【生肉转载】Febri TALK系列——上江洲诚

取材・文/前田 久
来源:日本深度动画内容网站Febri
采访发布时间:2021年12月13日~17日
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①「子供」から「オタク」になるスイッチ
OVA『強殖装甲ガイバー』
『暗殺教室』『アルスラーン戦記』『この素晴らしい世界に祝福を!』など、原作の巧みな再構築に定評のある上江洲誠。その人生に影響を与えたアニメを聞くインタビュー連載の初回は、原作との取り組み方の「原点」だというOVAシリーズ。
アニメ史をまとめるときに『ガイバー』って出てこない
――1本目にセレクトしていただいたのは、『強殖装甲ガイバー(以下、ガイバー)』のOVAシリーズ。『ガイバー』は複数回アニメ化されていますが、これは2度目のアニメ化ですね。
上江洲 単純に大好きなので選びました。僕のお兄さん世代のオタクたちにとっては、同じ時期の作品でも『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』や『AKIRA』が大切なタイトルだというのは、僕も重々承知しています。でも、それをわかったうえで、あとから来た世代の僕にとって語るべきものは何かなと思ったら、1990年前後のOVA文化なんですよ。子供の頃にショックを受けて、影響されて、自分が映像に傾倒していくきっかけになったもの。「普通の子供」から「マニア」「オタク」になってしまうスイッチとなったもの。で、その中でも何にいちばん熱狂していたかなと思ったら『ガイバー』だなと。すごくよいものなのに、あまり語られてこなかったと思います。なので、めっちゃ詳しい僕が、こうした機会をいただいたからには語るべきなんだと思って、志願しました。
――個人的な趣味としても好きだし、上江洲さんとしてはアニメの歴史に刻まれるべき作品だと考えている、と。
上江洲 そう思うんですよ。同じストーリーが何度もアニメになることなんて、そうそうないじゃないですか。なのにアニメ史をまとめるときに『ガイバー』って出てこない。それはやっぱり作品じゃなくて、みんなが悪いと言いたくなる(笑)。『ドラえもん』や『プラモ狂四郎』ぐらいしか知らない子供の時分に劇場版だった1作目(86年)を『アニメだいすき!』(※よみうりテレビが1987年から95年にかけてOVAを放送していた枠)で見て熱狂しまして。その数年後、こづかいでレンタルビデオを借りられるようになって、OVAシリーズ(89年)にどハマりするんですね。
――当時のレンタルビデオって1泊2日で1本500円ぐらいですよね。
上江洲 ですね。そんなときに月1,000円のお小遣いの中から借りたOVAだから、とてもよくおぼえているわけですよ。このOVAはアレンジされていた1作目と違って、原作者の高屋良樹先生が制作に参加して、原作ファンと先生が納得する出来のアニメにするというのが宣伝の売りだったんです。実際そうだったんだと思いますよ。制作中に連載が止まるんだもん(笑)。で、「やったー!」と思いつつ、前の劇場版が面白かったから、ちゃんと面白いのができるのか不安もあったんです。生意気な子供ですよね。でも、フタを開けてみたら、こっちも大変面白かった。

――どのあたりが響いたんですか?
上江洲 これはのちに『ダイの大冒険』の原作を書かれる三条陸さんの、アニメ脚本家としてのほぼデビューに近い頃の仕事でして。といっても、その頃の三条陸さんって、すでに雑誌のライターや編集者として相当仕事をされていたすごい人なんですけど。そんな方の手がけたアニメならではの原作の再構成が面白いなと思った。展開は原作に沿っているんだけど、1話あたり30分で区切らないといけないし、話数も全6話と決められているから、マンガどおりにはできないじゃないですか。そこでマンガでは先のエピソードで登場する「ハイパーゾアノイド五人衆」という、とてもおいしいネタを前倒しして登場させているんですよね。OVAの続巻があるかどうかは確約されていないわけで、やはり決まっている6本の中で原作の面白い要素を全部やりたいわけですよ。視聴者もそれを望んでいるだろうし。さらには、変なところで「まだまだ続きますよ!」で終わらず、一応の最終回になるように強敵との対決をちゃんとやって、敵の組織の日本支部が壊滅するっていう、一応オチに見えるところまで話を進めている。のちにこういう再構築の仕事をやるのが「シリーズ構成」という仕事なんだって気づくんだけど、その仕事って面白いな、カッコいいな、スゲーなって思ったきっかけがこの作品なんです。で、今、僕はまさにシリーズ構成の仕事を脚本家としてやっている。そこを目指したのは、この作品と出会ったからなわけです。これが仕事の原点。これを真似して仕事をしています。子供のときにもうまいと思ったし、プロになった今でもそう思いますね。
――それは影響大ですね。
上江洲 他にも音楽が1984年公開『ゴジラ』の小六禮次郎(ころくれいじろう)さんで、あんまりアニメの仕事をしていない方なんです。そのおかげで他のアニメとはひと味違う、ここでしか味わえない悲哀のあるメロディがいいんですよね。
――では、最後に『ガイバー』絡みのインタビューでは避けて通れない質問を。いちばん好きなゾアノイドは何ですか?
上江洲 ゼクトールです!(即答)……他のも好きだけどね。ヒーローとモンスターに関して、高屋先生のデザインは未来人なんじゃないかってくらい早すぎたと思いますよ。来年の新作ヒーローもののデザインだって言われても全然通用する。もちろん、当時流行っていた『プレデター』だとか『エイリアン』だとか、そういうものからインスピレーションは受けているわけだと思いますけど、そのまとめ方が素晴らしい。『ガイバー』もだし、『冥王計画ゼオライマー』もそう。僕、OVAの『ゼオライマー(88年)』に先に触れて感覚が麻痺していたから『新世紀エヴァンゲリオン』が始まったときもすごいと感じつつ、通った道だなとも思ったり……。『ゼオライマー』の話もしたいんですよね。『ガイバー』とどっちにするか迷って、でも『ゼオライマー』は『スーパーロボット大戦』に出てメジャーになったからいいかと思って、今回は『ガイバー』にしたんだけど(笑)。
②『トップをねらえ!』
「下品で粗野」なOVAのマスターピース
『カーニバル・ファンタズム』『Fate/Grand Carnival』など、OVA作品でも上江洲誠はキレキレの仕事を見せている。影響を受けたアニメを語るインタビュー連載の第2回は、名作OVAを軸に上江洲の80年代・90年代OVA文化への愛がほとばしる!!
クリエイターとして、こういう作品を作りたいとあこがれる
――2本目は『トップをねらえ!』です。これは上江洲さんにとって、どういう意味合いの作品なんですか?
上江洲 僕ね、ロボットやヒーローが好きだったから、子供のときにあんまり美少女ものには傾倒しなかったんです。『トップをねらえ!』もロボットSFもののつもりでレンタルビデオ屋で借りてきた。美樹本晴彦さんのえっちなキャラは、なんだったらちょっと恥ずかしいなくらいに思っていたんですね(笑)。でも、当時はOVAだったら何でも見るつもりでいたから、「一応、見ておくか……」みたいな感じで借りたら、腰が抜けるぐらい面白かった。さっきまであれだけ『ガイバー』のことを褒めておいてなんだけど、トータルで判断して、あの熱狂的なOVA文化のマスターピースを選ぶとしたら『トップをねらえ!』だと思います。これがあの時代の、あの文化の、ひとつのゴール。
――詳しく聞かせてください。
上江洲 OVAというのはすごく下品で粗野なものです。スタッフたちのやりたい放題。テレビでやっちゃいけない「悪いこと」を発露する場所だった。それが面白くてみんな見ていたわけですけど、そういう「露悪的な場としてのOVA」の完成品が『トップをねらえ!』だと思います。よく知られているように、のちに『ふしぎの海のナディア』とか『新世紀エヴァンゲリオン』を作る人たちが集まって、やりたい放題なものを作った結果できた、とても面白いもの。『ガイバー』が僕のチャイルディッシュな「男児」としての部分で大好きな作品だとしたら、『トップをねらえ!』はもう少し成長した「オタク」としての目線でマスターピースだと感じた作品。当時はまだ中学生ぐらいでしたけどね(笑)。
――女の子がとてもかわいく描かれていて、お色気もあって、アクションもあって、ロボも活躍して、怪獣も出てきて、SF的な感動もあって……みたいな、全部盛りのアニメですよね。
上江洲 そうそう。だから、当時のOVA好きな人たちは、これを見てアニメを卒業してもよかった。「もっと違うタイプのアニメが見たいな」と思ってもいい。そういう意味でゴール……「出口」なんですよね。オタクの好きなものが全部盛りで、過剰でありつつ、一本の作品として破綻していないのもすごい。だから何度も見られる。どこかで破綻している作品も一度見るだけなら面白いけど、「何度も」は無理なんです。

――総論っぽいお話を先にうかがいましたけど、各論的な部分もうかがっていいですか? 具体的に、どんなところに上江洲さんが面白さを感じたのか。
上江洲 まずはパロディが面白い。当時のガイナックスのみなさんが、それまでの人生で好きだったものをぶっこんで作っているじゃないですか。とくに第一話はその色が強い。『エースをねらえ!』と『トップガン』と他にもあれこれ、ごった煮のパロディになっている。あとから振り返るに、そのときの僕は、当時流行っていた『仮面ノリダー』みたいなモノマネっぽい「パロディ」とは違う、自分の好きなものを集めてきて、違う作品にアレンジしてしまう「パロディ」を面白いと感じたんだと思う。これはもう、圧倒的に僕の作風に影響しています。視聴者が元ネタを指摘する喜び、画面の中に隠されている作り手からのサインを見つける面白さに、この作品で気づかされた。で、あの頃のオタクって、好きなものを扱うときに半笑いになりがちですよね。
――ちょっとシニカルですよね。
上江洲 でも、そこから庵野秀明さんが頭角を現す。今見ると、序盤は全然真面目な話になりそうにない。はっきりとそう指摘できるのは、タカヤ・ノリコがスペシャルであると証明されていないからです。コーチのオオタがただそう言っているだけで、才能の根拠がない。つまり、最初の頃は「そんなの気にしなくていいや」って、ふざけたアニメとして作られていたはず。ところが庵野さんが監督になることが決まり、そこで化学反応が起きたんでしょうね。ふざけているだけのアニメだったものに、庵野さんの考える感動のツボとかSF観みたいなものが入った結果、第5話と最終話の壮大な展開が生まれた。もともと第4話で終わる予定が延長されたわけだから、第5話と最終話にそれまでより庵野さんのカラーが強く出ているはず。で、当時のSF好きの人たちがよくやる悪ノリで「最後はハインラインみたいなすごいSFにしちゃおうぜ!」ってことになったと思うんだけど、その描き方が下品でふざけたものに見えないのは、庵野さんが上品な演出家だからだと僕は思います。庵野さんは自分が作っているストーリーを信じてもいる。だから、ただのパロディから、ああいう感動的な結末になったんですよ。その化学反応がたった全6話の中で起きていることも面白いですね。『ガイバー』の話でもそうだったけど、僕はやっぱり話数にすごく意識が働くみたい。
――ちなみに、自作でいちばん影響が強く現れているものは何ですか?
上江洲 『結城友奈は勇者である』です。話数が変わるごとに何かすごい展開が起きるし、女の子たちが個人レベルで宇宙規模の桁違いな何かと戦うというのは、完全に『トップをねらえ!』の影響下にあります。というか、『トップをねらえ!』は岸誠二監督との共通言語のひとつでもあって、会議中にモノのたとえとしてよく出てくるんですよ。役職を問わず、クリエイターとして一度はこういう作品を作りたいとあこがれる存在ですよね、これは。
③仮想敵が作った現代のヒーローもの
『スパイダーマン:スパイダーバース』
『結城友奈は勇者である-大満開の章-』『逆転世界ノ電池少女』など大活躍中のヒットメーカー・上江洲誠。その人生に影響を与えられたアニメについて聞くインタビュー連載の最終回は、画期的な映像で世界中に衝撃をもたらした3DCGアニメの傑作を語る!
この映画を作っているヤツらと戦いたい!
――では、最後の1本、『スパイダーマン:スパイダーバース(以下、スパイダーバース)』です。前の2作品とは時代も雰囲気もかなり違いますね。
上江洲 これは近作にもすばらしく出来がよいものもあるんです、と言っておきたくて選びました。本当に、グッズを集めまわるくらいハマった作品ですからね。見てくださいよ、この山(ペニー・パーカーのねんどろいどをはじめ、大量の関連アイテムが差し出される)。
――おお、すごい。しかし、こうして立体物で見てもやっぱりかわいいですね、ペニー。公開時にアニメファンの間で話題になったのも、あらためて納得です。
上江洲 ですよね。でも、もちろんかわいいとは思っているんだけど、ただ美少女キャラとして好きってだけじゃないんですよ。アニメという表現が到達した、ひとつの成果として好きなんです。
――どういうことですか?
上江洲 この子って、まずデザインそのものが日本のアニメ表現のパロディなわけじゃないですか。『スパイダーバース』って、ハリウッドのアニメが基本的に1秒間24フレームの絵を動かすやり方で作られているなかで、コミックのような風合いを出すためにわざとフレームを落として「2コマ打ち」と呼ばれる手法を選んで作られている。1秒間に12フレームですね。そのうえでペニー・パーカーはさらにコマ数が少なく、日本のリミテッドアニメ調の動きになっています。どんな動きかイメージの湧かない人は『銀河旋風ブライガー(81年)』のOPとかを思い出していただければよいです。そうすることで、他のキャラとのアニメのスタイルの違いが面白いっていうギャグになっています。つまり、海外のスタッフが日本のアニメのスタイルをよくわかっていないとできないパロディをメジャー作品で巧みにやるようになった。そのショックを与えてくれた意味でも、ペニー・パーカーってキャラがめっちゃ好きなんです。もちろん、作品全体としても、プロ目線でどうこうとかではなく、純粋にお客さんとして心底面白かった。
――何がそんなに上江洲さんの心に響いたんですか?
上江洲 まずそもそも『ガイバー』のところでも話したとおり、僕はヒーローものが大好きなんです。仕事ではやったことないけど。やりたい!! オファー待ってます!! ……で、そういう人間って、ずっと考えているわけです。「今ヒーローものを作るんだったら、どう書いたらリアルに見えるかな?」と。『スパイダーバース』は2018年(日本公開は2019年)の作品だけど、これはそういう、何十年も積み重ねられてきたヒーロー好きな人たちの「自分ならこうする」という与太話を作品として上手にまとめているんです。多元宇宙ものであり、ヒーローの誕生譚でもあり、現代的なテーマも持っている。ただのパロディじゃない。主人公のマイルス・モラレスくんっていうのは、ヒスパニック系とアフリカ系の両親の間の子供なんです。古い作品のような記号的に陽気な黒人とかでなく、ナイーブな少年として描かれていることは、やっぱり現代に通用する作品としてアップデートされていますよね。

――多元世界からやってくるスパイダーマンの仲間も、女性や冴えない中年などバリエーションが豊かで。
上江洲 ただ、そうした各要素で、同じようなアイデアを思いつくところまではみんないけると思うんですよ。それをものすごく高いレベルでまとめていることが、この作品の素晴らしさなんです。こういうのって、圧倒的なクオリティで出さない限りみんなを納得させられない。「違う番組のヒーローが集まる、ガチャガチャした映画でしょ?」で、普通のお客さんには済まされてしまう。
――「マニアの遊びでしょ?」では終わらない完成度なわけですよね。
上江洲 そう。僕が見たかった、ちゃんとした現代のヒーロー映画ってこれなんです。スパイダーマンはいろいろな形で描かれているけど、全部が最初に何かを失うところから始まる。家族とか、恋人とか、大切な人。そこで初めて善悪のことを考えるようになって、やがては「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という考え方に結びつく。この映画はそういう、スパイダーマンというヒーローが背負う悲しみ、業の部分を、複数のスパイダーマン同士に「みんなそうだった」と語り合わせることで鮮やかに言語化し、相対化してみせる。この作品の製作・脚本に関わっているフィル・ロード&クリス・ミラーのコンビはホントにすごい。この前には『レゴバットマン ザ・ムービー』で、バットマンという存在で同じようなことをやっている。ヒーローものじゃないけど、最新作の『ミッチェル家とマシンの反乱』もいい。ギャグタッチなのに骨太なテーマがあって、納得させてくれる映画ばっかり作る。映画作りがうますぎるくらいうまい。僕にとっては完全に仮想敵ですよ(笑)。実際、おかげさまでいろいろな企画をやらせてもらっていますけど、まず「『スパイダーバース』を超えられますか?」と言わせてもらっていますね。もちろん、予算だとか、いろいろな差はあります。でも、少なくとも志はあるのか?と。ものすごく考えて作られている作品なわけじゃないですか。だから、いろいろな点で難しいものはあるにせよ、考えることだけはせめて負けられない。何かを作るというのは、そういうことなんですよ。そういう気持ちになりたいから、最初の話に戻るけど、僕は最近のすごいアニメをちゃんとチェックしようと意識しているわけです。
――基準を知らないと、仮想敵も作れませんからね。
上江洲 そりゃあ、僕だって昔のアニメは好きです。でも、今もスゲー作品はたくさん生まれているんです。見逃したくないですね。3DCG作品で、かつ外国の映画だとなると意外と見ていない。「この映画を作っているヤツらと戦いたいんです!」と僕が言ったときに「おお、それはがんばらないとね」と感じてくれる人が、もっと増えてほしいんです。
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