【生肉转载】Febri TALK系列——齐藤健吾

取材・文/宮 昌太朗



来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2021年12月20日~24日

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①アニメーターを目指すきっかけ

『トップをねらえ2!』

初めて監督を手がけるオリジナル短編アニメ『空色ユーティリティ』が放送目前のアニメーター・斉藤健吾。そのアニメ遍歴を聞くインタビュー連載の第1回は、彼の人生にとって大きな転機になったという、隠れた名作について。


いまだにラジオの最終回が聞けないくらいハマった

――斉藤さんは子供の頃から日常的にアニメに触れていたのでしょうか?

斉藤 そうですね。小さいときは夕飯時に両親と一緒に『るろうに剣心‐明治剣客浪漫譚‐』を見たり、あとは『デジモンアドベンチャー』も大好きでした。小学校の1年か2年の頃で、当時、僕は学童保育に預けられていたのですが、住んでいた地域では『デジモンアドベンチャー』が夕方の4時頃から放送されていたので「頼むからこの日だけは、学童保育から早く帰らせてくれ」と親に頼んでいました(笑)。それくらいアニメが好きで見ていましたね。


――なるほど(笑)。今回1本目に挙がった『トップをねらえ2!(以下、トップ2)』ですが、これはいつ頃見たのでしょうか?

斉藤 初めて見たのは高校のときです。当時は深夜アニメが増え始めていた時期で、『地獄少女』とか『ニニンがシノブ伝』とか……。あと『交響詩篇エウレカセブン』や『CLANNAD』も、その頃に見ていた記憶があります。バイト代を貯めてハードディスクレコーダーを自分で買って、アニメばっかり見ていましたね。


――『トップ2』も、そういう中の一本だったわけですね。

斉藤 『トップ2』はケーブルテレビでたまたま流れてきた番宣を見て、「面白そうだな」と思ったんです。ただ、話はよくわからなくて「エキゾチックマニューバってなんだろう?」みたいな(笑)。わからないなりに「なんかかっこいいな」で話が進んでいくんですけど、とはいえ、わからないことがそこまでマイナス要素じゃなかったんですよ。「最終話まで見れば何かわかるのかも?」という気持ちで見ていたのもありますし、なにより絵柄がガツンと心に響いたんです。


――ノノとラルクのデザインは、今でも新鮮に感じますね。

斉藤 そうですね。メカのデザインも今までにはない感じで、流線形のフォルムなんですけど、そういうところも面白くて。とくにヴァンセットが好きでしたね。羽根とも手とも言えないあの造形がめっちゃカッコいいな、と。模写したり、オリジナルのキャラクターで似たようなヤツを描いていた記憶があります。


――今の話を聞いていると、前作(『トップをねらえ!』)を見ていない状態で『トップ2』を見ていたわけですよね。

斉藤 何かこれの前の話があるんだな、と思いながら見ていました。だから、最後にスーパーイナズマキックを出す場面は、感動できなかったんですよ。あとで『トップをねらえ!』を見て、「ああ、あのときのアレか!」と。


――『トップ2』から見始めたら、そうなっちゃいますよね(笑)。

斉藤 話しているうちにいろいろな場面を思い出してきたのですが、地球を敵にぶつけようとする場面で、突然現れたノノに対してラルクが「今さら出てきて、邪魔をするな!」みたいな展開になるんですよね。だけど、そのあとラルクは「ずっと友達でいたかっただけなのに!」って本心を叫ぶんです。それまで見ていたアニメでは感じたことがないような、感情の生々しさを感じて強く印象に残っています。そのシーンでは毎回泣いていました。……どうして泣いていたのかは思い出せないんですけど。

――あはは。

斉藤 あと『トップ2』はネットラジオも配信されていて(『DIEBUSTER WEB RADIO TOP!LESS』)、ノノ役の福井裕佳梨さんとニコラ役の岩田光央さんがパーソナリティだったんですけど、聞いているうちに漠然と「このふたりに会いたい!」と思ってしまったんです。そこから、最初は声優になろうと思ったんですよ。


――声優ですか!(笑)

斉藤 で、いや、待て待て……!と冷静になって。僕は人見知りなので、声優の道はちょっと厳しいなと思い直して(笑)。ただ、絵を描くことは昔から好きだったので、アニメに関わる仕事ならアニメーターがいいな、と。『トップ2』の絵柄はすごく新しい感じがあって、それが自分の中でうまくハマったんですよね。「こういう絵が描きたい」と。


――まさにアニメーターを目指すきっかけになった作品だったわけですね。

斉藤 冒頭、ノノが電車に乗って上京するシーンがあるのですが、専門学校に入学したときは「俺もノノみたいに、東京に行ってアニメーターになるんだ」みたいな感覚が少しありました(笑)。『トップ2』のネットラジオは本当に好きで、ずっと聞いていたんですけど、じつは最終回だけはいまだに聞いていないんです。というのも、最終回を聞いてしまうと本当に終わってしまう気がして……。それくらいどっぷりハマっていました。


――斉藤さんは後にトリガーに席を置くことになりますが、そこには今石洋之さんをはじめ『トップ2』に参加していたスタッフもたくさんいましたよね。

斉藤 そうですね。専門学校に入って、ようやくガイナックスという存在を知ることになるんですけど、そこで小学生のときに見ていた『新世紀エヴァンゲリオン』がガイナックスの作品だったということも知ったんです。だから「専門学校を出たらガイナックスに入りたい!」と思っていたのですが、書類選考で落ちてしまいました(笑)。


――斉藤さんにとって、ガイナックスは憧れの場所だったわけですね。

斉藤 めちゃくちゃ憧れの場所でした。後に『キルラキル』で今石さんやすしおさんとご一緒することになるんですけど、『キルラキル』の制作が終わったあとで今石さんと話す機会があって。そのときは緊張で身体中から汗が出まくって、メガネが真っ白に曇るほどでした(笑)。それくらい憧れの存在でしたね。


②仕事に対する姿勢が変わった

『キルラキル』

インタビュー連載の第2回は、斉藤自身がアニメーターとして制作に関わった『キルラキル』について。同年代のアニメーターも数多く集まっていたこの作品は、彼にどんな影響を与えたのか。当時、現場を包んでいた熱気を振り返りつつ、話を聞いた。


自分が思うカッコよさと作画監督が考えるカッコよさの戦い

――2本目に挙がった『キルラキル』ですが、そもそも斉藤さんは、どういう経緯で参加することになったのでしょうか?

斉藤 専門学校を出たあと動画マンになったのですが、「俺には無理かもしれない……」とアニメーターをあきらめた時期があったんです。それで郵便局でアルバイトをしていたんですけど、でもやっぱり絵を描く仕事がしたいと思って、アニメの現場に戻ってきました。そのタイミングで文化庁の若手アニメーター育成プロジェクト「アニメミライ」の一作、『アルモニ』(吉浦康裕監督)に参加したのですが、そのプロデューサーだった稲垣(亮祐)さんの紹介で、トリガーに入ることになったんです。


――『キルラキル』に参加したのは何話からでしたか?

斉藤 『アルモニ』の作業に入る前に少しだけ原画をやらせてもらったんですけど、本格的に参加したのは『アルモニ』の制作後なので、第12話あたりからですね。最初は『天元突破グレンラガン』を作っていた人たちの新作だな、という印象でした。その頃の自分はレイアウトをこなすのに精一杯で「レイアウトの正解って何だろう?」と考えながら描くことが多かったんですけど、『キルラキル』は絵の力でねじ伏せる現場というか。上がってくるものを見ると「カッコよければなんでもいいんだ」という説得力があったんです。


――多少、構図としておかしくても、絵がカッコよければ成立するんだ、と。

斉藤 とくに今石(洋之)監督自らが参加しているエピソードは、各カットの絵をパースや整合性といった観点で見ると、どう考えても合っていないんです(笑)。だから当然、とまどったんですけど、「カッコよければ正解なんじゃないか」という話を聞いて「なるほど」と。自分が思うカッコよさと作画監督が考えるカッコよさの戦いというか、「相手がカッコいいと感じるものってどんなものだろう?」と考えながら、自分なりのカッコよさをどんどん出していく。「アニメって、こういう風に作ってもいいんだ!」と衝撃を受けたんです。


――他作品と比べても、目指している方向性がちょっと違っていた気がします。

斉藤 その時期、他の現場に入る機会もあったのですが、『キルラキル』は圧倒的に熱量が違いましたね。みんながひとつのスタジオに集まっていて、全員で作品に取り組んでいる。他の現場だと、スタジオに入っても人があまりいなかったりするんですけど、『キルラキル』の現場は同年代の人たちも多くて、みんなでモノ作りをしているという実感がありました。

――トリガーのアニメーターは、皆さん絵がうまいのはもちろん、絵を描くことそのものが好きな人が多いですよね。

斉藤 そうですね。そのせいで「僕にはついていけないな」思うこともありました(笑)。そこまでストイックになれなかったし、スケジュールの縛りもありましたし……。当時、僕は「絶対にスケジュールを守る」「絶対に連絡が取れる」ことを大事にしていて、今でも「できる時間内で最良の仕事をする」という目標は変わっていないんです。でも、たとえば、すしおさんは時間がなくても理想を追い求めるタイプで「これは僕には無理だな……」と(笑)。なので、できるところだけを真似していた感じですね。


――あはは。

斉藤 すしおさんが作画監督を担当されていたエピソードは、大変だった記憶があります。とくに第十五話は、かなり修正をもらいました。ただ、そのあと、第二十一話で流子の服がビリビリに破けるカットを担当したときに、すしおさんに褒められたんですよ。それは、めちゃくちゃうれしかったですし、そこでようやく「カッコいいって、こういうことなんだ」と自分の中でしっくりきた感じがあったんです。そこから、自分の「カッコいい」を押し出していい仕事なんだ、と思えるようになりました。


――なるほど。

斉藤 あと、他の現場ではアニメーターは紙の上(※編注:提出した素材を介して)でやり取りすることが多いのですが、『キルラキル』では直接話をすることが多かったんですよね。同年代のスタッフが多かったからこそ、気取らずにいろいろな意見を聞くことができました。映画の話もよくするようになって、レンタルビデオで借りてきた作品とか、各々が持っているDVDを貸し借りしたり、映画を一緒に見に行って「あのシーンはこうだよね」と語り合ったり……。映像に対する見方自体が『キルラキル』をきっかけに変わった感じがあります。


――『キルラキル』の現場を経験して、いちばん大きな影響を受けたことは何でしょう?

斉藤 レイアウトの描き方ですね。「俺がカッコいいと思うものはこれだ!」と思いながら出す。もちろん、演出さんや作監さんが「違う」と言えば修正しますけど、最初に「俺がいちばんカッコいいと思うものを出す」というスタンスで仕事をしています。自分のエゴを通せるくらい、説得力のあるものを出せればいい。そのことを『キルラキル』で教わった気がしますね。


③ アニメにおける演出の力を実感した

『ハイキュー!!』

インタビュー連載の第3回で取り上げるのは、迫力の試合シーンが大きな反響を呼んだバレーボールアニメ『ハイキュー!!』。自身がアニメーターとして参加した際のエピソード、そして初めての監督作『空色ユーティリティ』に与えた意外な(?)影響まで、たっぷりと話してもらった。


「間」の演出によって、試合会場にいるような没入感が生まれる

――『ハイキュー!!』は『キルラキル』とも放送時期が近い作品でしたが、リアルタイムで見ていたのでしょうか?

斉藤 そうですね。『ハイキュー!!』は個人的に初めて「アニメが原作のマンガを超えた」と思った作品なんです。もちろん、原作も面白いんですけど、アニメはそれに輪をかけて面白い。とくに第1期の第24話は、主人公たちの烏野高校が青葉城西高校と戦うエピソードなんですが、そこでの演出というか、間の取り方がめちゃくちゃカッコいいんです。止めで見せている部分もあるんですけど、止めとカメラワーク、「間」の演出で緊張感が伝わってくる。監督の満仲勧(みつなかすすむ)さんのコンテ・演出回なんですけど、演出や「間」の大事さに気づかされました。この第24話は何度も見返しましたね。


――アニメにおける演出の力を実感したわけですね。

斉藤 当時の僕は演出をやったことがなかったので、演出がどういう仕事をするのかわからなかったんです。アニメーターだと担当するカットやシーンを作ることに集中してしまって、エピソード全体を見渡すことができないんですね。それが『ハイキュー!!』を見て、演出が画面をコントロールすることでこんなに緊張感が生まれるんだ、と思いました。1コマ、2コマを抜くか抜かないかという世界で、この「間」が大事なんだなと思えた作品です。


――斉藤さん自身がアニメの制作側にいたというのも「すごい」と思えた理由のひとつかもしれないですね。

斉藤 そうですね。じつは『ハイキュー!!』を見てから「間」が気になってしまって、他のアニメが見られなくなった時期がしばらくありました。「そのセリフの後ろ、そんなに空けるの?」とか「テンポめっちゃ悪いな」とか……。その点『ハイキュー!!』はテンポ感や間がすごくよくて没入感がある。他のアニメを見ているときが「テレビの前にいる自分」だとすると、『ハイキュー!!』は試合会場の観客のひとりになっているような感覚さえあったんです。


――実際、斉藤さんは『ハイキュー!!』に原画で参加していますよね。

斉藤 何話か参加していますが、体育館の中はすべて3Dレイアウトで作っているんですよ。そのレイアウトを原図として使ったり、相手からのボールをレシーブするシーンはキャラクターを描き替えるだけでいいように素材が用意してあったりする。 シリーズを通して、作り方が徹底しているなと感じました。


――クオリティを下支えするためのインフラが整備されているわけですね。

斉藤 さすが大きなスタジオが制作しているだけのことはあるな、と思いました。自分で演出をすることになって、『ハイキュー!!』から受けた影響をより実感するようになりました。年末にオンエアされる監督作(『空色ユーティリティ』)でも「間」にこだわりましたし、その予告編の作業でも「1コマ削って」「1コマじゃそんなに変わらないですよ!」「いや、変わるんだよ!」みたいなやりとりをしました(笑)。

――自身の初監督作『空色ユーティリティ』の話も出ましたが、今後も演出を続けてみたいという気持ちはありますか?

斉藤 『空色ユーティリティ』は、初めてのことだらけで楽しかったのですが、まだまだ自分は絵が描きたいんだな、と思いました。もしも「演出と作監、どちらをやりますか?」と言われて選ぶとしたら、やっぱり絵の部分は手放せない。そこを誰かにまかせることはまだできないかなと思います。


――『空色ユーティリティ』では雨宮哲さんと一緒に絵コンテを描いていますが、絵コンテについてはいかがですか?

斉藤 絵コンテもまだ正解がよくわからないんです。原画のように「カッコよければいいんだよな!」とは思っていますが(笑)。もともと僕は、0から1を生み出すのがあまり得意ではないんです。高校生のときにアニメーターを選んだ理由のひとつは、マンガが描けなかったからなんです。ストーリーを作れなかったんですね。絵コンテは0から1を生み出す作業なので「この構図でいいのか?」「この流れでいいのか?」と、どうしても悩んでしまいます。専門学校時代にも絵コンテを描いたことがあるのですが、1分半の尺の絵コンテに1週間くらいかかってしまいました。


――「これでいいんだ!」と思いきることができれば、描けるようになるかもしれないですね。

斉藤 そうですね。『キルラキル』のときのように、自分の中で「これでいいんだ」というものがスッと落ちてくれば、絵コンテもできるようになるのかなと思います。とはいえ、今はまだ他のアニメーターさんが上げてきた絵に手を加えたり、絵をコントロールしたいという思いのほうが強くて。演出をやりたくないわけではないんですけど、まだまだ「かわいい絵を描きたい!」と思ってしまいますね。







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