【生肉转载】Febri TALK系列——大河内一楼

取材・文/森 樹 撮影/須﨑祐次


来源:日本深度动画内容网站Febri

采访发布时间:2025年3月21日~25日

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①こちらから接近したいと思えた

『機動戦士ガンダム』

『コードギアス』シリーズや『甲鉄城のカバネリ』で知られる脚本家・大河内一楼。その人生を変えたアニメ作品について掘り下げるインタビューの第1回は、アニメというものへの認識を180度変えた『機動戦士ガンダム』との出会いについて。


『ガンダム』を見ていなかったら、 アニメファンにも脚本家にもなっていない

――大河内さんが影響を受けた3本のアニメのうち、最初に挙がったのが『機動戦士ガンダム(以下、ガンダム)』でした。『ガンダム』に触れたのはいつ頃ですか?

大河内 小学校5年生ぐらいだったと思います。最初は見ていなかったんですよ。だけど、友達が面白いと言っていて、つられて見たんです。たしかランバ・ラルが登場するあたりから見たのかな? それですっかりハマってしまって。


――なるほど。

大河内 『ガンダム』にハマって、初めてアニメ誌を買ったんです。それまではアニメを見て「面白い!」と思っても、もう次の瞬間には忘れて遊びに行ったり、別の番組を見たりするものだったんですけど、『ガンダム』はもっと情報が欲しいなって初めて思ったんですよね。


――作品をさらに知りたくなる力があったと。

大河内 そうです。でも、当時はお小遣いも少なかったから、どのアニメ誌を買うか悩んだんです。『OUT』『アニメック』『アニメージュ』が本屋に並んでいて、すごく悩んで『OUT』を買いました。その理由は単純で、特集の文字量が一番多かったんです。アニメーターさんと初めて買ったアニメ誌の話をしたことがあるんですが、みんな「安彦(良和)さんのピンナップがあった」「原画集が入っていた」とかで選んでいたんですよ。アニメーターになるような人たちは、その頃から絵を見ていたんですね。一方で、僕は文字を見ていて。


――将来の職業選択にもつながる傾向があったわけですね。

大河内 そうですね。スタート地点から違うんだとびっくりした覚えがあります。ちなみにそのときに買った『OUT』は、アニメに対して、自分が初めてお金を出したものなんです。ここから僕はアニメファンになりました。雑誌を読めば、『ガンダム』と同じ監督(富野由悠季監督。当時は富野喜幸名義)の新作の情報を知ることができましたし、他のアニメも追いかけるようになりました。だから、『ガンダム』を見ていなかったら、アニメファンにも、アニメの脚本家にもなっていなかったでしょうね。

――『ガンダム』のどのあたりが、大河内さんの心にそこまで刺さったのでしょうか?

大河内 大人っぽかったんだと思います。表面上の芝居やストーリーだけじゃない、世界の「奥行き」が見える感じ。ロボットや戦争にも理屈があるし、モブキャラもきちんと生きていて、そこに人生があるのが感じられるというか。世界がきちんと存在している感じがしたんですね。


――プラモデルも作っていたんですか?

大河内 友達の購入権利のために行列に並んだことはありますが、そっちは興味がなくて。だから、同じ『ガンダム』好きでも、絵に興味がある人、お話に興味がある人、おもちゃに興味がある人と、いろいろなタイプの人がいましたね。


――そのなかでも大河内さんは物語と世界に興味を抱いたと。

大河内 もっと言えば、世界の描き方ですね。そこにある世界と人々の在り様が物語の都合じゃなくて、何気ない描写に見えても、よく見ると違う側面が見えてくる。


――それはセリフだったり、演出だったりで見えてくるものですよね。

大河内 そうだと思います。単なるモブキャラが、生活感を感じさせるセリフとか、ちょっと味のあるセリフを言ったりするんですよ。たとえば、『ガンダム』には配給のパンを隣の子供からくすねる老人が登場します。それまで僕が見ていたアニメではそんなことは描かないし、かといって、それをドラマにして老人の人生を追っかけるわけでもない。「こういう人もいるんだ」という提示に留めて、ササッと次の話にいく。それがね、また格好良かったんです。で、アニメ誌を読むとモブキャラにも細かい設定があることがわかるんですよ。アムロがお母さんと別れたときに後ろのバンに乗っていたのは間男、つまり愛人なんだよ、とか。評論家の解説や、先輩ファンの指摘で新たな発見があったり。


――視聴者がそうした世界を独自に補完する動きが起きたのは、想像させる余地があったからかもしれませんね。

大河内 だと思います。そういう意味でも、今まで見てきた受け身のアニメとはちょっと違って、僕のほうから接近したいと思えるアニメーションでした。


――脚本家になってから、改めて『ガンダム』のすごさに気づいた部分や、見方が変わったところはありますか?

大河内 先日、展覧会『富野由悠季の世界』に行って改めて思ったことでもあるのですが、まず富野さんが提示するアイデアの分量がすごいですよね。作品を新しく生み出すために、これほどの発想をして、メモを書いて、それをスタッフに伝えていたのかと。圧倒されました。


――たしかに一作品にかける圧倒的分量にまず驚きます。

大河内 しかも当時は、ひとつの作品を作りながら次の作品のアイデアも考えていた。『ガンダム』のあとに『イデオン』を作り、『戦闘メカ ザブングル』や『聖戦士ダンバイン』を作って『重戦機エルガイム』まで。切れ目なく毎年、しかもまったく新しいチャレンジがある作品を次々と。その頃、僕は中高生になっていて、アニメファンとして多感な時期に、その作品群に触れられたのは本当に良かったと思います。


②脚本のイロハを学ぶことになった

『∀ガンダム』

脚本家・大河内一楼の「人生を変えたアニメ」に迫るインタビュー連載の第2回は、初脚本作となった『∀ガンダム』。雑誌の編集者からライター、小説家と活動領域を広げるなかでたどり着いた富野由悠季監督との仕事は、大きな転機となる。


星山博之さんに褒められていなかったら そのあと頑張れなかったかもしれない

――2作目に挙げていただいたのは、脚本家デビュー作の『∀ガンダム』です。そもそも、大河内さんはアニメ業界に入ろうと思っていたのでしょうか?

大河内 いや、まったく考えていなかったです。実家がレコード屋だったので、大学を卒業したら継ぐことになっていました。大学卒業後に、修行ということでレコード関連の会社に就職も決まっていたんですけど、僕が留年したせいで1年間ぽこっと空いたんですよ。さすがに仕送りをくれとも言えないので(笑)、『ドラゴンマガジン』(当時、富士見書房刊。現KADOKAWA)の編集アルバイトになったんです。


――業界には編集者として入ったと。

大河内 もともとゲームも小説もマンガも好きだったので、そのまま富士見書房で2年半くらい働いていました。さまざまな事情で家業を継ぐ必要もなくなったので、そのあとはアニメやゲーム雑誌に執筆するフリーのライターに転身して。そのうち小黒祐一郎(編集者・ライター)さんに声をかけてもらって、『少女革命ウテナ』の小説版を書くことになったんです。そうしたら「発注したらひと月で一冊書く便利な若手がいる」という話になったらしく、『機動戦艦ナデシコ』や『機動戦士ガンダム 第08MS小隊』の小説版を書くことになりました。


――小説の執筆にも乗り出したんですね。

大河内 これが脚本家デビューにもつながるんです。『08小隊』のサンライズ側の窓口をやってくれたのが、後に『キングゲイナー』や『コードギアス』でプロデューサーとしてタッグを組む河口(佳高)さんだったんですけど、その河口さんから「『∀ガンダム』で脚本を書いてみないか」と誘われたんです。まるでわらしべ長者のように富野さんのところまでたどり着いて。


――一気にそこにつながると。

大河内 当時は脚本なんて書いたことも読んだこともなくて。でも、富野さんの久々のガンダム作品だし、「富野さんに会えるのなら」という軽い気持ちで打ち合わせに行って、脚本を書くことになったんですけど……出来上がった脚本はボロボロでした。

――家族のために暗殺者となった女性を描く「テテスの遺言」(第23話)の回ですね。

大河内 そうです。一応、脚本は受け取ってもらったんですけど、富野さんがコンテで半分以上直してくれて、なんとか使いものになる形になりました。でも、全然悔しくはなかったんですよ。素人だったし、「いきなりアニメの脚本が書けるわけないよな」と思っていましたから。記念受験というか「富野さんが怒っているところも見ることもできたし、よかったなぁ」って(笑)。でも、河口さんが「もう一本頑張りましょう」って言ってくれて。誘った手前、一本でクビにするのは忍びなかったんじゃないでしょうか。そんなに親切にされたら、さすがに2回目は失敗できないじゃないですか。とはいえ、勉強しようにも教科書も先生もいないから、手元にあった『∀ガンダム』の脚本、そのなかでも僕が好きだった『ガンダム』や『銀河漂流バイファム』を書かれていた星山さんの脚本をバカみたいに何度も読んだんです。


――もう覚えるくらいに。

大河内 100回くらい読んだら、なんとなく呼吸というかテンポがわかってきて。そうしたら、そのあとに出した稿はうまくいったんです。


――2度目の脚本は、第36話の「ミリシャ宇宙決戦」ですね。宇宙船に乗って初めて宇宙へ上がった地球民の一部が、その環境にとまどって地球へ帰ろうと蜂起するお話です。

大河内 そうです。もちろん、富野さんの修正が入っていないわけではないんですが、話の形はほぼそのまま使っていただけました。


――ちなみに、星山さんと会話を交わす機会はあったんですか?

大河内 ありました。でも、脚本の技術的なことをしゃべったことは一度もなかったんです。自分の脚本はダメだと思っていたから、スタッフと飲みにいっても脚本の話をするのは怖くて。他の先輩脚本家もわざわざ触れないし。でも、そんななかで星山さんだけが褒めてくれたんですよ。「大河内君、きみの脚本はナイーブでとてもいいね」って。それがめちゃくちゃうれしくて……今でもすごく覚えています。


――そんなことがあったんですね。

大河内 その一回だけですけど、褒められるって大事だなと思いました。あのとき褒めてもらえなかったら、頑張れなかったかもしれない。富野さんの『∀ガンダム』で脚本が書けて、初めて評価してくれた人が星山さんという、素晴らしいスタートだったなと思います。


――いろいろなダメ出しがあっても。

大河内 めちゃくちゃ幸せですよ。だって、僕がアニメファンになったきっかけの『ガンダム』を作り上げたおふたりですから、こんなにうれしいことないです。『∀ガンダム』が終わった頃には富野さんも少し評価してくれたみたいで、次の富野さんの映画に呼んでもらえました。その作品自体は不成立になってしまったんですけど、その後、改めて『OVERMANキングゲイナー』という作品に呼ばれることになりました。


③『OVERMANキングゲイナー』

脚本家としてのレベルアップを実感した

脚本家・大河内一楼の「人生を変えたアニメ」に迫るインタビュー連載の第3回は、自身がシリーズ構成として参加した『OVERMANキングゲイナー』について。プロの脚本家としてのレベルアップを実感した富野由悠季監督との作業を語る。


富野さんとの濃密な共同作業で、 脚本の密度を上げる大切さを学んだ

――3本目に挙げてもらった『OVERMANキングゲイナー(以下、キングゲイナー)』にはシリーズ構成で参加していますね。

大河内 『キングゲイナー』での個人的な目標は「富野さんを刺激する異物であること」でした。富野作品が輝くのは、安彦(良和)さんや星山(博之)さんといった、富野さんと対等に渡り合うような人がスタッフとして入っているときじゃないかと僕は思っていたんです。だから、『キングゲイナー』でシリーズ構成にと言われたときに「富野さんのシリーズ構成を、僕が全部書き直していいのならやってもいいです」って、あえて生意気なことを言いました。


――すごいですね……。

大河内 もちろん「なんだと!?」って顔はされましたけど(笑)。でも、僕が書いたモノが結果的に富野さんに塗りつぶされたとしても、富野さんの化学変化のきっかけになれればいいんじゃないかと。富野さんに相談もせずに、いろいろなアイデアを勝手に脚本の形にして持ち込んでいました。怖いことしていますよね、昔の自分は。恐るべき無礼さです(笑)。


――企画段階の『キングゲイナー』はもっと複雑な話だったのでしょうか?

大河内 あんなに明るい感じではなかったですね。


――世間では「白富野」と呼ばれるほど明るいシリーズという認識がありますが、それは大河内さんが書き直した構成がもとになっているわけですか?

大河内 いや、それは違うんです。僕も富野さんの企画書にのっとって構成を考えたんです。でも、いつのまにか富野さんのスイッチが切り替わってバーンと白くなった。踊るオープニングとかがあがってきて。富野さんは軽やかに変化していたのに僕は追いつけていなくて。だから、人間地雷の話なんかを書いていって、「これは違う」と富野さんにたしなめられたりして。


――『キングゲイナー』の制作時は、富野監督の隣の席で作業をしていたそうですね。

大河内 そうなんです。脚本家の黒田洋介さんが『無限のリヴァイアス』で監督たちと一緒にスタジオで作業していたという話を聞いて、その真似をしようと。まだ脚本家としての形が定まっていなかったので、良さそうなものはなんでも取り入れてみたんです。スタジオでの席の配置は、まず富野さんが自分の席を決めて、それから他の人たちが好きな席を選ぶという形でした。僕は富野さんとなるべく一緒にいたかったので、富野さんのすぐ隣にしたんです。富野さんからは「他にいっぱい空いているでしょ」って嫌な顔されましたけど(笑)。とはいえ、自分で選んだものの、ずっと富野さんの隣で作業するのはキツかったですね。『Zガンダム』的に言えば「プレッシャー」がすごい(笑)。

――作品自体は明るい雰囲気でしたが、スタジオにその影響はなかったのでしょうか?

大河内 あの楽しい感じはスタジオにもありました。富野さんも怒るときは怒っていましたけど、基本的にはすごく楽しそうに作業をされていましたから。


――『キングゲイナー』を終えたことで、脚本家としてどんな達成感がありましたか?

大河内 うれしかったのは、第17話「ウソのない世界」のときですね。シナリオを読んだ富野さんが早々にこの回は自分がコンテを書くと宣言されて。あの回は、人の心の声が周囲に漏れてしまうオーバースキルのお話で、普通に考えたら嫌な展開になるんですけど、僕はハッピーな展開にしたんです。富野さんにコンテを切ろうと思わせたことで、初めて富野作品に貢献できた気がしましたね。


――心の声が漏れてしまうオーバースキルを生かすと、普通は黒い話になってしまいそうですからね。

大河内 そうなんです。殺し合いになりそうなものを、主人公が想い人に「好きだー!」って告白してしまう。あのシーンを書けたことで、先行していた「白富野」にようやく追いつけたのかもしれませんね。


――なるほど。

大河内 達成感の話で言えば、富野さんの隣でプレッシャーと戦いながら『キングゲイナー』を書き上げたことで、僕は脚本家としてレベルアップしたなという実感があるんです。


――具体的にどの部分が、というのはありますか?

大河内 いや、もうすべてにおいてって感じですね。お客さんの立場だった『∀ガンダム』と違って『キングゲイナー』では富野さんも容赦なかったです。たとえば、僕が書いた20枚の脚本の19枚目にビシッと線を引いて「ここまででAパート!」と。つまり、そこまでを15分でやって、残りの15分に新しい面白さを足せということなんです。実際『キングゲイナー』は前半と後半に1回ずつ戦闘シーンを入れるのが基本で、そこで脚本の密度を上げることを教わりました。僕が脚本の密度とスピード感を手に入れられたのは、『キングゲイナー』を書いたおかげです。


――それくらいの影響を一作品で感じ取ったと。

大河内 特別な作品ですね。あの時代の富野さんと過ごした時間は、すごく濃密だった。代表作とか出世作とかいろいろあるけれど、人生が変わったと言われると、この3本しかありません。……恥ずかしいくらい、僕は富野さんが大好きなんですよ。






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