【生肉转载】Febri TALK系列——神山健治

取材・文/宮 昌太朗 撮影/村上庄吾


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2022年1月3日~7日

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①初めて衝撃を受けた「アニメ映画」

『ルパン三世 カリオストロの城』

『攻殻機動隊 SAC_2045』や『スター・ウォーズ:ビジョンズ』への参加など、従来のアニメの枠を越えて、意欲的に作品を世に送り出し続ける神山監督。『ロード・オブ・ザ・リング』の新作アニメ映画『The War of the Rohirrim』を制作中の彼に、そのアニメ遍歴をインタビューした。


映画を見終えたあとに、しばらく席を立てなかった

――今回は、映画に絞って3本挙げていただいたのですが、まずは「映画に絞った」理由を聞かせてください。

神山 ちょうど今、映画を作っているというのがその理由です。これまで僕は映画とTVシリーズの両方を作ってきて――比率で言うとTVシリーズのほうが多いんですけど、あらためて映画とTVシリーズはまったく別物だな、と思うんです。野球で言えば、シーズンと日本シリーズくらい違う。当然、制作環境も違うし、映画は苦戦することが多かったので。で、そのときにやっぱり、映画が映画たり得ている理由って、いったい何なんだろう?ということを考えるんですね。今回のお話をいただいたときに、あらためてアニメの映画が持っている構造であったり、映画たり得る理由とは何なのか。そこを思い返したいのもあって、自分の中で柱になっている作品を選んでみた、という感じです。


――なるほど。で、1本目が宮崎駿監督の名作『ルパン三世 カリオストロの城(以下、カリオストロ)』。

神山 ちょうど、自分でもアニメを作りたいなと思い始めていた頃に出会ったんです。それこそパラパラマンガを描いたり、とりあえずタップと作画用紙を買ったり(笑)。実際にアニメを作り始めたのは高校に入ってからなんですけど、中学2年生くらいのときに『スター・ウォーズ』と『機動戦士ガンダム』のムーブメントがあったんですよね。


――『スター・ウォーズ』の日本公開が1978年、『機動戦士ガンダム』の放送開始がその翌年(1979年)ですね。

神山 そのときに「『スター・ウォーズ』を日本で作るとしたら、アニメが最適なんじゃないか」と。もともとアニメはいっぱい見ていたんですけど、そこで初めてアニメの持っているポテンシャルに気づくんです。で、安彦(良和)さんの原画が載っている本を買って、模写したりとか。そんな感じで「アニメを作りたい」という気持ちが高まってきたタイミングで『カリオストロ』を見に行くんです。……ただ、最初はそれほど乗り気じゃなかった。『ルパン』自体、ブームがひと段落していた頃で、宮崎さんが監督すると聞いても今いちよくわかっていなくて。むしろ「大塚(康生)さんが監督じゃないのか」みたいな感覚だったんですよね。


――ということは、あまり期待せずに劇場に出かけたわけですね。

神山 ただ、見てみたら、雷に打たれるというのはこういうことだな、というか……。『スター・ウォーズ』も衝撃でしたし『ガンダム』にも『未来少年コナン』にも魅了されましたけど、それとは全然違う感覚があったんです。ほぼ2時間の映画を見終えたあとにものすごい充実感があって、終わったあともしばらく席を立てない。そういう感動があって、他の作品とは明らかに別のものだったんです。正直、『ルパン』ブームは過去のものと思っていたのが、ひっくり返されるような感動があった。それで翌日から、フィアットに乗っているルパンの絵とかを描き始めるわけです。

――ダイレクトに影響を受けて(笑)。

神山 ある意味、アニメ映画としてのファーストインパクトは『カリオストロ』なんだろうなと思います。それまで『ガンダム』の映画もあったし、『宇宙戦艦ヤマト』の劇場版もありましたけど、それはやっぱり前段にTVシリーズがあって、最後のいちばん大きなお祭りとして映画がある。そういう感じだったんですよね。『カリオストロ』もたしかにそうなんだけど、TVシリーズとは切り離された単体の映画で、2時間に物語がギュッとパッケージされている。そのインパクトというか面白さがあったんですよね。


――そこに他との違いを感じたわけですね。

神山 ただ、宮崎監督の作品は真似しづらいというか……。画面を見ただけで「これは宮崎さんの作品だ」とわかるんですけど、真似をしたいかというとそうではないんですよね。今考えると、一枚の絵というよりはレイアウトと動きの魅力だったんだなと思うんですけど、当時はわからなかった。たとえば、安彦さんの場合は、キャラクターの顔だけとかガンダムのポーズだけ抽出して模写しても、酔いしれるカッコよさがあるんです。でも、宮崎さんはキャラクターだけを描いても、それほど面白くならない。構図も込みで、レイアウトもすべて描かないとカッコよくならないんです。ちょっと望遠に近いレンズで二点透視で描くという、宮崎さん独特の描き方にカッコよさがあったんだな、と。なので、真似をする対象としてはあまりに高度すぎるから、「面白かった」という自分の思いとは裏腹に、ちょっと棚にしまっていた感じなんですよ。


――なるほど。もし、『カリオストロ』から学びとれることがあるとしたら、どんな部分なんでしょうか?

神山 これは前に本にも書いたことなんですけど、『カリオストロ』だけが他の『ルパン』シリーズと比べて別格に思える理由を考えると、やっぱりTVシリーズから続いてきたルパンに別の人生を付与したこと。それによって、キャラクターに厚みとオリジナリティーを持たせたことなんじゃないか、と思うんです。主人公の行動原理に対して、まったくオリジナルな過去を――強いて言えばTVシリーズにも似たようなエピソードがありましたけど、でもそれを足すことで、すごく強固な構造を作っている。若気の至りでカリオストロに忍び込んで死にかけたとき、少女に助けられたと。その子が困っていたら、助けに行かないわけにはいかないだろう、っていう。


――たしかにそうですね。神山さん自身の作品で、影響を受けているなと感じるところはありますか?

神山 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』をはじめ、自分の作品でも散々やっているなと思います(笑)。登場人物にオリジナルの過去話をつけるってヤツですかね。やっぱり強烈なインパクトを受けましたし、その影響からは逃れられない部分があるんでしょうね。


②ジュブナイルの基本を描ききった

『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』

宮崎駿監督の代表作に続いて第2回で取り上げるのは、松本零士とりんたろう監督によって生み出された、あの名作アニメシリーズの劇場版第2作。神山監督が「王道のジュブナイル」と語るその魅力、そして作品に刻み込まれた「終わり」の潔さについてインタビューした。


映画が終わったら、彼らにもう会うことができない、という感覚

――2本目は『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅(以下、さよなら)』。1981年公開なので、『ルパン三世 カリオストロの城』からちょっと間が空きますね。当時はもう高校生ですか?

神山 高校でしたね。『銀河鉄道999』のTVシリーズは、部活が忙しくなってきたりして、さすがに全話は見ていなかったんです。もちろん、気にはしていたし、オタク仲間は部活そっちのけで録画して見ていましたけど、僕はそれほど積極的に追いかけていませんでした。映画の1作目はたしかにすごく面白かったんですけど、ただ、あくまでTVシリーズの延長線上というふうに受け止めていて、「映画だ」みたいな感じは――人によっては1作目のほうがインパクトが大きかったという人もいますけど、僕自身はそこまでではなかったんですよね。


――ということは、これも『ルパン三世 カリオストロの城』と同様、それほど期待していない状態で見たわけですね。

神山 そうですね。『さよなら』はTVシリーズという前段があったうえでの映画なので、『銀河鉄道999』をまったく知らない人が見て「面白い」と感じるだろうか?という部分もあるにはあるんです。でも、これはジュブナイルの基本というか、すごく王道の構造で作られていて、たまたま『さよなら』だけを見ても、きっと面白いんじゃないかなと思うんですよ。


――今回の取材にあたって久しぶりに見直したのですが、すごく充実感のある作品になっていますよね。

神山 そうですね。その頃、ちょうど「カタルシス」という言葉をおぼえたばかりだったので、「これがカタルシスってヤツか」と思った記憶があります(笑)。なんだろう、映画を見終えたあとに「ふーっ」と息をつく瞬間ってあるじゃないですか。「すごくいいものを見たな」というあとに訪れる、少し切ないような悲しいような気持ち。この映画の中にしか彼らは存在していなくて、このスクリーンがフェードアウトしたら、こいつらにはもう二度と会うことができないんだなっていう感覚。それこそが「まさに映画だ」と思ったんですよ。

――ああ、なるほど!

神山 やっぱりラストシーンですよね。999号が動き始めて、まだ自分の旅が続くと思っている鉄郎が、ふと振り返るとメーテルがすでにホームに降りているのが見える。で、メーテルの名前を呼びながら客車の中を走っていって、最後尾までたどり着いたときには、メーテルのいるホームから999号が遠ざかっていく。少年が旅立つきっかけになる誰かとの出会いがあって、道中の冒険があって、そして最後に別れがくるという、まさにジュブナイルの基本の物語をやっているんです。これはきっと『銀河鉄道999』の劇場版の2本目だからとか、たぶんそういうことを考えずに「これこそ、いちばんやりたいことだ」というのを、(原作の)松本零士さんとりん(たろう)監督がやった、ということなんだと思うんですけど、これも「まさに映画」というか……。僕が見たい――なんなら「作りたい」と思っている映画の基本が、ここにある。それを見事な形で見せられた感じがあって、終わったあと、しばらく立ち上がれなかったんです。


――しかも、最後に「……そして 少年は大人になる」というテロップが出て。

神山 そうですね。アニメを卒業しなきゃいけないんだ、みたいな潔さも感じるんです。今の作品って「永遠にファンを手放さないぞ」という構造で作られている気がするんです。少し余談になりますけど、『それいけ!アンパンマン』の映画は、ちゃんとファンを送り出す感じがあるんです。だから6歳より上になると、みんなちゃんと『アンパンマン』から卒業する。でも、最近のアニメは――僕が作っているものも含めて、潔くないから、最終回がないわけです。でも、『さよなら』は、ここから先はもう二度と作らなくてもいいんだ、というくらいの潔さでズバッと終わる。「ザッツ・終わり」なんですよね。


――だからこそ、切なさがより一層、際立つというのもあるんでしょうね。

神山 そうですね。そういう部分も含めて、見事に「映画」という形にパッケージされている感じがあって、そこに魅了されました。


――神山監督自身の作品に影響を与えているところはありますか?

神山 それに関して言うと、これまでいわゆるジュブナイル的な作品を作る機会がなかったんですよね。ただ、「出会いと別れ」という部分で言えば、『精霊の守り人』には少しあるかもしれない。年上の女性と少年が出会って、旅をして、別れるというストーリーなので、無意識のうちに影響を受けているかもしれないと思います。とはいえ、『精霊の守り人』はどちらかというとバルサが主人公なので、『銀河鉄道999』でいうとメーテル側の視点で進むし、どちらかというと出﨑統監督作品からの影響のほうが大きいんですけど……。ただ、ことあるごとに棚から引っ張り出してくるのは『ルパン三世 カリオストロの城』よりも多いかもしれない。


――なるほど。

神山 最終回というか、ラストをきっちり描いてみたいという思いはあるんです。『精霊の守り人』のときはできた気がするし、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の最初のシリーズは――あのときは、あれだけで終わらせようと思っていたので、できた感じがあるんですけど。ただ、実際にやってみると、たしかに難しいなと思いますね。


③シンプルで強固な構造の面白さ

『機動警察パトレイバー the Movie』

監督・神山健治が「自分の中で柱になっている」という劇場用アニメについて語る連載インタビュー。第3回で取り上げるのは、神山にとって師匠ともいえる存在である押井守監督の代表作。神山はいったい、この作品のどんな部分に衝撃を受けたのか。たっぷりと話を聞いた。


ストーリーの構造だけで映画は成立する

――そして3本目は『機動警察パトレイバー the Movie(以下、パトレイバー)』。3本制作された『パトレイバー』シリーズの劇場版第1作で、神山さんの師匠でもある押井守監督の作品ですね。

神山 じつは、これより前に押井さんが撮った代表作『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(以下、ビューティフル・ドリーマー)』を挙げるべきかな、とも思ったんです。僕がアニメ映画で初めて「演出」というものが存在する作品に出会ったのは、間違いなく『ビューティフル・ドリーマー』なんですけど、でもこの映画は前段の『うる星やつら』のTVシリーズを見ていないと何もわからない(笑)。『ルパン三世 カリオストロの城』や『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』は、それだけ見ても感動できると思うんですよ。でも、『ビューティフル・ドリーマー』は、マンガを読んでTVシリーズを見ていないと、何のスポーツをやっているのかもわからない。ボールも使っていないし、走ってもいないし、そもそも競技者もいないんですけど……みたいな。


――あはは。たしかにそうですね。

神山 ただ、アニメーションが演出だけで――それこそ実写映画で言えば、有名な役者が誰も出ていない状態で「じつはミステリーだったんだ!」みたいな驚きを獲得している。これは本当にすごい作品なんですけど、でも、オタク以外の友達にどうすすめればいいんだ?っていう(笑)。なので、今回は3本に入れなかったんです。


――なるほど。

神山 その押井さんが久しぶりに撮った映画が『パトレイバー』だった。当時はもう業界に入っていて、最初のOVAシリーズでは美術のお手伝いもしているんですけど、とはいえ、押井さんにはまだ直接お会いしていない状態で……。ただ、試写を見たまわりのスタッフが「すごい、すごい」と話しているのは耳に入ってくるんですよ。なので、なるべく情報を入れないようにして、公開されてすぐに見に行ったんです。


――見ていかがでしたか?

神山 これも「まさに映画だな」と思った一本ですね。あの映画単体で完結しているし、しかも見終えたあとにちゃんとカタルシスもある。ただ、前に挙げた2本とはちょっと違っていて「理由はわからないけど面白い」というわけではなかったんです。ひと言で言うと「なるほど」と。ストーリーの構造だけで映画は成立するんだな、と思ったんですね。

――もう少し詳しく聞かせてください。

神山 推理小説に近いというか、いわゆる叙述トリック的な構造なんですよね。ストーリーの枝葉を削っていくと、最初にものすごい事件を引き起こそうとした犯人がいて、万が一、それが現実になったら東京が壊滅状態になるであろう状況を作る。そのうえで、彼はすでに死んでいる。なので、どういう意図があって事件を起こそうとしたのかは、謎のままなわけです。で、主人公たちはそれをあとから考察していく。少しあとにデヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』が公開され(1995年)、あれも叙述トリック的な構えの映画でしたけど、同じようなことを『セブン』に先駆けて発明している。しかも、その構造さえ作ることができれば、誰でも映画が撮れる可能性がある。言い換えると、映画の教科書――というより、映画を撮る方法論となりうるものを提示していて。実際に、多くの映画制作者が、レイバー抜きの『パトレイバー』を作ろうと考えて挑戦していると思うんですよ。たとえば、黒沢清監督の『CURE』なんかも、たぶん構造だけを抜き出すと『パトレイバー』になる。ご本人が自覚的かどうかはわからないですけど。


――ああ、なるほど!

神山 しかも、どういう思考のもとに『パトレイバー』を撮ったのかをなんとなくたどることもできて、それがわかったうえでも面白さが揺らがない。『ビューティフル・ドリーマー』もそうでしたけど、『パトレイバー』も見終えた直後に「俺、どこから騙されていたんだろう」みたいな感じで、もう一度見たくなるんですよ。これは――さすがに真似はできないけど、でもアニメを作るうえでの方法論として自分でも使えるんじゃないか、と思ったんです。作り手になり始めていた自分にとって距離が近い映画だったし、そのぶん衝撃も大きかった。「こういう形の映画もあるんだ」、と。


――実際、監督になって以降、神山さん自身も何度か『パトレイバー』的なストーリー構成に挑戦していますよね。

神山 そうですね。わかりやすいところで言えば、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の第2話「暴走の証明」。戦車が暴走するエピソードなんですけど、あれはもう本当に『パトレイバー』の構造をそのまま使っています。というのも、押井さんの『攻殻機動隊』は『パトレイバー』というか「これこそが押井さんだ」と思うような匂いがまったく入っていない作品で、それが僕はすごく不満だったので。


――あはは。押井ファンとして。

神山 そうそう(笑)。そんなわけで、僕の初期の監督作品では、強力な武器のひとつとして使わせていただきました。構造がシンプルなだけに、TVシリーズでも使えるし、おそらく映画でも使える。ただ、映画で真似をすると、たぶん『パトレイバー』そのものになっちゃうんですよ。あまりにもシンプルで強固な構造だから、見ている人がすぐに「あっ、これは『パトレイバー』だな」と気づく(笑)。なので、TVシリーズのほうが使いやすいし、いわゆる捜査ものとはまったく違う方向性の題材に入れ込むと、面白いかなと思ったりしますね。







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