまたま実写の企画か何かで渡辺さんにお会いする機会があったんです。その企画自体は結局、うまくいかなかったんですけど、そのときに私が書いたプロットのことを渡辺さんが覚えてくださっていて。で、ある日、渡辺さんからメールが来たんです。「こういう企画があるんだけど、やります?」って。
――監督から直々に声がかかったんですね。
うえの それで「やります!」って、ふたつ返事でお答えして。ただ、それまでは子供向けの作品ばかりをやっていたので、全然わけがわからなかったですね。
――あはは。
うえの しかも最初にボンズに伺ったときに案内された場所が、本社の奥にある物置きみたいな場所だったんです。人が誰もいなくて、薄暗くて、山のように積まれた段ボールに渡辺さんのCDがいっぱい詰まっていて。あとはパソコンが2~3台置いてあるだけ。ほかに佐藤大さんや監督の夏目(真悟)さんがいらっしゃったんですけど、「これ、本当に大丈夫なんだろうか?」って思いました(笑)。

――最初は、やはりネタ出しですか?
うえの そうですね。ネタ出しをしながら、渡辺さんが「こういう話は面白いね」ってピックアップしたものを打ち合わせで揉んで、そこからプロットを書くっていう手順でした。第3話(「騙し騙される事もあるじゃんよ」)は、そうやって出したプロットのひとつですね。あとパッケージ版の映像特典に付いていたピクチャードラマがあるんですけど、ダンディたちが洗濯機のなかに入って、そこで働いている女の子たちを救うっていうエピソード(第5巻の特典「地獄のコインランドリーじゃんよ」)。それがたぶん、最初のネタ出しで提出したアイデアだったと思います。
――あれは面白かったですね!
うえの 三原三千夫さんが絵を描いてくださったんですけど、すごくかわいいんですよ。信本(敬子)さんが書かれたエピソード(第9巻「デビューの道はキビシーじゃんよ」)とか本当にすごくて。チャンスがあれば、ぜひ見ていただきたいです。
――それまでに関わった作品との違いは、何だったんでしょうか?
うえの 自由というか、「こんなことをしてもいいんだ!」みたいな感じがありました。きっと裏では、いろいろとご苦労があったと思いますが、思いついたらやっちゃおう、みたいな。会議自体、みんなでチャック・ノリスのアニメを見たりとかして。そこで誰かが適当に発言したアイデアが面白かったら、それがシナリオに反映されたり、かと思えばアイデアが出るまで何時間も会議をしたりして、まさにいい加減を磨き抜くというか。
――あまりほかにはない現場のような気もしますが(笑)、『ダンディ』の経験は後の作品に生きているでしょうか?
うえの そうですね……。渡辺さんに「話をブン投げるときは、拾えないくらい遠くにブン投げろ」と教えてもらって(笑)、「なるほど!」と。『ダンディ』の第7話で主人公が未来に行くんですけど、10年先の未来だったらほかの登場人物はどうなっているんだろうって気になりますけど、56億7000年後の未来に話をぶん投げれば、どうでもよくなるっていうか(笑)。そういう突き抜けたバカな感じは、ほかの作品でも心がけています。あと『ダンディ』を作っていたときに「研ぎ澄まされた適当」というキーワードがあって。自分もつねにそうありたいなって思っていますね。
――なるほど。振り返ってみて、うえのさんにとって『ダンディ』はどんな作品だったのでしょうか?
うえの 『ダンディ』のあとも『ダンディ』でご一緒した方とお仕事をすることが多くて、声をかけていただく機会もたくさんあって。なので、自分の居場所が見つかった作品というか(笑)。そんな感じですね。
日文原文链接:
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